ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
授業終了を告げる鐘が鳴り響くと同時に、地下教室は片付けの慌ただしい空気に包まれた。スネイプは不機嫌そのものの足取りで奥の私室へと引き上げていく。
ドラコニアが鞄の留め金を鳴らしながら、僕を促すように視線を投げかけてきた。
「 行きましょう、ポッター。次は変身術の教室よ。あんな不手際ばかりの連中と同じ空気を吸うのはもううんざりだわ」
「先に行っていてくれ、ドラコニア。教科書を忘れてきたかもしれないから、少し探していくよ」
ドラコニアは少し怪訝そうに眉をひそめたが、「変身術に遅れたらマクゴナガル教授に絞られるわよ」と言い捨て、クラッブやゴイルを引き連れて地下教室を出ていった。
スリザリンの生徒たちが去り、教室には重い教科書を両腕で抱えて早足に出口へ向かうハーマイオニーと、その数歩先を苦々しい顔で歩くロンの姿が残された。
僕はすぐさま歩み寄り、落ち着いた、だがしっかりと通る声で彼女に呼びかけた。
「ロン、ハーマイオニー少し時間をくれないかい?」
ハーマイオニーの足がピタリと止まった。振り返った彼女の表情には、明らかな警戒と、先ほどの授業で見せつけられた劣等感、そして戸惑いが入り混じっている。
教室の扉の向こうへ出かけていたロンも足を止め、眉を吊り上げて振り返った。
「なんだよポッター、何の用だ? スリザリンの奴が偉そうにグリフィンドールに指図する気か?」
トゲのあるロンの言葉を、ハーマイオニーは手で制した。彼女は抱えた教科書をぎゅっと抱き直し、顎を引いて僕を見据える。
「 ……何の用かしら、ポッター? 私は次の授業の準備で忙しいの。あなたの知識を自慢しに来たのなら、間に合っているわ」
刺々しい言葉とは裏腹に、その茶色い瞳の奥には「なぜ自分ではなく彼が答えを知っていたのか」という純粋な知的好奇心と、列車での穏やかなやり取りへの未練が微かに揺らめいていた。
廊下の左右を素早く見やり、肖像画の視線さえ届かない死角を確保する。スリザリンの生徒も、他の教授の気配もない。僕は一歩間合いを詰め、二人にだけ届く抑制されたトーンで口を開いた。
「寮の違いで壁を作りたくないんだ。……実は、列車で話せなかった重要なことがある」
張り詰めた声音の重みに、ロンは口を開きかけたまま硬直し、ハーマイオニーの瞳が鋭く細められた。知的好奇心と警戒心が、彼女の頑なな態度をわずかに揺さぶる。
「……重要なこと? 列車で話せなかったって、マルフォイがいたから言えなかったとでもいうの?」
「おいおい、騙されるなよハーマイオニー! こいつは緑のローブを着てるんだぞ。マルフォイの取り巻きになって僕らをからかう気――」
「 ちょっと黙ってて、ロン! ……話って何なの、ポッター。手短に言って。次の授業まで時間がないわ」
ハーマイオニーは抱え込んだ教科書に指を食い込ませ、探るように僕の緑の双眸をじっと見つめていた。
胸の奥から絞り出すような、深く重いため息を落とす。僕は自嘲気味に口元を歪め、両肩をわずかに落として、途方に暮れる一人の「11歳の少年」の輪郭を完璧に演じた。
「僕自身、自分がなぜここに入れられたのか分かっていないんだ……誰も信じられなくて、君たちを頼りたかった」
細く震えるような声音。緑の双眸に浮かべた頼りなげな光は、名門大卒の処世術と計算の上に成り立っている。だが、マグル界の虐待じみた環境から突然放り出されたというハリー・ポッターの背景を思えば、これ以上なく真実味を帯びて響いた。
ロンが息を呑み、突っかかろうとしていた言葉を喉の奥で詰まらせる。
「 え……君、帽子に自分から頼んだわけじゃないのか……?」
「 ……ポッター、あなた……」
ハーマイオニーの強張っていた表情が、見る間に動揺と庇護欲めいた色へと塗り替えられていく。彼女は本質的に正義感が強く、困っている者を放っておけない質だ。ましてや、マグル育ちで何も知らずに闇の魔術の巣窟へ放り込まれたとなれば、その同情心は容易に刺激される。
「 スリザリンの寮生たちは、あなたに酷いことをしているの? マルフォイも、あなたを利用するために近づいているだけなのね……?」
「だから言っただろ! あそこは悪党の巣窟なんだ! ハリー、君は……そんな奴らと一緒に部屋にいるのかよ……!」
ロンの敵対心は、一瞬にして同情と「救い出さなければならない仲間」への連帯感へと変質しかけていた。二人の純粋な感情が、僕の手のひらの上で見事に転がり始めている。
