ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
青ざめるロンを見てハリーは静かに頷いてみせると、自身にしがみつくドラコニアの手を両手で優しく包み込み、その灰色の瞳をまっすぐに見つめた。周囲の喧騒を遮断するように、穏やかで、しかし一切の迷いがない声を紡ぐ。
「ドラコニア、ハーマイオニーがまだ戻っていないんだ。さっきのことがあって、彼女はずっと女子トイレに籠もったままだ。……彼女を助けに行かないと」
「な、何を言っているの!? あのマグ――あの子がどうなろうと、私たちの知ったことじゃないわ! トロールよ!? 大人の魔法使いですら手こずる化け物なのよ! どうしてハリーが命を危険に晒さなきゃいけないの!」
ドラコニアは信じられないといった面持ちで首を激しく横に振った。ハリーを失うかもしれないという本能的な恐怖が、彼女の顔を蒼白に染め上げる。しかし、ハリーは怯むことなく、彼女の冷え切った指先に力を込め、懇願するように、そして彼女の誇りをくすぐるように言葉を重ねた。
「危険なのは分かっている。だからこそ、ドラコニア、君の力が必要なんだ。名門マルフォイ家の知識と、君の優れた魔法の腕がなければ、僕一人じゃ彼女を救えないかもしれない。……僕を助けてくれないか、ドラコニア」
「 ――ッ!」
ドラコニアは息を呑み、言葉を詰まらせた。『マルフォイの誇り』を認められ、何より敬愛するハリーからこれ以上ないほど真っ直ぐに頼られたのだ。彼女の白い頬が、恐怖とは別の熱を帯びて朱に染まる。
「 ず、ずるいわ、ハリー……。そんな風に言われたら、断れるわけないじゃない……! いいわよ、行ってあげるわ! でも、無茶は絶対に許さないから! 私があなたを守るんだからね!」
ドラコニアは腹を括ったように杖を握り直すと、監督生の目を盗んでハリーの手を引いた。
出口で合流したロンは、ドラコニアが同行することに目を剥いて驚愕していたが、事態の緊急性を察してすぐに口を閉ざした。
三人は生徒の波を逆流し、薄暗い廊下へと駆け出した。石造りの通路を進むにつれ、鼻を突く悪臭――腐った靴下と掃除されていない公衆便所を混ぜ合わせたような強烈な異臭が、冷たい空気の中に濃密に漂い始めていた。
「悪臭がひどい、近くにいるぞ。慎重に進もう」
低く張り詰めたハリーの囁きに、背後の二人が息を呑んだ。
「うっ……なんだこの臭い、息が詰まりそうだ……」
「汚らわしい……! こんな悪臭、耐えられないわ……。ハリー、本当にこの先にいるのね……?」
ロンはローブの袖で鼻を覆い、ドラコニアは顔を顰めながらも、ハリーの背中から離れまいと必死に足並みを揃える。手にした杖の先が、微かな震えとともに冷たい闇を照らしていた。
角を曲がった瞬間、廊下の空気が重く澱んだ。
前方の薄暗がりに、石壁を削り取るような巨躯がぬっと現れる。身長十二フィート――皮膚は花崗岩のように鈍い灰色を帯び、丸太のような四肢の上に、ココナッツのように不釣り合いに小さな禿げ頭が乗っていた。引きずる巨大な木製の棍棒が、石床をゴリゴリと削り、不気味な音を反響させている。
マウンテン・トロールは、のそりと女子トイレの扉をその怪力で押し開き、悪臭を撒き散らしながら中へと踏み込んでいった。
直後、けたたましい破壊音とともに、甲高い悲鳴が響き渡った。
「きゃぁぁぁぁぁぁッ――!!」
個室の木片が砕け散る激しい音。逃げ場を失い、冷たいタイルの床へへたり込むハーマイオニーの姿が、開いた扉の隙間から見えた。
「ハーマイオニーだ!」
「な、なんて大きさなの……! あんなの、一年生の呪文でどうにかなる相手じゃないわ……!」
