ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
ダンブルドアの短い挨拶が終わるや否や、黄金の大皿の上に山盛りのローストビーフ、艶やかなソーセージ、こんがりと焼けたポテトが音もなく出現した。周囲のスリザリン生たちが歓声を上げて銀のナイフとフォークを手に取る中、僕もまた優雅な手つきで料理を自分の皿へと取り分けた。
(まずは情報整理と、当面の生存戦略の再構築だ……)
ジューシーな肉を一口運び、咀嚼しながら脳内のフル回転を維持する。
救世主である僕がスリザリンに入ったという異常事態。当然、デスイーターの残党を親に持つ連中からは探りを入れられるし、他寮からは白い目で見られるだろう。孤立無援のまま闇の陣営のど真ん中に放り出されたようなものだ。
そんな過酷すぎる環境で、僕が最優先で確保すべき生命線――それは間違いなく、我が寮監であるセブルス・スネイプだ。
(映画の記憶が正しければ、彼はリリー――僕の母親への愛を理由に、影でハリーを守り抜いた二重スパイ……。だが同時に、父親であるジェームズへの憎悪から、理不尽極まりない減点と嫌がらせを連発してきた男だ)
教職員テーブルの中央やや左、黒髪を油っぽく垂らし、病的なまでに青白い顔をした鷲鼻の男――スネイプへと、僕は食事の手を止めずにさりげなく視線を走らせた。
目が合った。
黒曜石のように光を吸い込む冷酷な双眸が、射抜くように僕を捉えている。その瞳の奥には、愛憎入り混じる複雑な感情と――そして何より、「なぜジェームズの息子がスリザリンにいるのか」という激しい困惑と苛立ちが渦巻いているのが見て取れた。
(……目が笑ってなさすぎる。怖っ……!)
内心で冷や汗を流しながらも、僕はフォークを持ったまま、あくまで礼儀正しく、敬意を込めてスネイプに向けて小さく会釈してみせた。スネイプは眉間に深い溝を刻み、不愉快そうに視線を逸らした。
(よし、敵意がないことのアピールは一歩目だ。問題は最初の魔法薬学の授業……あそこで映画のハリーみたいに舐めた態度を取ったら確実に詰む。あらかじめ教科書を完璧に叩き込んで、質問には完璧に答える。生意気なガキではなく『従順で極めて優秀な生徒』という立ち位置を勝ち取らなければ……)
「 ……ポッター? さっきから何をぼんやりと教職員テーブルを見つめているの? スネイプ教授が気になるのかしら」
ふいに隣から、鈴を転がすような澄んだ声が降ってきた。
見れば、ドラコニアが上品に銀のフォークを動かしながら、探るような視線をこちらへ向けていた。プラチナブロンドの髪が蝋燭の光に煌めき、整った横顔が好奇心に彩られている。
「 教授は私の父上とも親しいのよ。我が寮の寮監でもあるし……もしあなたが粗相をしてスリザリンの名を汚すようなら、容赦なく罰せられるでしょうね。気をつけたほうがよろしくてよ?」
ツンとすました調子で忠告めいた言葉を口にするドラコニア。だがその声音には、見下すような悪意というよりは、妙な世話焼きっぽさと、「私を頼ってもいいのよ」と言いたげな微かな期待が滲み出ているように感じられた。
教職員テーブルからドラコニアへと視線を戻し、僕はふっと息を吐いて真面目な顔を作った。
「 教授の威厳に圧倒されていただけさ。ところで、君はどの授業が一番楽しみなんだい?」
突然の話題の転換と、まっすぐに向けられたこちらの視線に、ドラコニアは一瞬だけ目を丸くした。フォークを握る華奢な手がぴたりと止まる。
「 ――え? な、何よ急に……」
不意を突かれたのか、ドラコニアは少しだけうろたえたように視線を泳がせたが、すぐに咳払いをひとつして、いかにも名門の令嬢らしい誇らしげな笑みを唇の端に浮かべた。
「……ふん、決まっているでしょう。当然、飛行術よ。私は幼い頃から屋敷の庭で箒を乗り回していて、マルフォイの名に恥じない腕前なんだから。一年生がクィディッチの代表チームに入れないなんて、校則のほうが間違っているとすら思っているわ」
