スター・ウォーズ×ガメラ ~翡翠のジェダイ・マスター~   作:フォレス・ノースウッド

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先にピクシブに投稿したのよりさらに加筆修正加えております。

時系列ではEP2本編の数か月前、ドラマ『オビ=ワン・ケノービ』のベイダー卿の回想で描かれた訓練の時に、『もしもオビ=ワンが急用の任務で来られなくなったら?』を元に生じた些細な分岐点。


荒ぶるフォースの砂地編
飢餓を飼い慣らす者


・飢餓を飼い慣らす者

 

 夕暮れが、コルサントの空を赤銅色に染めていた。

 もっとも、銀河共和国の首都惑星に、静かな黄昏など存在しない。

 超高層建築の谷間を、無数のエアスピーダーが光の帯となって行き交っている。都市を幾層にも積み重ねた地表からは、機関の唸りと警告音、遠い群衆のざわめきが絶え間なく立ち上っていた。

 ジェダイ・テンプルの訓練室の一つの大窓の前で、アナキン・スカイウォーカーは一人で立っていた。

 遥か彼方には、銀河元老院議事堂の巨大な円蓋が見える。

 あの中で今も、パドメ・アミダラは議員として政務に励んでいるのだろう。

 ナブー侵攻から約十年少女だった女王は、共和国の行く末を背負う元老院議員となった。再会する機会などほとんどなかったにもかかわらず、アナキンの中では、彼女の姿だけが色褪せなかった。

 彼女を想い続けることが、ジェダイとして正しくないことくらい分かっている。

 執着は喪失への恐れを生む。

 恐れは怒りへ繋がり、怒りは憎しみを育て、やがて苦しみへ至る。

 オーダーに入って修行を始めてから、何度も教えられてきた教義。

 理解しているからこそ、胸が痛んだ。

 だが、正しくないと知ることと、忘れられることは同じではない。

 一度たりとも忘れたことのない想い人を、銀河中の灯りの中から探さずにはいられなかった。

 

「すまない。待たせたかな、スカイウォーカー」

 

 背後から届いたのは、聞き慣れた師の声ではなかった。

 振り返ると訓練室の入口に、一人の若いジェダイが立っていた。

 葡萄色を帯びた長い黒髪を後頭部で纏め、濃褐色のジェダイ・ローブを纏っている。年若く見える容貌と穏やかな翡翠色の瞳。それだけなら、聖堂で学ぶ上級のパダワンと見間違えても不思議ではない。

 だが、腰に提げられたライトセーバーと、自然体でありながら一分の隙もない立ち姿が、それを否定していた。

 

「マスター・クサナギ……」

 

 アヤネ・クサナギ。若きジェダイ・マスター。

 剣技と現場判断については、クワイ=ガン・ジンにも劣らないと評されている。一方で、評議会から受けた指示を現場で変更した回数も、一度や二度ではなかった。

 理由は毎回異なる。

 避難民の救出。

 交渉期限の延長。

 命令に含まれなかった敵対勢力への治療。

 しかし、問い質された際の答えは、いつも同じ場所へ帰結する。

 ――今ここにある命を救うことより、命令を優先すべき合理的な理由がない。

 それを感情論だけで押し通すのではない。

 現地の情勢、指示を変更しなかった場合の被害予測、任務目的との整合性を順に示し、凜然と、理路整然と説明する。

 結果、名立たる評議員たちさえ反論の言葉を失う。

 尊敬と信頼、そして少なからぬ頭痛を同時に集める――ジェダイ聖堂でも名の知れた問題児だった。

 

「なぜ、あなたが?」

「オビ=ワンに急な任務が入ってね。予定していた時刻までに戻れそうにないので、君の訓練相手を頼まれたんだが……私では不足かな?」

「いえ、決して!」

 

 アナキンは反射的に答えた。

 

「そういう意味では……」

 

 小さな落胆がなかったと言えば、嘘になる。

 オビ=ワンとの訓練は、剣術を学ぶだけの時間ではない。

 師弟であり、兄弟であり、時に父子のようでもある二人が、互いの距離を確かめる時間だった。

 言い争うことも多い。教え方が回りくどいと苛立つこともある。それでも、剣を交える間だけは、オビ=ワンが自分の力を正面から受け止めてくれる。

 だが、目の前のマスターと剣を交える機会も、そう得られるものではない。

 規則へ盲従せず。

 才能を鼻にかけることもなく。

 理想論だけで、誰かの切実な願いを切り捨てない。

 アナキンは姿勢を正した。

 

