ガラスは赤い羽根を閉じ込める。   作:an-ryuka

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第13話 行かせない

 

 作戦中止の通知が届いたとき、ホークスは、突入班の配置から二人を外していた。

 

 搬送される人間の人数に対して、救護が足りない。隣接する建物には夜間も職員がいる。裏口を塞ぐなら、避難口を別に確保する必要がある。

 

 そこまで書き込んだ図面の上に、上司が一枚の紙を置いた。

 

「指定協力事業に対する捜査は、再審査になった」

「二十人いますよ」

「承知している」

「その人たちに、もうしばらく待ってもらえって?」

 

 返事はなかった。上司は椅子にも座らず、机の端を見ていた。

 

 対象は、オール・フォー・ワンの傘下企業が運営する療養施設だった。保護という名目で運ばれ、家族との連絡を断たれた人間が、少なくとも二十人いる。以前、商店会の会計担当者が戻された施設と、運営母体は同じだった。

 

 今回の内部協力者は、その二十人が週末に移送されると知らせてきた。移送先の記録はない。施設には、過去の収容者の記録も残っている。

 

 突入は明晩。そのための図面だった。

 

「再審査は、いつ終わります」

「日程は出ていない」

 

 ホークスは赤いペンの蓋を閉めた。

 

「中止命令、文書で残してください。俺への口頭指示で終わらせないで」

「……そのために持ってきた」

 

 紙には既に、いくつもの部署の印が並んでいた。

 

 緑谷出久から個性が奪われて、五か月が経っていた。

 

 その間に、オールマイトは引退を公表した。街がどうなるかと誰もが恐れたが、少なくとも、恐れていた形にはならなかった。

 

 大きな犯罪組織が続けて摘発された。奪われた品物が戻り、失踪者が見つかり、働き手を失った家に仕事が回った。救急車を待つ時間が短くなった地区もあった。

 

 数字を疑って、ホークスは元の記録まで調べた。減った事件の全部が、届出を握り潰された結果ではなかった。

 

 夜勤を終えた人が、始発まで店で待たずに帰れるようになった。

 商店街の女店主は、娘に迎えを頼むのをやめた。

 あの密告者の家族の子供は、学校の帰りに友達とアイスを買った。

 

 その一方で、玻璃が公安で見たものの一部が、外へ流れた。

 

 違法な拘束。隠された処分。育成の名で子供に課された任務。

 

 嘘なら、まだよかった。

 

 ホークスの知っている職員が画面の中で頭を下げ、権限を失った部署の仕事は、別の組織に移った。その移管先へ、以前からオール・フォー・ワンに繋がる企業が人と金を出していた。

 

 公にされた記録を消せとは思わない。被害を受けた人間に、今は都合が悪いから黙れとも言えなかった。

 

 ただ、告発する資料を選んだ側の拘束施設には、こうして踏み込めなくなっていた。

 

     *

 

 エンデヴァーから連絡が来たのは、その日の夕方だった。

 

 指定されたのは、休業中の事務所の会議室だ。照明は半分しか点いていない。テーブルの上には、ホークスが今朝まで修正していたものと同じ図面が広げられていた。

 

「やるんですか」

 

 挨拶の代わりに聞いた。

 

「中にいる者を置いてはおけん」

「命令違反で済む保証、ありませんよ」

「分かっている」

 

 低い返答に、勢いだけのものはなかった。

 

 机には救出後の搬送先と、証拠の保全を引き受ける弁護士の連絡先もあった。参加するヒーローは六人。施設の職員を巻き込まないように勤務表まで確認してある。

 

 オール・フォー・ワン本人を倒しに行く計画ではなかった。人を助け、記録を確保して、あの企業を保護対象に指定した決定を覆す。そのための作戦だった。

 

「記録が出れば、動ける人間はまだいる」

「出せれば、ですね」

「だから、お前に頼んでいる」

 

 ホークスは図面から顔を上げた。

 

「裏の搬送口が、以前のまま使えるか確認したい。お前が最初に組んだ経路だ」

 

 頼られたことが、まだ嬉しかった。

 

 こんなときにも、と思う。炎の向こうに背中を追っていた頃と変わらず、期待に応えたくなる。無意識に姿勢を正したら、肩甲骨の下が引きつった。

 

 痛みはすぐに引いた。エンデヴァーはそこを見なかった。

 

