偽りの救世主と銀髪の蛇姫 (旧:ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件) 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
(代償は倫理観と危機意識の欠如だけど問題ないよね!)
ハリー「生存率上げるためにハンコ押すしかないな!」
今回から1話あたりの文字数増やしていきます。
「……正気なの、あなたたち? 私が留守にしていた数日の間に、あの頭の足りない大男がドラゴンの密猟に手を出したですって?」
ドラコニア・マルフォイは、呆れと軽蔑を隠そうともせず、目の前の三人を睨みつけた。
「おい、マルフォイ! 密猟じゃない、パブのトランプ賭博で巻き上げられたのをハグリッドが保護したんだよ!」
ロンが、すかさず声を荒らげて反論する。
「違法賭博の戦利品を木造小屋で温めているのを、世間では『密輸・密飼育』と呼ぶのよ、ウィーズリー。あの粗野な番人は、昔からろくなことをしでかさないわ。いっそ今すぐ父様に言いつけて、魔法省の役人を送り込んでやりたいくらいね」
「それだけは絶対にやめて、マルフォイ!」
ハーマイオニーは慌てて声を抑えながら割って入った。
「発覚したら、ハグリッドはアズカバン送りよ! だからこそ、私たちが秘密裏に解決しようとしているんじゃないの!」
「落ち着いて、ドラコニア」
険悪になりかけた空気を和らげるように口を挟む。
「ハグリッドの軽率さは僕も庇えないけれど、大事になれば城全体の詮索に繋がる。君の平穏な学校生活のためにも、穏便に片付けるのが最善だよ」
「……ハリーがそこまで言うなら、黙っていてあげるけれど」
ドラコニアは渋々といった様子で視線を逸らした。それから、腕を組んだまま不満げに問いかける。
「それで? その厄介なトカゲを、どう処分するつもりなの?」
「処分じゃない、引き渡しだ!」
ロンが即座に訂正した。
「兄貴のチャーリーから返事が来てさ。四月半ばの週末、真夜中に天文台の塔のてっぺんまで連れてくれば、チャーリーの友だちがルーマニアへ運んでくれるって手筈になったんだ。僕とハリーで運ぶよ」
「はあ……夜間に規則を破って塔に登るなんて、野蛮極まりないわね」
ドラコニアは深々とため息をつき、ロンを冷ややかに見据えた。
「どうせウィーズリーのことだから、足でも滑らせて落っこちるのが関の山じゃないかしら」
夕陽がステンドグラスを朱色に染め上げる図書室の最奥。厳重に閉ざされた書棚の陰で、四人は声を潜めて膝を突き合わせていた。
休暇を終えて戻ってきたばかりのドラコニアは、手入れの行き届いたプラチナブロンドの髪を不機嫌そうに揺らし、青い瞳に冷ややかな蔑視を浮かべながら、ハグリッドへの毒舌を吐き出していた。ロンがそれに噛みつき、ハーマイオニーが小声で窘めるという、休暇前と何ら変わらない賑やかな構図だ。
(やれやれ、相変わらず手のかかる姫様だ)
ハリーは内心で苦笑しながら、尖らせた唇を不満げに結ぶ少女の横顔を眺めていた。
口を開けば純血主義の傲慢な台詞ばかりが飛び出すものの、こうしてわざわざ自分たちの輪に加わり、最後にはハリーの言葉に従って秘密を守ろうとする。その態度からは、根底にある素直さと甘えが透けて見えた。
映画で憎々しげに主人公たちを密告したドラコ・マルフォイの影は、もはやこの可憐で意地っ張りな少女の中には、欠片も見当たらない。
窓の外では、春の夕闇が静かにホグワーツの尖塔群を呑み込もうとしていた。
4月の半ばノーバートの引き渡しは無事決行された。
「よし……行ったぞ! あいつら、本当に箒の間に籠を吊り下げて飛び去っていった!」
ロンが興奮を抑えきれない様子で囁いた。