「むしろ、いい機会です。ご指南をお願いします、マスター」

「では、喜んで」

 

 アヤネは腰からライトセーバーを抜いた。

 起動音とともに、翡翠色の光刃が伸びる。

 その柔らかな光が、夕暮れの射し込む訓練室へもう一つの色を加えた。

 左足を僅かに引き、刃を身体の前へ置く。

 アナキンにも見慣れた構え――《フォームⅢ――ソレス》

 オビ=ワンが得意とする、防御を重視した型。

 アナキンも青いライトセーバーを起動した。柄を両手で握り、正眼に構える。

 翡翠と青、二つの光が、静かな訓練室で互いを見据えた。

 

「さあ、始めよう」

     

 数秒の睨み合いから、先に床を蹴ったのは、アナキンだった。

 間合いを一足で食い潰し、全身の力を乗せた一撃をアヤネの肩口へ振り下ろす。

 対するアヤネは真っ向受け止めない。半歩だけ身を退き、翡翠の刃を青い光刃の側面へ添える。真正面からぶつかるはずだった力が、その接触だけで斜め下へ逃がされた。

 青い刃が床すれすれを通過するも、アナキンは止まらない。

 最初の一撃を横薙ぎへ繋ぎ、さらに返す刃で胴を狙う。

 全身の力と加速を剣へ乗せ、相手へ呼吸を整える暇さえ与えない連撃。

《フォームⅤ――ドジェム・ソ》

 相手の攻撃を受け、その力を上回る反撃へ変える攻撃的な型。アナキンの膂力、反応速度、そして前へ進むことを恐れない気質に、よく適合していた。

 今の自分ならば《ザ・マスター》の称号を得た《ソレス》を極めたオビ=ワンの防護の壁も押し通して崩せる自信もあった。

 だが――同じく《ソレス》を使い手の筈のアヤネの防御は壁ではない。

 迫る猛攻を触れるたび、その場から僅かに形を変える水に似ていた。

 重いアナキンの斬撃を《ソレス》の円環で受け流したかと思えば、次の瞬間には《フォースⅡマカシ》の精密な切っ先がアナキンの手首を脅かす。

 距離を詰めれば、アヤネの重心が沈んだ。

 跳躍して、濃褐色のローブと長い黒髪が頭上を翻る。

 今の《フォースⅣアタル》の回転でアナキンを飛び越した彼女は、音もなく背後へ着地していた。

 

「っ!」

 

 振り向くより早く、背中が危険を訴える。

 アナキンは反射神経を総動員し、振り向きざまに横薙ぎの一閃を放った。

 アヤネは上体を深く沈めて刃を躱し、その脚が低く弧を描いた。

 狙いはアナキンの足。ドジェム・ソの威力を支える、強固な体勢そのものだった。

 アナキンは床を蹴り、足払いを跳び越える。着地の衝撃を両脚で吸収すると、間髪を入れず斬りかかった。

 

「いい踏み込みだ」

「まだ余裕がありますか!」

「我が剣に聞け!」

 

 翡翠の光刃が、青い剣を外へ流す。

 

「だからもっと見せてほしい、君の剣に宿るフォースを!」

 

 挑発ではない、アヤネは本心からアナキンの力を見極めようとしていた。

 だったら、そっちがその気なら見せてやる!

 胸の奥で、闘争心が燃え上がった。

 アナキンの全身の速度が増す。青い光刃が連続して空気を裂き、翡翠の刃と衝突するたび、白い閃光が訓練室を照らした。

 上段。

 右胴。

 切り返しからの刺突。

 アヤネは全てを防ぐ、派手に弾き返さない。

 必要な場所へ、必要な角度で刃を置く。

 攻めるほどに、アナキンは見えない円の外側へ追いやられていくが、それでも力で押し切れる瞬間はある。

 二本の光刃が噛み合った。

 鍔迫り合い。

 アナキンは両腕へ力を込める。

 体格と膂力では自分が勝る。押し込めば防御を崩せる。

 だがアヤネは、力へ逆らわなかった。

 手首を僅かに返し、光刃の角度をずらす。

 行き先を失ったアナキンの力が前方へ流れた。

 

「しまっ――」

 

 身体が傾いた次の瞬間、翡翠色の切っ先がアナキンの首筋へ迫り、その皮膚へ触れる寸前で止まった。

 翡翠の光刃の熱が、喉元の空気を震わせる。

 

