BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~ 作:冬冬✻
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私の全てをあなたに捧げる
見返りなど求めてはいない
ただあなたの傍にいることが
私の全てとなるのだから
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――二番隊隊舎。その門の前で、一人の青年が立ち止まっている。五番隊第三席、柊周介。彼は先程から、手元の書状と眼前に聳える門を交互に見つめていた。
「……何だろう」
書状の差出人は、四楓院夜一。二番隊隊長であり、隠密機動の総司令官でもある人物だ。
彼女とは以前から面識があり、時折こうして呼ばれることもある。だが、今回は少し様子が違う。受け取った書状にはただ一言だけ記されている。『儂のところへ来い』それだけである。
「……俺、何かやらかした?」
最初は何かの手違いだと思った。理由が抜け落ちただけだろうと。そこで、五番隊まで書状を届けた二番隊の隊士に聞いてみたが、夜一からの指示は柊三席に渡してこい、というものだったらしい。仕方なく平子に事情を説明すると、『夜一さんから呼ばれとる?ほな、行った方がええんちゃうか。行かんかったら後で何されるかわからんやろ。あと、行くならついでにトリートメント買ってきてや。今日、15時から特売らしいねん』と、随分あっさり送り出された。最後の方は、自分で行けトリートメントお化け、と少し文句を言いたくなった。ただ、断れば確実に仕事を放って買いに行くだろうから、やむなく引き受けたわけだ。
最近、無駄に計算高くなってないか?あの人
「……まあ、15時なら間に合うでしょ」
そう呟くと、柊はいよいよ門をくぐった。
***
時は少し前に遡り、二番隊隊舎の一角。数名の隊士が立ち話をしている。
「……また出しゃばってたよな」
「誰がだ?」
「砕蜂だよ。先程の訓練でも、俺たちにあれこれ注意してきただろう」
「ああ……」
「夜一様に気に入られてるからって、随分偉そうじゃないか?」
「確かにな……」
「どのみち、実戦では役に立たずの若い女のくせして出しゃばりやがってよ……」
「まあ、四楓院家に仕える者だ。俺たちみたいな一般兵とは立場が違うんだろうぜ、立場が」
くつくつと笑い声が漏れた。その時だった。
「……何か問題があるのか」
背後から声がした。振り返った隊士たちの表情が、一瞬にして固まる。そこには、小柄な女性が腕組をしながら立っていたのだ。黒髪に、鋭い眼差し。若くして隠密機動の任務に携わる少女、砕蜂である。
「いや、その……」
隊士の一人が気まずそうに口を窄める。
「先程の注意について、不満があるのなら直接言え」
「…………」
「誤りがあったのなら改める。だが、必要であったのなら従ってもらう。それだけだ」
砕蜂は、淡々と続ける。声を荒らげることはない。それが逆に隊士たちを青ざめさせている。
「……失礼しました」
一人が頭を下げた。他の者も次々とそれに続く。砕蜂は暫く彼らを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「次の任務に備えろ。以上だ」
そう言い残し、その場を離れる。すると、背後から、再び小さな声が聞こえてきた。本人たちも意識しているようで、何を言っているのかまでは聞き取れない。しかし、あまり好意的なものでないことは分かる。
「…………」
砕蜂は歩みを止めない。夜一様にお仕えしてからというもの、そうした言葉を向けられることは多々あった。
女だから。
若いから。
夜一の近くにいるから。
彼らにとって、理由などいくらでもある。最初の頃こそ、砕蜂もその言葉の暴力に、少し心を痛める時もあった。だが、今となっては
彼らにどう思われようと構わないと考えている。自らの価値は己の役目を果たし、この身の全てを懸けて夜一様にお仕えすること。
それ以上に重要なものなど、今の砕蜂にはなかった。
***
「夜一さん、失礼します」
「おお、来たか柊!」
障子の向こうから、明るい声が返ってきた。柊が障子を開けると、部屋の奥に夜一が座っている。いつもと変わらぬ愉快そうな笑みを浮かべて。
