偽りの救世主と銀髪の蛇姫 (旧:ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件) 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
「誰が犯人か、今ここで僕たちが結論を出すのはやめよう。だが、誰かが『石』を狙って動き出している可能性が極めて高いのは確かだ。……まずは、すべてを把握しているはずのダンブルドア校長に直接相談しよう」
「ダンブルドアに!? でも、僕たちが勝手に三階の秘密を嗅ぎ回ってたことがバレたら、大減点か退学になっちゃうよ!」
ハリーの冷静な提案に対してロンは不安げに声を上げた。
「そんなこと言ってる場合じゃないわ! ハリーの言う通りよ。石が盗まれたら、学校どころか魔法界全体の一大事なんだから。大人の、それも一番偉大な魔法使いに任せるのが最善に決まってるわ!」
「……そうね。ダンブルドアに立ち会ってもらえば、スネイプ教授が疑われているなんていう下らない濡れ衣も、すぐに晴れるはずだわ。行きましょう、ハリー」
ハーマイオニーはハリーの意見に賛同し、ドラコニアもまた意を決したように頷いた。
「ああ。話が早くて助かるよ。すぐ校長室へ向かおう」
ハリーは淀みなく言葉をまとめると、震えるドラコニアの肩へ安心させるように軽く手を置いた。そして、三人を促して素早く図書室を後にした。
廊下を進む四人の背中には、それぞれ焦燥や不安、そしてわずかな希望が張り付いている。
だが、先頭を歩くハリーの思考は、彼らとはまったく別の次元で冷徹に回転していた。
(……ダンブルドアに相談する、というのは単なる建前だ)
ハリーは映画の筋書きを知っている。この運命的な日に、ダンブルドアはロンドンの魔法省から届いた偽の至急電報によって城を呼び出され、不在にしているはずなのだ。
校長室へ行っても、彼には会えない。マクゴナガルに直訴したところで、「守りは万全です」と一蹴され、門前払いを食らうだけだろう。
すべては、ハリー自身が『賢者の石』の防衛へ介入するための大義名分を整えるプロセスに過ぎなかった。
(クィレル……いや、ヴォルデモートの動きを甘く見ていたミスは、僕自身の手で挽回するしかない。ダンブルドアが不在だと確認できれば、二人はもちろん、ドラコニアもスネイプの潔白を証明するために同行せざるを得なくなる)
ドラコニアを危険な罠へ巻き込むことには、わずかな躊躇いがあった。
しかし、手のかかる可愛い妹分を自分の目の届かない安全地帯――スリザリン寮――に一人残したところで、スネイプへの疑念に駆られて単独行動を起こす危険のほうが、はるかに高い。
何より、チェスの駒や悪魔の罠、飛ぶ鍵といった関門を迅速に突破するには、原作どおりにロンとハーマイオニーの才覚が必要だった。そこへドラコニアの卓越した実技能力まで加われば、四人は強力な手札を揃えられる。
(四人で突入し、僕がクィレルを仕留める。……あの傲慢さを恥じるのは後だ。今は、完璧なリカバーを打つ)
丸眼鏡の奥でポーカーフェイスを冷たく研ぎ澄ませながら、ハリーは校長室へと続く石造りの階段を、一歩ずつ迷いなく踏み締めていった。
「おや、ポッター。それにマルフォイ、グレンジャー、ウィーズリー……。こんなところで四人揃って何を血相を変えているのです? 試験が終わったというのに、外の陽気を楽しむ気はないのですか?」
大量の羊皮紙を抱えたマクゴナガル教授が、角張った眼鏡の奥から鋭い視線を投げかけて足を止めた。その厳格な姿を認めるなり、ハーマイオニーがすがるように一歩前へ踏み出す。
「マクゴナガル教授! あの、私たち、どうしてもダンブルドア校長先生にお会いしなければならないんです! 今すぐに!」