「まだです!」

「だろうな」

 

 アヤネが剣を引いた瞬間には、アナキンも次の攻勢へ転じていた。

 敗北を認めるには早い。

 まだ動けるし、まだ剣はこの手にある。

 

「君の剣からは、強い飢えを感じる」

 

 光刃同士が衝突する中、アナキンは警戒を解かなかった。

 だが、その言葉へ眉だけが僅かに反応する。

 

「誰よりも強くなりたい」

 

 アヤネは攻撃を受け流しながら続ける。

 

「認められたい。そして今度こそ、大切な人々を守り切れるだけの力が欲しい」

「それが間違っていると?」

 

 図星だった。見抜かれた反発が、剣へ余計な重さを加える。

 

「ジェダイは力を求めるべきではない。執着は恐れを生み、恐れは暗黒面へ通じる――あなたまで、そう仰るのでしょう?」

「いいや」

 

 予想していなかった答えだった。

 アナキンの動きが、ほんの僅かに鈍る。

 アヤネはその隙を攻めない、剣を奪うことも、身体を崩すこともできたはずなのに、ただ青い刃を受け流した。

 

「飢えを持つこと自体は悪ではないさ」

「何も求めるなと教わってきました……今まで」

「なら敢えて言おう、何も求めない者は、歩き始める理由さえ見つけられない」

 

 アヤネの足運びは止まらない。

 剣の届かない位置を選びながら、声だけは真っ直ぐアナキンへ届く。

 

「守りたい。強くなりたい。昨日できなかったことを、明日はできるようになりたい。そう願うから、人は前へ進める」

「では、なぜ皆はそれを否定してくるんです?」

「飢餓は優れた燃料になる」

 

 アヤネは身を翻し、アナキンの背後へ抜ける……隙を見せまいと彼も正面に向き直した。

 

「だが、操縦桿まで握らせれば、行き先を選べなくなる、飼い慣らしたまえアナキン」

 

 翡翠の瞳が、青い瞳を正面から見据える。

 

「激情を力へ変えても、主人の座まで明け渡してはいけない」

 

 アナキンは踏み込み、真正面から剣を振り下ろした。

 

「守るためには、力が必要です!」

「その通り」

 

 アヤネの《ソレス》が、アナキンの《ドジェム・ソ》の斬撃を円の外側へ流す。

 

「だが、守りたい相手を自分の恐れで縛れば、それは慈悲ではなく支配になる」

「失うのを、黙って見ていろと言うんですか!」

「違う、失わないための戦いで、恐れを味方にするんだ」

 

 翡翠の刃が、青い剣を鋭く弾いた。

 

「ただし恐怖に命じられて戦うのではない。目の前の命が本当に必要としているものを見誤らないための静けさを同時に持つ」

「慈悲だけでは、戦いに勝てません!」

「同意見だ」

「だったら――!」

 

 その瞬間、アヤネの構えが変わった。

 守りの円を描いていた切っ先が、一本の細い直線へ収束する。

 翡翠の光から繰り出す《マカシ》の刃が青い光刃の側面へ絡みつき、アナキンの手首を外側へ誘導した。

 振り解こうと力を込める。

 それこそが、アヤネの狙い――一歩踏み込み、アナキンの力が向かう方向へ身体を回転させる。

 《アタル》の軽快さ。

 《ソレス》の安定。

 《マカシ》の精密さ。

 複数の型(フォーム)が継ぎ目なく重なり、アナキンの死角へ抜けた。

 

「なっ――」

 

 翡翠の光刃が、ライトセーバーの柄を下から打つ。

 アナキンの指が開き、青い光刃が、柄ごと宙へ舞い上がる。

 すかさず左手を伸ばすアヤネのフォースに引かれ、アナキンのライトセーバーが彼女の掌へ収まり……アナキンの喉元へ、二本の光刃が交差していた。

 一歩でも動けば、どちらかの刃が届く、完敗だった。

 

「慈悲だけでは勝てないと、今言ったのは他ならぬ君だろう?」

 

 アナキンは答えられずにいる。

 自分の言葉を、そのまま戦術として返された。

 

「だから、君が躊躇した隙を突いた」

「僕の言葉まで、戦術に使ったんですか?」

「これでも、納得できる敗因を贈ったつもりなんだがね」

 