ドラコニアが恐怖に頬を強張らせ、ロンが焦燥に顔を歪める中、トロールは頭上の棍棒をゆっくりと振り上げ、標的である少女へと狙いを定めていた。
「ロン、ドラコ、注意を逸らすんだ。僕が隙を作る!」
冷静に2人の方に手を置き指示を伝える。
ハリーの沈着な声と手のひらの温度が、パニックに陥りかけていた二人の理性を急速に引き戻した。恐怖を凌駕する信頼が、即座に彼らを戦闘態勢へと導く。
「よ、よし分かった! おい、このデカ物! こっちを向けよ、脳みそピーナッツ野郎ッ!」
ロンは足元に転がっていた鉄のパイプを拾い上げ、トロールの分厚い背中めがけて力任せに投げつけた。鈍い金属音が響き、トロールが鈍重に首を巡らせる。
「フリペンド――ッ!!」
ドラコニアが鋭く杖を一閃させ、撃退呪文の光弾をトロールの小さな顔面へ叩き込んだ。パチンと弾ける衝撃に、トロールは怒り狂った咆哮を上げ、巨躯を揺らしながら二人へと向き直る。
「ハリー……!? みんな……ッ!」
洗面台の下で身を縮めていたハーマイオニーが、涙に濡れた目を大きく見開いた。
トロールが巨大な棍棒を振り上げ、二人の退路を塞ごうと足を踏み出したその瞬間――ハリーの狙い通り、化け物の足元と背後に致命的な隙が生じた。
「『フリペンド』! 体勢を崩せ!」
ハリーの杖先から放たれた先ほどドラコニアが放ったものとは比べ物にならない鋭い青白い光弾が、トロールの巨躯を支える左足首を正確に撃ち抜いた。
ドゴォン、と重苦しい衝撃音が響き、踏み出しかけていたトロールの巨体が大きく傾ぐ。濡れたタイルに足を取られた怪物は、ココナッツのような頭を激しく振りながら、みっともなく両腕を宙にかきむしった。
「効いたぞ! すげえ、体勢が崩れた!」
「まだよ、ウィズリー! トロールの皮膚は分厚いわ、すぐに立ち上がってくる――!」
ドラコニアが緊迫した声で叫ぶ通り、床に片膝をついた怪物は怒りに目を血走らせ、唸り声を上げながら手にした丸太のような棍棒をデタラメに横薙ぎに振り払った。風を裂く轟音が、破壊された個室の残骸を派手に吹き飛ばす。
「きゃっ……! あ、頭を狙って! 棍棒を落とさせないと――!」
崩れた洗面台の陰から、ハーマイオニーが必死に叫んだ。
トロールはハリーを血走った小さな眼球で睨みつけ、再び棍棒を頭上高く振り上げようとしている。足元の自由を奪われたとはいえ、その腕力は依然として一撃で骨を粉砕するだけの破壊力を秘めている。
「ロン、あの呪文だ! 棍棒を浮かせろ!」
「え……あ、あの呪文って……!?」
「手首をひゅっと振って、ピシッよ! ウィンガーディアム・レビオーサ!」
洗面台の陰からハーマイオニーが必死に叫んだ。ドラコニアも咄嗟にロンの横へ滑り込み、杖を構えてトロールの意識を引きつけようと叫び声を上げる。
「 早くしなさい、ウィーズリー! 振り下ろされるわよッ!」
ロンは覚悟を決めたように歯を食いしばり、使い古された杖を高く掲げた。フリットウィック教授の授業、そしてあの時、疎ましく思っていた少女の言葉が、少年の頭の中で完全に一致する。
「ウィンガーディアム・レビオーサッ!!」
杖先が空中で鋭く「ひゅっ、ピシッ」と軌跡を描いた瞬間、トロールの手から巨大な木製の棍棒がすっぽりと抜け落ちた。丸太のような凶器は重力を失ったように宙へとふわりと舞い上がり、トロールの頭上高くでぴたりと制止する。
「……?」
怪物は空っぽになった自分の手のひらを見つめ、間の抜けた声をもらしながら頭上を見上げた。
「 落ちろッ!」