「お久しぶりです」
「うむ。久しいのう。まあ、座れ」
「はい」
勧められるままに腰を下ろす。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「ん?」
夜一は眉を寄せて首を傾げている。
「いや、書状をいただいたので……
俺、何かやらかしました?」
夜一は一瞬ポカンとしていたが、直後吹き出して、盛大に笑い出す。
「別にお主が何かしたから呼んだわけではないぞ。単に暇じゃったから呼んだだけじゃ」
夜一がニッと口角を上げる。
「……はい?」
「暇じゃった、と言うたのじゃ」
「いや、それは聞こえましたけど……」
「何じゃ、聞こえておったか。その歳で難聴にでもなったかと心配したぞ」
「いや、話そらさないでくださいよ。それに難聴になったら、平子隊長と夜一さんじゃないですか?原因」
「かっかっか! 相変わらず反応が面白いやつじゃ」
夜一は膝を叩きながら声を上げて笑い始めた。
「俺、これでも仕事の途中で来たんですよ?」
夜一が珍しいことを聞いたという顔をする。
「お主がか……平子は何と言うておった?」
「行ってこいって言われました。行かなかったから後で何されるかわからんって」
「もっともな意見じゃな」
「あなたが肯定しないでくださいよ…」
柊は頭を抱える。そんな柊の苦悩などお構いなしに、目の前の彼女は楽しそうに笑っていた。一頻り笑った後、卓上の茶を手に取って夜一が言う。
「まあよいではないか。たまには仕事など忘れて、儂の話し相手になれ」
「それなら、最初からそう言ってくれればよかったのに」
夜一が首を傾げながら、キョトンとした顔で問いかける。
「お主はそれで来るか?」
ああ、なるほど……
「行きませんね」
「そういうことじゃ」
夜一にまんまと嵌められていたのである。
「相変わらずの性格ですね」
「よく分かっておるではないか」
「分かってるなら直してください」
部屋の端には、そのやり取りを黙って聞いている砕蜂の姿があった。夜一の少し後ろ。いつでも命令に応じられる位置に、姿勢よく控えている。
砕蜂は目の前の青年を見つめる。柊周介、五番隊の三席。隊務で平子と共に二番隊を訪れて来た際に初めて会った。それから、会えば少し言葉を交わす。それくらいの関係だ。何かと妙なところに気づく男、というのが砕蜂から見た彼への印象である。他の者が聞き流すようなことに、思いもよらぬ疑問を口にする。実際、初めて二番隊を訪れた際も、話し合いの場で、若いながらに平子と夜一の気づかぬ部分を指摘していた。そして何より、夜一によく揶揄われている。現に、今も目の前で彼女に遊ばれているようだ。本人はそれに困り果てていたが。つまり、砕蜂からすると、柊周介という人物はどうにも掴みどころのない者であった。まあ、別に悪い男という印象があるわけではないが。
「そういえば夜一さん」
「何じゃ?」
「浦原さん、十二番隊には慣れましたかね」
「どうじゃろうな」
「ひよ里は相変わらずだと思いますし、少し大変そうだなって」
「かっかっか! まあ、簡単にはいかんじゃろうな」
「やっぱりそう思います?」
「ああ。じゃが、喜助なら何とかするじゃろうな。確かにあやつは、好んで人の上に立つものではない。けどの、任されたからにはそれをやり遂げようとする。昔からそういう男じゃ」
「夜一さんが言うと、なんか大丈夫そうな気がしてきますね」
「じゃろう?」
柊は頷く。
「俺も、浦原さんならいつかひよ里とも、上手くやれるようになると思ってるんです」
「ほう?」
夜一が眉を上げながら、興味深そうにしている。
「少なくともあの人は、ひよ里の言うことをあしらって終わりにはしなさそうだと思うので」
「……そうじゃのう。あやつはひよ里の言うこと全てを真面目に聞いた結果、逆に怒鳴られるかもしれぬな」
『一々、そこに反応せんでええねん!!このアホ!!』
「ああ……ありそうですね」
二人は顔を見合わせて笑う。
そんな彼らを、砕蜂は黙って見ていた。
正直、何がそこまで面白いのかは分からない。浦原喜助の話など、砕蜂にとっては全く興味が湧かないのだ。柊も柊で何故、奴の名前を出したのか。夜一があの男の話をしているのはあまり気分がよくない。だが、夜一はとても楽しそうだ。なら、自分が口を挟む必要はないと思い再び視線を落とした、その時だった。
