BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~ 作:冬冬✻
――――――――――――――――
理性とは、己が存在を完成させるための鍵
狂気とは、己が存在を不完全な獣へと堕とす枷
狂気という枷は理性という鍵でのみ外すことができる
即ち、内なる狂気を削ぎ落とし、純粋な理性のみをこの身に宿した時にこそ、完成された生命への大いなる扉は開かれるのだ。
――――――――――――――――
虚圏。世界を構成する三千世界の内、最も異質で、恐ろしい世界。そこにあるのは、希望に満ちた眩さではなく、決して埋まらない乾きだけである。残り二つの現世や尸魂界とはその在り方が根本的に異なっているのだ。強ければ生き、弱ければ死ぬという弱肉強食の連鎖が条理であり、強さこそ正義、弱さこそが罪となる。ある者は力を求め、他を喰らう。またある者は条理を否定し、喰らうことを拒む。そして、当然虚たちの中にも、力でそれら全てを統べる者もいた。
***
――110年前
虚圏
そこには、瀞霊廷に降り注ぐような陽光は存在せぬ。果てしなく続く白い砂丘と、上空に浮かぶ真黒の海。そこは太陽に忘れられた世界。月光だけが彼らを照らし、怒鳴り声すらも届かない。しかし、そんな世界にも静寂を破る場所がある。白い砂漠の彼方の巨大な宮殿。闇夜に造られし真白のそれは奇妙なほどにはっきりとした輪郭で聳える。宮廷内には、幾つもの部屋があるが、その中の一つに、実験施設のような、巨大な部屋が用意されていた。床には無数の虚が倒れている。あるものは頭を砕かれ、また、あるものは胴を引き裂かれている。しかし、それらはマシな部類だ。元の姿などわからないほどに原形を留めぬ個体も少なくない。その惨状の中心に、一体の虚が立っている。虚の中の選ばれし存在、大虚。その大虚の進化の頂点。最上級大虚――ヴァストローデ。それは、通常の虚とは比較にならないほどの霊圧を宿し、存在自体、極めて稀なものとされている。しかし、部屋の中心にいるのは、紛れもなくその一体であった。彼は周囲に散らばる残骸を静かに見渡して呟く。
「……困ったなぁ」
やがて、溜息に似た声を漏らした。
薔薇色の髪と純白の仮面、その隙間からは
黄赤色の瞳が冷たく顔を覗かせている。
「これでは、何の意味もないじゃないか」
その声に偽りはない。心の底から眼前の光景を不本意だと感じている。表情には一切の喜びもなく、ただ不満だけが浮かび上がっていた。
「せっかく、あれほどの時間を掛けて集めたというのに……」
足元の残骸を一つ拾い上げる。紫色の長い爪で白い欠片をそっと摘み、表面を観察し始めた。そして、突然何かを確かめるように指先に少しだけ力を込める。
――パキッ。
乾いた音とともに、残骸が砂のように砕け散った。どうやら力に耐えられなかったらしい。指先に微かな感覚だけが残る。
「……ああ。これも駄目か」
また、残念そうに呟く。その声には、ほんの少しだが、怒りのようなものも混じっていた。
そんな実験場の隅で、ただ一体だけ、まだ生きている虚がいた。その体には他の者たちと違い傷はない。彼には既に戦意などなかった。それどころか、目の前の大虚に視線を向けることすらできず、ただ下を向いている。だが、当然のことである。彼の目の前では、自分の同胞や、それとは異なる場所から連れてこられた者も含めて、数百の虚が過酷な実験の末に、命を落としていったのだ。ある者は抵抗を試みたが、頭を砕かれた。また、ある者は泣き縋り命乞いをしたが、手足をもがれ、息絶えた。中には全てを諦め、黙った者もいた。大虚はそんな虚に対して、『そのまま、動かないでくれよ?そうすれば君に素晴らしい死を与えられる』と言った。口を閉ざしていた者も、その言葉を聞いて最終的には悲痛の声を上げたが、やがて静かになり、二度と口を開かなくなった。中心に立つ男は天井を見つめていたが、突然自分の方を向いてきた。
