ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
「ロン、さっき試そうとしていた呪文のことももっと聞かせてほしいな。兄弟が多いと色んな知識が集まりそうだね」
ハリーの自然な気配りと問いかけに、ロンはパッと顔を輝かせ、先ほどまでの気まずさを吹き飛ばすように誇らしげに胸を張った。
「ああ、あれはね! 双子の兄貴たち――フレッドとジョージが教えてくれたんだ。まあ……あいつらのことだから、最初から僕をからかうための出鱈目だった可能性が高いけどさ!」
ロンは自嘲気味に笑いながらも、ハリーが自分の話に真剣に耳を傾けてくれたことが嬉しくてたまらない様子だった。
「でも、兄弟が多いのは本当だよ。一番上のビルはエジプトで呪い破りをやってるし、チャーリーはルーマニアでドラゴンを研究してる。パーシーは今年監督生になったばかりで堅物だけど……魔法の知識だけなら、我が家には山ほど転がってるんだ」
「ドラゴンの研究に呪い破り……!? すごいわ、生きた魔法の現場の話が身近で聞けるなんて、本で読む以上の価値があるわね」
ヒキガエルを抱えたハーマイオニーも、ハリーが作った和やかな輪に引き込まれるように身を乗り出した。自分を誇示するのではなく、互いの良さを引き出すハリーの絶妙な立ち回りは、出自も性格もまるで異なる二人を見事にひとつの会話へと結びつけていた。
その時、コンパートメントの開け放たれた引き戸の外から、コツコツと小気味よい足音が近づいてきた。
「……ずいぶん賑やかなことね。廊下まで声が響いていたわよ」
凛とした、どこか澄ました少女の声。
扉の前に現れたのは、仕立ての良い豪奢なローブを身に纏い、プラチナブロンドの髪を綺麗に整えた――ドラコニア・マルフォイだった。
後ろには大柄な二人の取り巻き(クラッブとゴイル)を従えているが、彼女自身の冷ややかな灰色の瞳は、まっすぐにコンパートメントの中、ハリーの姿を捉えていた。ダイアゴン横丁の洋装店で見せた動揺はすっかり覆い隠され、名門貴族の令嬢としての冷徹な仮面を貼り直しているようだった。
「列車中の噂になっているわ、ハリー・ポッター。本当にこの個室にいたのね」
ハリーは内心で激しく冷や汗を流していた。
(ここで来るのか……! よりによって一番ややこしい組み合わせの時に!)
前世の記憶にある映画の最悪なファーストコンタクトが脳裏をよぎる。だが、大人の理性を総動員して完璧なポーカーフェイスを張り付け、ハリーは穏やかに立ち上がった。
「 また会えたね、ドラコニア。洋装店ぶりだね。無事に列車に乗れたみたいでよかったよ」
「え、ええ……当然でしょう。乗り遅れるような間抜けではないもの」
不意に名前を気安く呼ばれ、ドラコニアは一瞬だけ虚を突かれたように頬を微かに染めた。しかし、すぐに背筋を伸ばし直すと、ハリーの両脇にいる二人に鋭い視線を向けた。その灰色の瞳が軽蔑の色を帯びる。
「それにしてもポッター、忠告しておいてあげるわ。付き合う相手は選んだ方が身のためよ。赤毛にボロ服、一目でウィーズリーと分かるような落ちぶれた純血や……そっちの、いかにもマグル生まれといった野暮ったい身なりの子とつるんでいると、あなたの品格まで疑われるわ」
「なんだと……!? 言わせておけば、マルフォイのくせに偉そうに!」
ロンが耳まで真っ赤にして立ち上がり、拳を握りしめた。ハーマイオニーも眉を吊り上げ、抱えたヒキガエルを庇うように一歩引いてドラコニアを睨みつける。
「事実を言ったまでよ。身の程を弁えなさい、ウィーズリー。……行きましょう、クラッブ、ゴイル。悪趣味な空気に当てられそうだわ」
ハリーが仲裁に入る間もなく、ロンの怒気とハーマイオニーの冷たい視線、そしてハリーの困ったような苦笑いを受け、ドラコニアはこれ以上の追及は気まずいと判断したのか、ツンと顎を上げて踵を返した。プラチナブロンドの髪を翻し、取り巻きを引き連れて足早に去っていく。
残された個室には、ヒリついた空気が残っていた。
「なんなんだあいつは! マルフォイ家は闇の魔術にどっぷりの嫌な奴らばかりだって父さんが言ってたけど、本当にその通りだ!」