「俺を通せば、公安に知られますよ」

「知られれば止めに来るだろうな」

「それでも?」

「お前は、何をするか自分で決める男だろう」

 

 ホークスは返事をせず、図面を引き寄せた。

 

 確かに、まだできる。

 入口を教えられる。警備の癖も、輸送車が通る時間も知っている。自分の身体が飛ばなくても、この六人を中へ入れることはできた。

 

「今夜中に、一度連絡します」

 

 資料を受け取り、そう言った。

 

     *

 

 帰りの車の中で、ホークスは例の弁護士へ電話した。

 

「二十人、施設から出してください。今日中に所在の確認。明日の夕方までに、家族か、本人の指定する保護先へ」

『一度、持ち帰らせていただきます』

「先生に直接繋いでくれれば早いですけど」

 

 数分後、折り返しが来た。

 

『施設については、適切な保護が行われていると聞いているよ』

 

 耳に入った声に、ホークスは車を路肩へ寄せた。エンジンを切り、録音を始めた。

 

「なら、本人が出たいと言えば出られますね」

『誰に聞いたんだい』

「そこは教えません」

『君はいつも、欲しいものをはっきり言うね』

 

 ホークスは二十人の名簿を送った。調べていたことは隠さなかった。内部協力者に繋がる情報は削ってある。

 

 向こうは、しばらく黙っていた。

 

『いいだろう』

「記憶も、個性も、今あるものを残して」

『ずいぶん念入りだ』

「前があるんで」

『では、こちらからも頼もうか』

 

 ホークスは窓の外を見た。

 

 保育園から出てきた男が、子供の上着を着せようとしていた。子供は両腕を上げたまま、何かを一生懸命に話している。

 

『無許可の武力行使を止めてほしい。誰が、いつ、どこから入るのか。君なら把握できるだろう』

 

 予想はしていた。

 

 だから電話したのだ、ということまで、分かっていた。

 

「人を返す条件にするわけですか」

『君の要求は受け入れたよ。その二十人は返す。だが、施設を襲われたら、こちらも守らなくてはならない』

 

 上着のファスナーが引っかかったらしい。男がしゃがみ直した。

 

『今の協力関係を壊そうという人々がいる。話をする気はあるが、毎回建物を壊されてはね』

「その協力関係を嫌がった人を、建物の中へ閉じ込めた」

『君が不満を伝えてくれるなら、改善できることもある』

「俺が伝えなきゃ、そのままなんでしょう」

『全てに目が届くわけではないからね』

 

 よく言う。

 

 ホークスは名簿の一人目を指で押さえた。家族が最後に会ったときの写真が、顔の横に添付されている。

 

「二十人を引き取ってから、話します」

 

 通話を終えると、車の外の親子はもういなかった。

 

 エンデヴァーには、すぐに連絡を入れた。解放の申し出があったことも、代わりに何を求められたかも、伏せなかった。

 

『人が戻るのはいい』

 

 エンデヴァーは言った。

 

『だが記録は残る。次に誰を連れていっても、また同じ取り引きをするのか』

「……そうなります」

『それでいいとは思わん』

 

 ホークスも、そう思っていた。

 

 通話の向こうで紙の擦れる音がする。おそらく、あの図面を見ている。二十人を運び出すための配置は、もう変える必要がある。

 

『帰ってきた者の証言だけで、あの施設を捜査できるか』

「今までなら」

『今を聞いている』

 

 答えられなかった。

 

『誰かが中を確かめなければ、あの男が返したものしか見られなくなる』

 

 ホークスは額をハンドルにつけた。

 

 間違っていない。

 だから、勢いで行くなとも、もう少し考えろとも言えなかった。

 

「もう一晩、待ってもらえませんか」

『二十人の確認までは待つ。その先は、お前の返事を聞く』

 

     *

 

 翌日、二十人は本当に戻った。

 

 記憶が既に失われている人もいた。自分の入所に同意した覚えがないという人も、家族に会うなと言われていた人もいた。

 

 全員に医師をつけ、別々に話を聞いた。ホークスは迎えに来た家族を案内し、面会を拒んだ一人には別の部屋を用意した。

 

 夕方、最後の引き渡しが終わると、廊下の椅子に座った。

 

 元の勤務先に戻れるだろうかと聞いた人がいた。

 明日は犬の散歩に行く、と言った人もいた。

 施設の職員を裁いてほしい、と、名前を一人ずつ挙げた人もいた。

 