 悔しい……だが、なぜ負けたかは理解できる。

 言葉に気を取られた。

 相手の主張を否定することへ意識を奪われ、剣の変化を見失った。

 反論できないことが、なおさら悔しかった。

 アナキンは乱れた呼吸を整え、素直に頭を下げる。

 

「……参りました、マスター」

 

 アヤネは二本のライトセーバーを同時に停止した。

 光と唸りが消え、訓練室へ夕暮れの静けさが戻る。

 青い柄が、持ち主へ返された。

 

「初手はソレスの構えでした」

 

 アナキンは受け取りながら言う。

 

「ですが実際の剣筋にはマカシが混じっていた……間合いを詰めればアタルで位置を変えられ、そのうえ防御から攻撃へ移る速度はシエン並みです」

「正解」

 

 アヤネは自分のライトセーバーを腰へ戻す。

 

「マスター・プロ・クーンのシエンを根に、ソレスを幹として育てた。その上で、状況と相手に応じて、枝葉となるマカシとアタルを挟む。相手の読みを乱し、その綻びを突く」

「一つのフォームへ固定しない?」

「自分でも、なかなか我が儘な戦い方だとは思っているよ」

「いえ。見事です」

 

 アナキンは先ほどの攻防を思い返す。

 

「僕は攻め続けているつもりでした。でも、最初からマスターの作った流れの中で剣を振っていた」

「そこまで気づいてくれれば、昔マスターへ、フォームを変えたいと恐る恐る申し出た甲斐があったな」

 

 アヤネは僅かに笑った。

 

「では次は、私から君への講評でいいかな?」

「お願いします」

「君の太刀筋は、いずれ偉大なクレイト・ドラゴンへ成長する」

 

 思いがけない賛辞に、アナキンは目を瞬いた。

 

「力も速度も申し分ない。ドジェム・ソとの相性も非常にいい。正面から君の剣を止め続けられる者は、今後ますます少なくなるだろう」

「ですが?」

 アヤネの口調から、続く言葉を察した。

「早く勝利を得ようとするあまり、攻めへ傾き過ぎる時がある。その時の君は、相手が何を見ているのかを見失う」

「相手を見る……」

「剣だけではなく、その背後にある意志をね」

 

 アヤネは、先ほど自分が立っていた位置を示した。

 

「相手はなぜ退くのか。なぜその攻撃を受けたのか。君に何を見せ、何を見せないようにしているのか。そこまで読めるようになれば、君の慈悲は弱点ではなくなり、味方となる」

「慈悲を、感覚にすると?」

「相手を理解しようとするからこそ、守るべきものも、止めるべきものも見える、君が大切なものを守るための、最も鋭い感覚になるだろう」

     ◇

 アナキンは返されたライトセーバーの柄を見つめた。

 いつもの訓練なら、ここで終わっていたかもしれない。

 礼を述べ。

 反省点を記録し。

 次の訓練までに修正する。

 だが、アヤネは出口へ向かわなかった。

 代わりに、アナキンが先ほどまで立っていた窓辺へ目を向ける。

 

「議事堂の方を見ていたね」

 

 アナキンの身体が強張った。

 パドメを想っていたことまで知られたのか。

 だが、アヤネの声に咎める響きはない。

 フォースで心の中を暴き、秘密を引きずり出そうとする圧力も感じなかった。

 

「何か、心配事でも?」

 

 ただ、必要なら聞く、そう示しているだけだった。

 

「……一つ、相談してもよろしいでしょうか」

「ああ」

「個人的なことです。ジェダイとして相応しくないと、思われるかもしれません」

「相応しいかどうかは、まず聞いてから考えよう」

 

 アナキンは迷った。

 パドメのことを話すべきか。

 いや。

 それよりも先に、どうしても消えない恐れがあった。

 誰にも話せず、夜ごと胸の奥で膨らみ続けているもの。

 

「……母の夢を見るんです」

 

 ようやく出た声は、自分でも驚くほど弱かった。

 

「それも、一度ではありません」

 

 アヤネの翡翠色の瞳が、静かにアナキンを見つめる。

 訓練中の猛々しい剣士ではない。

 怯えを隠せない幼い少年が、端正な青年の顔の奥から覗いている。

 

「タトゥイーンにいるはずの母が、苦しんでいる夢です」

 

 アナキンの指が、ライトセーバーの柄を強く握る。

 

