スター・ウォーズ×ガメラ ~翡翠のジェダイ・マスター~ 作:フォレス・ノースウッド
・任務の合間の息抜き
ジェダイ評議会が、アヤネ・クサナギによるタトゥイーン周辺星系の調査計画を承認した、その翌朝。
朝の光が差し込むジェダイ聖堂の回廊を、二人のジェダイと一体のアストロメク・ドロイドが、格納庫へ向かって歩いていた。
先頭を行くアヤネは濃褐色のローブを揺らし、その隣にはアナキン・スカイウォーカーが並ぶ。二人の少し後ろでは、荷物を載せたカーゴを牽引するR2―D2が、機嫌よさそうな電子音を響かせていた。
「昨日はよく眠れたかい、アナキン?」
アヤネは歩調を緩めずに尋ねた。
答えを聞くまでもなく、ある程度の察しはついている。目の下に居座っていた疲労の影は薄れ、血色も昨日までとは比べものにならない。肩から余計な力が抜け、フォースの流れにも、張り詰めた糸が緩んだような穏やかさが戻っていた。
だが見れば分かることと、本人の言葉で確かめることは別なので、アヤネは改めて確認を取ったのだ。
「それが……自分でも現金だとは思うのですが、ここ最近で一番ぐっすり眠れました」
「ピルルルル~♪」
R2が、いかにも愉快そうな旋律を奏でる。
「その割には、あまり晴れやかな口ぶりではないね。オビ=ワンから日頃聞かされる君は、もっと自己主張が激しいのだが」
「あの人は、そんなに頻繁に僕のことを話しているんですか!?」
「いや、ソレスの《ザ・マスター》との雑談については今はいい。もし今模擬戦をすれば、私から一本取れそうなくらい調子のよい君が、どうして口ごもっているのかを聞いている」
「ピルル、ピピッ♪」
「茶化すな、R2!」
電子音の意味を正確に聞き取ったらしいアナキンが、悪友にからかわれた少年そのものの顔をする。
その反応がおかしくて、アヤネは小さく笑った。
「では言います。まさか、ここまで早く――それも徹底して約束を実行してくださるとは、思っていなかったんです」
「評議会の長老方がどう考えようと、私は一度交わした約束を違えない主義でね。それに、暗黒面へ繋がりかねない不安を抱えたまま任務へ送り出すほど、パダワンの扱いに無頓着でもない」
「ですが、マスター・ウィンドゥやマスター・ヨーダを、どうやって説得したのです? オビ=ワンでさえ、あの方々を相手に意見を通すのは至難の業なのに」
「コツさえ知っていれば、さほど難しくはないよ。彼らであっても頷かざるを得ない大義名分と理屈で、外堀を丁寧に埋めただけさ」
アヤネは指を折りながら、評議会へ提示した理由を並べた。
任務の目的は、タトゥイーン周辺で頻発する輸送船襲撃と航路妨害の原因究明。
アナキンは現地の出身者であり、地理、風土、慣習、そしてハット支配圏特有の社会事情を肌で知っている。
機械の扱いにも精通し、精密機器にとって天敵となる砂塵や砂嵐の中で、応急修理を行った経験さえある。
さらに、師であるオビ=ワンは別任務から戻っていない。パダワン一人に任務を任せられないのなら、アヤネの随行員兼操縦士として実地経験を積ませればよい。
おまけに、パドメ・アミダラ議員の了承を取りつけ、彼女の側近でありアナキンとも旧知のR2まで、現地協力用のドロイドとして借り受けた。
一つ一つは、どれも事実である。
それらを組み合わせた結果、評議会が反対する方が不合理に見える申請書が完成しただけだった。
「そこまでいくと、もはや屁理屈では?」
「せめて、合理的な措置と適切な人員配置に訂正してもらえるかい?」
「ピヒョヒョヒョッ♪」
R2の表示灯が、露骨なほど楽しげに明滅する。
ドロイド語を解さない者でも、会話の流れを知っていれば意味を察せる笑い方だった。
「R2君……」