 戻しただけで済んだとは、誰も言っていない。

 

 端末には、突入経路の確認を求めるメッセージが届いていた。

 

 ホークスは図面を開いた。

 

 正面から戦わなくていい。内部の記録を持ち出せれば、今も職務を果たそうとしている人間に渡せる。六人のヒーローを通す手はある。自分が今から合流して、最後まで指揮を執ることもできる。

 

 その先を、考えた。

 

 証拠が出たとして、誰がオール・フォー・ワンを捕まえる。

 裁判所が命令を出したとして、誰が従わせる。

 

 オールマイトの後継者を待つことは、もうできなかった。緑谷は学校へ戻った。救助訓練の補助をしていると、先日届いた連絡には書いてあった。

 

 ほかの誰かがいつか倒せるという可能性は、なくなっていない。

 

 その可能性のために、どこまで争い続けるのか。

 

 以前なら、それを考える前に飛んでいた、とは思わなかった。考えていた。危険な場所へ誰を送るかも、救えない数も、ずっと数えてきた。

 

 今、同じように数えた先で、望んだ答えが出なくなっていた。

 

 六人が成功すれば、次へ進める。次の施設、その次の企業。保護の名目で連れ去られる人間を減らし、誰が何をしたか公にする。その仕事には意味がある。

 

 それでも、そこから始まる長い争いを、自分が支えたいのか。

 

 記録を守って、被害を訴える人を守って、壊されたところを直す。ずっとやってきた。それを続けながら、あの男を倒すための仕事だけを、やめることはできた。

 

 やめれば、二十人を閉じ込めた人間の多くは罰を受けない。

 記憶を失った人に、取り戻す手段も渡せない。

 そして次に同じことが起きたとき、自分はまた電話をかけるのだ。

 

 ホークスは連絡先を開いた。

 

「条件を詰めます」

 

 弁護士にそう告げた自分の声は、思ったより普通だった。

 

 六人をオール・フォー・ワンの側へ引き渡さない。個性の奪取も、記憶への干渉も認めない。家族や事務所への報復をしない。拘束するなら公的な施設で、弁護士との面会を保証する。

 

 相手は三度、電話を切った。

 

 四度目に戻ってきた回答には、六人の活動資格を停止し、審査が済むまで身柄を確保することが含まれていた。

 

「審査の期限は」

『現段階では、お約束できません』

 

 その一文を、ホークスは長く見ていた。

 

 期限を決めさせられないなら断る。そう言えば、まだ戻れた。図面は端末の中にある。明日の朝には、違う仕事をしているはずだった。

 

 彼は合意事項を文書にさせ、受け入れ先の警察と弁護士の双方に送った。

 

 そのあとで、六人の名前と集合場所を渡した。

 

     *

 

 地下駐車場には、雨の音が届かなかった。

 

 エンデヴァーが車から降りたとき、ホークスは出入口の前に立っていた。左右には警察官がいる。道路へ出るスロープにも、車両が二台停まっていた。

 

 エンデヴァーの視線が、警察官からホークスへ移った。

 

「お前か」

「はい」

 

 後続の車から降りたヒーローが、一歩進みかけた。エンデヴァーが片手で止めた。

 

 熱が頬に当たった。

 

 身体が先に、距離を取ろうとした。飛べば天井にぶつかる高さだと、もうない羽の幅を測ってしまう。ホークスは足を動かさなかった。

 

「返ってきた二十人は」

「全員、本人の希望する場所へ。診察も終わりました」

「そうか」

 

 その返事だけは、静かだった。

 

 ホークスは身柄の受け入れについて説明した。連れていく場所、弁護士の名前、面会の手順。警察官が拘束の理由を読み上げようとすると、エンデヴァーは手を上げた。

 

「その前に、お前に聞く」

 

 ホークスを見ていた。

 

「命令か」

「俺が持ちかけました」

「誰を守るためだ」

 

 六人です、と答えることはできた。

 

 戦闘になれば危ない。罠かもしれない。これ以上失いたくない。口にできる理由はいくらでもある。

 

 けれど、その図面を一緒に見た。危険を理解した人間が、それでも行くと決めたことを知っている。

 

「あなたたちを行かせたくなかった」

 

 ホークスは言った。

 