「声を落として、ロン。まだ無響の帳の範囲内とはいえ、城の風は音を遠くまで運ぶからね。……マントを畳んで、すぐにここを離れよう」
春の冷たい夜風が吹き抜ける天文台の最上塔で、ハリーは柊の杖をひと振りし、足元に展開していた音の防壁を静かに解いた。
透明マントの下で巨大な木箱を運び上げるという難業も、姿を消す布地と足音を完全に掻き消す遮音魔法の二重防御の前には、散歩同然の作業に過ぎなかった。
「へへっ、分かってるよ。それにしてもハーマイオニーのやつ凄かったな。『何があっても今夜は談話室から誰であろうと一歩も出させないわ』って、ハリーの警告を真面目に受けてネビルを捕まえてくれたおかげで、足手まといも出ずに済んだし」
「ネビルは優しいやつだからね。僕たちの計画を中途半端に知ったら、善意で止めに来て自滅していたはずだ。彼女に任せて正解だったよ」
自身が知る映画通の筋書きから外れていることから、本来のドラコ・マルフォイのポジションに別の誰かが入り、自分たちの妨害を行うかもしれないと考えた、ハリーはハーマイオニーにグリフィンドールのドラコニアにはスリザリンの談話室の見張りを依頼していた。
その結果ロンいわく自身が寮から抜け出そうとした際に、ネビルが追いかけてきそうになったところを、ハーマイオニーが行く手を阻んでくれたとのことだった。
マントを素早く畳んでローブの奥へしまい込み、影のように忍び足で城の回廊を降りた二人は、暗がりを縫ってハグリッドの小屋の前へと戻った。
そこには、我が子を遠く奪われた母親のように、巨大な体を震わせて手巾を噛み締める大男の姿があった。
「う、ううっ……ノーバート……! あの子、ルーマニアまでの旅で喉を痛めやしねぇだろうか……籠の中にちゃんとブランデーの小瓶とテディベアを入れてやったが……」
ハグリッドは涙を堪えきれない様子で、遠ざかっていったドラゴンの身を案じていた。
「大丈夫だよ、ハグリッド。チャーリーの友人たちはプロだった。あの子の気性もちゃんと分かっていたし、広い大地で仲間たちと力強く生きられるはずさ」
ハリーがそう慰めると、ロンもすぐに頷いた。
「そうだよ、兄貴がしっかり面倒を見るって言ってたんだから。それよりハグリッド、そんな大きな声で泣いてたら、スネイプやフィルチが見回りに来ちゃうよ」
「お前たち……本当に、ありがとな……! 俺のせいで、こんな危険な真似をさせちまって……!」
ハグリッドは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、二人に感謝の言葉を繰り返した。
「友達の危機を見過ごすわけにはいかないからね。さあ、僕たちも寮に戻るよ。ハグリッドも火を落として、今夜はゆっくり休んで」
ハリーは大男の太い腕を宥めるように叩き、ロンと目配せを交わして小屋を後にした。
夜霧の立ち込める中庭を横切り、エントランスホールでロンと静かに別れる。そこから地下牢へと続く階段を降りながら、ハリーは一人、足音を殺して歩いていった。
冷徹な計算と周到な根回しにより、破滅への導火線はまた一つ、誰の目にも触れぬまま綺麗に断ち切られた。
地下の冷気を感じながら、ハリーの口元には、自らの完璧な手腕を嘲笑うような薄い笑みが浮かんでいた。
分厚い魔術書が整然と並ぶ図書室の片隅で、午後の柔らかな木漏れ日が羊皮紙を照らしていた。
「いやぁー信じられないくらいあっさり成功したよな! フィルチの足音ひとつ聞こえなかったし、今頃ノーバートは雲の上を快適に飛んでるはずだぜ」
ロンが、昨夜の出来事を思い返して興奮気味に言った。
「ふぅ……本当によかったわ。グリフィンドールの皆は活発的すぎるから見張るのが大変だったけれど、減点も退学もなしで済んだんですもの!」
ハーマイオニーは安堵の息を漏らしながら、昨夜の苦労を振り返った。