ロンが杖を振り下ろすと同時に、棍棒は引力に従って垂直に落下――ゴスッ、という鈍く重い衝撃音が部屋中に響き渡った。怪物のココナッツのような禿頭を直撃した丸太はそのまま床へと転がり、トロールは白目を剥いてグラグラと揺れると、地響きを立ててうつ伏せに崩れ落ちた。
破壊されたタイル、飛び散った水、そして静寂。
もうもうと立ち込める粉塵の向こうで、怪物はぴくりとも動かなくなっていた。
「大丈夫かい、ハーマイオニー? 怪我はない?」
倒れたトロールを横目に確認しながら、ハーマイオニーのもとに駆け寄る。
「あ……ハリー……っ! 私、怖くて……足がすくんじゃって……!」
ハーマイオニーは瓦礫に手をつき、大粒の涙を瞳に溢れさせながらハリーの差し伸べた手にすがりついた。その細い指先は小刻みに震え、服は砕けた陶器の破片と水で汚れきっている。
「た、倒した……本当に僕がやったのか!? ハリー、マルフォイ、見たかよ!」
「騒がしいわね、ウィーズリー……! ちょっと、ハリー! あなたこそ無事なの!? 怪我はないでしょうね!」
ドラコニアはロンを小突きながら大股で歩み寄り、ハリーの肩や腕を慌ただしく検分するように触れ回った。その白い頬は安堵と興奮で微かに朱を帯びている。
しかし、子供たちの安堵の時間は長くは続かなかった。
廊下の向こうから、激しい足音――ローブを翻し、猛然と迫り来る複数の靴音が響き渡る。
トイレの入り口に現れたのは、蒼白な顔で唇を固く結んだマクゴナガル教授、冷徹な黒い瞳を鋭く光らせるスネイプ教授、そして胸を押さえて今にも倒れそうなクィレル教授だった。
「いったい全体、これは何の騒ぎです……!!」
粉々になった洗面台、倒れ伏す巨大なトロール、そして四人の新入生。凄まじい現場の有様に、マクゴナガル教授の甲高い声が怒りと驚愕で震えていた。
すぐさま三人を背に庇い、真っ直ぐ教師陣を見据える。
「すべて僕の責任です、教授。僕が三人を巻き込みました」
「 ポッター……!? あなた、自分が何を言っているのか分かっているのですか!」
マクゴナガル教授の眉がつり上がり、その薄い唇が怒りと戦慄で白く引き結ばれる。背後ではスネイプが漆黒の瞳を細め、油断なくハリーの一挙手一投足を観察していた。
「 違います、マクゴナガル教授! ハリーひとりの責任ではありません! わ、私だって……自分の意志でついてきたんです!」
「いいえ、教授、違います! 私が……私が一人でトロールを探しに来たんです! 本で読んだから対処できると自惚れて……! 三人が来てくれなかったら、私は今頃死んでいました!」
ドラコニアが珍しく声を荒らげてハリーを庇い立てし、それに重なるようにハーマイオニーが震える声で叫んだ。あの規則至上主義の優等生が、友人を庇うために教師へ真っ赤な嘘をついたのだ。ロンは呆気にとられて口を半開きにしている。
静まり返る瓦礫の部屋の中、スネイプの冷淡な視線がドラコニアとハリーの間を行き来し、やがて低い声が落ちた。
「……ふん。スリザリンの生徒が揃いも揃って、グリフィンドールの軽率な英雄気取りに付き合わされるとはな。マクゴナガル教授、事情はどうあれ、規則違反は明白です」
「……ええ、スネイプ教授。ですが、一年生が大人一頭分のマウンテン・トロールを仕留めるなど、前代未聞です。グレンジャー、あなた自身の軽率な行動によりグリフィンドールから五点減点します。……ですが」
マクゴナガル教授は息を深く吸い込み、冷厳な瞳の奥に微かな驚嘆を滲ませながら四人を見据えた。
「危険を顧みず友人を救ったその勇気と機転に対し……スリザリンのポッターとマルフォイに各五点。そして、見事な浮遊術を成し遂げたウィーズリーに五点、それぞれ授与します。校長には私から報告しておきます。……さあ、全員寮へ戻りなさい!」