「本当に失礼な人ね……! あんな傲慢な態度、許せないわ。……ハリー、あんな子の言うことなんて気にしちゃダメよ。私、そろそろネビルのところに戻るわね。ヒキガエル、本当にありがとう」
怒りを滲ませつつもハリーへの気遣いを見せたハーマイオニーは、丁寧に一礼すると、カエルを大切そうに抱えて自分の席へと戻っていった。嵐のような時間が去り、個室には再びハリーとロンの二人だけが残された。
ハリーはドラコニアが去っていった廊下の先を静かに見つめ、小さく肩をすくめてため息をついた。
「誰にでも突っかかってしまう年頃なのかな……」
大人の視点からすれば、名門の重圧に背伸びをしている思春期の少女特有の空回りにも見えたが、激昂した直後のロンには到底そうは思えなかったようだ。深く腰掛け直し、憤りを隠せない様子で吐き捨てるように言った。
「 年頃の問題じゃないよ、ハリー! あいつらは根っからの悪党なんだ。マルフォイ家は前の戦争の時、例のあの人の一番の取り巻きだったんだぞ。終わった後は『操られていただけだ』なんて嘘八百を並べて罪を逃れたらしいけど、父さんは絶対に信じてない。あの一族は全員スリザリン出身で、あの寮に入った奴で道を踏み外さなかった奴なんて一人もいないんだ!」
ロンの純血としての偏見と、家族から刷り込まれた強い嫌悪感が言葉の端々に滲み出ていた。ハリーは彼の感情を否定することなく、穏やかに相槌を打ちながら、会話を別の角度へと誘導するように問いかけた。
「 なるほど、複雑な歴史があるんだね。……でも、スリザリン出身の魔法使い全員が悪い人だったわけじゃないんだろう? 歴史に残るような、凄い業績を残した魔法使いはいないの?"
純粋な知的好奇心を装ったハリーの問いに、ロンは少し毒気を抜かれたように目を丸くし、頭をかいた。
「 え……? あー、まあ、昔の歴史なら……あの大魔法使いのマーリンだってスリザリン寮だったって話だしな。最高位の勲章の名前にもなってるくらいの伝説の魔法使いだけどさ。他にも魔法省の偉い大臣になった奴とかもいるにはいるよ。野心があって優秀な奴が集まるのは確かだから……」
スリザリンの全否定から、客観的な歴史の事実へと視点をずらされたことで、ロンの表情からは先ほどまでの刺々しさが薄れ、思慮深さが戻りつつあった。
「 ……だけどさ、やっぱり闇の魔法使いになった奴らの大半がスリザリン出身なのは動かしようのない事実なんだ。『名前を言ってはいけないあの人』だってそうだろ? だから僕は絶対に嫌だな。あそこに入るくらいなら家に帰るよ」
ロンは身震いをひとつして、なおもスリザリンへの警戒感をあらわにした。ハリーは否定も肯定もせず、柔らかく微笑みながら話を広げる。
「なるほどね。じゃあ、他の寮はどんな特徴があるんだい? ロンからの印象を教えてほしいな」
「僕の家族は代々グリフィンドールさ。勇気と騎士道精神を重んじる寮で、一番名誉がある。レイブンクローはずば抜けて頭のいい奴らばかりだけど、ちょっと変わり者も多いかな。ハッフルパフは……まあ、残り物が入るなんて言う奴もいるけど、誠実で勤勉な奴が集まるんだ。でも僕は何としてもグリフィンドールに入りたいよ」
ロンの言葉を聞きながら、ハリーは内心で(当たり前のことだけど、聞く相手の立場によって寮の印象は180度変わるな)と冷静に分析していた。ドラコニアから見ればスリザリンこそが至高であり、グリフィンドールは野蛮な集まりに映るのだろう。
だが、客観的な分析の裏で、ハリーの胸中には拭えない不安が澱のように溜まっていった。
(……問題は、僕自身がどこに組み分けされるかだ)
自分はそこそこの大学を出て社会の波に揉まれた転生者だ。本来のハリーのような純粋な向こう見ずの勇気があるわけでもない。計算高く立ち回り、リスクを避けて味方を作ろうとするこの性質を、あの『組み分け帽子』はどう判断するのだろうか。もしグリフィンドールを逃せば、原作通りのハッピーエンドへの道筋は根底から崩れ去りかねない。
焦燥と期待が入り混じる思考を巡らせるうちに、窓の外の景色はなだらかな草原から鬱蒼とした深い森、荒々しい山並みへと移り変わっていった。
夜の闇がすっかり世界を覆い尽くした頃、列車の速度が次第に落ち、車内に案内のアナウンスが響き渡った。