「フン、当然よ。ハリーが緻密に計画を立てたのですもの、失敗するはずがないわ。……それにしても、あの汚らしいトカゲが片付いてせいせいしたわね」
ドラコニアは涼しい顔で言い放った。しかし、その声にはどこか満足げな響きが混じっていた。
「二人とも協力ありがとう。ドラコニアも黙っていてくれて助かったよ。……さて、大きな厄介事も片付いたことだし、そろそろ現実に戻ろうか。期末試験までもう二ヶ月を切っている。そろそろ本格的に追い込みをかけないとね」
ハリーがそう告げた途端、ロンの表情からたちまち笑顔が消えた。
「うげぇっ……! 頼むよハリー、あんな大冒険の翌日に『勉強』なんて単語を聞きたくないよ……。魔法史の年号も変形術の理論も、頭から全部すっぽ抜けそうだ……」
ロンは悲鳴を上げるように言うと、机の上へ突っ伏した。
「はは、大丈夫だよ、ロン。僕が要点をまとめたノートを貸すし、分からないところは一から噛み砕いて教えてあげるから。一緒に乗り切ろう」
ハリーは苦笑しながら、机に突っ伏したロンの背中を軽く叩いて励ました。
「……ちょっと、ハリー。どうして落ちこぼれのウィーズリーなんかに、そこまで親身になってあげるのよ。……私だって、魔法薬学の細かい調合手順で、ハリーに確認したいところがあったのに」
向かいの席から、ドラコニアが不満そうに口を挟んだ。
ドラコニアは手にしていた羽ペンをパタンと卓上に置き、形の良い眉をわずかに寄せてハリーを睨みつけていた。整った頬を微かに膨らませ、不満を隠そうともせずに腕を組む姿は、名門マルフォイ家の令嬢という威厳よりも、自分だけを構ってほしい幼い妹のような愛嬌が勝っている。
ロンばかりに親切にするハリーの態度が、どうにも面白くないらしい。
ハーマイオニーが呆れ半分で分厚い参考書を開く横で、ハリーは営業マン時代に培った観察眼で、ドラコニアの拗ねた様子をまじまじと見つめた。そして、内心で可笑しさを噛み殺す。
「もちろんドラコニアの疑問も歓迎だよ。君が引っかかるようなハイレベルな調合理論なら、僕にとっても最高の復習になる。後でじっくりディスカッションしよう」
ハリーが穏やかにそう言うと、ドラコニアはわずかに目を見開いた。
「……べ、別に、私一人でも解決できるのよ? でもハリーがそこまで言うなら、付き合ってあげなくもないわ。……ふん、ウィーズリーに教えてあげるより、ずっと有意義な時間になるはずよ」
ドラコニアはそっけなく言い返したものの、先ほどまでの不機嫌さはすっかり消えていた。
「一言多いんだよな、マルフォイは……。でもハリー、マジで頼むぞ。僕、薬草学のラテン名なんて、呪文以上に覚えられないんだから……」
ロンがぼやきながら、手元の教科書を覗き込む。
「もう、無駄話はそこまで! 試験まであと数週間しかないのよ! まずは変形術の基本則から総ざらいするわよ。さあ、ペンを持って!」
ハーマイオニーがきっぱりと言い切り、二人を勉強へ引き戻した。
「はは、よし、勉強会を始めよう。まずは各自、苦手な単元をリストアップすることからだ」
ハリーがそう促すと、四人はそれぞれ机の上の教材に向き直った。
ドラコニアはハリーの言葉に満足げに口元を緩め、整った鼻をわずかに鳴らすと、すっかり機嫌を直して高価な羊皮紙を広げた。
隣ではハーマイオニーが試験用のタイムテーブルを几帳面に書き込み、向かいではロンが頭を抱えながら教科書を繰っている。図書室の静寂の中に、カリカリと羽ペンが走る音と、ページをめくる乾いた音だけが穏やかに満ちていった。
四人の視線が机の上の課題へと集中する中、ハリーはポーカーフェイスを崩さず、内心で深い満足感を噛み締めていた。
(狙い通り、綺麗に意識が逸れてくれたな)
ドラゴン密輸という破滅的なトラブルの処理。そして、立て続けに叩きつけた期末試験という現実的な重圧。
