ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
窓から差し込む午後の柔らかな陽光が、図書館の古い羊皮紙とインクの香りを、黄金色の粒子の中に溶かし込んでいる。机の上には、魔法史の教科書や、数冊の難解な魔術理論の書物が乱雑に、しかし整然と並べられていた。
ハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてドラコニア。本来ならば交わるはずのない四人が、一つのテーブルを囲んで「勉強会」という名の、密やかな集会を開いている。ドラコニアとロンが、教科書の余白に書かれた落書きを巡って、小声で、しかし激しく言い争っている様子を、ハリーはどこか微笑ましく、そして「手のかかる妹」を見るような目で見守っていた。
「……ねえ、みんな。昨日、スネイプ先生がトロールの襲撃を受けた時、少し足を痛めていたのに気づいたかな?」
「スネイプが? ああ、あの嫌な顔をして歩いてたのは覚えてるけど……怪我なんてしてたのか?」
「 うるさいわね、ウィーズリー! 教授が怪我をされたのなら、それはもっと慎重に扱うべき事態よ! ……ハリー、あなた、何か気づいたの?」
ドラコニアは、ロンへの苛立ちを隠そうともせず、ハリーに向かって身を乗り出した。その瞳には、スネイプへの敬意と、ハリーの言葉に対する鋭い探究心が混在している。
「 ……怪我、ですって? 私はトロールのことに夢中で、そこまで見ていなかったわ。でも、もしそうなら、それは単なる不注意ではない可能性があるわね」
ハリーは、周囲に会話を盗み聞きされていないか、一瞬だけ視線を走らせる。そして、声を一段低く、まるで重大な真実を共有するかのようなトーンに落とした。
「そうなんだ。でも、僕はもっと別のことが気になっている。……トロールが、自力でホグワーツの防衛線を越えて、あんな場所まで侵入できるわけがないだろう?」
「……え? っていうことは……」
「誰かが、トロールをあそこへ導いた。……あるいは、誰かが門を開けて手引きをした。……そう考えざるを得ないんだ。まるで、何かの『邪魔者』を排除するために、トロールを利用したみたいに。」
ハリーの言葉は、静かな、しかし確かな質量を持って、四人の間に落ちた。ハーマイオニーの顔から余裕が消え、ドラコニアの唇が、微かに震える。
「誰かが、例えばあの三階の封じられた場所に眠る『何か』を、盗み出すために昨日の騒動を起こした……。……僕にはそう思えてならない」
その瞬間、図書館の空気は、まるで凍りついたかのように張り詰めた。
図書館の静寂は、まるで重いベルベットの幕が降りたかのように、四人の間に立ち込めた。窓から差し込む陽光さえも、その緊張感に怯えて、光の粒を細かく震わせている。
「……それは、あまりに恐ろしい仮説だわ、ハリー。もしそれが事実なら、これは単なる『魔法学校の不注意な事故』なんてレベルじゃない。重大なセキュリティ・ブリーチ、つまり、城の防衛システムを意図的に突破しようとする『犯罪』を意味するんだもの」
ハーマイオニーの声は、震えてはいないが、低く、鋭い。彼女の瞳には、論理的な恐怖が宿っていた。彼女の脳内では、すでに起こり得る最悪のシナリオが、数式のように高速で組み上がっていく。
「冗談だろ……? 誰かがその例の何かを盗もうとしてる? ホグワーツで? そんなの、あんまりに……。なあ、ハリー、そんな不吉なこと言わないでくれよ。せっかくの放課後が台無しだよ」
ロンは顔を青白くさせ、まるで呪いでもかけられたかのように、手に持っていた羊皮紙をぎゅっと握りしめた。彼は、事態の深刻さを理解しつつも、その「闇」の深さに、本能的な拒絶反応を示している。
「 ……バカげてるわ。そんなこと、もし本当にあったら、うちの家系が黙っていないはずよ! ホグワーツの、いえスリザリンの品位を汚すような輩が、そんなことを……っ!」
ドラコニアは、いつものように強気な言葉を投げかけた。しかし、その端正な顔立ちは、隠しきれない動揺で僅かに強張っている。彼女は、ハリーの言葉に含まれる「真実味」に、抗いようのない恐怖を感じていた。