「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は車内に置いたままにしてください。寮へとお運びします」
ハリーとロンは黒い無地の学生ローブに袖を通し、ざわめく通路へと踏み出した。冷え切った夜気の中、ホグズミード駅の狭いプラットホームへと降り立つと、暗闇を揺らすランプの明かりとともに、聞き覚えのある巨漢の野太い声が響き渡った。
「一年生! 一年生はこっちだ! ハリー、元気だったか! よし、全員ついてこい。足元に気をつけろよ!」
ハグリッドが掲げるカンテラの灯りを頼りに、ごつごつとした岩だらけの細い小道を一年生たちの列がぞろぞろと下っていく。冷え冷えとした夜気が頬を撫でる中、ハリーは前方を歩く小柄な背中に、無意識のうちに視線を奪われていた。
揺れるランプの光を浴びて、夜の闇の中でもひときわ鮮やかに輝くプラチナブロンドの髪。ハリーの歩幅からすればほんの数歩先を、取り巻きの二人を従えて背筋をすっと伸ばして歩くドラコニアの後ろ姿があった。立ち居振る舞いの端々に滲み出る名家の育ちと、仕立ての良いローブの上からでも分かる華奢な体躯。
(……それにしても、本当に綺麗な子だな)
悪態をついていた時の尖った表情さえ、整った造形を際立たせるアクセントのようだった。映画で観たあの意地悪な少年とは完全に別次元の、陶器の人形のような可憐さ――そこまで思考を走らせた瞬間、ハリーの背筋に冷たいものが走った。
(……待て、待て待て! 何を考えてるんだ僕は!?)
内心で猛烈にセルフツッコミが炸裂する。外見こそ十一歳の少年だが、中身はとっくに大学を卒業した立派な大人の男性だ。十一歳の少女を前にして「綺麗な子」などと見惚れるのは、倫理的に完全にアウトではないのか。
(まさか転生の影響で性癖まで歪んだんじゃないだろうな……!? ロリコンの才能が開花したとか、笑えない冗談だぞ)
ハリーが額にじわりと脂汗を浮かべ、必死に理性を取り繕っていると、不意に小道のカーブを抜けたハグリッドの歓声が響き渡った。
「ほれ、曲がり角の先を見ろ! もうすぐホグワーツの全景が見えるぞ!」
岩山の切れ目から視界が一気に開けた。鏡のように滑らかな漆黒の黒湖の向こう岸、険しい山の上に聳え立つ無数の尖塔と城壁。満天の星空を背に、窓から漏れる温かな光を灯した巨大な城塞――映画のスクリーンで幾度となく観た、本物のホグワーツ城の偉容が、圧倒的な存在感で子供たちの眼前に現れた。
周囲から「うわあ……」と息を呑む声が上がる中、ハリーもまた、邪念を一瞬で吹き飛ばされるほどの壮大な光景に息を詰まらせた。
「映画……いや、本で読むよりずっとすごい迫力だね」
口から滑り出そうになった前世の単語を慌てて呑み込み、ハリーは星明かりに照らされたロンの横顔へと笑いかけた。ロンは口をあんぐりと開けたまま、ハリーの言い淀みなど気にも留めずに、空を突く巨大な城塞を見上げて頷いた。
「ああ……ビルやチャーリーから話には聞いてたけど、こんなの、想像以上だよ。あんなところでこれから暮らすなんて、信じられないな」
畏敬の念に打たれた少年たちの声が、静かな湖畔のあちこちからさざ波のように重なり合っていた。
「一艘につき四人までだ! 乗り込め、乗り込め!」
岸辺に係留された無数の小さなボートを指差し、ハグリッドの豪快な指示が飛ぶ。ハリーとロンが空いている一艘へと足を踏み入れると、続いて小走りでやってきたハーマイオニーと、おどおどと周囲を気に病むネビルが同じ船へと乗り込んできた。
「『ホグワーツの歴史』にも書いてあったわ。新入生が湖を渡るのは、城の創設者たちが辿った最初の道を辿る伝統的な儀式なんだそうよ」
少し緊張を紛らわせるように早口で語るハーマイオニーの言葉とともに、誰が漕ぐでもなく、ボートの群れは鏡のような水面を滑らかに滑り出した。
ふと視線を横にやると、すぐ隣を並走するボートには、背筋をピンと伸ばして水面を見下ろすドラコニアの姿があった。黒い湖面に反射する城の灯りが、彼女の青白い横顔とプラチナブロンドの髪を淡く照らし出している。
やがて一行を乗せた船団は断崖絶壁の下へと潜り込み、ツタのカーテンを抜けて、城の真下に広がる地下の船着き場へと静かに滑り込んでいった。