「校長先生に? いったい何の用です? ……あいにくですが、ダンブルドア先生は今ここにはいらっしゃいませんよ。先ほど魔法省から至急の梟便が届きましてね、急ぎロンドンへ発たれました」
思いがけない教授の言葉に、ロンの顔から血の気がサーッと引いていった。
「いない……!? 今、このタイミングで校長がいないなんて……!」
「教授、非常に差し迫った重大な問題なんです。誰かが城の『賢者の石』を盗み出そうとしています。どうか、至急校長先生をお呼び戻しいただけないでしょうか」
ハリーが努めて冷静に、しかし切迫感を込めて核心の単語を口にした瞬間、マクゴナガル教授の息が喉元で詰まった。
「――っ! な、なぜあなたたちがその名前を……! ……ゴホン、誰からそれを聞いたのかは問いませんが、その心配には及びません、ポッター。あの石は最高の魔法使いたちによって厳重に守られています。何者も盗み出すことなど不可能です。いいですね、これ以上その件に首を突っ込んではいけません。さあ、大人しく外へ行きなさい!」
動揺を取り繕うように激しく捲し立てる教授に対し、ドラコニアが引き下がるまいと鋭い眼差しで食い下がる。
「教授、ですがもしその防壁を破ろうとする不届き者がいたとしたら――」
「結構です、マルフォイ! あなたのような優秀な生徒が根拠のない噂に惑わされるなど失望しますよ。四人とも、寮へ戻るか庭へ出なさい!」
ぴしゃりと拒絶を突きつけると、マクゴナガル教授は抱えた羊皮紙をぎゅっと胸元に抱え直し、四人に背を向けて足早に去っていった。コツコツと遠ざかる硬い靴音が廊下に反響し、やがて完全な沈黙が落ちる。
(……やはり、予想通りだ)
ハリーは内心で冷徹にため息をついた。想定していた最悪のピースが、映画の記憶と寸分違わず嵌まり込んだのだ。ダンブルドアの不在、そして教師陣による完全な門前払い。大人の庇護という安全策は、これで完全に絶たれた。
呆然と立ち尽くすロンの顔からは血の気が引き、ハーマイオニーは爪を噛みながら震えている。そしてドラコニアは、濡れ衣を晴らす道を塞がれた焦燥と苛立ちから、細い拳を強く握りしめていた。
(安全圏から眺める営業の仕事は終わった。ここからは、僕自身が現場に飛び込んでトラブルを処理する番だ)
ハリーは静かに呼吸を整え、恐怖で凍りつきかけた内心の動揺を分厚いポーカーフェイスの裏へと完全に沈めた。
「見ろよ……! 魔法省からの至急電報なんて、あいつがダンブルドアを城から追い出すために仕組んだ罠に決まってる! 今夜だ……今夜、スネイプは石を盗みに入るぞ!」
ロンは去りゆくマクゴナガルを見たあと三人に目を向ける。顔には確信と恐怖が入り混じっている。
「でも、先生たちがああ言うのなら、私たち生徒にできることなんて……。これ以上勝手なことをしたら、退学どころじゃ済まないわ!」
「まだ言っているの、ウィーズリー!? スネイプ教授がそんな姑息な真似をするはずがないでしょう! ……ハリー、あなたもそう思うでしょう!?」
ハーマイオニーは不安そうに、固く拳を握りしめ、ドラコニアはロンを睨みつけたあと、すがるようにハリーへ視線を移した。
「誰が電報を偽造したにせよ、ダンブルドア校長がいない今夜こそが、犯人にとって唯一の決行の機会なのは間違いないよ。……このまま何もしなければ、明日の朝には石が奪われているかもしれない」
ハリーは落ち着いた声で答えた。その言葉に、ロンは勢いよく身を乗り出す。
「ほ、ほら見ろ! ハリーもそう言ってる! じゃあ、どうするんだよ、ハリー!?」
「今夜、僕たち四人で三階のあの部屋へ先回りするんだ。犯人が石を手に入れる前に、僕たちで防衛する」
ハリーがそう告げると、ハーマイオニーは驚愕に目を見開いた。
「正気なの、ハリー!? あの部屋は立ち入り禁止で、恐ろしい死を遂げる場所なのよ!? いくらなんでも危険すぎるわ!」
