スター・ウォーズ×ガメラ ~翡翠のジェダイ・マスター~   作:フォレス・ノースウッド

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本作のアヤネの師匠はぐう聖のマスタープロ・クーンですが、カノン時空での弟子のバルター・スワンもおり、アヤネの姉弟子としております。


評議会との攻防

 ジェダイ聖堂の尖塔、その最上部。

 円形の議場を取り囲む大窓の向こうには、コルサントの摩天楼が地平の果てまで広がっている。無数の尖塔が朝の光を反射し、その間を飛び交うエアスピーダーが複雑な光の航路を描いていた。

 銀河共和国の首都。その中心から少し離れたこの塔で、十二人のジェダイ・マスターたちは、銀河の均衡を保つための判断を下してきた。

 ジェダイ評議会の議場中央に、アヤネ・クサナギは立っている。

 十二人分の視線が集まっても、その背筋は揺らがない。

 翡翠色の瞳は澄み、両手は身体の前で緩く重ねられている。

 傍目には、ジェダイ・マスターとして申し分のない落ち着きだった。

 少なくとも――表面上は。

 

「スカイウォーカーに休暇を?」

「はい」

 

 メイス・ウィンドゥの低い声が、円形の議場へ響いた。 評議会において、グランド・マスターであるヨーダに次ぐ影響力を持つ人物。

 厳格な規律と卓越した判断力。ヴァーパッドを完成させた剣士としても知られ、そのライトセーバーの腕前はジェダイ最強の一角――いや、最強そのものと評しても過言ではない。

 彼はこの手の場での癖である両手を組み、アヤネを見据えている。深く刻まれた眉間の皺からは、彼女の提案に容易く同意する気がないことが読み取れた。

 

「理由を聞こう」

「昨日、代理で担当した訓練において、本人から相談を受けました」

 

 アヤネは、あらかじめ纏めてきた報告資料を議場中央へ投影する。

 アナキンの直近の任務記録。

 訓練時間。

 睡眠周期。

 医務室への申告こそなかったものの、ここ数週間の瞑想における集中度が不安定になっていること。

 

「彼は、故郷の母君が苦しむ夢を繰り返し見ています」

 

 僅かなざわめきが、評議員たちの間へ走った。

 

「夢の中で母親は助けを求めている。本人もそれが単なる不安の産物なのか、《選ばれし者》としての強いフォース感応力が捉えた警告なのか、判断できずにいます」

「予知夢であると考えているのか?」

「断定できません」

 

 種族レベルで高いテレパシー能力を有し、評議会のメンバーでも特に口数の少ないサシー・ティンが口で問う。それぐらい彼にとっても重大な案件だと判断したらしい。

 

「夢の内容だけで事実と扱うつもりもありません。ただしアナキンが連日の悪夢によって睡眠不足へ陥り、不安が訓練時の判断と集中へ影響し始めていることは確認できました。心身ともに、十全な状態とは言い難い」

「だからこそ――恐れを手放すことを学ばねばならない」

 

 キ=アディ=ムンディの一言を聞いた瞬間、アヤネの心中を、盛大な溜息が横切った。

 ――またそれか……。

 表情には出さない。眉一つ動かさず、ジェダイらしい静謐さを保つ。

 だが心の奥、そのさらに深い場所では、数ある自分(ペルソナ)の声がはっきり毒を吐いていた。

 恐れを手放せ。

 執着を捨てよ。

 感情に操られるな。

 オーダーの教義そのものを否定する気はないし、アヤネ自身、同じ言葉を弟子や若いジェダイへ説くこともある。

 だが言葉も、まして教義も万能の薬ではない。

 原因も症状も確かめず、同じ処方だけを繰り返すなら、それは教えではなく思考停止である。

 ――その言葉を自分の舌で何回発したか、二つある脳髄(あたま)に直接教えて差し上げましょうか、マスター・ムンディ。

 辛辣な思考を、フォースの奥底へ沈める。

 キ=アディ=ムンディの種族であるセレアンは、男性の出生率が極端に低い。種の存続という事情から、彼には例外的に複数の妻と家庭を持つことが認められていた。教義に例外を一切許さないのなら、その例外措置さえ否定しなければ筋が通らない。