「マスター?」
アナキンは、アヤネの異変をフォースへ頼るまでもなく察した。
普段の彼女は穏やかで、どこか飄々としている。凛々しく整った面立ちにも、今はにこやかな微笑が浮かんでいた。
なのに、背骨を這い上がるこの悪寒は何だ。
(bad feeling about this――嫌な予感がする )
この銀河で幾度となく囁かれてきた警句が、アナキンの胸中を過ぎった、その時。
「そういえば、今回使う船の貨物室は、未使用時には備品の劣化を防ぐため真空になる仕様だったね。ちょうど、往復分の特等席が一台空いているが――」
「フォアアアァ――ッ!?」
「遠慮しなくていい。議員付きの君は、普段の船旅でも特等席なのだろう?」
R2のスピーカーから、けたたましい悲鳴が上がった。
その音を耳にしたアナキンは、妙な懐かしさを覚える。
以前に同じ悲鳴を聞いたのは、まだ彼の声が変わる前だった。ナブーのスターファイターへ乗り込み、敵の砲火が飛び交う宇宙戦へ放り込まれた、あの時だ。
――ちょっと待て、R2にとっては、あれと同じくらいの危機なのか!?
「マスター、ここは穏便に……」
「おや、君から忠言を受けるとはね。分かった。標準席で構わないかな、R2君?」
「……ピッ」
あまりにも素直な返事だった。
アナキンは目を瞬かせる。あのR2を、初対面同然で手懐けてしまった。
「いけない。雑談へ興じすぎたね。船まで急ごう――慌てず、走らず、早足で」
「了解しました」
アヤネがいつもの飄然とした調子へ戻ったことに、アナキンは密かに胸を撫で下ろした。
「怒りの表し方にも、いろいろあるのですね……」
「急に何の話だい? まあ、内容そのものは正しい。新しいことを学べたね、アナキン君」
「はい。肝に銘じます」
「よい心掛けだ♪」
そう言葉を交わしたところで、三者は格納庫へ到着した。
◇
今回の任務へ用意されたのは、外見だけなら年季の入った小型貨物船だった。
船体の表面には、わざわざ煤と傷を模した塗装が施されている。識別番号も民間登録のものへ偽装され、ジェダイ・オーダーの紋章はどこにも見当たらない。
だが、その内側は別物だった。
エンジンとシールドはT―6シャトル級まで強化され、最低限の武装も目立たぬよう格納されている。万一戦闘へ巻き込まれても、離脱するだけの性能は確保されていた。
「ここまでするなら、最初からT―6を使う方が早くありませんか?」
機体を見上げたアナキンが、当然の疑問を口にする。
「これは調査任務だよ。事態の推移次第で戦闘になる可能性はあるが、タトゥイーンのような土地へジェダイ専用船で乗りつければ、無法者たちへ喧嘩を売っているも同然だ。それでは調停者の名が折れる」
アヤネは船体へ触れ、整備状態を確かめるように掌を滑らせた。
「常日頃は鍛錬を怠らず、業務中は荒事になる要素を可能な限り未然に避け、それでも一朝事あらば一閃必中――私のジェダイ象ではそうなってるの 」
「なるほど……」
手元に筆記具があれば、すぐにでも書き留めたくなる言葉だった。
アナキンはアヤネとR2に続いて船内へ入り――無意識のうちに、真っ先に操縦席へ収まっていた。
「あ……すみません、マスター。いつもの癖で」
立ち上がろうとするアナキンを、アヤネが片手で制した。
「いいよ。そのまま発進準備を進めたまえ。私は荷物を整理しておく」
「ですが、マスターにそのような雑務を――」
「初心を忘れないための、我流の習慣みたいなものさ。それに、船を含めた機械は君にとってもう一つの身体に近い。それほど精通している者へ操縦を任せる方が合理的だろう?」
アヤネはカーゴの固定具を外しながら、悪戯っぽく付け加えた。
「そろそろ発進しないと、長老方に『出発が遅い』と小言を頂戴しそうだ。役割分担だよ」