僕は悲痛な面持ちで小さく頷き、縋るような視線を二人へと向けた。指先をかすかに震わせ、怯えを押し殺そうとする痛々しい仕草を付け加える。
「表向きは合わせているけれど、本当は怖いんだ。だから、外の君たちと繋がっていたい」
「 ハリー……! くそっ、あんな奴らに囲まれて、一人で耐えてたのか……!」
ロンの単純で熱い正義感が沸点に達し、ぎゅっと拳を握りしめた。僕は視線をわずかに泳がせ、言い淀むように言葉を継ぐ。毒の中にわずかな甘さを混ぜるように、ドラコニアの名を口にした。
「マルフォイは……僕を守ってくれているようにも見えるけど、裏があるのかもしれない」
庇うようでいて、完全には信じ切れていない孤独な少年の逡巡。その絶妙なニュアンスは、ハーマイオニーの聡明な頭脳に完璧な「正解」を導き出させた。彼女の瞳に、使命感に燃える光が宿る。
「 当然よ! マルフォイ家が純血至上主義なのは本にも書いてあるわ。有名なあなたを手懐けて、自分の家格を誇示する道具にしたいだけに決まってる! ……ハリー、あなたが一人で抱え込む必要なんてない」
ハーマイオニーは抱えていた教科書を抱え直し、一歩踏み込んで僕の手元をしっかりと見つめた。その眼差しは、先ほどの刺々しさが嘘のように温かく、頼もしい友人のそれへと変わっている。
「表向きはスリザリンとして振る舞いなさい。目をつけられたら危険だもの。でも、図書館や自習の時は私たちがいるわ。情報交換をしましょう。私、あなたが孤立しないように手伝う!」
「ああ! 何かあったらすぐ言えよ。僕たちグリフィンドールが、絶対にお前を守ってやるからさ!」
二人の純粋な保護欲と連帯感は、すでに盤石の域に達していた。敵対するはずだった主人公トリオの絆は、僕の演出した「哀れな潜入者」という構図によって、奇妙な形で強固に結ばれようとしていた。
「マルフォイのことも、もう少し様子を見てみるよ……彼女が本当に悪人なのか、見極めたいんだ」
割り切れない思いを抱えたまま、それでも相手を信じようとする純真さ。その表情に、ロンは苦々しげに顔をしかめつつも、何も言い返せなくなった。
「お人好しすぎるぞ、ハリー……でも、君が無事ならそれが一番だ」
「気をつけなさい。彼女は狡猾よ。でも、あなたがそう決めたなら……私たちは外からあなたをバックアップするわ」
僕は周囲の薄暗い石壁の陰を素早く見やり、靴音や気配を探るように耳を澄ませた。緊張感を醸成する完璧なタイミングで、小声で促す。
「教授や他の生徒に見られるとまずい。授業に遅れる前に急ごう」
「 ええ、急ぎましょう! 次の授業が終わったら、昼休みに中庭の東側で落ち合えるかしら? あそこなら目立たないわ」
「 またな、ハリー。無理すんなよ!」
二人は頷き合い、階段を駆け上がっていった。
一人残された僕は、冷たい地下牢の空気の中で静かに息を整え、完璧なスリザリン生の仮面をかぶり直す。これでグリフィンドール側の足場は確保できた。あとは、待たせているであろう「彼女」の機嫌を損ねないように合流するだけだ。
変身術の教室へと続く階段を上がると、踊り場の柱の陰に、腕を組んで不機嫌そうに爪先を鳴らす華奢な人影があった。プラチナブロンドの髪が、窓から差し込む陽光を反射して白銀に輝いている。
「……遅いわよ、ポッター。教科書を探すのに何分かかっているの? 置き去りにしてやろうかと思ったわ」
ドラコニアは眉をきゅっと吊り上げ、尖らせた唇で僕を睨みつけた。しかしその薄い灰色の瞳には、遅刻への怒りというよりも、自分を置いてどこへ行っていたのかという純粋な不満と、ほんの少しの安堵が滲んでいた。
僕は何食わぬ顔で教科書を軽く掲げてみせた。
「 机の奥に入り込んでいてね。待っていてくれて助かったよ、ドラコニア」
ドラコニアはフンと小さく鼻を鳴らし、ツンと顔を背けた。だが、結んでいた唇の端が微かに緩むのを、僕は見逃さなかった。
「 べ、別にあなたを心配したわけじゃないわ。我がスリザリンの生徒が初日からマクゴナガル教授に減点でもされたら、寮の恥だからよ。……ほら、早く来なさい!」
踵を返して早足に歩き出す彼女の背を追い、僕たちは並んで変身術の教室へと向かった。
***
誰もいないはずの地下牢の踊り場。石壁の冷気だけが漂うその空間の隅で、ふわりと光が歪み、空気の皮膜が剥がれ落ちるように老魔術師の姿が浮かび上がった。
