ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
僕が視線を落とすと、机の下でドラコニアの小さな両手が、ローブの布地をぎゅっと握りしめているのが見えた。どこか張り詰めたようなその横顔に、僕は最も自然で、かつ親愛の情を滲ませた柔らかい微笑みを向ける。
「 君のサポートのおかげでうまくいったよ、ありがとう」
低く、隣の席にしか届かない密やかな声。
その言葉が耳朶を打った瞬間、ドラコニアはびくりと肩を跳ねさせ、弾かれたようにこちらを向いた。
「――っ! な、何を言っているのよ……!」
ドラコニアの陶器のように白い頬が、耳の付け根まで一気に真っ赤に染め上がっていく。彼女は慌てて自分のマッチ箱に視線を落とし、動揺を隠すように杖を強く握り直した。
「私が……何かしたわけじゃないじゃない。あなたが勝手にうまくやっただけよ。……ば、馬鹿みたいにお礼なんて言わないで」
早口で捲し立てる声はわずかに上ずり、いつもの傲慢な語気はどこかへ吹き飛んでいた。ぷいと顔を背けたものの、視界の端に映る彼女の銀灰色の瞳は、隠しきれない喜びと困惑で揺れている。
「 ……でも、まあ。あなたが失敗して我が寮の恥にならなかったのは、褒めてあげてもいいけれど……」
小さく尖らせた唇から漏れた呟きは、ほとんど聞こえないほどの囁き声だった。彼女の細い指先が、照れ隠しのように机の上のマッチ箱をカチャカチャと弄んでいる。
教室の前方では、マクゴナガル教授が教卓から鋭い視線を巡らせていたが、スリザリンの二人が授業を妨げることなく真面目に取り組んでいると見て取ると、小さく頷いて別の生徒の指導へと移っていった。
思えば、ダドリーの誕生日、あの埃っぽい階段下の物置で目を覚ました瞬間から、僕の生存戦略は始まったのだった。
前世の記憶――大学を卒業し、熾烈な就職戦線や複雑な人間関係を論理と社交性だけで立ち回ってきた経験。そして、かつてスクリーン越しに浴びるように観た『ハリー・ポッター』の断片的な映画の知識。自分がその主人公たるハリーに転生したと理解した瞬間、僕が真っ先に目指したのは「原作通りの大団円」であり、何よりも「生き残ること」だった。
だが、ダイアゴン横丁で出会ったドラコ・マルフォイがまさかの美少女だった時点で、僕の計算には大きなバグが生じていた。映画の記憶にある傲慢な金髪坊ちゃんはどこにもおらず、そこにいたのは意地っ張りで不器用な純血の名門令嬢。組み分け帽子にスリザリンとレイブンクロー勧められた際にスリザリンを選んだのも、彼女と対立するより懐に入り込んだ方が生存確率が上がると踏んだからだ。
ダンブルドアという絶対的な守護神が背後に控えている以上、僕が多少スリザリンで優等生として振る舞おうと、彼が僕を闇堕ちしたと疑うはずがない――あの偉大な白の魔法使いなら、僕の隠れた苦心や善性を見抜いてくれているはずだ。そんな甘い確信すら抱いていた。
***
昼休み。大広間へ向かおうとするドラコニアに対し、僕は眉間に微かな苦痛を滲ませ、腹を押さえながら「少しお腹の調子が悪くてね。医務室か寮のベッドで少し休むよ」と申し訳なさそうに告げた。彼女は「だ、だらしないわね……!」と悪態をつきつつも、どこか本気で心配そうな視線を投げかけてきたが、なんとか一人で抜け出すことに成功した。
秋の爽やかな風が吹き抜ける、中庭の東側。
回廊の太い石柱の影に、落ち着かない様子で立っている赤毛の少年と、分厚い本を抱えた巻き毛の少女の姿を僕は見つけ出した。
「 お、ハリー! こっちだ、無事だったか!」
「しっ、声が大きいわよロン! ……ハリー、マルフォイたちに怪しまれずに来られたの?」
二人は僕の姿を認めるなり、まるで敵陣から生還した潜入工作員を迎えるかのように、真剣かつ安堵に満ちた表情で駆け寄ってきた。
冷たい石柱の影で、僕は強張らせていた肩をわざとらしく落とし、長く震える息を吐き出した。そして、緑の瞳に疲労と安堵を絶妙な比率で混ぜ合わせ、二人に弱々しい笑みを向けてみせる。
「なんとか抜け出せたよ。君たちの顔を見たら、少し緊張が解けた」
その一言は、二人のグリフィンドール生の正義感と庇護欲に、これ以上ないほど劇的な着火を果たした。
「やっぱりあいつら、君に何か酷いこと言ってんだな……! スリザリンの奴らめ、英雄のお前を囲い込んで良いように利用する気満々じゃないか!」
ロンは怒りで顔を真っ赤にし、ポケットの中で拳を握りしめた。その瞳には、過酷な環境で耐え忍ぶ親友への同情と義憤が満ち満ちている。
「気をしっかり持って、ハリー。あなたは一人じゃないわ。……午前中の変身術の授業、遠くから見ていたけれど、マルフォイがずっとあなたに張り付いていたでしょう? 彼女、何かあなたに探りを入れてこなかった?」
ハーマイオニーは分厚い本を胸に抱きしめ、真剣な眼差しで僕の顔を覗き込んできた。彼女の知性はすでに、ドラコニアが僕に異常な執着を見せていることを見抜いている。ただし、それが「政治的監視」や「悪意ある陰謀」によるものだと、完全に誤読した上でだが。