「そういえば、砕蜂さんはどう思います?」
不意に、声が飛んできた。
「……何?」
思わず顔を上げた。
柊がこちらを見ている。
「浦原さんみたいな人、どう思います?」
「……くだらん」
砕蜂は短く答える。
「そもそも、私は奴の態度が気に入らん」
「……まあ、そうですよね」
柊が苦笑しながら、頬を掻く。
「分かっているのなら聞くな」
「いや、実際のところ、砕蜂さんならどう答えるのかなって、ちょっと気になったので」
思わず、眉を寄せる。どうにも調子の狂う男だ。この男は私が怒ろうにも、タイミングを掴みづらい。
そんなやり取りをする二人を見ていた夜一が諌めるように口にする。
「まあよいではないか、砕蜂」
「夜一様?」
「お主もこちらへ来て、話に交ざれ」
夜一からの思わぬ誘いに砕蜂は慌てて答える。
「い、いえ! 私はここで控えておりますので!」
少し不満そうな顔で夜一が問いかける。
「何じゃ。儂と話をするのは嫌か?」
「そ、そのようなことは決して!」
砕蜂は強く否定してしまう。
しまった――
「ならば決まりじゃな!」
夜一は満足そうに頷いている。
「…………」
断れるはずがなかった。いや、別に話に交ざること自体が嫌なのではない。夜一と話すことが嫌なはずが無かった。ただ、問題はその内容だ。なぜ、自分まで浦原喜助の話をしなければならないのか……
それだけが、納得のいかなかった。そう思いながらも、砕蜂は夜一の側へ移動していく。柊は少し横にずれて彼女に場所を空けた。
「どうぞ、砕蜂さん」
「……ああ」
短く答え、腰を下ろす。夜一はそんな二人を眺めながら、何やら楽しそうにしていた。
***
「それにしても、柊」
夜一が唐突に口を開いた。
「はい?」
「お主、砕蜂とは何度か顔を合わせておるじゃろう?」
「まあ、そうですね」
「ならば、こやつが普段どんなことをしているか、知っておるか?」
「……いや、あまり詳しくは知らないですね」
柊は隣の砕蜂へ目を向けた。
「隠密機動のお仕事をされているのは知っていますけど……あまり普段のことは」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
夜一は満足そうに頷いている。
「ならば、儂が少し教えてやろうかのう」
「夜一様!?」
砕蜂が勢いよく顔を上げる。その声には、僅かな困惑が混じっていた。しかし、夜一は何食わぬ顔で返す。
「何じゃ、砕蜂」
「そのようなお話を、わざわざする必要は……
そもそも、柊も私の話を聞きたいわけではないでしょうし……」
「柊よ、聞くか?」
「まあ、俺は聞いてみたいです」
「だそうだぞ、砕蜂」
「しかし……!」
「まあ、よいではないか」
なぜ夜一は自分の話をしたがるのか。
なぜ柊はわざわざ自分の話を聞こうとするのか。砕蜂には、全くもって理解できなかった。
そんな砕蜂の悩みを全く気にせず、夜一は語り出す。
「そもそも、こやつは中々の努力家でな」
夜一は実に楽しそうな様子で続けていく。
「一度始めたことは、途中で投げ出そうとせん。儂がもうよいと言うても、納得するまで続けようとすることがある」
「へえ……」
柊は興味深げにそれを聞いていた。
「以前も、実戦の中で力不足を感じたところがあったらしくてのう。月の下、一人で剣を振り続けておった」
「夜一様! そのお話は……!」
「何じゃ、事実じゃろう?」
「それは、そうなのですが……」
砕蜂は口ごもった。
実際に、その時のことを自分も覚えている。
戦闘の際に、虚に捕まり命を落としかけたところを、夜一に救われた。本来自分が守護するべき相手に、逆に守られた。そのことに己の力不足を感じ、桜の木の下で一人刃を振り続けていたのだ。そんな時に夜一が自分のもとへやって来て『よいか、砕蜂。剣の振りはこうじゃ』とその手でお教えになったのだ。忘れるはずがない。いや、忘れたくない大切な記憶だ。
「それに、任務の準備も丁寧じゃ。儂が出向くと分かれば、必要なものを先回りして揃えておる」
「……なるほど」
柊は、興味深そうに話を聞いている。
「じゃが、こやつの一番面白いところは、そこではない」