ハリーは、そんな三人の反応を、まるでチェスの駒が動くのを見守るプレイヤーのような、冷静な、しかし温かみを含んだ眼差しで見つめた。彼は、今こそが「情報の囲い込み」を行う絶好のタイミングであることを、熟練の営業マンのごとく察知していた。
「だからこそ、僕は慎重になりたいんだ。……先生たちにすぐに報告すれば、犯人はすぐに見つかるかもしれない。でも、もし犯人が、教職員の動きすら予見しているような人物だったら? 調査が始まった瞬間に、証拠は消され、計画は別の形へ移行してしまう」
ハリーは、机の上に身を乗り出し、三人の視線を、磁石のように自分へと引き寄せた。
「 僕たちは、まだ『共犯者』だ。……もし僕たちが、誰よりも先にこの真実の断片を掴み取ることができれば、この学校の安全を守る、本当の意味での守護者になれるかもしれない。……もちろん、これは、僕たちの間だけの秘密だ」
ハリーの言葉は、甘美な誘惑のように、三人の耳に届いた。それは「秘密を共有する特別感」という名の、最も強力な絆の提示であった。
ハリーの言葉は、まるで静かな湖面に投じられた石のように、四人の思考を波紋のように広げていった。彼は、感情的な混乱を整理し、知的な探求へと昇華させるための「枠組み」を提示したのだ。
「まずは、犯人が『誰』である可能性があるか、リストアップしてみるべきじゃないかな。感情を一度脇に置いて、冷静に、可能性のある人物を挙げていくんだ」
ハリーのその冷静な、まるでプレゼンテーションを行うプロフェッショナルのような口調に、ロンは少し気圧されながらも、思いついた疑問を口にした。
「 ……なあ、ハリー。……もし、スネイプが怪我をしてたって本当ならさ……それって、あの、三階の『デカい犬』にやられたってことじゃないか? もしそうなら、先生が何か怪しい動きをして、犬に襲われた……っていう可能性はならない? あいつが何かを盗もうとして、あの犬に邪魔された……とかさ!」
その言葉が投げかけられた瞬間、図書館の空気が、まるで雷に打たれたかのようにピリリと震えた。
「ちょっと、ウィーズリー! 何てこと言うのよ!」
ドラコニアは、椅子を蹴立てんばかりの勢いで身を乗り出した。彼女の瞳には、怒りと、そして大切な恩師を侮辱されたことへの強い拒絶が燃え盛っている。
「スネイプ先生がそんな不謹慎なことをするわけないじゃない! 先生が怪我をしたのは、生徒を守ろうとしたか、あるいは……その、何か正当な理由があったはずよ! あなた、先生のことをそんな風に疑うなんて、最低よ!」
「疑ってるとかじゃないさ! ただの可能性の話だろ! なあ、ハーマイオニー、君だってそう思うだろ!」
「……落ち着いて、二人とも。……でも、ロンの指摘は、仮説としては無視できないわ」
ハーマイオニーは、二人の喧嘩を制するように、しかし冷静に、ハリーの方を向き直った。彼女の思考は、すでにロンの投げた「スネイプ・犬・怪我」という断片的な情報を、一つの理論的な繋がりへと編み上げ始めていた。
「もしスネイプ先生が、あの『何か』を狙って三階へ忍び込もうとしたのだとしたら……あの巨大な犬に襲われて怪我をする、という展開も、論理的な帰結になり得るものだわ。……でも、ハリーの言う通り、他にも『犯人』の候補はいるはずよ」
ハーマイオニーは、手元のノートに、さっそくいくつかの名前を書き込み始めた。ドラコニアは、まだ憤慨した様子でロンを睨みつけていたが、ハーマイオニーの言葉を聞いて、わずかに毒気を抜かれたように、ハリーの顔を伺った。
ハリーは、あえてゆっくりとした動作で、思慮深げに顎に手を当てた。その仕草は、単なる考え事ではなく、周囲の視線を釘付けにし、これから語る言葉に「重み」を持たせるための、計算された演出である。
図書館の静寂の中で、彼が口を開いた瞬間、空気の密度が一段階上がったような錯覚を、同席する三人に与えた。
「ハロウィンの夜、クィレル先生が騒ぎを起こした時……スネイプ先生が三階の廊下へ向かったのを見たんだ」
その言葉は、まるで冷たい水が静かな水面に落ちたかのように、三人の思考を激しく揺さぶった。
「……なんですって!? ハリー、あなた、何を言ってるの!? スネイプ先生がそんな、怪しい場所へ……!」