「……いいわ。私も行く」
ドラコニアは一瞬だけ黙り込んだ。しかし、すぐに顎を引き、決意を込めてハリーの隣へ立った。
「スネイプ教授の無実を証明するためなら、その部屋へ乗り込んで、本当の泥棒の正体を暴いてやるわ」
「ありがとう、ドラコニア。君の実技の腕を頼りにしているよ。……ロン、ハーマイオニー。君たちの知識と観察眼も、どうしても必要なんだ。力を貸してほしい」
ハリーは二人へ向き直り、穏やかに、しかし拒否を許さない説得力を込めて頼み込んだ。
夕闇が廊下のアーチを深い藍色に染め上げる中、ハリーの瞳には恐怖の欠片すら映っていないように見えた。
しかし、ローブのポケットの中で握りしめた杖先は、冷汗でわずかに湿っていた。
(……僕がビビって足を止めたら、その時点で詰みだ)
相手は、ただの泥棒ではない。不完全とはいえ、百戦錬磨の闇の帝王その人だ。
自分の浅知恵による傲慢さが招いたこの事態を清算するには、先手を打って彼らを叩く以外に、生き残る道はない。
営業において最悪のインシデントが発生した時、取るべき初動は「即座の現場突入と火消し」である。
ドラコニアは気丈に顎を引き、ハリーの隣に並んだ。ロンはごくりと喉を鳴らし、覚悟を決めたように拳を握る。
最後まで校則違反への恐怖に苛まれていたハーマイオニーも、ハリーの揺るぎない眼差しに射抜かれ、震えながら小さく頷いた。
(透明マントを使って、消灯後に合流する。悪魔の罠、飛ぶ鍵、魔法のチェス……障害はすべて僕の頭の中にある。ドラコニアを死なせるわけにはいかないし、僕自身もハッピーエンドを諦める気は毛頭ない)
ハリーは内心の震えを鋼の理性でねじ伏せ、薄く笑みを浮かべた。
盤上の駒は揃った。
ここからは、死線の上を歩く挽回劇の始まりだった。
『レデュシオ(縮小せよ)』
静まり返った男子寝室で杖先から放たれた呪文の光は、ベッドの上に広げられた銀色の布地に触れた瞬間、まるで水面に落ちた油のように弾かれ、霧散した。布地には皺一つ寄らず、織り込まれた光沢が静かに揺らめいているだけだった。
(……駄目か。やっぱり、普通の透明マントとは構造も格もまるで違う)
水のように滑らかで、どれほど歳月が流れても決して劣化せず、いかなる呪呪をも受け付けない絶対の遮断性。これこそが童話『三兄弟の物語』に謳われる本物の「死の秘宝」たる証だった。持ち運びやすい大きさに加工するという目論見は外れたが、同時にこのマントが持つ防御性能の絶対性を再認識し、ハリーは気を取り直してそれを丁寧に畳み、脇に抱えて地下の談話室へと降りていった。
緑色の燐光が揺れる暖炉の前には、すでに夜警の目を避けるための深い灰色のローブに身を包んだドラコニアが、硬い表情で佇んでいた。
「遅いわ、ハリー。……本当に、あの二人のグリフィンドールと合流して行く気なのね?」
「ああ。大勢で騒ぎ立てるわけにはいかないけれど、あの二人の知識と機転は絶対に必要になる。……ドラコニア、君が来てくれて心強いよ」
「べ、別にあなたのためじゃないわ。我が寮の名誉と、スネイプ教授の無実を晴らすためなんだから。……それより、その薄汚れた布切れは何?」
「僕の家に伝わる、一番上等な隠れ蓑さ。……二人で潜り込むから、少し身を寄せてくれるかい?」
「――っ! な、何言ってるのよ急に……! ま、まあ、見つかるわけにはいかないし、仕方ないけれど……!」
ドラコニアは耳まで真っ赤に染めながらも、ハリーの差し伸べた腕の中にぎこちなく収まった。銀色のマントが二人の頭上から滑らかに被せられると、外界から完全にその姿が消滅する。さらにハリーは、声を出さずに杖先を微かに振るい、独自の無音結界――『無響の帳(サイレント・ヴェール)』を重ねて展開した。
足音も、衣擦れの音も、二人の浅い吐息さえもが薄い魔力の膜の内側に完全に閉じ込められる。