 教義を守るために必要な現実的判断は認めがちなのに、自分たちが理解しにくい若者の苦悩についてだけ硬直した原則を当てはめる。

 ――公平(フェア)じゃないよ……全く。

 

「夢に動かされるまま故郷へ戻ることを認めれば、彼の執着を助長することになる」

 

 キ=アディ=ムンディの発言に議場の空気が少しずつ固まっていく、アヤネにはそれが単なる比喩ではなく感じられた。

 大気だけではない。あまねく生命を繋ぐはずのフォースさえ、この部屋では規律と前例の間へ押し込まれ、流れを失いかけている気がする。

 彼女からすれば保守的を通り越して、凝固的。

 固まり過ぎた血が血管を塞ぎ、守るべき身体ごと壊死させていくような窮屈さだった。

 今でも敬愛する亡きマスター・クワイ=ガン・ジンも、評議会を前に同じ息苦しさを覚えたことがあったのだろうか?

 おそらくは……あったと言い切れる。そして彼なら、隠しもしない盛大な溜息を吐いたに違いない。

 アヤネはその代わりに、ごく静かな呼吸を一つ挟んだ。

 

「恐れを手放すことと、恐れに苛まれる原因を究明せず放置することは同義ではありません」

 

 声音は穏やかでも、言葉の芯は一歩も退いていない。

 

「スカイウォーカーはジェダイだ、個人的な感情より、騎士団の使命を優先する責任がある」

「その使命の遂行に支障が出始めているから、私は警鐘を鳴らしているのです」

 

 アヤネはメイスの視線を正面から受け止めた。

 戦場であれば、そこに立っているだけで多くの敵を萎縮させる男だ。

 しかし彼相手でも、アヤネは一切視線を逸らさない。

 

「彼は自らの不安を打ち明けてくれました、彼にとって容易な行為ではありません、私の認識では勇気を振り絞った決断でした」

 

 アナキンが母親の夢を口にした時の顔を思い出す。クレイト・ドラゴンにもなぞらえられる力強い剣を振るう青年が、あの瞬間だけは母の手を求める少年へ戻っていた。

 

「せっかく不安を言葉にしてくれたパダワンへ、ただ《忘れろ》《手放せ》とだけ命じ、何の対策も講じない、それで彼が沈黙したとしても、恐れが消えたことにはなりません」

 

 その恐れが言えなくなるだけだ。

 聞いてもらえないと学び、諦めてしまうだけだ。

 いずれ本人さえ、自分が何を恐れているのか見ないようになる。

 

「見えない場所へ押し込まれた恐れは、当人すら自覚できない形で育ち、心を蝕みます。それこそ暗黒面にとって、絶好の餌になるのではありませんか?」

 

 評議員たちの何人かが、僅かに姿勢を変えた。

 アヤネはあえて、《恐れ》と《暗黒面》を結びつけた。

 彼らがアナキンの帰郷を拒む最大の理由を、そのまま対策の必要性を示す言葉へ変える。

 

「母への強き想い、それを失う恐れもまた、強い」

 

 グランドマスター・ヨーダが、顎を撫でながら言った。

 

「存じております。恐れを通じて齎されるものの危険性を、私も忘れたことはございません」

 

 たとえ《現状ただひとりの生きるグランドマスター》が相手でも例外ではない。

 ここで萎縮する程度なら、そもそも評議会へ直談判などしていない。

 

「だからこそ、彼自身に恐れの根源を確かめさせた上で、現実とどう向き合うのかを考える機会が必要です」

 

 想像の中にしか存在しない恐怖は、際限なく膨らむ。

 どこにいるか分からない母。

 何が起きているか分からない故郷。

 手を伸ばしても、届いたかどうかさえ分からない夢。

 行き場のない空白は、最悪の想像によって埋められていく。

 