「分かりました」
アナキンは一礼して座り直した。
初心を忘れない。荒事の芽を事前に摘む。適材適所で役割を分ける。
先ほどの言葉を胸中で反芻しながら、手は淀みなくコンソールを操作する。エンジン、シールド、航法装置、生命維持系。表示される数値を一つずつ確認し、最後に操縦桿を軽く握って、機体の重みと応答を掌へ覚え込ませた。
それはアナキンなりの、飛び立つ前の儀式だった。
「シートベルトを」
「了解」
「R2は?」
「ピピッ!」
助手席にはアヤネ、後部のドロイド用固定区画にはR2が収まる。
「航路の設定は?」
「完了しています。この航路なら、予定より四時間早く目的宙域へ到着できます。安全面についても――」
「うん、問題ないね。この経路で行こう。ところで君は、また何と競っているんだい?」
「これも、癖ということで……」
同じ指摘をオビ=ワンから受けたなら、アナキンは露骨に不満を顔へ出しただろう。
だが、アヤネの声には咎める色がなかった。ただ彼が自分でも気づかないまま速度を目的へすり替えていないか、確かめているだけだ。
アナキンは少し肩を落とした。
「では《最速安全記録》を穏当に作るつもりで行こう」
「はい、マスター!」
「急にいい返事になったね。現金なパダワンだ」
「自覚はしています。お二人の身体に余計な力は入れさせませんので――発進します」
偽装貨物船が、低い駆動音とともに床を離れた。
格納庫を滑るように抜け、コルサントの蒼穹へ機首を上げる。雲を貫き、大気圏を越えると、窓の向こうの青は急速に深まり、やがて星々の瞬く黒へ変わった。
「ピルルル、ピピピッ」
「予定を四時間縮めるのは飛ばしすぎ? オビ=ワンなら、もう雷を落としている? 分かってるよ!」
「R2、任務現場へ早めに着くこと自体は定石だ。安全性も確認できている。今回は私もアナキンへ一票だね」
「ブォー……ピッ(`ε´) ~ 」
「噂に聞く以上の拗ねっ子だな、君も」
軽口が行き交う間にも、アナキンは機体を交通流から外し、設定した遷移座標へ正確に運んでいく。
宇宙へ出る瞬間は、昔から好きだった。
重力へ縛られた空が解け、星の海が一気に視界へ広がる。どこへでも行けると錯覚できる、ほんの短い時間。
「ハイパードライブへ入ります」
アナキンがレバーを押し込む。
点だった星々が白い光の筋へ伸び、船体が一瞬の震動に包まれる。次の瞬間、貨物船は青白いハイパースペースの奔流へ飛び込んでいた。
◇
航行が安定すると、アヤネはローブの内側から一冊の本を取り出した。
アナキンは操縦桿を握ったまま、間接視野でその様子を捉える。
マスターが落ち着いて読書を続けられる。それが、機体を安全かつ快適に飛ばせている目安になると理解した。
「何をお読みになっているのです?」
「タトゥイーンのガイドブックをスピードラーニングしている」
「それってどういう……あっ――」
アヤネは本を開いていなかった。瞳を閉じ、表紙へ掌を添えている。その手と紙の間で、フォースが細い水脈のように流れていた。
「フォースで読んでいるのですか?」
「情報を短時間で得るだけなら、便利な方法だよ。電子記録には向かないが、人の手で書かれた紙の書物なら、文字へ刻まれた思考の痕跡を辿れる。文字にもまた、フォースは宿り、残るからね」
アヤネは目を開けると、案内書を一度も開かないままローブへ戻した。
代わりに別の本を取り出す。
今度は表紙をめくり、一頁ずつ、肉眼で丁寧に読み始めた。
「そちらは、普通に読むのですね」
「これは戯曲を小説へ仕立て直したものだからね。物語まで急いで摂取する必要はない」
開いたページへ目を落としたまま、アヤネは静かに続ける。