アルバス・ダンブルドアは、半月形の眼鏡の奥で、恐ろしいほど冷徹な光を湛えて二人の去っていった廊下を見つめていた。
(……信じがたい狡猾さと話術じゃ)
ダンブルドアの胸中をよぎったのは、感嘆ではなく、骨の髄まで凍りつくような強い警戒と戦慄だった。
先ほどハリーが見せた一連の振る舞い。
グリフィンドールの純真な二人――グレンジャーとウィーズリーの心の隙間を正確に見抜き、哀れな被害者を完璧に演じて見せたあの手腕。相手が最も求めている言葉を、最も効果的なタイミングで、震える声と絶妙な表情で与えてみせた。あれはとても、マグル界の物置で育ったばかりの11歳の少年ができる芸当ではない。
何より恐ろしいのは、その周到さだった。
ドラコニア・マルフォイの手綱を握り、スリザリンの権力層に深く食い込みながら、同時に背後ではグリフィンドールの生徒たちに「自分はスリザリンに虐げられている潜入者」と信じ込ませ、完全に味方につけている。双方に対してまったく異なる仮面を使い分け、どちらからも絶大な信頼と庇護欲を勝ち取っているのだ。
老魔術師の脳裏に、半世紀前、かつてこの城を歩いていた美しく怜悧な少年の姿が鮮烈に重なった。
トム・リドル。
教職員の誰もが彼を「礼儀正しい聡明な優等生」と信じ込み、その裏で冷酷な支配の手を伸ばしていることに気づかなかった。だが、いま目の前にいるハリー・ポッターの手口は、あのリドルの学生時代よりもさらに狡猾で、洗練されているとさえ言えた。悪意を誇示するのではなく、「善意」と「弱さ」を武器にして他者の心を支配している。
「……ハリー、お主は一体…」
呟かれた老人の低い声には、かつての救世主に対する慈愛の残滓はなく、ただ防衛線を敷かんとする指導者の冷たい響きだけが宿っていた。
変身術の教室。並んで座るハリーの横顔を、ドラコニア・マルフォイは机の下で組んだ指をぎゅっと握りしめながら、盗み見るように観察していた。
教卓の前で、ハリーは何の気負いもなくマッチ箱を完璧な銀の針へと変えてみせ、厳格なマクゴナガル教授から「見事です、ポッター」と絶賛を受けていた。スリザリン生に対するあのグリフィンドール寮監の偏見さえ、ハリーの圧倒的な実力と礼儀正しさの前には通用しない。
(……なんなのよ、この男の子は)
ドラコニアの胸の奥が、熱く、甘く、酷く落ち着かないリズムで跳ねた。
マグルのもとで酷い扱いを受け、何も知らずに魔法界に来たはずなのに、どうしてあんなにも優雅で、聡明で、落ち着いているのか。
今朝の魔法薬学でもそうだった。スネイプ教授の厳しい試練をやすやすと乗り越えただけでなく、授業の合間には「待っていてくれて助かったよ、マルフォイ」などと、信じられないほど柔らかい笑みを向けてきたのだ。
普段、純血主義の傲慢な少年たちに囲まれて育ったドラコニアにとって、ハリーの態度はあまりにも異質だった。卑屈でもなく、かといって威張り散らすでもない。一人の少女として丁重に扱われ、大切にされているような――そんな錯覚さえ覚えてしまう。
昨夜、組み分けの直後に父ルシウスへ送ったフクロウの手紙。
そして今朝、朝食の席で届いた父からの返信を、ドラコニアはローブのポケットの上からそっと確かめた。
『ハリー・ポッターがスリザリンに入ったというのは真実か。……ドラコニア、よく聞きなさい。ポッターはお前が考えているような単なる哀れな孤児ではない。彼が「生き残った男の子」となったのは、我々の知らぬ強大な闇の力、あるいは比類なき魔法の素質を秘めているからに他ならない。我がマルフォイ家にとって、彼を味方に引き入れることは至上の利益となる。いかなる手を使ってでも、彼の信頼を勝ち取りなさい。彼の一番の理解者となり、決して他寮の者たち――特にあの薄汚いウィーズリーなどに奪われてはならない』
父の冷徹な政治的指示。
だが、今のドラコニアにとって、その命令はもはや都合のいい「口実」に過ぎなかった。
(お父様がそう言うなら、仕方ないじゃない……)
ドラコニアはハリーに気取られないよう小さく息を吸い、ツンと尖らせた唇を緩めないように必死で虚勢を張る。
(私が傍にいて、この無防備でお人好しな男の子を守ってあげなきゃいけないんだわ。……ウィーズリーなんかに、絶対に渡すもんですか)
ハリーがノートを取るその綺麗な指先を見つめながら、ドラコニアは自分の中で芽生え始めた独占欲めいた感情に、まだ気付いていなかった。
ドラコニア好感度メーター
★★★★★★☆☆☆☆
ダンブルドア警戒度メーター
★★★★★★★★☆☆