「助けを求める声が聞こえる。手を伸ばしている。でも目を覚ますと、どこにいるのか、何が起きているのか、何も分からない」

 

「オビ=ワンには?」

「まだ言えていません」

「それが予知夢だと思うかい?」

「僕にも分かりません」

 

 アナキンは首を横へ振った。

 

「ただの悪夢なのかもしれない。フォースからの警告なのかもしれない。でも、不安が消えないんです……もし何もしないまま、夢の中で見たことが本当に起きたら……」

 

 その先は、言葉にならなかった。

 評議会なら、まず何と言うだろう。

 恐れを手放せ。

 未来は常に揺れ動く。

 夢へ固執すれば、見たいものだけを見るようになる。

 曖昧な予知だけを理由に、ジェダイとしての務めから離れて故郷へ向かうことは認められない。

 どれも間違いではない。

 正しいからこそ、アナキンは拒絶される覚悟をしていた。

 アヤネは黙っていたが、否定しようとする気は見られない

 アナキンの言葉を、一つずつ吟味している沈黙だった。

 やがて彼女は、アナキンからすればとても意外なことを尋ねた。

 

「最近、休暇は取ったかな?」

「……休暇?」

「取っていないのだろう?」

「訓練と任務があります。そんな暇は――」

「なら、過労気味の優秀なパダワンを休ませることには、十分な合理性がある」

「それは……どういう意味です?」

「君が休暇を取れるよう、私からも申請しよう」

 

 その提案にアナキンは目を見開いた。

 

「僕が、タトゥイーンへ行ってよいと?」

「私は、休暇中の君がどこで心身を休めるかまで命令するつもりはないよ」

 

 アナキンより小柄な彼女が、少しだけ見上げる形になる。

 

「故郷で母上の無事を確かめれば、不安を抱えたまま訓練を続けるより、心が安定するかもしれない」

「ですが、評議会が理由を知れば――」

「虚偽の申請はしない」

 

 その声は穏やかだが、明瞭だった。

 

「君が睡眠に支障を来すほど頻繁に悪夢を見ていること。不安によって集中力が損なわれ、任務遂行へ影響する危険があること。そして短期休養と、家族の安否確認が必要であることを、正面から説明する」

「認められるでしょうか?」

「認めさせるさ」

 

 静かだが確固たる決意が込められた一言に、アナキンの脳裏には、評議会室の中央で一歩も退かず、次々に異論を論破していくアヤネの姿が容易に浮かんだ。

 

「それでも却下されたら?」

「その時は、私の調査任務へ補佐として同行してもらおうかな」

「調査任務?」

「タトゥイーン周辺の交易路には、以前から気になる点があってね」

 

 アナキンは半眼になる。

 

「お言葉ですが、それはいわゆる職権乱用では?」

「何を言うかな」

 

 アヤネは、いかにも心外そうに眉を上げた。

 

「必要な現地調査に、土地勘と技術を持つ適任者を選ぶだけだよ」

「あなたが問題児と呼ばれる理由が、少し分かりました」

「これはまた失礼なことを言うね、アナキン君」

 

 年上ではあるが、なお若いジェダイ・マスターは僅かに頬を膨らませた。

 その思いがけない表情に、アナキンは思わず笑っていた。

 シミとも違う。

 パドメとも、オビ=ワンとも違う。

 アヤネは、彼の恐れを否定しなかった。

 かといって、全てが夢の通りになると決めつけ、衝動のまま行動することを勧めたわけでもない。

 曖昧な不安を、現実の中で取れる行動へ変えた。

 不安を抱える自分ごと、前へ進める道を示したのだ。

 

「ありがとうございます、マスター・クサナギ」

「礼は、母上の無事を確かめてからでいい」

 

 アヤネは出口へ歩き出した。

 

「今日はもう休みたまえ。オビ=ワンへの説明は私からしておくよ」

「叱られませんか?」

「私が?」

 

 アヤネは一度足を止めた。

 

「いや、君か。いつもの小言の時間を懸念しているわけだね」

「お察しの通りです」

 

 数秒考えたらしいアヤネは振り返り、悪戯っぽく目を細める。

 

「実際にそうなったら、私が熱の入った訓練で君を徹底的に打ち負かし、その結果まで含めて休養の必要性を実感した、と報告しよう」

「『徹底的に』は余計です」

「事実だろう? 負けず嫌いの君も認める」

「はい……慈悲だけでは、勝てないんですよね」

「よく覚えていたね」

 