「あの男との争いを続けるために、これ以上、俺の仕事を使いたくなくなった」

「争いをやめれば、なくなる被害ばかりではない」

「分かってます」

「それを分かった上で、俺たちを止めるのか」

 

 口の中が乾いていた。

 

「はい」

 

 エンデヴァーの肩で、炎が大きく揺れた。

 

 警察官が盾を持ち直した。ホークスの隣にいた若い男の呼吸が、急に速くなる。

 

 抜けようと思えば、抜けられる。ここには、エンデヴァーを確実に止められる人間はいない。

 

 ホークスは、そのことを知ってここに来た。

 

 エンデヴァーも気づいたのだろう。警察官たちを一度見て、それから、後ろの五人に向き直った。

 

「ここで戦闘はしない」

 

 低く告げると、炎を収めた。

 

 誰も賛成しなかった。

 誰も、彼を置いて走らなかった。

 

 手錠をかける役は、ホークスが引き受けた。金具を持つ自分の指先が冷たかった。

 

「……この先、あの施設から訴えが出たら、どうする」

 

 エンデヴァーが尋ねた。

 

「俺が窓口になります」

「いつまで」

「必要なだけ」

 

 腕を差し出したまま、エンデヴァーはしばらく黙っていた。

 

「なら、聞き続けろ」

 

 ホークスは顔を上げた。

 

「お前が止めたことを、よかったとは言わん人間の声もだ」

 

 頷くまでに、時間がかかった。

 

 警察車両の扉が閉まった。地上へ出ていく車を見送り、ホークスは、掌に残った金具の跡を親指で擦った。

 

     *

 

 玻璃と会ったのは、その三日後だった。

 

 面会室の透明な仕切りは、まだ残っていた。彼女の前には大きな封筒があり、そこから何枚も写真がはみ出している。

 

「ずいぶん持ってきたね」

「見せたいのがあって」

 

 玻璃は一枚を抜き出し、仕切りに立てかけた。

 

 日当たりのいい部屋だった。壁一面の棚が、まだ空のまま写っている。窓から入った光が、透明な棚板を何枚も通って床に落ちていた。

 

「ここ、棚の背中もガラスなの。壁にぴったりつけないで、少し離してあるから、午後になると奥まで光が入る」

「新しい家?」

「うん。まだ工事してるけど」

 

 次の写真は水槽だった。水もガラス玉も入っていない。

 

 彼女は縁の部分を指で示した。厚みが均等で、継ぎ目が目立たないのがいいらしい。説明するうちに声が少し高くなり、途中で何かを思い出したように口を閉じた。

 

「……啓悟の部屋もある」

「俺の?」

 

 玻璃は写真を封筒の上へ伏せた。

 

「一緒に暮らしたい」

 

 ホークスは、引きかけていた椅子を止めた。

 

 玻璃はこっちを見ていた。冗談を言っている顔ではない。欲しい棚を指して駄々をこねるときとも違って、口元が固かった。

 

「先生の指示?」

「違う」

「確認くらい、するでしょ」

「してない。私が決めた」

 

 少し怒った声になった。

 

 昔なら、その言い方で済ませていた。彼女が自分で決めたことと、誰かに都合よく与えられた選択を、わざわざ分けようとはしなかった。

 

 今は、分からないまま受け取れなかった。

 

「俺があっちの仕事を引き受けたから?」

「部屋を作ってって頼んだの、その前だよ」

「じゃあ、俺が飛べなくなったから?」

 

 玻璃の目が、彼の肩へ動いた。

 

 言い過ぎた、とは思わなかった。

 答えを聞くのが怖かった。

 

「……それで、分かった」

 

 玻璃は言った。

 

「何が」

「啓悟が帰っちゃうの、嫌なんだって」

 

 俯いて、封筒の角を押さえた。折れそうになる手前で気づいたのか、指を離す。

 

「前から嫌だったんだと思う。でも、羽が綺麗だから見てたいんだと思ってた。なくなって、見たいものが減ったはずなのに、会いたいのは増えた」

「病院でも?」

「うん」

 

 病院で、彼女が一瞬だけ浮かべた顔を思い出した。

 

 嬉しそうだった。

 自分がいちばん、失ったものを数えていたときに。

 

「俺、あれは腹立ったよ」

「……うん」

「今も、なくなってよかったとは思ってない」

「知ってる」

 