(これでフィルチの耳も、ノリスの手足も誤魔化せるはずだ。……心臓の音だけは、どうにか自分で抑え込むしかないが)
内心の恐怖を完璧な無表情の裏に押し殺し、ハリーはドラコニアの肩を抱き寄せるようにして、闇に沈む城の廊下を音もなく進んでいった。動く階段の隙間を縫い、目的地であるグリフィンドール塔の太った貴婦人の肖像画の前へと辿り着くと、そこにはすでに落ち着きなく爪を噛むハーマイオニーと、緊張で顔面蒼白になったロンの姿があった。
「ここだ、ロン、ハーマイオニー。周囲を警戒しながら急いで中に入ってくれ」
無響の帳の出力を少し下げ、マントの下から小声で声をかける。
「うわっ、びっくりした……! ああ、そのマントだな。助かった、見回りのフィルチがすぐ下の階をうろついてて生きた心地がしなかったんだ」
「な、何これ……本物の透明マントなの!? それに、足音も私たちの息遣いさえ完全に消えているわ……これ、教科書に載っているような通常の消音呪文(クワイエタス)じゃないわね。独自の隠蔽術式を重ねがけしているの!? 一年生でこんな高度な術を扱うなんて……!」
銀色のマントの内側にすべり込んだハーマイオニーは、空間そのものが外界から切り離されたような独特の静寂と、ハリーが編み出した『無響の帳』の緻密な魔力構造に目を見張り、心底からの驚嘆に唇を震わせていた。
「フン、当然でしょう、グレンジャー。ハリーの魔法の腕を何だと思っているの。……それよりウィーズリー、足を踏まないでちょうだい。ただでさえ四人では窮屈なんだから」
「悪かったよ! 僕だって好きでマルフォイと肩を寄せ合ってるわけじゃないさ!」
四人は肩と腕を密着させ、不格好に歩調を合わせながら、影のように暗い階段を上り詰めていく。
「二人とも、静かに。無響の帳があるとはいえ、油断は禁物だ。行くよ」
冷え切った石壁を掠める風の音だけが、マントの外側を虚しく通り過ぎていく。ドラコニアの張り詰めた緊張と、ロンの震える身体の熱が直に伝わってくる中、ハリーたちはついに、ダンブルドアが「非常に苦痛に満ちた死」を警告した三番廊下の突き当たり、禁じられた扉の前へと辿り着いた。
しかし、そこに待ち受けていた光景は、四人の息を呑ませるには十分だった。
重厚な木製の扉は、閂が外され、すでにわずかに隙間を開けていた。何者かが先行して侵入した動かぬ証拠だった。だが、それ以上に異様なのは、その奥から漂う不自然な気配だった。本来であれば扉越しにすら響いてくるはずの、巨大な三頭犬の荒い鼻息も、床を爪で引っ掻く威嚇の足音も、耳を劈く唸り声も――一切が存在しない。開かれた扉の隙間から漏れ出てくるのは、死に絶えた霊廟のような、冷徹で不気味な完全なる「無音」だけだった。
「杖を構えて。僕の後ろから離れないでくれ」
隙間の空いた扉を静かに押し開けた瞬間、鼻腔を突いたのは濃厚な鉄錆の臭気だった。
「ひっ……! あ、あれ……見て、あんなの嘘でしょう……!?」
「う、うわあああっ……! 死んでる……あの巨大な化け犬が、血の海に沈んで……!」
部屋の中央に横たわっていたのは、天井まで届くほど巨大な三頭犬――フラッフィーの無惨な亡骸だった。
「なんて凄惨な……! 魔法でズタズタに引き裂かれているわ……一体誰が、こんな恐ろしい怪物を力づくで屠ったというの……!?」
「落ち着くんだ、三人とも。……声を落として。敵はまだ、このすぐ下にいるかもしれない」
三つの首はそれぞれ不自然な角度に折れ曲がり、厚い毛皮は鋭利な斬撃呪文で深く抉られ、床一面に赤黒い血だまりを広げている。映画の記憶にあるような、優雅なハープの音色に微睡む姿など微塵もなかった。
(……そうきたか。本来の対処法である音楽で眠らせるではなく、障害ごと力づくでミンチにして突破したのか……!)