 アヤネは満足そうに頷いた。

 

「さすが未来のマスター君だ。では、お先に」

 

 扉の向こうへ消えていく背中を、アナキンは見送った。

 掌には、返されたライトセーバー。

 胸の奥には、母を失うかもしれない恐怖が、まだ巣食っている。

 恐れは消えていない。

 夢がただの夢だという保証もない。

 それでも、その恐れに操られず行動するための光が、一筋だけ差し込んでいた。

 飢餓を燃料にしても、操縦桿までは渡さない。

 その教えを、この時のアナキンは確かに胸へ刻んだのだった。

 

     ◇

 

 アナキンとの訓練を終えたアヤネは、その足でジェダイ聖堂内の一室を訪れていた。

 夕日は既に摩天楼の向こうへ沈みかけ、室内には青みを帯びた薄暮が満ちている。

 窓辺に立つ長身のケル・ドア人が、アヤネを振り返った。

 呼吸を補助するマスク。

 目を保護するゴーグル。

 落ち着いたジェダイ・ローブ。

 アヤネのかつての師、プロ・クーンである。

「アナキンとの訓練はどうだったかね?」

「素晴らしい才能です、まだ勝利を急ぎ、攻勢へ偏る傾向はありますが、ドジェム・ソの伸びしろは相当なものですよ。技量だけなら、既に一部のナイトを凌ぐでしょう」

「そうか」

「ただ、それとは別に気になることがありました」

 

 プロが続きを促すように、僅かに首を傾ける。

 

「最近、深刻な睡眠不足に陥っているようです。それにもかかわらず、訓練への貪欲さを崩そうとしない」

「彼らしいとも言えるが、好ましくはないな」

「はい。職務への影響も考え、休暇を勧めました」

 

 報告を続けていたアヤネは、ふと口を止める。

 もともと口数の少ない師だ。

 だが今の沈黙は、考え込んでいる時のものとは少し違う。

 

「マスター?」

 

 マスクの上に覗く目元が、僅かに柔らかくなっていた。

 

「いや、我がパダワンらしいと思ってね」

「我が師よ」

 

 アヤネは困ったように息を吐く。

 

「私も今では、一応マスターの端くれなのですが」

「私にとっては、いつまでも大切な弟子たちの一人だよ」

「はぁ……マスターには敵いませんね」

 

 マスク越しであっても分かる。

 プロは笑っていた。長年の付き合いで、その変化は声と目元から読み取れる。

 アヤネもつられるように微笑んだが、すぐに師弟の私的な空気を引き締めた。

 

「先ほどの、アナキンの件へ戻ります、本人は、タトゥイーンにいる母親が苦しむ夢を、繰り返し見ているそうです」

 

 プロの目元から、先ほどまでの柔らかさが消えた。

 

「予知夢か」

「断定はできません。本人も分からないと言っています」

「だからこそ、安否を確かめるための休暇を?」

「はい。不安を否定して訓練へ戻しても、集中が戻るとは思えません。彼に必要なのは、恐れるなと命じられることではなく、恐れが事実に基づくものか確かめる機会です」

「評議会は、執着を深める危険を指摘するだろう」

「承知しています」

「どう説明する?」

「過労と睡眠不足、任務遂行能力への影響、短期休養の必要性。そして、家族の安否確認によって心理的な負荷が軽減される可能性を、順に」

 

 迷いなく並べられた説明に、プロは小さく頷いた。

 

「既に議論の準備をしているようだね」

「相手はあの評議会ですから」

「君自身も評議会へ迎えたいという意見が、近頃また増えているが」

「今その話をします?」

「参考までに」

「入りませんよ、マスターの推薦でもまだ当分は長いこと…‥」

 

 そもそもマスタークラスへの昇格の推薦も、何度か断ったが最終的にグランドマスターに押される形で成されたものである。 

 

「まだ勧誘していない」

「その前置きは何度も聞きました」

 

 短い沈黙の間に、やはりプロの目元が笑っているを見て取った。

 

「それで、休暇が認められなかった場合ですが――」

 

 アヤネは咳払いを一つして、話を戻した。

 

「タトゥイーン周辺で調査すべき案件があると、先ほど私は口にしました。実際に何か心当たりはありませんか?」

「ならば、こちらの任務はどうだろう」

 