 知っている、と言ってもらえたことで、胸の詰まりが少しだけ緩んだ。

 

 玻璃は、羽の代わりになるものを並べなかった。自分がいればいいとも、もう働かなくていいとも言わない。ただ写真を伏せたまま、彼の返事を待っていた。

 

「もし戻ったら?」

「嫌だけど」

 

 即答してから、彼女は眉を寄せた。

 

「……でも、それで啓悟のこと嫌いにはならない。たぶん。戻ってほしくないのとは、違うんだけど」

 

 そこまで言って、自分でもうまく分けられないらしく黙った。

 

 ホークスは額に手を当てた。

 

 ひどい告白だと思った。

 もっと上手に嘘をつけるくせに、こういうところでやめる。

 

「玻璃、それ、好きって話してる?」

「そう」

 

 声が小さくなった。

 

 その小ささに、心臓が一度、妙な打ち方をした。

 

 十八のときには聞けなかった言葉だった。今さら聞かされても、喜ぶだけでは済まない。彼女がしたことも、自分が三日前にしたことも、消えないままここにある。

 

 それでも、玻璃が写真の端を見つめていると、こっちを向かせたくなった。

 

「俺の気持ち、見ないの」

「見ない」

「ずいぶん便利な個性、持ってるでしょうに」

「嫌だから」

 

 玻璃は顔を上げた。

 

「私のこと、嫌いなところまで見たくない」

 

 喉まで出かけた軽口が、止まった。

 

 触れて、確かめて、望ましくないものを取り除く。彼女には、その手段がある。黒霧にしたことを、ホークスは忘れていない。

 

 その彼女が、今、触れることを怖がっている。

 

「嫌いなところは、あるよ」

 

 玻璃の口元がきゅっと縮んだ。

 

「うん」

「そこをなくして、一緒に暮らす話にはできない」

「しない」

 

 答えたあと、彼女は不満そうに眉を寄せた。

 

「勝手に触らないって、言ったじゃん」

 

 守っていた。

 

 少なくとも、あれから今日まで、彼女は彼に近づくたびに手を止めていた。誰にでも同じことをするわけではない。その偏りも含めて、玻璃だった。

 

 ホークスは写真を指した。

 

「寝る部屋は?」

「こっち」

 

 玻璃が、慌てて別の写真を探した。二枚まとめて出してしまい、片方が床に落ちる。拾おうとして椅子を鳴らしたその様子に、思わず口元が緩んだ。

 

「そんな急がなくていいよ」

「急いでない」

 

 写真に写っていた寝室には、大きな窓があった。透明なガラスの向こうは庭で、まだ土が露出している。

 

「カーテンいるな」

「光、入らなくなる」

「寝るときは閉めたいんだけど」

「……開けるとき、端にちゃんと寄せられるやつなら」

 

 ホークスは写真から彼女へ視線を戻した。

 

 もう、一緒に住むための話をしている。

 

 そのことに気づいたのは、玻璃も同じだったらしい。次の写真を持ったまま、動かなくなった。

 

「すぐには移れないよ。家も仕事も、片づけるものがある」

 

 言葉にしてから、息を吐いた。

 

 玻璃が、ゆっくり頷いた。

 

「待つ」

 

 それは、あまり聞いたことのない返事だった。

 

「あと、俺の荷物を入れる前に、家を見せて」

「うん」

「先生の連絡係として来るんじゃなくて」

「分かってる」

 

 面会終了を知らせる短い音が鳴った。

 

 玻璃はいつもなら不満を言うところで、写真を丁寧に揃え始めた。寝室の一枚だけを、仕切りのこちらへ渡せるように端へ置く。

 

「持ってっていいよ」

 

 ホークスは係員に確認してから受け取った。

 

 帰り際、玻璃が立ち止まった。

 

「啓悟、私、明日も会いたい」

「明日は仕事」

「夜は?」

「……終わったら、連絡する」

 

 廊下へ出ると、端末に通知が来ていた。

 

 拘束された六人のうち、一人の弁護士からだった。審査の日程が決まらない。本人は拘束の不当性を訴えている。ホークスにも、説明を求めていた。

 

 彼は返信の画面を開き、面会に行く時間を入れた。

 

 脇に挟んだ封筒から、寝室の写真が少し覗いていた。落とさないように奥へ押し込み、それから、次の窓口へ電話をかけた。

 

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