ハリーは背筋に冷たい氷柱を突き立てられたような悪寒を覚えながら、ポーカーフェイスの裏で激しく歯噛みした。
部屋の壁や石床には無数の焦げ跡と爆発の痕、そしてフラッフィーの太い爪が深く削り取った抵抗の跡が生々しく残されていた。
(恐らく僕がハグリッドに植え付けたブラフをヴォルデモートが疑い、予めケルベロスに有効な攻撃魔法か何かをクィレルに施したのかもしれない)
そしてハリーの鋭敏な観察眼は、黒ずんだ獣の血糊の脇に飛び散る、鮮やかな赤の飛沫を見逃さなかった。床の石肌に擦り付けられたその血液は、魔力によるものか、あるいは侵入者自身のものか――獣のそれとは明らかに粘度も色合いも異なっている。
ハリーは屈み込み、手袋越しにその赤い飛沫の端に指先を近づけた。表面はまだ完全に凝固しておらず、わずかに粘り気を保っている。
(乾き切っていない……。争いがあったのは、せいぜい数分から十数分前だ。犯人は傷を負いながら、今まさにトラップドアの底へと降りていったばかりだ)
開け放たれた床の落とし戸の暗がりからは、冷たい地下の風と共に、澱んだ悪意の匂いが微かに吹き上がっていた。
「な、なぁハリー……これ、本当に先生たちを呼びに戻らなくていいのか……? 相手はあの怪物を一匹で殺すような奴なんだぞ……!」
青ざめたロンが喉を震わせ、足元の惨劇から目を逸らすようにハリーの袖を掴んだ。その隣で、ハーマイオニーも激しく乱れた息を整えながら必死に同調する。
「ロンの言う通りだわ、ハリー! 血がまだ新しいなら、マクゴナガル教授を呼びに戻るのが一番論理的な選択だわ!」
「馬鹿ね、もうそんな時間はないわ! 職員室まで往復している間に、犯人は石を奪ってホグワーツの外へ姿を消してしまう! ……そうでしょう、ハリー?」
ドラコニアは恐怖をねじ伏せるように声を鋭く尖らせ、縋るような視線をハリーに向けた。濡れ衣の危機に晒されているスネイプを救うため、彼女の焦燥は限界に達している。
「ドラコニアの言う通りだ。ダンブルドア校長がいない今、教師たちを呼んでいる間にすべてが終わる。……石が奪われれば、次に起きる惨劇はこんなものじゃ済まない」
穏やかだが確信に満ちたハリーの言葉に、ロンは震える拳を強く握り直した。
「くそっ……! わかったよ! ここまで来て尻尾を巻いて逃げたら、一生後悔する!」
「私も行くわ……! 本で読んだ防護魔法や薬草の知識なら、きっと役に立てるはずよ!」
恐怖で涙ぐんでいたハーマイオニーの瞳に、知的な決意の光が宿る。それを見たドラコニアは、ふっと薄く口角を上げた。
「ふん、グリフィンドールにしては腹が据わっているじゃない。……ハリー、あなたが先陣を切るなら、私は背中を守るわ。名門マルフォイの名にかけて、絶対に後れは取らない」
「ありがとう、みんな。僕が先に飛び降りて安全を確認する。合図をしたら続いてくれ。……絶対に、四人全員で生きて帰るよ」