「実際の安否を確認し、必要であれば救助する。何事もなければ、夢と現実を分けて受け止める。想像の中で暗黒面ごと恐怖を肥大化させるより、よほど健全でしょう」

 

 アヤネは、ジェダイの教義を否定していない。

 むしろ教義を守るためにこそ、その根底を掘り下げる必要があると説いていた。

 

「スカイウォーカー個人の事情のみを理由に、任務から離れることは認められない」

 

 だがメイスの答えは変わらなかった。

 短く、重い拒絶だった。

 

「……そうですか」

 

 応じるアヤネは表面こそ穏やかで、目を伏せもせず、怒気も見せない。

 だが翡翠色の瞳には、ここで話を終わらせる意思が微塵もなかった。

 第一案は却下された、それだけ。

 アナキンの不安をこのまま何もせず放置するという選択肢は、最初から存在していない。

 アヤネは、評議席の一角へ視線を向けた。

 そこには、呼吸補助マスクと防護ゴーグルを身につけたケル・ドア人のジェダイが座っている。

 マスター・プロ・クーン。

 アヤネの師。

 惑星ドーリンの大気は、酸素濃度が極端に低い。ケル・ドア人にとって、高濃度の酸素は生命を支える気体ではなく、身体を蝕む毒となり得る。

 そのためプロは、故郷以外の多くの星で、呼吸用マスクとゴーグルを欠かせない。

 ――マスターがこの席へ長く座りながら、あの人格者ぶりを維持できているのは、案外マスクのおかげなのではなかろうか?

 何か言いたくなっても、呼吸器越しでは一拍置くことになる。

 溜息も皮肉も、外へ漏れる前に濾過されるのなら、あの辛抱強さにも説明がつくような気がした。

 もちろん、本人へ言えば穏やかに否定されるだろう。

 他の評議員に悟られぬよう、アヤネはプロの目元を観察する。

 マスク越しの表情など、傍目にはほとんど読めない。しかし師弟として長年を過ごしたアヤネには、その微細な変化が分かる。

 瞼の角度に首の傾き、呼吸器越しに響く、ほんの僅かな息遣い。

 細胞単位――と本人が自負するほど微小な変化を拾い、アヤネは確信した。

 ――よし、そろそろ頃合いだ。

 

「ならば、こちらの任務はどうだろう」

 

 読み通り、プロが口を開いた。

 メイスを含む評議員たちの視線が、彼へ集まる。

 プロは卓上の操作盤へ触れ、議場中央、アヤネの前に銀河系のホロマップが展開される。

 外縁宙域の一角が拡大され、砂漠惑星タトゥイーンと、その周囲を走る交易航路が映し出された。

 

「タトゥイーン周辺において、輸送船の襲撃と航路妨害が増加している」

 

 複数の赤い光点が、航路上へ灯る。

 

「共和国の影響力が弱い宙域だ」

 

 キ=アディ=ムンディが資料を確認する。

 

「犯罪組織同士の抗争という報告もあるが、詳細は不明だ」

 

 ――だから今から、それを調べようとしているのでしょう。

 アヤネは内心で返したものの、表情には出さない。

 

「襲撃の規模に比べ、奪われた積荷の量が少ない。破壊された船舶の中には、積荷へ手を付けられていないものまである。通常の略奪行為とは考えにくい」

「航路そのものを混乱させることが目的かもしれんな」

 

 プロの説明に続き、メイスが言った。

 

「その可能性はある」

 

 プロはアヤネへ視線を向けた。

 

「マスター・クサナギ。君にはタトゥイーン周辺星系を調査し、必要であれば現地勢力との交渉に当たってもらいたい」

「はいマスター……タトゥイーン周辺の調査任務、承ります。ただ――」

「何か?」

「この任務の遂行に適した人材が、一人思い浮かびました」

「適任者?」

 

 数人の評議員が、僅かに身を乗り出す。

 アヤネは心の中で、静かに笑った。

 師から贈られた切り札を提示する時が来た。

 