ドラコニアは、信じられないものを見たという表情で、ハリーを凝視した。彼女にとってスネイプは、敬愛すべき、そして絶対的な信頼を置く恩師だ。その恩師が、不審な動きをしていたという事実は、彼女のプライドを真っ向から否定するに等しい衝撃であった。
「ほら見ろ! やっぱりスネイプは怪しいって! あの嫌な感じ、ただの性格の問題じゃなかったんだな!」
ロンは、まるで自分が正しい証拠を掴んだかのように、声を弾ませた。彼の瞳には、疑念が確信へと変わったことへの、どこか高揚したような光が宿っている。
「待って、ロン! ……感情的に決めつけるのは良くないわ! ……でも、ハリー。その時の状況を詳しく教えて。クィレル先生の騒ぎと、スネイプ先生の動きに、何か直接的な繋がりがあるように見えたの?」
ハーマイオニーは、ドラコニアの感情的な反応と、ロンの性急な結論を冷静に受け流しながら、ハリーの言葉の「真実味」を検証しようとしていた。彼女の瞳は、すでに情報の断片を繋ぎ合わせるための、鋭い分析モードへと切り替わっている。
ハリーは、彼らの反応を一つも逃さず、その「熱量」を観察していた。ドラコニアの動揺、ロンの確信、ハーマイオニーの冷静な分析。すべては、彼が提示した「疑念」という種が、彼らの心に深く根を張った証拠だった。
「 ……そうだね、落ち着いて考えるべきだ。ただ、あの時、スネイプ先生はまるで……何かを急いでいるような、あるいは、誰かの目を盗もうとしているような、そんな独特な雰囲気を感じさせたんだ。……もし、あの騒動が『誰か』にとっての、絶好の隠れ蓑だったとしたら……」
ハリーの言葉は、まるで静かに、しかし確実に毒を回していく蛇のように、四人の間に潜り込んでいった。彼は、スネイプという「目に見えやすい疑念」を提示した後、さらなる「もう一つの楔」を打ち込んだのだ。
「……ただ、僕がどうしても拭いきれない違和感があるんだ。クィレル先生についてもね。……彼はトロールが来たことを伝えた直後に気絶した。でも、よく考えてみてほしい。彼はトロールを『見た』直後に倒れたわけじゃない。……ちゃんと報告を終えてから、倒れたんだ」
その指摘は、図書館の静寂を切り裂く鋭いナイフのように、彼らの思考を突き刺した。
「……! ……ええ、確かに。……なんて言うのかしら。もし、彼が最初から『気絶する準備』をしていたとしたら? 報告という任務を果たした後に倒れることで、周囲の警戒を解き、同時に自分自身の潔白を証明しようとする……。まるで、計算された演技のように」
ハーマイオニーの瞳が、驚愕と知的な興奮で輝いた。彼女の頭脳は、ハリーが提示した「時間のズレ」というパズルの一片を、完璧な論理として組み込んでいく。
「おいおい、ハリー……。まさか、あの、ガタガタ震えてるだけのクィレル先生が、そんな高度な真似ができるって言うのかよ? 信じられないぜ……」
ロンは、まるで怪物の話でも聞かされているかのように、顔を顰めた。彼にとって、クィレルは「弱くて、頼りなくて、少し不気味なだけの男」でしかなかった。その男が、緻密な計画に基づいた「演技」を行っているという可能性は、彼の直感的な世界観を根底から揺さぶるものだった。
「……クィレル先生まで!? 何なのよ、もう! スネイプ先生も怪しいって言うし、今度はあの、おどおどした先生まで……。これじゃあ、学校中の誰が犯人か分からなくなるじゃない!」
ドラコニアは、混乱と苛立ちを隠そうともせずに、机を軽く叩いた。彼女にとって、信頼できる大人たちが次々と疑いの対象に挙げられる状況は、耐え難い不快感であった。しかし、ハリーの指摘した「時間の矛盾」という論理的な罠から、彼女もまた逃れることはできなかった。
ハリーは、彼女たちの動揺を、その激しい感情の波を、すべて飲み込むように静かに見つめていた。彼の内側では、エリート営業マンとしての冷徹な計算が、次なる一手を導き出している。
(……よし、完璧だ。スネイプとクィレル。二人の『怪しい行動』を並列に並べることで、疑念の網を学校全体へと広げた。……そして、この『秘密の共有』は、彼らの間に、逃げられないほどの強固な連帯感を生む。彼らはもう、僕が提示したこの『仮説』という名の檻から、逃げ出すことはできないんだ)
