ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
地下の船着き場から湿った岩の階段を上がり、厳かなオーク材の大扉の前に整列させられた新入生たちの間には、針を落としても聞こえるほどの緊張が張り詰めていた。案内役を務めるエメラルドグリーンのローブをまとったマクゴナガル教授が、大広間の準備を確認するために一旦奥へと姿を消す。
ハリーは冷やりとした石壁を仰ぎ見ながら、深く息を吸い込み、乱れそうになる呼吸を整えた。
(いよいよ組み分けだ……グリフィンドールに入らなければ、今後のシナリオの再現どころか命の保証すら危うい)
だが、頭ではそう願いつつも、胸の奥底では冷徹な現実主義が警鐘を鳴らしていた。
思えば、自分の精神構造はどこからどう見ても『現代日本の社会人を経験した転生者』そのものだ。知的好奇心と損得勘定、リスクヘッジを最優先にする立ち回り――それは純粋な向こう見ずの『グリフィンドール』というより、知識と理性を尊ぶ『レイブンクロー』か、狡猾さと野心を備えた『スリザリン』の適性そのものではないか。
(もしあの帽子が、僕の魂の本質を暴き出したら……? 『お前は獅子ではない、狡猾な蛇か、冷徹な鷲だ』なんて宣告されたら、どう取り繕えばいい……!?)
胃のあたりがきりきりと痛み出すような焦燥感に苛まれていると、列の数人前で、ふとドラコニアが振り返った。冷たい灰色の瞳がハリーの強張った表情を捉え、ほんの一瞬、試すように細められる。
その視線を受け止めた瞬間、重厚な扉が軋んだ音を立てて開いた。マクゴナガル教授が姿を現し、新入生たちを見据える。
「お待たせしました。大広間へご案内します。皆さん、二列になって私の後につきなさい」
千本の蝋燭が宙に浮かび、満天の夜空を映し出す魔法の天井が広がる大広間へと、運命の扉が開かれた。
(どんな結果になろうと、生き残る道を見つけ出すだけだ……)
ハリーは前を歩くドラコニアの細い背中を見据え、腹の底に冷徹な覚悟を据えた。四つの寮の長机から注がれる何百人もの視線と、宙に浮かぶ無数の蝋燭の熱気のただ中を進み、新入生たちは教職員テーブルの前に横一列に並ばされた。
四脚のスツールの座面には、継ぎはぎだらけの古い帽子が置かれている。つばの裂け目が口のように開き、堂々とした歌声で四つの寮の美徳を歌い上げると、割れんばかりの拍手とともに儀式が幕を開けた。
「名前を呼ばれた者は、スツールに座って帽子を被りなさい。……『アボット、ハンナ』!」
三つ編みの少女がおずおずと進み出て帽子を被ると、一瞬ののち「ハッフルパフ!」と叫び声が上がり、黄色と黒のテーブルから歓声が沸いた。
続いて、少し早足で飛び出していったハーマイオニーが帽子を深く被る。帽子はしばらく唸るように迷っていたが、やがて大声で宣告した。
「 グリフィンドール!」
胸を撫で下ろして小走りに駆けていくハーマイオニーの姿に、ハリーは内心で安堵の息を吐く。原作の歴史は、まだ崩れていない。
やがて、冷たい緊張感が広間を満たす名前が呼ばれた。
「『マルフォイ、ドラコニア』!」
ドラコニアは傲然とした優雅さで歩み出ると、裾を払ってスツールに腰掛けた。帽子がそのプラチナブロンドの髪に触れるか触れないかの刹那、帽子は迷うことなく吠えた。
「スリザリン!」
緑と銀のテーブルから誇らしげな拍手が巻き起こる。ドラコニアは満足げに薄く微笑むと、立ち上がり際、新入生の列にいるハリーへと鋭い視線を投げかけ、誇らしげに顎を引いて席へと向かった。
その後、ネビルが「グリフィンドール」に決まり、帽子を被ったまま走り出そうとして笑いを誘う幕間を挟み、ついにその名が厳かに響き渡った。
「『ポッター、ハリー』!」
大広間が一瞬で静まり返り、次の瞬間、無数の囁き声の嵐が天井の星空を震わせた。
「ポッターって言ったか?」「あのハリー・ポッターか!?」
何百もの熱い眼差しが、一斉にハリーの身体へと突き刺さる。ハリーは呼吸を一つ整え、静かにスツールへと歩みを進めた。
スリザリンの長机でこちらを凝視しているドラコニアの涼やかな視線を受け止め、ハリーはわずかに頷いてから、継ぎ接ぎだらけの古い帽子を手に取った。スツールに腰を下ろし、目深にそれを被ると、視界は瞬く間に遮られ、耳元に直接語りかけるような乾いた声が響いた。
"**組み分け帽子 |** ほう……これはまた、驚くべき頭脳だ。恐ろしいほどに研ぎ澄まされた計算高さ、物事の本質を冷徹に見透かす観察眼。十一歳の器に収まるものとは思えん老成した精神だ……"
ハリーは内心の動揺を押し殺し、心の中で問いかけた。
(……グリフィンドールの可能性はないのかい?)
"**組み分け帽子 |グリフィンドール? ふん、冗談を言うな。お前の奥底にあるのは、血気盛んな蛮勇などではない。常に最悪を想定し、損得を秤にかけ、生き残るための筋道を敷く怜悧な知性だ。獅子の檻に入れば、お前のその緻密な思考は息苦しさに窒息してしまうぞ"
帽子は小さく嘲笑うように呟き、深く唸り声を上げた。
"**組み分け帽子 |** 悩ましいな。実に見事な知の探求心と論理的思考は、レイブンクローで花開く素質を十分に持っている。だが一方で、目的のために手段を選ばぬ狡猾さと、自らの立場を冷徹に演出する野心……これはスリザリンの資質そのものだ。知の探求か、野心と生存か……どちらを選ぶ?"