この二連撃によって、ロンとハーマイオニーの意識から、「三階の立ち入り禁止の廊下」や「賢者の石」といった危険極まりない冒険への興味は、完全に吹き飛んでいた。
子どもの好奇心など、より切実で強烈な課題で塗り潰してしまえば、容易にコントロールできる。前世のビジネスで培ったリスクマネジメントの手腕は、この魔法界においても完璧に機能していた。
これでもう、二人が勝手に暴走して地下の罠へ飛び込み、命を落とす危険は極限まで排除された。
※※※※※
六月のまばゆい初夏の陽光が、図書室のアーチ窓から差し込んでいた。分厚い魔術書や試験問題の控えが散らばる机は、黄金色の光に染め上げられている。
学年末試験が終わり張り詰めていた数週間の緊張から解放され、図書室には試験を終えた生徒たちの安堵の吐息と、結果を恐れる囁き声が波のように満ちていた。
「呪文学の実技、パイナップルを踊らせるテンポが少し速すぎたかもしれないわ! それに変形術の嗅ぎタバコ入れ、蓋の装飾に気を取られて、ヒゲの消し残しがないか不安でたまらないのよ……!」
ハーマイオニーは不安そうに眉を寄せ、試験の解答を記した羊皮紙を何度も見返していた。
「相変わらず大袈裟ね、グレンジャー。スネイプ教授の魔法薬学の実技なんて、完璧な物忘れ薬を調合できたのだから、減点の余地すらないわ。ハリーの解答と突き合わせても、理論の記述まで一言一句の狂いもなかったもの」
ドラコニアは涼しい顔でそう言い放ち、手元の羊皮紙を誇らしげに掲げた。
「二人とも素晴らしい出来じゃないか。僕の手応えから見ても、変形術も薬学も満点に近いスコアが出ているはずだよ。魔法史のギャスパール・シングルトンに関する記述も、ドラコニアの書いた年号で合っている」
ハリーが穏やかに太鼓判を押すと、ドラコニアは満足そうに口元を緩めた。
「ふん、当然よ。ハリーとあれだけ予習を重ねたんですもの。学年首位の座をグリフィンドールなんかに譲るわけがないでしょう?」
「君たち、頼むからもうその羊皮紙を閉じてくれよ……。僕なんて、嗅ぎタバコ入れからネズミの尻尾が生えたまま提出したんだぞ……。今さら答え合わせなんて聞いたら、胃から逆流しそうだ……」
ロンは頭を抱え、抜け殻のように椅子へ沈み込んだ。試験の失敗を思い出したくないらしく、目の前の羊皮紙から必死に視線を逸らしている。
「自分の実力不足から目を背けちゃ駄目よ、ロン! 今振り返っておかないと、来年の予習に響くじゃないの!」
ハーマイオニーは厳しい口調でロンをたしなめた。しかし、彼女の視線はすでに来年の試験対策へ向かっているようだった。
「来年のことなんて考えられるかよ……。はぁ、やってらんないぜ。僕、このままハグリッドの小屋にでも遊びに行って、ノーバートがいなくなった寂しさを慰めてこようかな……」
ロンは大きくため息をつき、窓の外へ目を向けた。
「ひとまず長い試験期間が終わったんだ。ロンの気晴らししたい気持ちも分かるよ。でも、ハグリッドの小屋に行くなら、あまり羽目を外さないようにね」
ハリーがそう言うと、ロンは少しだけ顔を上げた。
ハーマイオニーとドラコニアは、それぞれ几帳面に書き残した解答の控えを突き合わせている。二人は火花を散らしながらも、互いの優秀さを認め合うように、細い眉を競わせていた。
(やれやれ、嵐のような試験週間も無事に通過したな)
ハリーは内心で肩をすくめながら、抜け殻のように椅子へ沈み込むロンの赤毛を横目に、手元の羊皮紙を整えた。
前世の時から叩き込まれた徹底的な試験対策。ヴォルデモートの魂の影響による異常な魔術適性。そして、勉強好きという本人の性質。
それらが噛み合った結果、ハリーの成績はおそらく学年トップクラス、あるいは完全な首席に届く水準へ達しているはずだった。