「そうなんですか?」
「うむ」
夜一は砕蜂へ視線を向けた。
「儂が何か危ないことをすると、真っ先に止めて来おる。ひどく慌てた様子でな」
「……当然です!」
砕蜂は即座に答えた。
「夜一様の身に何かあれば、私は!!」
「正に、こんな感じじゃ」
「儂が大丈夫と言うても、なかなか引き下がらん。時には儂に意見することもあるぞ」
「それは、夜一様の御身を案じてのことで……!」
「分かっておる、分かっておる」
夜一は愉快そうに頷いた。
「じゃがのう、砕蜂」
「はい?」
「お主、儂が大丈夫と言うておる時くらいは、もう少し信用してくれてもよいのではないか?儂はそんなに足りないか?」
夜一は普段と違い、優しい顔で笑っていた。
「そ、それとこれとは話が別です!」
「かっかっか!冗談じゃ!」
柊は二人のやり取りを黙って見ている。夜一はどこまでも楽しそうだ。一方の砕蜂は、困りながらも、常に真剣に受け答えしている。
「……なるほど」
柊は小さく呟いた。砕蜂は、その声を聞いて僅かに眉を寄せる。
***
どうにも、あまり落ち着かない。自分のことを他人の前で話されるのは、やたらと居心地が悪いものだ。当然、柊が自分のことをどう思っているのかなど知らないし、わざわざ聞くことでもないと思う。勿論、他の隊士たちと同じように考えていても不思議ではない。
女のくせに。
若いくせに。
夜一様に気に入られているだけ。
これまで数え切れないほどに、言われた言葉。奴らは、たとえ実力を示したところで、それを素直に認めるわけではない。常に私の粗を探し、何か一つ失敗すれば、やはり女だからと嗤われる。何かを成し遂げようと、夜一様の後ろ盾があるからだと言われる。仮に、自分が嘲笑を受けようがそれはいい。しかし、夜一様にお仕えする以上、自分の失敗は夜一様の名まで汚してしまう。
だからこそ、砕蜂は努力してきた。自分のためではない、夜一の為だけに。
「…………」
砕蜂は、柊を横目で見る。彼は、何も言わず、ただ黙って話を聞いていた。その表情からは、相変わらず何を考えているのかが読み取れない。
……どうせ、この男も。
そんなことを考えながら、早くこの時間が終わればいいとそう思っていた。
***
「……というわけじゃ」
夜一が話を締めくくる。
「こやつは少々頑固なところもあるが、儂にとっては実に頼もしい存在でな」
「夜一様……!」
砕蜂は思わず顔を上げる。当の夜一本人は笑っているが、その言葉には冗談めいた調子だけではなく、彼女からの確かな信頼が感じられたからだ。それが、砕蜂には何よりも嬉しかった。
「…………」
ふと、柊の方へ視線を移す。
彼は、依然、黙ったままだった。
「……?」
何かを考えているようには見える。だが、砕蜂にはその頭の中までは見えない。夜一もそれに気づいたらしく、声をかける。
「どうじゃった?柊よ」
「そうですね……」
そう呟くと、柊が顔を上げた。
「何じゃ、何か気になることでもあったか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
柊は少し考えてから、ゆっくりと口を開く。
「……かっこいいなって思いました」
「…………」
一瞬。
部屋が静まり返った。
「……ほう?」
最初に反応したのは夜一だった。
その口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「かっこいい、とな?」
「はい」
柊は頷いた。
「…………は?」
砕蜂は思わず声を漏らした。この男は一体、何を言い出すのだ。それに気づいた夜一は、いよいよ楽しそうに笑い始める。
「かっかっか! それはまた、随分と面白い感想じゃのう! 儂も流石にそう来るとは思わんかったぞ」
「そうですか?」
「うむ! お主もそうじゃろう、砕蜂」
「な……!」
砕蜂は眉間に皺を寄せて柊を睨んだ。
「何をふざけたことを言っている!」
「はい?」
「世辞などいらん!私を揶揄っているつもりか!」
それを聞いた柊は、首を振って表情を変えずに返した。
「いや、別にからかってないですよ」
「ならば、何故そのようなことを言う!」
砕蜂の声が少し強くなった。柊は、暫く彼女を見つめていた。そして、少し不思議そうに首を傾げる。