「……君が最後か」
そう言って、一歩踏み出す。
――コツン
――コツン
硬い床を残骸など気にせずに真っ直ぐ進んでくる。その音が嫌なほど鮮明に流れ込んできた。そして、それから逃れるように、壁に背を押し付けた。しかし、それ以上逃げられない。そのまま伸びてきた指先が、喉元へ届いたその瞬間のことだった。
その手が、ぴたりと止まっていた。助かったのか?いやその逆だ。触れられた身体が崩れ出していたのだ。
「本当に、忌々しい」
その声には、明確な殺意と狂気が滲み出していた。
「何故、こうも上手くいかない……
何故、私の足を引っ張る……
何故、君たちはそこまで弱いんだ……!!」
次の瞬間。
――ミシッ。
部屋の壁が軋んだ。
――ミシ、ミシミシッ。
音は、瞬く間に周囲へ広がる。床に細かな亀裂が走り、天井から砂塵の白い雨が降り注ぐ。大気が軋むほどの凄まじい霊圧。それはまるで、空間そのものが巨大な何かに握り潰さるようだった。床に散らばった残骸も次々と崩壊していく。背を押し付けていた壁面にも巨大な亀裂が走り、その瞬間、視界が暗転した。
あぁ、どうやら自分は死んだらしい。
楽に死ねてよかった……
そんなことを思いながら、虚の体は崩壊した。それを見ていた、大虚は一歩として動かない。不愉快そうに立つだけであった。だが、周囲の全ては彼の存在に耐えきれないようであった。
「……ああ」
暫くして、その男が小さく声を漏らした。
「……いけないな」
次の瞬間。先程まで空間上を満たしていた巨大な霊圧が、嘘のように静まり返る。
「思わず、感情的になってしまったようだ。
理性が狂気に負けることは、完璧な生命への一歩を大きく妨げる。はやくこの忌々しいものを捨て去りたいものだ……」
彼は、先程の怒りなどなかったかのように、冷静であった。
「力の増加と共に、狂気も増していく。研究者として、困るんだよ……それでは」
直後。
「クックックック……」
不意に、部屋の入口から低い笑い声が響いた。彼もそれに気づき、視線を動かす。そこには、骸骨のような王の姿があった。頭上に王冠を頂き、黒い毛皮を纏っている。彼こそが、虚圏の王。バラガン・ルイゼンバーン。
この宮廷の主であり、闇夜を支配せし者だ。王は部屋に入ると実験場の床を見渡す。
「相変わらずじゃのう」
残骸と成り果てた者たちと違い、その声には、怯えなど微塵もない。それだけで、何故、彼が虚圏という弱肉強食の世を統べているかが伺える。そして、王は怯えるどころか、その口から皮肉を発した。
「研究だ何だと騒いでおきながら、結局はこの有様か」
「…………」
「わざわざ、儂に集めさせた虚共も、全て息絶えておるではないか。実にお前らしい狂気だ」
王はひどく愉快そうに笑った。
「それほど殺しが好きならば、いっそ研究者などやめてしまえばよかろう。お前の力があれば、すぐに数万の屍を築く殺戮者となるだろうに」
その言葉を受けても、大虚は何も答えない。
やがて王の存在にも興味が薄れたのか、その視線は足元の残骸へ戻っていた。バラガンは、その様子を眺めながら、もう一度喉を低く鳴らした。
「クックック……」
そして、ゆっくりと口を開く。
「一つ提案がある。聞いてみるか?
お前も早く新しい実験体が欲しいのであろう……」
「のう?ザエルアポロよ」
その名を呼ばれた最上級大虚が、静かに顔を上げた。白い仮面の奥。その眼が、王へと向く。そして、不敵な笑みを浮かべた。
「……何でしょう、陛下?」
彼の名は、ザエルアポロ・グランツ。
虚圏最狂の最上級大虚である。
第4話 THE KING AND THE MAD SCIENTIST OF YORE 完
Q. 柊が登場しない、原作キャラ中心のエピソードについてどう思いますか?
-
1. 原作キャラの掘り下げは積極的に見たい
-
2. 本筋に関わるなら歓迎
-
3. たまに挟む程度ならいい
-
4. 柊中心のエピソードを優先してほしい