すべては順調そのものだった。二人が賢者の石から完全に意識を切り離している点も含め、盤石の布陣と言える。
しかし、平和を噛み締めるようなロンの何気ない呟き――「ハグリッドの小屋」という言葉が、ハリーの脳裏に眠る映画の記憶の断片を、微かに刺激していた。
「……待てよ? おい、なんか引っかからないか……?」
唐突に顔を上げたロンが眉根を寄せ、散らかった羊皮紙の上へ身を乗り出した。その赤毛の下の瞳には、先ほどまでの現実逃避の気配はなく、異様な緊張感が宿っている。
「何よ急に、ウィーズリー。点数の低さに耐えかねて、今度は幻覚でも見始めたの?」
ドラコニアが羽ペンを止め、呆れたように細い眉を吊り上げた。しかし、ロンは彼女の皮肉を一蹴するように勢いよく首を横に振る。
「違うよ! 卵だよ、ドラゴンの卵! 法律で厳しく禁止されてるドラゴンの卵を都合よくポケットに入れてパブをうろついてる奴が、世界で一番ドラゴンを欲しがってるハグリッドと偶然出くわすなんて……そんな都合のいい話、あるわけないだろ!」
「……呆れた。今さら気づいたの? そんなの、初めから誰かが意図して仕掛けた罠に決まっているじゃない。だからあの野蛮人は頭が足りないのよ」
プラチナブロンドの髪をかき上げながら、ドラコニアが冷淡に鼻を鳴らした。名門マルフォイ家で権謀術数を肌で感じて育った少女にとって、そんな初歩的な謀略など考察に値しない自明の理に過ぎない。しかし、ロンの焦燥はそれだけでは収まらなかった。
「それだけじゃないんだ……! あいつ、前にポロッと漏らしてたろ。卵を譲ってもらう酒の席で、気分が良くなって『三階の番犬の宥め方』までその怪しいマントの男に喋っちまったって……!」
「落ち着いて、ロン。ハグリッドが酔っ払って余計な口を滑らせたのは軽率だったけれど、それで誰かが何か悪さをした形跡は今もあるのかい?」
ハリーは穏やかな笑みを浮かべたまま、紅茶のカップを置くように自然な手つきでロンの激昂を受け流した。だが、少年の野生の勘はすでに火がついてしまっている。
「でも、番犬を突破する方法が漏れたんだぞ!? あの時ハグリッドが教えたのは……確か『首の下撫でたらおとなしくなる』ってやつだっけ? とにかく、三階の仕掛けを破る鍵を悪党が手に入れたってことだろ!」
「え……!? ち、ちょっと待って、それって本当に危ないんじゃないの!? もしその怪しい人物が、あの部屋の奥にある『何か』を狙っているとしたら……!」
本を抱え直したハーマイオニーの顔色が、さっと青ざめていく。図書室の空気が一気に張り詰め、試験終わりの弛緩した空気は吹き飛んでしまった。
机を叩いて興奮するロン、恐怖に目を見開くハーマイオニー、そして「三階に何があろうと知ったことじゃないわ」と白けた視線を送るドラコニア。
その激動する空気の只中で、ハリーは丸眼鏡の奥の緑の瞳を微動だにさせず、完璧なポーカーフェイスを保ち続けていた。
ハリーは内心で冷徹にほくそ笑んでいた。ハグリッドがその見知らぬ男――すなわちクィレルに漏らした「宥め方」は、ハリーが以前、ハグリッドとの何気ない雑談の中でそれとなく吹き込み、すっかり信じ込ませておいた完全なデタラメだったのだ。音楽を聴けば眠ってしまうというフラッフィーの真の弱点は伏せられ、代わりに掴まされた偽の情報。もし侵入者がそのガセネタを信じて犬の前に立てば、待っているのは安眠ではなく、三つの巨大な顎による無慈悲な噛み殺しだけだ。
(……見事な推理だよ、ロン。だが、心配には及ばない。ハグリッドから漏らされた情報は真っ赤な嘘で、クィレルは今日の夜にでも三頭犬の餌になる。"俺”の立てたプラン通りにクィレルに寄生しているヴォルデモートごと……いや、まてヴォルデモートごとだと?)