回廊のアーチの隙間から、秋の木漏れ日と穏やかな風が差し込んでいる。
目の前の二人は、僕をスリザリンという悪の巣窟で孤独に戦う潜入者だと疑いもせず、その純真な絆をこちらに差し伸べていた。
「 昼飯も食ってないんだろ? ほら、これ大広間からくすねてきたトーストとリンゴだ。食えよ、ハリー」
ロンがローブのポケットからナプキンに包んだパンを差し出す。その真っ直ぐな優しさは、大人の打算で動く僕の胸に、ほんの少しの罪悪感をチクリと走らせるほどに温かかった。
僕はお腹を押さえる手をそっと下ろし、自分に向けられた痛々しいほどの同情を押し返すように、ぎこちなく口角を持ち上げた。まるで、己の苦境を隠して健気に振る舞う少年のように。
「僕のことは大丈夫だ。それより、二人の授業はどうだった? グリフィンドールでの生活を聞かせてほしいな」
差し出されたトーストを受け取りながら向けたその無理な笑顔は、二人の胸を鋭く締め付けたようだった。ロンは唇を噛みしめ、ハーマイオニーは大きな瞳を微かに潤ませて息を呑んだ。
「 君ってやつは!……自分のことより僕らの心配かよ。どこまでお人好しなんだよ、ハリー……!」
「 ええ、グリフィンドールは暖炉があってとても温かい場所よ。でも、そんな話、あなたが無理をしてまで聞くことじゃないわ。……授業なら、マクゴナガル教授の変身術は厳しかったけれど、あなたが完璧に成功させたのを見て、みんな息を呑んでいたのよ」
ハーマイオニーは抱えていた教科書をぎゅっと抱き直し、周囲の柱の影を油断なく見回しながら、声を一段低く落とした。
「 でもね、ハリー。変身術の最中、マルフォイが何度もあなたを盗み見て、顔を赤くしたり険しい顔をしたりしていたわ。あの子、間違いなくあなたに対して何か裏の意図を持ってる。……あなたを罠に嵌めようとしているんじゃないかしら」
「そうに決まってる! マルフォイの父親は、あの『例のあの人』の熱心な支持者だったって噂だ。その娘がハリーに馴れ馴れしく近づくなんて、裏がないわけないだろ。ハリー、あいつの言うことは絶対に真に受けちゃダメだからな!」
二人の純粋な忠告は熱を帯び、石造りの回廊に静かに木霊した。
彼らはドラコが浮かべていた少女特有の照れや動揺を、冷酷なスリザリンによる「狡猾な心理戦の兆候」と完全に解釈しているようだった。
僕の手が触れた瞬間、ロンとハーマイオニーの表情は引き締まり、その瞳には「友を守る」という固い決意が宿った。
「 二人がそう言ってくれて本当に心強いよ。何か怪しい動きがあったらすぐに相談する」
「 おう、任せとけ! 僕らはいつだって味方だからな!」
「何かあればすぐに図書室か、フクロウを使いなさい。無理は絶対に禁物よ」
二人は僕の背中を気遣うように見送りながら、足早にグリフィンドール生が屯する広間の方へと戻っていった。完璧な情報同盟の成立だった。
トーストを素早く平らげ、口元を拭って息を整えた僕は、大広間へと続くエントランスホールへと向かった。昼休みの喧騒が収まりかけ、午後の授業に向かう生徒たちの足音が重なる中、柱の影で不機嫌そうにつま先をトントンと鳴らしている金髪の少女の姿があった。
ドラコニア・マルフォイ。
彼女は僕の姿を視界に捉えるなり、眉を吊り上げてツカツカと詰め寄ってきた。
「ちょっと、ポッター! お腹の調子が悪いって言ったくせに、どこをふらついていたのよ!」
その声音は刺々しかったが、銀灰色の瞳はどこか不安そうに揺れ、僕の顔色を隅から隅まで確かめようとしていた。
「医務室にはいなかったし……まさか、変なマグルの病気でも発症したのかと……べ、別に心配したわけじゃないけれど! スリザリンの生徒が初日から倒れたりしたら、我が寮の名折れだもの!」
早口で言い繕いながら、彼女は僕の顔をじっと見上げ、ツンと唇を尖らせてみせた。
僕が申し訳なさそうに眉を下げ、穏やかで柔らかなトーンで言葉を紡ぐと、ドラコニアの青白い肌が一気に赤みを帯びた。
「 ごめんね、少し外の空気を吸ったら落ち着いたんだ。待たせて悪かったよ」
「 ――っ! ま、待ってたわけじゃないって言ってるでしょ! 勘違いしないでよね!」
彼女は慌てて目をそらし、銀のブローチを留めたローブの襟元をぎゅっと引っ張った。尖らせた唇の端が微かに震え、怒っているのか照れているのか判別のつかない表情で、ツンと顔を横に向ける。
「……でも、まあ。顔色はさっきよりマシみたいね。午後の授業で粗相をされたら、隣に座る私の迷惑になるところだったわ」
そう早口で付け足したドラコニアは、ちらりと盗み見るように僕の体調を確かめると、ふんと鼻を鳴らして歩き出した。しかし、その歩調は普段の傲慢な早足とは違い、僕の足並みに合わせるように不自然なほどゆっくりとしている。
午後の日差しが差し込む石造りの廊下の先、ダンブルドアの校長室に通じる螺旋階段の陰から、銀髭の老校長がその光景を静かに見つめていることなど、二人は知る由もなかった。
ドラコニア好感度メーター
★★★★★★★☆☆☆