ハリーの瞳の奥には、一瞬だけ、底知れない暗い光が宿ったが、それはすぐに、穏やかで思慮深い「親友」の輝きへと書き換えられた
ハリーは、まるで混乱した現場を収拾する指揮官のように、淀みない口調で結論を導き出していった。彼の言葉は、霧の中に差し込む一条の光のように、進むべき方向を明確に示していた。
「……整理しよう。今の僕たちの『観察対象』は、スネイプ先生とクィレル先生の二人だ。でも、絶対に僕たちが彼らを疑っている、なんてことは悟られてはいけない。……僕たちは、ただ彼らの動向を、適切な距離から、冷静に注視するんだ」
「……ええ、その通りだわ。……非常に賢明な判断よ、ハリー」
ハーマイオニーは、深く頷いた。彼女の瞳には、ハリーの提案に理路整然とした妥当性を認める知的な光が宿っている。
「そして、もう一つ。……僕たちがより確実な情報を得るためには、どうしても話を聞かなければならない人物がいる。……ハグリッドだ」
その名前が上がると同時に、ロンが「あぁ、ハグリッドか!」と声を上げた。
「彼は、三階のあの場所に『何が封じられているのか』を知っている可能性がある。……直接先生方に問い詰めるのはリスクが高すぎるけれど、ハグリッドなら、僕たちの話を聞いてくれるかもしれない。……ロン、もしよければ、放課後に僕と一緒に、彼の小屋へ行かないか?」
「……ああ、いいぜ! ハグリッドなら、話を聞いてくれるはずだ。あいつ、お人好しだからな。……でも、ハリー、変なこと言ったら、僕が『ただの世間話だ』ってフォローしてやるよ!」
「ちょっと、ウィーズリー! あんた、そんな、あの……半人半巨人の男に頼るつもり!? 救いようのない、低俗な考え方ね!」
ドラコニアは、鼻で笑うように言い放った。彼女にとって、ハグリッドのような存在は、純血の誇りや魔法界の秩序から外れた、不確かな存在に過ぎなかった。
「なんだと、マルフォイ! ハグリッドは最高にいい奴なんだぞ! 君みたいに、鼻持ちならない性格の奴とは大違いなんだよ!」
「……なんですって!? この、野蛮な……!」
二人の間に、いつもの火花が散る。ハリーは、そのやり取りを横目に、まるで「手のかかる可愛い妹」が騒いでいるのを見守る兄のような、穏やかな苦笑いを浮かべていた。
(……ドラコニアは、相変わらずだな。……でも、こういう騒がしさも、悪くない。……さて、ハグリッド。はたして彼が重要な情報を語ってくれるか……)
ハリーの意識は、すでに次の「商談」、すなわちハグリッドとの接触へと向かっていた。
「喧嘩はやめよう二人とも。…ドラコニア、僕はハグリットを信用してるんだ」
ハリーの穏やかな、しかし断固とした言葉は、火花を散らしていた二人の間に流れる緊張を、魔法のように静めていった。ドラコニアは不満げに唇を尖らせたものの、ハリーの真っ直ぐな眼差しに抗うことはできず、ふい、と顔を背けることでそれ以上の追及を止めた。
夜の帳が、禁じられた森の深い闇を連れてホグワーツの城を包み込んでいた。
冷たい夜風が、ハリーとロンのローブを激しく揺らす。二人は、暗い森の端にひっそりと佇む、巨大な小屋の窓から漏れる、温かなオレンジ色の光を目指して歩いていた。湿った土の匂いと、遠くで鳴くフクロウの声が、夜の静寂をいっそう際立たせている。
「急ごうぜハリー!ほら、森の端に見える明かり――あそこがハグリッドの小屋だ!」
ハリーは、心臓の鼓動が少しだけ速くなるのを感じたが、それは恐怖ではなく、これから始まる「接触」への、営業マンとしての適度な緊張感であった。
トントン、とハリーが重厚なドアを叩くと、中から地響きのような足音が近づいてきた。
「おやまあ、扉を叩くのは誰かと思えば……ハリーじゃねえか! それにロンまで! よく来てくれたな、さあ入れ入れ! 外は凍えるほど寒かったろ!」
「こんばんは、ハグリッド。約束もなしに急に押しかけてしまってごめんね。ずっとハグリッドとゆっくり話がしたかったんだ」
冷え切った夕闇のグラウンドを小走りに抜け、辿り着いた丸太小屋の中は、燃え盛る暖炉の熱気と獣の匂い、そして煮えたぎる銅の薬缶の湯気に満たされていた。ハリーは完璧に調教された愛想笑いを崩さず、親愛の情を滲ませた眼差しで大男を見上げていたが、その内心は冷や汗で水浸しだった。