 プロは卓上の装置を操作した。

 青白いホロマップが室内へ展開される。

 外縁部の星系。

 その中央付近に、砂漠惑星タトゥイーンが浮かんだ。

 周囲を走る複数の交易航路には、赤い光点が表示されている。

 

「タトゥイーン近隣の星系で、輸送船の襲撃と航路妨害が増加している」

「護衛任務ですか?」

「調査も兼ねている。海賊による犯行と見られているが、被害規模に対して奪われた積荷が少な過ぎる」

 

 ホロマップへ歩み寄ったアヤネは一件ずつ、襲撃位置と船舶情報を確認する。

 

「輸送船を破壊しているのに、積荷を回収していない事例まである」

「そうだ」

「金品目的なら効率が悪過ぎますね」

 

 指先で複数の襲撃地点を結ぶ。

 赤い点は無秩序に散らばっているようで、ある一定の航路へ負荷を集中させていた。

 

「航路そのものを麻痺させるのが目的……?」

「私もそう見ている」

「輸送を遅らせ、物資不足を生じさせる。あるいは船舶を別の航路へ誘導し、そちらで何かをするつもりか」

「まだ判断材料が足りない」

 

 プロがアヤネを見る。

 

「どう思う?」

「アナキンに向いている案件です」

 

 弟子の即答にプロが感心したように、僅かな吐息を漏らす。

 

「ほう」

「タトゥイーン周辺なら土地勘があります。航法や機械関係は、私より遥かに強い。被害を受けた輸送船が航行不能になっていても、彼なら現場で応急修理までできるでしょう」

 

 アヤネはそこまで言い、意図的に言葉を切った。

 

「ただし、条件があります」

 

 プロのマスクの奥から、どこか楽しげな気配が返ってくる。

 

「聞こう」

「休暇で心身を癒した後です」

 

 アヤネの返答に迷いはなかった。

 

「寝不足の人間へ休めと言った翌朝、『都合のよい任務が見つかったから同行してほしい』では意味がありません」

「ふふ……」

「またその含み笑いですか?」

「いや。やはり、我がパダワンらしいと思ってな」

「果たして褒め言葉なのでしょうかね、それ」

「もちろんだとも。存分に誇りにしたまえ」

「仕方ありません」

 

 アヤネは腕を組んだ。

 

「将来有望なパダワンのため、まずは明日、評議会へ正面から休暇申請を出します」

「その姿勢では、私の言葉が褒め言葉だった証明になってしまうが?」

「構いません。マスターからの福音を参考にした二手目も確保できましたので」

「それでいい」

 

 プロは頷いた。

 

「ただし、交易路の任務は、あくまでこの場で資料を確認した君自身が必要性を認めたものだ」

「もちろんです」

「私から何かを指示されたとは、評議会で口にしないように」

「ご安心ください、マスター。あなたの入れ知恵を明け渡すつもりはありませんので」

「その意気でよい」

 

 高い徳と慈愛を備えた師弟である。

 同時に、煮ても焼いても食えず、食いつく隙さえ与えない強かさまでよく似ていた。

 アヤネは、ホロマップの襲撃地点を見つめ直し、それからふと疑問に行き当たる。

 

「今さらですけど、私のこういうところって」

「うむ」

「か~なり、あなたの教育の賜物なのでは?」

「さて」

 

 プロは堂々と白を切り、窓の方へ顔を向けた。

 

「そこで、とぼけます?」

「私はただ、弟子が自ら考えることを尊重してきただけだよ」

「ほら、それです」

 

 アヤネは師を指差す。

 

「『私は何も指示していない』という体裁を完璧に保ったまま、必要な材料だけは、ちゃっかり手の届く場所へ置いておくその手段(しゅほう)」

「実際、私は何も指示していない」

 

 プロの声はどこまでも落ち着いていた。

 

「タトゥイーン周辺で、調査すべき事案が発生していると伝えただけだ」

「事実なのが、性質の悪さを際立たせているんですよ、マスター」

「褒め言葉として受け取っておこう」

「誰に似たのでしょうね、私は」

「さあ、どこの者の差し金なのやら、私にも心当たりがない」

 

 師弟は互いを見た。どちらの口元にも、隠し切れない笑みが浮かんでいる。

「マスク越しでも、笑っているのは分かりますからね?」

「それは困った」

「とても困った顔には見えませんよマスター」

 

 窓の外では、コルサントの夜が始まろうとしている。

 無数の灯りが一つずつ浮かび、都市を星空のように彩っていく。

 

つづく。

 

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