「現地の土地勘を持ち、ハット支配圏における慣習にも通じている人物です」

 

 表情はあくまで凜然と、あたかも、今この瞬間に思いついた合理的な人選であるかのように。

 

「機械整備と航法にも秀で、荒れた航路で船舶に異常が生じた場合には、現場での応急修理も期待できます。そして何より――砂漠という名の《荒ぶるフォース》との付き合い方を、身をもって心得ている者です」

 

 評議員たちへ向き直る。

 

「皆様もよくご存じでしょう。アナキン・スカイウォーカーを、案内役兼操縦士として指名します」

 

 最高評議会室に、僅かなどよめきが走った……師のプロを除き。

 普段から感情を表へ出さない者たちの集まり、ゆえにその小さな揺らぎは、外界の議会で上がる大声にも等しかった。

 

「……最初から、それが狙いだったのか?」

 

 メイスの問いには疑いに満ちた声が宿る。

 

「まさか」

 

 アヤネは、心外だと言わんばかりに僅かに眉を上げる。

 

「任務の概要を、たった今伺ったばかりです。その私に、事前の準備などできるとお思いですか?」

 

 嘘は言っていない。任務の具体的な内容を、評議会の場で正式に聞いたのは今である。

 昨夜プロから似た案件の存在を聞いていたことも、それを第二案に使えると判断していたことも、今の発言とは矛盾しない。

 

「休暇が認められず、聖堂で任務中の師の帰還を待たせるのであれば、別の仕事を与える方が有益です」

「別の仕事を?」

「はい、個人的な執着へ沈み込む暇を与えず、同時に任務を迅速に遂行できる人材を選抜する、オーダーにとっても、本人にとっても合理的でしょう」

 

 アヤネは一息で言い切った。

 自分の思考を顔から読めない評議員たちへ、少しだけ意地の悪い感想が浮かぶ。

 ――私程度の腹芸を読めないのでは、皆様もまだ学ぶことが多いですね。

 

「調査を名目に、母親へ会わせるつもりではないのか?」

 

 キ=アディ=ムンディが核心を突く。

 アヤネは内心で肩をすくめた。

 ――では今すぐ、例外措置で婚姻を認められた方々にも接触制限を提案しましょうか、マスター・ムンディ。

 もちろん皮肉を直に口にはしない。

 

「任務の途上で、現地協力者の安否を確認することに、何か問題が?」

「現地協力者?」

「スカイウォーカーの母君は、タトゥイーンに長く暮らす住民です」

 

 アヤネはホロマップを操作し、都市部と交易拠点を表示する。

 

「地域事情、住民の動向、ハット支配下で表へ出ない噂。外部から訪れるジェダイより、遥かに多くの情報を知っている可能性があります」

「母親を情報源として扱うつもりか」

 

 今度はメイスが問う。先ほどまで、個人的感情を理由に会わせることを否定していたにもかかわらず、今は母親を利用するのかと情へ訴えるような問いかけ。

 ――その切り口を、ここで使いますか?もしシスが今も本当に健在なら、連中から絶好の皮肉の材料にされますよマスター・ウィンドゥ。

 

「無償で情報を要求するつもりはありません」

 

 むしろ当然の疑問であるかのように答える。

 

「協力を求めるなら、相応の対価を支払います。その中には、長く離れていた息子の無事な姿を見せることも含まれるでしょう」

「それでは、任務に私情を持ち込むことになる」

「私情を持つことと、私情だけで任務を判断することは別です、スカイウォーカーが故郷と母親の無事を自分の目で確かめれば、悪夢によって日々強まっている不安が軽減される可能性があります」

 

 睡眠時間も質も回復する――鍛錬や任務に励むのに必要な集中力も高まる――恐れに呑まれず、教義の意味を考える余裕も取り戻せる。

 

「将来有望なパダワンが暗黒面の誘惑から距離を取り、なおかつ調査任務にも明確な道筋が開かれるのです。何を、わざわざ恐れる必要がございましょう?」

 

 語尾こそ穏和だが、実質的には評議員たちが掲げた懸念を全て逆用している。

 アナキンを母親へ会わせることが執着を深める。

 ならば会わせず、恐れを肥大化させることの方が安全だと、どう証明するのか?