「水臭いこと言うでねえ! 組み分けでスリザリンになったって聞いた時は心臓が止まるかと思ったが……顔を見りゃ分かる、お前はちっとも変わっちゃいねえな! さあ座れ、特製の熱い紅茶とロックケーキをたんまり焼いてあるぞ!」
「うわっ、ファング! 涎を垂らして飛びつくなよ! ……ぐっ、このケーキ、相変わらず石炭みたいに硬いな……奥歯が砕けるかと思ったぜ……」
「がはは! 男ならそれくらい噛み砕いて精をつけなきゃいかん! それでハリー、城の暮らしはどうだ? 授業にはついていけてるか?」
巨大な猟犬ファングの荒い息遣いと、テーブルに置かれた凶器じみた硬さの焼き菓子――映画の記憶そのままの情景に圧倒されながらも、元営業マンとしての計算高さが、相手の警戒心を剥ぎ取る最短ルートを正確に割り出していた。
「先生方はみんな素晴らしいよ。……ただ、城の中で少し不穏な噂を耳にしてね。三階の立ち入り禁止の廊下に、恐ろしく凶暴な『三つ首の犬』が放たれているって」
「――ゴホッ、ゴホッ! な、なんちゅうことを……! お前ら、なんでフラッフィーのことを知ってんだ!?」
ハグリッドが自ら漏らした「フラッフィー」という愛称に、小屋の中の空気がピシリと凍りつく。巨大な手を口元に当てて目を丸くする半巨人に対し、ロンは驚きのあまり息を呑み、ハリーは獲物を追い詰める罠の感触をその胸の奥で確かに捉えていた。無自覚に人を欺くことへの微かな快感と、知ってはならない領域へ踏み込む恐怖――二つの相反する感情が、ハリーの神経を鋭利な刃物のように研ぎ澄ませていく。
「フラッフィーっていう名前なんだね。実は本当のことを言うと僕たち三階の禁じられた場所に事故で入ってしまって、その時にあの番犬を見てしまったんだ」
ハリーは穏やかな表情でハグリットを見据えながら語る。
他者から情報を引き出すために、その人が欲しいであろう言葉を選びながら。
「あんなに堂々としていて、誇らしげな番犬は初めて見たよ。……あれほど見事な猛獣を任せてもらえるなんて、やっぱりダンブルドア校長が心から信頼しているのはハグリッドだけなんだ」
「そ、そうよ! フラッフィーは俺の可愛いペットだ。そりゃあ音楽を聴かせりゃコロリと眠っちまうようなお茶目な奴だが……って、いかん! わしは何を口走っとるんだ! あいつが守ってるもんは極秘中の極秘! ダンブルドア先生と、ニコラス・フラメルだけの秘密なんじゃ!」
ハリーが放った、一見すれば純粋な称賛と気遣いに満ちた言葉――それは経験豊富な営業マンがクライアントの懐に滑り込む際に使う、最も甘美で抗いがたい誘導尋問の毒針そのものだった。
「ニコラス・フラメル……!? 聞いたこともない名前だな……誰なんだ、そのフラメルって?」
分厚いオーク材のテーブルを挟み、ハグリッドは自らの巨大な口を両手で塞いで脂汗を流していた。暖炉の爆ぜる火の粉が、丸太壁に掛けられた狩猟弓や燻製肉の影を不穏に揺らめかせている。
「言わん! 絶対に言わんぞ! もう一言も喋らん! ハリー、お前さんって奴は人を乗せるのが上手すぎる……頼むからこれ以上は詮索せんでくれ、俺の首が飛んじまう!」
「分かったよ、ハグリッドを困らせるつもりはなかったんだ。ただ、君が危険なことに巻き込まれていないか心配だっただけさ。……おいしい紅茶をごちそうさま」
澄ました顔で紅茶のカップに口をつけながら、ハリーの内心は激しい罪悪感とパニックで千々に乱れていた。音楽で眠るという最大の弱点から、最重要キーワードである錬金術師の名まで、ものの数分で引き出してしまったのだ。他者の無防備な善意を巧みに操り、欲しい情報をもぎ取る感覚――魂の奥底で微かに疼く冷酷な全能感に、ハリーは自らの内なる闇を垣間見て背筋を凍らせていた。
「なあハリー、今の聞いたか!? フラメルだ! ハグリットのやつ、あっさり核心を喋っちまったぞ……!」
小屋の外へ足を踏み出すと、スコットランドの夜風が凍てつく刃となって二人の頬を撫でた。城の窓々からは温かな灯りが漏れ、図書室で待つハーマイオニーと、地下牢で待機しているはずのドラコニアの姿がハリーの脳裏をよぎる。手に入れた「ニコラス・フラメル」という決定的な鍵を前に、四人の運命の歯車は後戻りのできない速度で噛み合い始めていた。