「……何でですかね」
「貴様……!」
「いや、ちゃんと理由はあるんですけど」
柊は苦笑した。
「何て言ったらいいんだろう……」
柊は顎に手を当て、頭の中を整理し始める。その間、砕蜂は、ただ黙っていた。今度ばかりは夜一も口を挟まない。やがて柊は、ゆっくりと話し始める。
「俺は、誰かへの忠誠のために、自分の全てを捧げるってことが、簡単なことには思えなくて」
砕蜂は思わず、息を飲んだ。返ってきたのは、彼女の思いも知らぬ言葉だったからだ。
「もちろん、誰かを大切に思うことはありますよ。自分より優先したいと思うことだって、あるかもしれないです」
柊はそこで一度、言葉を区切り、少し目を伏せる。
「でも、その人のために生きようって決めて、それをずっと貫くっていうのは……」
柊は再び砕蜂へ視線を向けて口にする。
「少なくとも、今の俺にできるかどうかは分からないです」
砕蜂は、何も言わない。いや、正確には言えなかった。
「だから、砕蜂さんはすごいなって」
「…………」
「いや、すごいって俺が言うのも少し違うかな……なんか随分偉そうですよね。気に触ったら謝ります」
その言葉には、少なくとも嘘は感じなかった。大袈裟に褒めようとしているわけでもない。ましてや、相手の機嫌を取るために、無理に言葉を捻り出したようにも見えなかった。ただ、自分が感じたことを、できる限り言葉にして伝えた。それだけのように思えた。
「……ただ、だからこそ」
柊は少し口元を緩めて微笑む。
「俺は、砕蜂さんが羨ましくなりました」
「…………」
砕蜂は、彼を見つめる。こいつは一体、何を言っているのだ?
羨ましい?
自分が?
夜一様に仕えることを、自分で選んだのは確かだ。そのために努力してきたことも事実だ。だが、それを羨ましいと言われたことなど、これまで、一度もなかった。
「……貴様」
ようやく声が出た。
「本気で……言っているのか?」
「え?」
「今の話だ……」
柊は少し目を瞬かせたが、当然のように頷いた。
「はい。本気ですけど」
「…………」
あまりにも、あっさりとした返答に、砕蜂は思わず言葉を失う。もっと何か言うつもりだった。貴様に私の何がわかると、そう言い返そうと思っていた。
しかし。
柊は、理解した振りはしなかった。ただ自分に同じことができるかわからないと、そう言っただけだ。
私の努力に共感するでも否定するでもなく、
その耳で聞いたことを自分自身と見比べて、
思ったことを口にした。その上で、私の忠誠を、決意を、かっこいいと言った。
「…………」
砕蜂は、視線を落とした。
どう答えればよいのか、分からなかったのだ。
***
「……なるほどのう」
不意に、夜一が口にした。
「夜一さん?」
「いやな、柊。お主、なかなか見る目があるな、とそう思うてな」
「そうですか?」
「うむ。儂の自慢の部下じゃからのう」
夜一は満足そうに頷く。
「…………!」
砕蜂が何か言いかけた、その時だった。
「あ」
柊は何かを思い出したかのように声を上げる。
「……ん? どうした、柊よ?」
「……そういえば」
柊は頭を掻きながら、少し困った顔をしていた。
「平子隊長に用事頼まれてたの、すっかり忘れてました。今って何時ですか?」
砕蜂が答える。
「14時42分だ」
それを聞いた柊は頭を抱える。
「あと18分……」
夜一は暫くその様子を眺めていた。
そして。
「……ぷっ」
とうとう吹き出した。
「かっかっか!お主、忘れておったのか!」
「はい。完全に」
「全く、お主らしいのう!」
「いや、つい話に夢中になっちゃって」
柊は苦笑しながら立ち上がる。
「すみません、夜一さん。そろそろ戻ります」
「うむ。まあ、よい。今日は付き合わせて悪かったのう」
「いえ、楽しかったですよ」
「そうかそうか!」
柊はそのまま、砕蜂へも顔を向けた。
「砕蜂さんも、ありがとうございました」
「……何?」
砕蜂はなぜお礼を言われたのかわからなかった。
「今日はお話できてよかったです」
「……私は、別に大した話などしていない」
「そうですか?」
柊は首を傾げたが、柔らかい笑顔で口にする。
「俺としては、色々聞けてよかったです」
「…………」
「じゃあ、また」
そう言って、二人に頭を下げる。
「失礼します」