「アナキン。便利な力というものは、使わない自由まで持って、初めて自分のものになるんだよ。いつでも使わなければならないのなら、使い手ではなく、便利さに酷使される奴隷になってしまう」
「……はい。その窮屈さなら、僕にも嫌というほど分かります」
「だろうね」
短い返答に宿った翳りを、アヤネは聞き逃さなかった。
だが、奴隷だった過去を無理に語らせようとはせず、再び本へ目を戻す。
「ピルル?」
「今読んでいるのは、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲だよ。ジャンルは喜劇」
「あの作家に、そんな作品もあったのですね」
「今度、君の最初のシェイクスピアとして勧めよう。――ふふっ」
不意に漏れた笑みへ、アナキンが視線を向ける。
「どうしました?」
「すまない。物語の一節がおかしくてね」
その時のアヤネの笑顔は、評議会へ真っ向から意見するジェダイ・マスターのものでも、戦場で光刃を振るう騎士のものでもなかった。
物語へ夢中になった年頃の娘が、堪えきれず笑みをこぼした――ただそれだけの、柔らかな表情だった。
◇
「目的宙域まで、あと三十分です」
「ありがとう。おかげでぐっすりできるくらい寛いで読書ができたよ」
ぐっすり、今のは少しアナキンには解せない表現だった。
「それって読んでいたのですか? 眠っていたのですか?」
「眠れるほど安心して読めた、という意味さ」
「でしたら……光栄です」
口元が、わずかに綻ぶ。だが、その微笑は長く続かなかった。目的地が近づくにつれ、操縦桿を握る指へ少しずつ力が戻っていく。
数秒の沈黙を置いて、アヤネが本を閉じた。
「不安かい?」
「どうして、そう思うのです?」
「操縦桿を握る手に、さっきより力が入っている。瞬きの回数も減った」
「よく見えていますね……その綺麗な翡翠(ひとみ)は」
「これでマスターまで上がれた理由の一つではあるが、今は君の話だよ」
アヤネは身体ごとアナキンへ向き直った。
「心配事は、言葉として外へ出すだけでも形が見える。形が見えれば、扱い方も考えられる。無理にとは言わないがね」
今流れる沈黙は拒絶ではない。どう言葉へ直せばよいのか、アナキンが迷っている時間だった。
「……では、お言葉に甘えます。母のこともありますが――マスターもご存じの通り、僕には性急に走るところがあります」
「うん、噂どおり、そういうところはあるね」
「軽くありません?」
「浮世をユーモアというフォースで少しでも彩る。それも私の信条の一つでね」
「お気遣い、感謝します」
言葉を探し、途切れながらも、アナキンは少しずつ胸の内を語った。
母へ会えるかもしれない期待。
夢で見た苦しみが現実だったらという恐怖。
急いだ結果、任務を台無しにするのではないかという不安。
言語化するたび、本人すら気づいていなかった全身の強張りが解けていく。操縦桿を締めつけていた指も、いつしか必要な力だけを残して緩んでいた。
「君の腕前は信頼しているよ、同時に君の目立ちたがりな一面へも警戒しているがね」
「言ってくださいますね」
「これでもマスターなのでね」
二人の間に、同時に笑みが浮かぶ。
操縦室へ漂っていた緊張が和らいだところで、ハイパースペースの青い奔流が途切れた。
光の筋が星々へ戻り、窓の向こうへ黄褐色の惑星が現れる。
タトゥイーン。
「君が立てた目標より十分に早い。安全最速記録として覚えておこう」
「ご指導の賜物です」
「今日は指導した覚えがないのだが」
「なら、課題を頂いたということで」
「生意気なパダワン君め」
「そうですね」
アナキンは小さく笑いながら、故郷の星を見つめた。