自慢げに胸を張るドラコニア。その灰色の瞳は純粋な熱意に輝いていて、年相応の無邪気さが零れ落ちている。ツンとした態度を崩さないようにしながらも、ハリーが自分に興味を持って質問してきたこと自体は、どうやら満更でもないらしい。
「 それと……もちろんスネイプ教授の『魔法薬学』もね。我が寮監の授業で無様な姿を晒すわけにはいかないもの。あなたこそ、マグルの家で育ったというのなら、調合の基礎すら知らないのではないかしら? 足を引っ張らないでちょうだいね、ポッター」
小馬鹿にするような口調を取り繕ってはいるものの、その目元には微かに「教えてあげてもいいけれど?」というニュアンスがちらついていた。
その時、教職員テーブルの中央で、銀色の長い髭を蓄えたアルバス・ダンブルドアが、半月型の眼鏡の奥から静かにこちらを見つめていた。
ドラコニア・マルフォイという純血主義の筆頭格と、親しげに、それでいて完璧な距離感で言葉を交わす『救世主の少年』。その姿に、老校長は他者の心を巧みに掴み、自らの陣営を築き上げていったある少年の怜悧な影を重ね、瞳の奥に深い憂慮の色を宿していた。
教職員テーブルの中央で、アルバス・ダンブルドアはゴブレットを口元に運びながら、静かに大広間の光景を眺めていた。色とりどりの旗が揺れ、生徒たちの笑い声が天井の星空へと吸い込まれていく。その平和な熱気のただ中にあって、老校長の双眸だけは冷徹な観察者の色を失っていなかった。
視線の先にあるのは、緑と銀の長机。
そこに座る、黒髪の小柄な少年――ハリー・ポッター。
(……スリザリン、か)
ダンブルドアは半月型の眼鏡の奥で、青い瞳をわずかに細めた。
リリーとジェームズの息子。赤ん坊の頃に闇の帝王を退け、魔法界の希望の象徴となった少年が、よりにもよって『蛇の巣窟』へと導かれた。それ自体、驚嘆すべき異例の事態ではあった。だが、ダンブルドアの胸を鋭く締め付けているのは、寮の選択そのものではなかった。
少年の、その『振る舞い』だった。
名前を呼ばれてからスツールに座るまでの、静けさ。
宣告が下り、大広間全体が凍りついた瞬間に見せた、寸分の乱れもない身のこなし。
嘲弄や偏見、困惑の視線が集中する極限の状況において、少年は動揺の片鱗すら見せなかった。それどころか、拍手で迎えるスリザリンの上級生たちに対して、まるで何年も前から宮廷の社交界で立ち回ってきた貴族のように、淀みない笑顔と洗練された礼儀正しさで応じてみせたのだ。
マグルの家で、魔法の存在すら知らされずに育ったはずの十一歳の子供に、なぜあのような鉄壁の自制心と、他者の懐に滑り込む人心掌握の術が備わっているのか。
(……かつて、同じ場所で同じように笑っていた少年がいた)
ダンブルドアの脳裏に、半世紀以上前の記憶が蘇る。
孤児院から連れてこられ、瞬く間に教師たちの信頼を勝ち取り、同級生たちをそのカリスマ性で魅了していった、あの美しく怜悧な少年――トム・リドル。
ハリー・ポッターがテーブルの端で、ルシウス・マルフォイの娘と穏やかに言葉を交わしている姿が見える。相手の誇り高さを逆撫でせず、しかし卑屈にならず、絶妙な間合いで心を開かせようとするその手腕。
さらには、教職員テーブルに座るセブルス・スネイプへと向けられた、計算されたように隙のない会釈。
(恐ろしいほどの老成……そして、底知れぬ合理主義)
もしハリーの中に、あの一件――ヴォルデモートの魂の欠片が、肉体だけでなく精神の奥底にまで深く根を下ろしているのだとしたら。彼が自らの力と立場を自覚し、かつての闇の帝王と同じ道を歩み始めたのだとしたら。
(……見守らねばならん。あの少年が光の側に留まるか、あるいは、より狡猾で手の付けられない闇となるかを)
隣で険しい表情を崩さないスネイプの横顔を視界の隅に捉えながら、ダンブルドアは指先でゆっくりとゴブレットの縁をなぞり、底知れぬ憂慮を胸の奥深くに沈めた。
ドラコニアのハリーへの好感度
★★★☆☆☆☆☆☆☆