教授たちの背後をすり抜けて廊下へ出ると、張り詰めていた空気が一気に解けた。
「……もう、無茶ばっかりして! どうして全部自分で背負い込もうとするのよ、ハリー!」
ドラコニアは頬を紅潮させ、潤んだ瞳でハリーのローブの裾をぎゅっと掴んで抗議した。その横でロンとハーマイオニーも、気まずさと深い感謝の入り混じった眼差しをハリーに向けている。
「心配かけてごめん、ドラコニア。でも、君がいてくれて心強かったよ」
「な、なっ……!? なによ急に、子ども扱いしないで……っ!」
ふわりと柔らかなプラチナブロンドの髪に触れられた瞬間、ドラコニアは肩をびくっと跳ね上がらせた。ハリーの掌の温もりが頭頂部から伝わると、彼女の白い肌は耳の先まで一気に林檎のように赤く染まり、掴んでいたハリーのローブをぎゅっと握り直したまま、気まずそうに視線を彷徨わせる。
「怪我がなくて本当によかった。これで僕たちは、立派な共犯者だね」
「きょ、共犯者って……ハリー、言い方が不穏すぎるだろ! でも……へへ、まあ、悪くない響きかもな」
「ふふ……規則を破って教師に嘘をつくなんて、人生で最悪の夜になるはずだったのに……不思議ね。ありがとう、みんな」
ロンは照れくさそうに鼻の頭を指でこすり、ハーマイオニーはまだ涙の跡が残る顔を綻ばせ、小さく吹き出した。スリザリンとグリフィンドール――本来なら交わるはずのない二つの寮の間に、トロールという理不尽な暴力を乗り越えた者たちだけの、強固な絆が芽生えていた。
薄暗い石造りの廊下に、静まり返った城の夜気が満ちていく。
互いの無事を確かめ合った四人は、それぞれの談話室へと戻る分かれ道へと差し掛かっていた
「それでは優秀な共犯者諸君、また明日の朝食で会おう」
その軽妙な、それでいてどこか芝居がかった余裕のある響きに、暗い廊下には一瞬の静寂が訪れた。まるで、一流の外交官が社交場で見せるような、完璧な「幕引き」の言葉。
「な、なによそれ……! カッコつけすぎよ、バカ!」
ドラコニアは顔を真っ赤に染め、ふん、と鼻を鳴らして顔を背けた。しかし、その視線は決してハリーを拒絶してはおらず、乱れたプラチナブロンドの髪の間から、安堵と、そして言葉にできない熱を帯びた瞳が、一瞬だけハリーを射抜いた。彼女の足取りはどこか浮ついており、乱れたローブを整える手つきも、いつもの傲慢なそれとは程遠い。
「ああ……。……おやすみ、ハリー。明日、朝食のとき……またな!」
「おやすみなさい、ハリー。……本当に、ありがとう」
ロンは呆然としながらも、どこか誇らしげな笑みを浮かべて手を振った。ハーマイオニーは、彼が守ってくれたことへの深い感謝を込めて、一度だけ深く頷いてから、自身の寮へと続く階段へと駆け出していった。
一人、夜の静寂が戻りつつある廊下に立つハリー。
(……ふぅ、心臓が止まるかと思った……!)
表面的には完璧な「余裕のあるリーダー」を演じ切ったものの、その内側では、元社会人としての本能が、激しく打ち鳴らす鼓動を必死に抑え込んでいた。冷や汗が背筋を伝う。だが、その緊張をかき消すように、先ほどドラコニアの髪に触れた時の、指先に残る柔らかな感触が、不思議な充足感として残っていた。
月明かりが差し込む石造りの廊下。
ハリーは一人、スリザリンの談話室へと続く、深く静かな闇の中へと歩き出した。
多分読んでくださってる方達のなかで、なんでもっと未然にハーマイオニーを救出しなかったんだと思う人がいるかもしれませんが、彼はこの状況になることで4人の結束を強めたかったからです。