落とし戸の淵に立ち、ハリーは底知れぬ暗黒を見下ろした。吹き上がってくる地下の冷気は、まるで巨大な怪物の胃袋から漏れ出る吐息のように湿り気を帯び、死の臭気を孕んでいる。足元に広がる惨劇の光景を前に、胃の腑が雑巾のように絞られるような吐き気と恐怖がせり上がってきたが、ハリーは奥歯を噛み締め、凍りつくようなポーカーフェイスでそれを完全に圧殺した。
(ビビるな。営業の現場で最悪のアクシデントに直面した時、真っ先に逃げ出した奴から死ぬ。状況をコントロールし、損害を最小限に抑え、全員を生還させる――それが今の僕の仕事だ)
極限状態がもたらす冷徹な覚悟の影響か、心臓の激しい鼓動とは裏腹に、思考は研ぎ澄まされた刃のように研ぎ澄まされていく。隣に立つドラコニアの銀灰色の瞳には、恐怖を押し殺した強い意志が宿り、ロンとハーマイオニーもまた、青ざめながらも杖を握り直して覚悟を決めていた。
もはや退路はない。大人たちの庇護を待つ時間は完全に尽きたのだ。ハリーは制服のローブを翻し、暗闇が口を開ける落とし戸の淵へと足をかけた。
「僕が最初に行くから、ハーマイオニー、ドラコニア、ロンの順で続いてくれ!」
「わ、わかったわ! 気をつけて、ハリー!」
「無茶をしないでよ、ハリー! 何かあったらすぐに叫びなさい!」
「しんがりは任せろ! 早く行け、ハリー!」
ハリーの指示に三人がそれぞれ同意を示す。
「行くぞ――!」
暗黒の開口部へと身を投げ出した瞬間、胃が浮き上がるような激しい浮遊感がハリーを襲った。視界を奪う暗闇の中、冷たい突風が耳元を唸りを上げて通り過ぎていく。心臓が喉から飛び出そうなほどの恐怖が全身を駆け巡ったが、ハリーは両腕で頭を庇いながら、映画の知識を頼りに衝撃に備えた。
ボフン、という鈍く湿った音と共に、ハリーの身体は弾力のある巨大な植物の塊へと沈み込んだ。
湿った土と腐葉土の生々しい臭気が鼻腔を満たす。すぐに上空からハーマイオニー、ドラコニア、そして悲鳴を上げたロンが相次いで落ちてきて、柔らかい葉のクッションの上へと転がり落ちた。だが、息を整える間もなく、四人の手足に異様な感触が絡みついてきた。
蠢く黒い蔓草――悪魔の罠(デビルズ・スネア)だ。
しかし、その部屋の様子もまた異様を極めていた。壁際や天井に張り巡らされていたはずの蔓の半分以上は、高熱の魔火によって黒焦げに炭化し、千切れた触手のような茎が床でピクピクと痙攣していた。先を急いだ犯人が、力づくで焼き払いながら強行突破していった残骸だった。だが、残された悪魔の罠は手傷を負った獣のように狂暴化しており、落ちてきた新鮮な獲物を逃すまいと、死に物狂いでハリーたちの首や胴体へと締め付けを強めていく。
「くっ……な、何なのこの植物、身体に巻きついて……離れなさいッ!」
「ぐわっ、息が……! 暴れれば暴れるほど、強く締め上げてくるぞ……!」
(……落ち着け。下手に力で抵抗すれば骨ごとへし折られる。知識はある。光と熱だ!)