砂は今でも嫌いだ。ざらざらして、どこへでも入り込む。服にも機械にも生活にもまとわりつき、かつての自分を縛っていた日々まで思い出させる。
それでも、十年ぶりに見る故郷の砂色は、胸の奥へ確かな郷愁を連れてきた。
嫌いだったはずの景色へ心が引かれることに戸惑いながら、アナキンは降下経路を設定した。
――――
・ワトー商人のビジネスチャンス
モス・エスパの空だけは、その日も涼しげな青を湛えていた。
だが地上では、二つの太陽が容赦なく熱を注いでいる。日干し煉瓦の建物も、通りを歩くならず者も、地面を覆う砂さえも、等しく灼かれていた。
そんな昼下がり。
『――だから、その部品はそっちじゃないと言っとるだろうが!』
トイダリアン族の商人ワトーは、自身を浮かせる羽音より騒々しい声を張り上げ、ピット・ドロイドたちへ指示を飛ばしていた。
今日も今日とて、ジャンク品を磨き、値をつけ、少しでも高く売りつける。機械いじりと商売は、もはや生業を越えて彼の生命活動(ワイフワーク)そのものだった。
その傍らで、どこかに転がっていないかと待ち構えてもいる。
砂漠へ埋もれた鉱脈にも似た、とびきりの儲け話を。
『やあ、元気かいワトー。手伝うよ』
不意に、流暢なハット語が飛んできた。振り返ると、背の高いヒューマノイドの青年が、まるで昔からの知り合いのような顔で店先へ立っている。
青年は、配線を剥き出しにして転がっていたピット・ドロイドの頭部と工具を勝手に手に取り、その場で修理を始めてしまった。
『おい、こら、ちょっと待て! あんたらジェダイだろう!? わしは何も悪いことなんかしとらんぞ!』
青年だけではない。その傍らには、葡萄色を帯びた黒髪と翡翠の瞳を持つ、若い女性のジェダイまで立っていた。
本物のジェダイが二人。商談なら即座に笑顔を作るワトーも、さすがに身構えた。慌てた拍子に工具を取り落とす。
それが地面へ落ちる前に、女性が片手で受け止めた。
『はいどうぞ、大事な商売道具でしょう?』
『あ、ああ。こいつはどうも』
ワトーが滅多に口にしない礼を返した、その時。
『直ったよ、ワトー』
『ん?』
ほんの僅か目を離しただけだった。
それなのに、廃棄するしかないと見切りをつけていたドロイドの頭部は、すでに修復されていた。剥き出しだった配線は正しく接続され、焦げた回路も、手元にある廃部品を組み合わせて代替されている。
あとは胴体へ繋げば、再起動できるだろう。
この手際。使い物にならないガラクタから、まだ働ける部分を見抜く目。
ワトーの長い商人人生において、これほどの腕を持つヒューマノイドの機械屋は、一人しかいなかった。
「アニー……お前さん、あのチビのアニーか!?」
思わず共通語へ戻り、かつての愛称を叫ぶ。
青年――アナキンが、悪戯を成功させた少年のように笑った。
「ええ、ワトー殿。貴方が才能を開花させた、アナキン・スカイウォーカーの帰還ですよ」
もう一人のジェダイ、アヤネが芝居がかった口調で紹介した。
◇
時は、少し遡る。偽装貨物船はタトゥイーンの大気圏へ入り、モス・エスパ郊外の発着場――とは名ばかりの平らな砂地へ降下していた。
アナキンは横風を読み、機体の傾きを細かく修正する。逆噴射の出力を必要最小限に絞り、舞い上がる砂塵さえ抑えながら、船を滑らかに接地させた。
着陸脚が砂を噛む、低い感触、それだけ。
「砂漠でこれほど静かな着陸を経験したのは、マスター・プロ・クーンの操縦以来だよ」
「あの方に並ぶ腕前と評価していただけるなら、光栄です」
「アナキン」
「はい?」
「いつか必ず、我がマスターを超えるパイロットになってみせる――と、今、顔へ書いてあったよ」
フォースを使わずとも分かる、とアヤネの笑みが告げている。