(レイブンクローか、スリザリンの二択……!?)
背筋に冷汗が伝う。だが、ハリーの脳内では瞬時に損得の計算が弾き出された。レイブンクローの寮の内部事情や人間関係、七年間の動向など映画の知識にはほとんど存在しない。未知の領域に飛び込むリスクはあまりにも高すぎる。
それに比べれば――ドラコがおり、スネイプが寮監を務め、映画でも幾度となくその内情が描かれていたスリザリンのほうが、まだ手の打ちようがある。
(……だったら、スリザリンにしてくれ。僕にはその環境が必要だ)
"**組み分け帽子 |** ほほう……? 世間の評判やレッテルを恐れず、自らの打算と生存のために蛇の巣穴を望むか。見事な合理主義だ。ならば――行くがよい!"
帽子の裂け目が大広間全体に向けて大きく開かれ、雷鳴のような宣告が天井の星空を震わせた。
「 スリザリン――ッ!!」
一瞬の静寂。大広間が凍りついたかのように完全な沈黙に包まれた。
教職員テーブルの中央で、半月型の眼鏡の奥からダンブルドアの青い瞳が鋭く細められ、かつて見たとある少年の影を重ねるように、無言でハリーを見つめている。
そしてスリザリンの席では、ドラコニアが信じられないものを見るように目を見張り、その青白い頬を微かに上気させていた。
痛いほどの静寂が、大広間を満たしていた。何百人もの視線が、まるで物理的な熱量を伴って僕の全身に突き刺さっている。グリフィンドールの席ではロンが絶望的に口を開け、教職員たちも息を呑んで固まっていた。
(……やっちまったあああああ!? いやいやいや、スリザリンって叫ばれた瞬間、広間全体の空気がマイナス二十度くらいまで凍りついただろこれ!? どうすんだよ僕、原作ブレイクどころの話じゃないぞ!?)
心臓は早鐘のように乱れ打ち、背中にはびっしょりと冷や汗が滲んでいた。胃がキュッと縮こまり、今すぐ頭を抱えて叫び出したい衝動が喉元までせり上がる。
だが――ここで取り乱せば、完全に終わりだ。
これから入ることになるスリザリンの同寮生たちにスリザリンに入ったことを後悔していると思われてしまう。
大学や会社でで培ったプレゼン能力と、社会人特有の鉄壁の営業スマイルを総動員する。口角を完璧なミリ単位で引き上げ、あらかじめ計算し尽くしたかのような「すべては想定通り」という冷徹で優雅なポーカーフェイスを張り付けた。
僕はゆっくりと帽子を脱ぎ、スツールの上に丁寧に置いた。そして、ざわめきすら忘れて固まる生徒たちの視線を涼やかに受け流しながら、緑と銀の垂れ幕が下がるスリザリンの長机へと優雅な足取りで歩き出した。
我に返ったスリザリンの生徒たちが、次々と弾かれたように立ち上がり、割れんばかりの拍手と歓声を上げ始めた。「あのハリー・ポッターが我が寮に!」という興奮が、テーブル全体に爆発的な熱気となって広がっていく。
「よくぞ来た、ポッター! 我が寮へ大歓迎だ!」
「ありがとうございます、先輩。伝統あるスリザリンに迎えられて光栄の限りです。どうかよろしくお願いします」
差し出された上級生たちの手を、淀みない流麗な所作と完璧な笑みで握り返していく。社交辞令と品格を織り交ぜた僕のスマートな受け答えに、純血の名家揃いの上級生たちも「ほう……」と感嘆の吐息を漏らし、満足げに頷いていた。よし、初動の根回しと好感度稼ぎは完璧だ。
拍手の波を抜けて空いている席へ向かうと、そこには信じられないものを見るように目を見張ったドラコニアが座っていた。陶器のように白い頬が微かに上気し、灰色の瞳が激しく揺れている。
「 ……まさか、あなたが本当にこちらへ来るとは思わなかったわ、ポッター。てっきりウィズリーたちと同じグリフィンドールに行くとはがり…」
呆気にとられたように尖らせたその唇と、驚きを隠しきれない大きな瞳が、不覚にも酷く可憐に見えてしまう。いかんいかん、邪念を払え。僕は小さく肩を竦め、紳士的な笑みを浮かべて会釈した。
「汽車の中ではゆっくり話せなかったからね、ドラコニア。……これからよろしく」
「――っ。え、ええ……当然よ。私の言った通り、正しい選択ができたようね」
ドラコは気恥ずかしさを隠すようにツンと顎をそらし、ふいと顔を背けたが、その耳の先端は林檎のように赤く染まっていた。うん、やっぱり可愛いなこの子。
席に腰を下ろし、背筋を伸ばして教職員テーブルへ視線を戻す。ダンブルドア校長が静かにこちらを見つめていたが、僕は「偉大な魔法使いが見守ってくれているな」くらいにしか思わず、礼儀正しく軽く頭を下げた。
そして、完璧な笑みを顔面に貼り付けたまま――僕は内心で、猛烈に頭を抱えて絶叫していた。
(……で、これからどうすんだよおおおッ!? 救世主が闇の魔法使いの温床に入学とか、ヴォルデモート陣営に秒で暗殺されるルート入ってないかこれ!? しかもドラコは可愛いし、原作知識は開幕からゴミ箱行きだし……神様、僕の平和な学園生活プラン、初日で完全に詰んでませんか!?)