 彼を暗黒面から遠ざけたい。

 ならば恐れを自覚し、現実と照合する機会を与えない理由は何か?

 任務を優先させたい。

 ならば任務の遂行に最も適した人材を外す合理性はどこにある?

 正面から否定しようとすれば、自分たちが先ほど掲げた論理と衝突する。

 評議員の数人は、なお渋い表情を浮かべていた。

 一方、プロ・クーンは沈黙を保っている。だがマスクの奥から、この場ではアヤネにしか分からない小さな笑いが伝わってきた。

 評議会の場で師がこの反応を見せる時は、大抵、事態が望ましい方向へ進んでいる兆候だと知っている……だからこそ油断せず涼しく穏やかな態度に徹する。

 

「任務に私情を持ち込ませぬ自信、あるか?」

 

 反対意見を述べていた者たちに代わり、ヨーダが残された懸念を言葉へする。

 

「私が支えます」

「スカイウォーカーを……制御できると?」

「外から無理に制御しようとするから、彼の貴重な資質を宝の持ち腐れにする《恐れ》を産み落とすのです」

 

 何人かの視線が、鋭くなるもアヤネは構わず続ける。

 

「彼には自ら考えて行動できる思考と意志があります。必要なのはその資質を奪う枷ではない。判断を誤りそうな時に立ち止まり、考え直せる支柱を育むことです」

「言うは容易い、それが最も難しいのだ」

「難しいでしょう」

 

 メイスの苦言にアヤネは、あっさり認めた。

 簡単だとは言わないし、全てうまくいくとも約束しない。

 

「ですが、我々の本分であるフォースの探究において、これまで容易く成し遂げられたものが一つでもありましたか?」

 

 議場に沈黙を落とす決定打を、アヤネは手札から見せた。

 

「我々が現在用いる瞑想法も、治癒術も、剣術も、調停の技法も――五千年以上に及ぶ歴史の中で、先人たちが《困難である》と知りながら切り開いたものです」

 

 知らないものへ手を伸ばす。

 失敗から学ぶ。

 昨日まで不可能だったことを、次の世代へ技術として残す。

 それこそ、ジェダイが積み重ねてきた歴史ではなかったのか。

 

「パダワン一人の育成へ手間を惜しんでいては、彼らに顔向けできません、たとえ相手が、《選ばれし者》――かもしれない人物であっても」

 

 この表現は意図的な問い。

 《選ばれし者》だから成功すると期待しない。

 《選ばれし者》だから危険だと特別視もしない。

 予言に相応しい存在へ押し込めるのではなく、一人の若いジェダイとして向き合う。

 その責任を負う覚悟があるのかと、評議会そのものへ問い返していた。

 反対意見を述べていた評議員たちの顔から、渋る色が薄れていく。

 教義を守るためにアナキンを執着と見なす存在から遠ざけるべきだと主張した者が、今度はジェダイの歴史と本分そのものを理由に挑戦を拒むことはできない。

 

 ヨーダは目を閉じ、長い沈黙へ入った。

 アヤネは待つ、ここで言葉を重ねれば、追い詰めている印象を与える。

 相手が自ら答えへ辿り着く余地を残すことも、交渉の一部だった。

 やがてヨーダが目を開く。

 

「現地を知る案内役、確かに必要じゃ、スカイウォーカーの同行、認めよう」

「ただし」

 

 メイスが続けた。

 

「任務が最優先だ。母親との接触が任務遂行を妨げると判断した場合、君の責任で中止させろ」

「承知しています、マスター」

「スカイウォーカーの状態についても、帰還後に詳細な報告を提出すること」

「本人の私的な感情を、必要以上に記録へ残さないという条件を頂けるのであれば」

 