実際、心中で宣言したばかりなので否定できなかった。
「その向上心は大いに結構。任務を終えたら、マスター・プロへ『スカイウォーカーはいつでも挑戦を受ける準備ができています』と伝えておこう」
「い、いいです! その時が来たら自分で言います! そしてマスター・プロが挑戦を受けてくださった時には、速さだけでなく、安全性と快適性まで含めて超えてみせます!」
「よし。その時は私が、公平に審判を務めよう♪」
挑戦する当人たちよりも、観戦者へ立候補したアヤネの方が楽しそうだった。
「公平な判定をお願いしますよ」
「もちろん。真剣勝負でなければ、見ている私もつまらない。手を抜かれたら君も調子を崩して、かえって操縦が雑になりそうだ。マスターも、きっとしょげる」
プロ・クーンがしょげる姿。アナキンは想像してみたが、脳裏へ浮かぶのはいつもの呼吸マスクとゴーグルだけだった。そもそも、素顔さえ見たことがない。
いつかアヤネへ、マスク越しに感情を読み取るコツを尋ねてみよう。
ただし、最初からフォースへ頼るのではなく、自分の目で相手を見る訓練として。
新しい目標を思いついたことが、妙に心地よかった。
以前の自分も、誰かを超えることを目標にはしていた。だが、そこには焦りや、認めさせたいという飢えが常につきまとっていた。
今は少し違う。優れた相手を目標とし、努力し、その先で正面から競う未来を楽しみにできる。
この感覚も覚えておこうと、アナキンは胸中へ刻んだ。
「現地へ紛れ込むための服は、いくつか用意してあります。どうします?」
「うーん……」
アヤネは下顎へ指を添え、船外へ広がるモス・エスパの街並みを眺めた。
「アナキン。覚えている範囲で構わない。君の以前の上司が、どのような人物だったか聞かせてくれるかい?」
「以前の上司……ああ、ワトーですか」
アヤネが奴隷主とは呼ばなかったことに、アナキンは気づいた。
彼の過去を曖昧にしたのではない。少年時代のアナキンが、ワトーの店で働き、技術を磨いた事実へ焦点を置くための言葉だった。
その気遣いが、胸の内へ小さな温もりを灯す。
「商才は確かでした……顔も広いし、思い返せば、子どもで奴隷だった僕にも、彼なりに破格の待遇を与えていました」
そこまで言ってから、アナキンは苦い顔をした。
「ただし、金にはがめつい。羽音も声も砂嵐よりうるさい。それにトイダリアン族ですから、フォースで心を操ろうとしても通用しません」
「うん。マスター・クワイ=ガンの記録にも、『彼の商魂はフォースさえ通用しない強敵である』と明記されていた」
一瞬、沈黙が落ちる。
次いでアナキンは腹を抱えた。
「ははっ……あの人、本当にそんなことを記録へ!?」
「ピヒョヒョヒョヒョッ!」
R2まで、つられたように笑い声を上げる。
「アナキン?」
「すみません。すぐ落ち着きますから、少しだけ待ってください」
「いいよ」
仕事中である以上、いつまでも笑ってはいられない。
アナキンは一度、大きく息を吸い、ゆっくり吐いた。それでも腹の奥へ残る笑いをどうにか鎮め、姿勢を正す。
「では、ワトー殿とどう交渉するかだが」
「変装して近づきますか?」
「いや。今回は、ジェダイであることを隠さずに行く」
「え?」
目立たぬ偽装船を選んだ方針とは、正反対に聞こえる。
だがアナキンは、すぐに反論せず理由を求めた。
「なぜです?」
「思い出してごらん。彼は十年前、客として現れたマスター・クワイ=ガンと大勝負をして、手痛く敗れた。それ以来、訪れた客を信用できるかどうか、以前より厳しく見るようになっているはずだ」
「半端な変装では、余所者の怪しい客として追い返される」