ハリーは首筋に巻き付く冷たい蔓の圧迫感に冷や汗を流しながら、ポーカーフェイスを崩さずに素早く思考を回転させた。
「動いちゃ駄目よ! これ、『悪魔の罠』だわ! もがけばもがくほど、早く締め殺されるの!」
ハーマイオニーがロンに向かって叫ぶ。
「動くなって言われても……ぐっ、肋骨が折れそうだ! 早くなんとかしてくれよ!」
「悪魔の罠……っ。暗闇と湿気を好む魔法植物ね……。光と熱に弱いはずよ!」
ロンは苦しそうに声を上げ、ドラコニアは蔦に締めつけられながらも、必死に周囲を観察していた。
「二人とも暴れないで、全身の力を抜くんだ!」
ハリーが二人に向かって指示した。
「ハーマイオニー、ドラコニア、火の呪文を使えるかい!?」
「で、でも薪がないわ!」
ハーマイオニーが戸惑った。
「君はそれでも魔女かよ! 杖があるだろ、杖が!」
「あ、そ、そうよね!『ルーモス・ソレム――太陽の光よ!』」
ロンが怒声によって冷静さを取り戻したハーマイオニーは杖を振るい呪文を唱える。
呪文と同時に、照りつくような閃光が放たれた。
太陽光に匹敵する強烈な熱と白光が炸裂し、陰湿な地下空間を一瞬にして白銀の昼へと塗り替える。
悪魔の罠を構成していた蛇のような蔦が、激しく身をよじった。
生肉が焼けるような、凄まじい音が地下空間に響き渡る。
光と熱を浴びた蔦は、恐怖に慄くように瞬く間に収縮していった。
そして、捕縛されていたハリー、ドラコニア、ロン、ハーマイオニーの身体から一斉に解け、地下の底へと沈んでいき、支えを失った四人は、数フィート下にある冷たい石床へ、次々と滑り落ちた。
「ぐっ…」
ハリーは床に叩きつけられ、小さく呻いた。
しかし、すぐに立ち上がると、近くに倒れていたドラコニアへ手を差し伸べる。
「大丈夫か、ドラコニア?」
ドラコニアはハリーの手をつかみ、立ち上がった。
「ええ……なんとかね」
少し離れた場所では、ロンとハーマイオニーも苦痛に顔をしかめながら、ゆっくりと身を起こしていた。
ハリーは周囲を見回した。
前方には、先刻の侵入者が乱暴に焼き払ってこじ開けた、さらに深部へと続く石造りの通路が口を開けている。
その通路の奥は、濃い闇に包まれていた。
遠くの暗闇から、無数の羽ばたきのような音が微かに聞こえてくる。
それに混じって、金属が擦れ合うような不気味な音も反響していた。
ハーマイオニーが、音のする方向を見つめながら小声で言った。
「……何かいるわ」
ハリーは柊の杖を握り直した。
「全員、僕の後ろに。慎重に進もう」
四人は互いに顔を見合わせた。
そして、ハリーを先頭にして、石造りの通路の奥へと進み始めた。
四人は足音を忍ばせ、冷たい風が吹き抜ける回廊を駆け抜ける。やがて開けた空間へと躍り出ると、そこは高くアーチを描く天井を持つ、広大な石造りの広間だった。
頭上を見上げた一同は、思わず息を呑んだ。
広間の天井一面を、無数の小鳥のような影が狂ったように飛び交っていた。羽音のように聞こえていたその正体は、鳥ではなく、銀色に輝く金属の羽を持った何百、何千という『鍵』だった。そして部屋の対岸には、次の区画へと続く重厚な樫木の巨大な扉が立ちはだかっている。
しかし、その部屋もまた、平穏な試練の場ではなかった。
「おい……見ろよ、あそこ! 箒が何本か真っ二つにへし折られて転がってるぞ!」
「扉の周りも見て……! 強力な爆破呪文で吹き飛ばそうとした痕跡があるわ。でも、古代の防護魔法がかけられているせいで、扉そのものはびくともしていない……!」
ドラコニアが焼け焦げた跡の見える扉を指差しながら告げる。
「侵入者は強引に扉を破ろうとして失敗したんだわ! だから……仕方なく、正規の手順で『鍵』を捕まえようとしたんだわ……!」
その扉を見てハーマイオニーは敵が取ったであろう行動を予測した。
「ああ。だが、敵は相当焦っている。……上を見てくれ。群れの動きが明らかに乱れている」
ハリーの鋭い視線が、天井を旋回する鍵の群れを捉えた。何百という鍵の中で、一回り大きく、銀の羽が片方無惨に折れ曲がって不規則に飛んでいる、古めかしい大きな鍵があった。その表面には、誰かの手から付着したとおぼしき、まだ新しい赤黒い血がべっとりと擦り付けられていた。犯人はその鍵を一度は捕らえ損ね、激しい抵抗に遭ったのだ。
部屋の隅には、まだ無傷の『箒』が一本だけ、何かに怯えるように壁際に立てかけられて残されていた。
これはハグリッド号泣案件ですわ。
小説タイトル変更します。3つ考えたのでどれがいいかアンケートに協力お願いします!
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ライバルが可愛いすぎる件〜侵食する闇の魂
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蛇寮の救世主は仮面を脱がない
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偽りの救世主と銀髪の蛇姫