 メイスの眉間へ、また皺が増えた。

 

「任務遂行能力へ関わる部分のみでよい」

「ありがとうございます」

 

 アヤネは深々と頭を下げた。

 休暇の申請は却下された。

 だが、アナキンが正式にタトゥイーンへ帰郷する許可は得た。

 しかも、調査任務として。

 移動費。

 宇宙船の使用料。

 燃料費。

 現地での滞在費。

 情報提供者へ支払う謝礼。

 その全てを、ジェダイ・オーダーの経費として計上できる。

 ――懸念事項を一つ解消しながら、実際の事件も迅速に調べる。

 銀河の秩序維持を担う組織として、肉親の安否を確認しない理由などないでしょう?

 顔を上げアヤネの美貌も、翡翠色の瞳もあくまで澄み、勝ち誇った色など微塵も浮かんでいない。

 プロ・クーンだけが、その内側にある小さな快哉を正確に読み取っていた。

 

    ◇

 

 評議会が閉会し、他の評議員たちが席を立ち始める。

 アヤネも一礼して退出しようとしたところで、背後からメイスに呼び止められた。

 

「マスター・クサナギ」

「はい?」

「一つ確認する」

 

 メイスは席を立たず、腕を組んだまま彼女を見ていた。

 

「プロ・クーンが任務を提案することを、君は事前に知っていたのではないか?」

 

 議場へ残っていた評議員たちの足が、僅かに遅くなる。

 プロは座ったまま、何も言わない。

 

「マスター・ウィンドゥ」

 

 アヤネは、きょとんと首を傾げた。

 

「昨日、外縁部の航路に気になる動きがあるという一般的な話を、師と交わしたことはあります」

「やはり知っていたのだな」

「いいえ」

 

 否定は即座。

 

「具体的な襲撃地点、被害件数、任務として正式に提案されることまでは存じませんでした。従って、《タトゥイーン周辺で調査任務が発生する》と確定的に知っていたわけではありません」

「だが、休暇が却下された場合に備え、利用できると考えていた」

「提示されれば検討しようとは思っていました」

 

 メイスの視線が鋭くなる。

 

「それを《最初からの狙い》と言うのではないか?」

「第一案が休暇申請であったことに偽りはありません」

 

 アヤネは平然としている。

 

「代替案を用意することは、計画立案の基本でしょう?」

 

 議場の一角から、呼吸器越しの微かな音が聞こえた。

 プロが笑いを堪えているのを、さすがのメイスも気づいたらしく、彼へ視線を向ける。

 

「マスター・プロ・クーン」

「何かな?」

「あなたはどこまで彼女へ示唆した?」

「私は、外縁部で不審な襲撃が増えている事実を伝えただけだ」

「それを示唆と言うのだ」

「解釈したのは彼女自身だよ」

 

 プロの答えは淀みない、それが却ってメイスの眉間の皺を増やす。

 師弟は直接指示を交わしていない。

 虚偽の報告もしていない。

 ただ必要な情報が、必要な相手へ、必要な時に渡っただけである。

 

「二人とも、評議会を何だと思っている?」

「銀河の安寧を守るため、最善策を検討する場所です」

 

 アヤネが答える。

 

「我が弟子と同意見だ」

 

 ヨーダが杖をつき、椅子から立ち上がった。

 

「似た者師弟、育てた責任、プロ・クーンにもあるようじゃな」

「光栄です」

 

 プロは少しも悪びれない。

 そんな自分の師の態度にアヤネはジト目を向けた。

 

「そこは否定してくださいよ」

「なぜだね?」

「私が評議会の頭痛の種だと認めたも同然でしょう」

「君が頭痛の種なのではない、考えるべき問題を、対処に適した相手に持ち込んでいるだけだ」

「言い方を変えただけでは?」

「本質は大きく違うよ」

「その論法も私へ継承されているのですが……我がマスター」

 

 ヨーダの耳が、愉快そうに僅かに動く。

 