障子が閉まり、次第に廊下を歩く足音が遠ざかっていった。
***
「…………」
砕蜂は、暫く閉じられた障子を見つめていた。夜一はそんな彼女を横目で眺めている。
「……ふむ」
「……夜一様?」
砕蜂は不思議そうに首を傾げる。
「いやあ、良かったのう、砕蜂」
「……何がでしょうか?」
「何が、とな?」
夜一はにやりと笑った。
「かっこいいと思います、と言うとったのう」
「……っ!」
砕蜂の顔が、僅かに強張った。
「な、何を仰いますか!」
「だから、かっこいいと思います、と言っておったのう」
「繰り返さないでください、夜一様!!」
「最終的には羨ましいとまで言うておったわ」
「お、おやめください!」
砕蜂はとうとう顔を赤くした。夜一はそれを見ながら声を上げて笑い出す。
「かっかっか! 何じゃ、そんなに怒ることもなかろう!」
「別に、怒ってなどおりません!」
「ほう? ならば、なぜそんな顔をしておる?」
「そ、それは……!」
砕蜂は言葉に詰まった。夜一は愉快そうに彼女を眺めていたが、やがて少しだけ笑みを和らげた。
「……まあ、しかし」
「……?」
「柊は、ああいう男じゃ」
「思ったことを、そのまま口にしよる。相手の反応などあまり気にせずにな。妙な部分に気が回るくせに、そういった所は無頓着な男じゃ」
夜一は小さく笑った。
「それに、損得勘定で動く人間でもあるまい。
実際、お主を褒めたところで、あやつに何か得があるわけでもなかろう?」
確かに、そうだった。柊は五番隊の三席。自分に取り入ったところで、何か特別、利があるわけでもない。仮に、夜一様に気に入られようとしていたのだとしても、柊であれば、他にいくらでも方法はあるだろう。
そもそも、あの男は。褒めた直後に、頼まれ事を思い出したと言って、すぐ帰ってしまった。あれでは取り入った意味などないではないか。思い返すと、何とも言えない気分になる。
「どうじゃ、砕蜂」
「……何でしょう」
「あやつも、なかなか面白い男じゃろう?」
「…………」
砕蜂は暫く黙った。
そして、小さく息を吐く。
「……変わった男だとは思います」
「ほう?」
「ですが、それだけです」
「かっかっか! そうかそうか!」
「……夜一様。それよりも次のお仕事の準備を」
「うむ。そうじゃったな」
夜一は立ち上がった。
「では、行くとするかのう」
「はい!」
砕蜂も立ち上がり、夜一の後ろへと続く。その足取りは、いつもと変わらない。彼女の側に仕え、御守りする。それが自分の役目であり、全てなのだから。それは、何も変わっていない。
ただ、ふと先程の青年の顔が頭に浮かぶ。
『かっこいいなって思いました』
「…………」
砕蜂は、少しだけ目を伏せた。
自分のことを、あのように言う者がいるとは思わなかった。それも、夜一とは違う立場の人間が。同じものを目指しているわけでも、
同じ覚悟を持つわけでもない。むしろ、自分にはできるか分からないと、あっさり認めてしまうような男だ。
だが、彼は、忠誠を笑わなかった。決意を、軽いものとして扱わなかった。だからといって、それだけで信用できるというわけではない。あの男のことなど、まだほとんど知らないのだから。
ただ、少なくとも――
「……砕蜂?」
前を歩く夜一が振り返り、声をかける。
「どうした? 置いていくぞ?」
「はっ! 申し訳ありません!」
砕蜂は慌てて歩き出した。夜一は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、すぐに何かに気づいたかのように笑みを浮かべた。そして再び前へ向き直る。
柊周介。五番隊三席。夜一様がよく揶揄っている、少し変わった死神。これまでは、ただそれだけの人物だった。
掴みどころのない、妙な男……
だが、話していて悪い気はせぬかもなと、そう考えて、小さな羽音はひだまりの方へ駆けて行った。
***
一方その頃、柊は特売の争奪戦で手に入れたトリートメントを抱えていた。そして呟く。
「結局、俺って今日何しに来たんだ…?」
第6話 Bee Seen 完
Q. 原作本編の時代で、柊との関わりを一番見てみたいのは誰?
-
1. 黒崎一護
-
2. 日番谷冬獅郎
-
3. 十刃
-
4. 滅却師
-
5. ドン・観音寺