その瞬間ハリーの背筋には氷水を直接流し込まれたような寒気が走った。
そして冷静に我に返ると同時に愕然とする。
自身が手玉に取ろうとしていたのが何者なのか。
それはかつてダンブルドアでも対処しきれなかった闇の帝王であり、そして何故自分は今の今まで【闇の帝王を自身の策略のみで封殺できる】と考えていたのかと…
「ロンの言う通りよ!」
ハーマイオニーが青ざめた顔で身を乗り出し、机の上の羊皮紙を手で押さえつけながら声を震わせた。
「もしその怪しい人物が番犬の突破法を手に入れたのなら、今夜にでも仕掛けを破って侵入するかもしれないじゃない!」
「くだらない」
ドラコニアは艶やかな銀髪を肩の後ろへ払い、鼻で小さく笑って冷然と言い放った。
「学校にはダンブルドアがいるのよ? 盗人が入ったところで返り討ちに遭うだけだわ。どうして私たちがそんな下品な騒ぎに巻き込まれなきゃならないの」
「でもマルフォイ、もし犯人がダンブルドアが動けない状況を、作ってたりしたらどうするんだよ! なあハリー、君も何か言えよ! このまま放っておいていいのか!?」
ロンが詰め寄るように叫び、焦燥に駆られた視線をハリーへと向ける。
「……落ち着いて、みんな。大きな声を出すと平穏に試験を終えた他の生徒たちの迷惑になるよ。……ロンの懸念はもっともだし、無視していい問題じゃない」
ハリーは静かに両手を広げ、柔らかな声音で熱気を冷ますように語りかけた。
「じゃあ、やっぱり先生たちに知らせるべきよ! マクゴナガル教授にこの卵の件と番犬の話を――」
「待って、ハーマイオニー。確固たる証拠がないまま騒ぎ立てても、ハグリッドが違法なドラゴンを飼っていた事実だけが露呈して、彼が退学やアズカバン送りにされるリスクのほうが高い」
理路整然と淀みなく友人を宥める言葉を紡ぎながら、
(俺は…"僕”は、何を思い上がっていたんだ?!)
心臓が嫌なリズムで跳ね上がる。ハリーはハグリッドに偽情報を吹き込み、完璧に罠を仕掛けたつもりでいた。だが、相手は単なる気の弱い吃音のクィレルではない。その頭の後ろに寄生しているのは、一時代を恐怖で支配した史上最悪の魔法使い、ヴォルデモート卿なのだ。
あの希代の怪物が、「顎の下を撫でたら大人しくなる」などという子ども騙しのガセネタを鵜呑みにするはずがない。仮に試して失敗したとしても、百戦錬磨の闇の知識を持つヴォルデモートなら、力ずくの呪詛や精神支配、あるいはギリシャの魔獣に関する独自の伝承から、真の突破口――音楽による鎮静を見つけ出すことも可能なのではないか?!
(自分が優位に立っている? 手のひらの上で転がしている……? 馬鹿野郎、いつからそんな傲慢な思考に染まっていたんだ……!)