「出発準備を進めよ、マスター・クサナギ」

「はい、グランド・マスター」

「そしてスカイウォーカーには、任務の目的、正しく説明するのじゃぞ」

「もちろんです」

「母に会わせるための方便ではない、と?」

「実在する事件を解決し、現地協力者の安否も確認する任務です、どちらも本当でしょう?」

 

 ヨーダは長く彼女を見つめた。

 やがて、深い溜息を吐く。

 

「クワイ=ガンと話している気分、時折するのう」

 

 アヤネの笑みから、悪戯っぽさが消えた。

 

「それは、身に余る光栄です」

 

 短い返答には、亡きジェダイ・マスターへの敬意が滲んでいた。

 評議会室を辞したアヤネのローブが、扉の向こうへ消える。

 後に残されたメイスは、隣のプロへ顔を向けた。

 

「彼女は昔から、ああだったのか?」

「いや、昔はもう少し遠慮がちだった」

「では、誰がああ育てた?」

「さて」

 

 マスクの奥で、プロの目が微かに笑う。

 

「本人が、自ら考え成長に繋げた賜物だろう」

「……もういい」

 

 メイスは額へ指を当てた。

 

     ◇

 

 評議会室から続く回廊を歩きながら、アヤネは携帯端末へ任務受諾の認証を入力した。

 行き先はタトゥイーン周辺星系。

 任務内容は、輸送船襲撃事件の調査。

 必要に応じた船舶護衛と、現地勢力との交渉。

 同行者の欄には、アナキン・スカイウォーカーの名が正式に記載されている。

 休暇を与えることはできなかった。

 完全な休養にもならない。

 それでも、ただ悪夢へ耐えろと命じられるよりは遥かにいい。

 彼は自分の目で母親の無事を確認できる。

 もし悪夢が警告であったなら、まだ間に合う可能性がある。

 もし単なる不安だったなら、その不安を現実と照らし合わせ、手放すための足場を得られる。

 いずれにしても、恐怖の正体を知らぬまま聖堂へ閉じ込めておくより健全だった。

 

「さて」

 

 携帯端末(スマリンク)を閉じたアヤネは小さく息を吐いた。

 

「次は師匠に連絡しないと」

 

 アナキンの師へ事情を説明し、納得を得るという、ある意味では評議会以上に骨の折れる仕事が残っている。

 アヤネは通信端末を開き、オビ=ワンの回線を呼び出した。

 数度の呼び出し音。

 やがて、少し疲れた声が応答する。

 

『アヤネ? 評議会はどうだった』

「第一案は却下されたよ」

『そうか』

「でも、タトゥイーン周辺の調査任務へ、アナキンを同行させる許可は得た」

 

 通信の向こうへ、長い沈黙が落ちた。

 

『……最初から、それが狙いだったのか?』

「おやおや、君まで同じことを言うのかい?」

『今の間で確信した』

「人聞きが悪いなあ」

『戻ったら詳しく聞かせてもらうぞ』

「もちろん報告書と口頭の両方で説明しますよ、ただし先にから言っておくよ」

『何だ?』

「交通費と滞在費は、全額オーダー持ちになった」

 

 さらに長い沈黙。

 

『……アナキンには、君から説明してくれ』

「今仕事をまるごと押しつけたね?」

『今は任務中だ』

「便利な言葉だよね~それって」

『君も先ほどまで使っていただろう、委細は任せる』

 

 通信が切れ、アヤネは端末を見つめ、苦笑した。

 評議会。

 己が師。

 オビ=ワン。

 誰も彼も一筋縄ではいかない。

 もちろん、自分も例外ではなかった。

 こうしてアヤネは、第一目標であったアナキンの有給休暇を勝ち取ることには失敗した。

 その代わり。

 正式な調査任務として帰郷する許可に、そして母親の安否を確認するための正当な時間を得た。

 敗北と言うには、いささか成果が大き過ぎた。

 アヤネ・クサナギは、評議会との攻防においてもまた――守りから反撃へ転じるソレスの使い手だったのである。

 

つづく。

 

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