指先が冷たく強張り、丸眼鏡の奥で奥歯を噛み締める。ヴォルデモートの魂の残滓がもたらす高い魔術適性と他者への罪悪感の希薄化。その毒に当てられ、知らず知らずのうちに全能感へと酔い痴れていた自分自身の浅はかさに、猛烈な恐怖が湧き上がった。営業マンとしての危機管理能力を誇っていたはずが、最も初歩的な「競合相手の力量の見誤り」を犯していたのだ。
今夜、あるいはすでに、あの地下室の扉は破られているかもしれない。完璧だと思い込んでいた防波堤は、最初から脆い砂上の楼閣に過ぎなかった。
「おい、のんびり考えてる暇なんてないぞ! 犯人は間違いなくスネイプだ! やっぱりあいつがハロウィンの夜に足を引きずってたのはフラッフィーにやられたんだ!あの部屋の奥にある『石』を盗み出そうとして!」
抜け殻のようだったロンが急に椅子を蹴立てて身を乗り出し、机の上に両手を突いて荒い息を吐いた。
「……なんですって!? あなた、まだそんな馬鹿げたことを言ってるの! 無礼にも程があるわ、ウィーズリー! 我がスリザリンの寮監であり、誇り高きスネイプ教授が泥棒などするはずがないでしょう! 根拠もない下品な言いがかりは絶対に許さないわ!」
ドラコニアのプラチナブロンドの髪が怒りで跳ね上がり、陶器のような白い肌がみるみるうちに朱に染まる。幼い頃から親交のある尊敬すべき師への侮辱に、少女のプライドは激しく逆鱗に触れていた。
「言いがかりなんかじゃない! 証拠ならあるんだ! ハッフルパフとの試合の夜、禁じられた森の端でスネイプがクィレル先生を追い詰めて脅迫してるのを、僕とハーマイオニーはこの目でハッキリ見たんだよ!」
赤毛を逆立てて一歩も引かないロンの怒声に、隣のハーマイオニーが青ざめて慌てて袖を引いた。
「ちょ、ちょっとロン、言わない約束だったのに……! でも、それは事実よマルフォイ。スネイプ教授はクィレル先生に『忠誠の対象をどちらにするか決めろ』って詰め寄って、脅しをかけていたのよ!」
優等生の少女までが神妙な面持ちで事実を肯定すると、ドラコニアの怒りに満ちていた双眸から、急速に生気が抜け落ちていった。
「嘘よ……そんなの、信じるわけがないわ……! あのスネイプ教授が、気の弱いクィレルを脅すなんて……そんなこと、あるはずが……」
小刻みに震え始めたドラコニアの唇と、取り乱して彷徨う視線を受け止め、ハリーは静かに両手を広げて二人の間へと割って入った。
「二人とも、少し言葉が過ぎるよ。ドラコニアが怒るのも当然だし、断片的な会話の断片だけで教授を犯罪者扱いするのはあまりにも短絡的で危険だ」
穏やかで理知的なハリーの声音が図書室の空気を冷ましにかかると、ドラコニアは溺れる者が藁を掴むように、すがるような瞳でハリーを見つめた。
「……ハリー……。嘘よね? こいつらが、スネイプ教授を陥れようとデタラメを並べているだけよね……?」
普段の尊大な気位など見る影もなく、震える手でハリーのローブの端を握りしめんばかりのドラコニアの姿に、ハリーは内心で冷や汗を流していた。
手のかかる可愛い妹分を傷つけまいと努めて穏やかな表情を崩さないでいるが、丸眼鏡の奥の思考は限界まで回転していた。映画の知識を持つハリーには、スネイプがクィレルの裏切りを警戒して牽制していただけだと分かっている。だが、何も知らないロンとハーマイオニーにとってはそれが「スネイプ黒幕説」の揺るぎない決定打であり、逆にスネイプを絶対視していたドラコニアにとっては心の拠り所を叩き壊される精神的打撃だった。
何より、問題の核心はそこではない。本物の黒幕であるクィレル――いや、ヴォルデモートが、ハリーの甘い目論見を嘲笑うかのように、今この瞬間にも『賢者の石』を奪取するために動き出している可能性が極めて高いのだ。
傲慢さによって判断を誤り、偽情報だけで封じ込めたと思い込んで放置してしまったツケが、最悪の形で目の前に突きつけられていた。
安易に美味しい話に乗っちゃダメだよって話ですね!
小説タイトル変更します。3つ考えたのでどれがいいかアンケートに協力お願いします!
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ライバルが可愛いすぎる件〜侵食する闇の魂
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蛇寮の救世主は仮面を脱がない
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偽りの救世主と銀髪の蛇姫