「そういうこと。ならば逆に、ジェダイだと堂々と示す。近頃の治安悪化に、とうとうジェダイが動いたと知れば、商魂逞しいワトー殿でも一瞬は身構えるだろう」
アヤネは、店先に積まれたジャンクの山を思い描くように指を動かした。
「その隙に、彼が廃棄しようとしている機械を君が直す。かつての面影と、彼が高く評価していた技術を同時に見せて、向こうから君がアナキン・スカイウォーカーだと気づかせるんだ」
「ジェダイとして帰ってきた僕を見れば、ワトーは新しいビジネスチャンスだと考える……」
「彼は彼なりに、君の能力も人柄も買っていた。懐かしい元従業員であり、今はジェダイとなった君との縁。その価値に目を輝かせたところで――」
「任務に必要な情報を、正当な取引として買う」
「そういうこと♪」
三者は顔を見合わせた。アヤネとアナキンは笑い、R2も表示灯を楽しげに瞬かせていた。
◇
「アニーボーイ! 元気だったか!? こんなにでかくなったうえに、ジェダイときたか!」
果たして、アヤネの演出は見事に功を奏した。
「そっちこそ、ワトー。今日も暑いのに商売熱心じゃないか」
「暑い程度で、わしの生きがいが止まるものか!」
ワトーは羽音を高く響かせながら、成長したアナキンの周囲を飛び回った。
かつて所有していた奴隷へ向ける態度というより、久方ぶりに再会した甥を喜ぶ親戚のようだった。
アヤネは黙ってその様子を観察する。奴隷という制度の非道さと、ワトー個人がアナキンへ抱いていた情は、同時に存在し得る。後者があったからといって前者が許されるわけではない。だが、前者を憎むために後者まで偽物と決めつける必要もなかった。
「せっかく来たんだ。うちが貸した金を返さん奴がいてな。取り立てを手伝ってくれれば、わしとしては大助かりなんだが……」
再会の喜びを、早くも商売へ結びつけてくる。
クワイ=ガンの記録は、やはり正しかったらしい。
「ワトー殿。私たちも今は商売中です」
アヤネが穏やかに割って入る。
「それにジェダイの威光を借りて借金を取り立てれば、長期的には顧客の信用を失って結果的に大損ですよ」
「おう……た、確かにそりゃまずいな。すまん。わしにしては少し、せっかちすぎた」
倫理ではなく、損得から説く。
相手の価値観へ合わせた一言で、アヤネは早くもワトーから一目置かれた。
「お前さんは、アニーの師匠か?」
「直接の師ではありませんが、先輩には当たります。貴方が磨いた彼の技術には、我々ジェダイ・オーダーも何度となく助けられていますよ」
「そうとも! わしが一からみっちり鍛えたんだからな! ほかの奴では、ジェダイも重宝するような人材にはできなかっただろうさ」
ワトーは得意げに胸を反らし、そこで商人の目へ戻った。
「ところで、アニーを見せに来ただけじゃないんだろう?」
「はい。前金も後金も現金でお支払いします。貴方の日頃の商売を妨げている事柄について、情報を頂きたい」
「用意がいいじゃないか、ジェダイにしては」
「郷に入っては郷に従う――私の好きな言葉です」
アヤネは、出発前に任務経費の一部を現金化していた。
クワイ=ガンの報告書を読み、共和国クレジットが通用しない可能性まで考慮していたのだ。
提示額を見たワトーは少し唸り、やがて迷いなく承諾の身振りを示した。
値上げを要求しなかった。アナキンの記憶にある限り、こんなことは初めてのことだった。ジェダイ相手の取引へ慎重になっているのだとしても、それだけで説明できる光景ではない。アナキンとの縁を、ワトーも多少なりとも値段へ含めたのかもしれなかった。
「それと、シミ・スカイウォーカーさんへ現地協力をお願いしたいのですが、今はどちらに?」
「ああ……」
ワトーの表情から、商談の勢いが消えた。
顎髭をぼりぼりと掻き、視線を泳がせる。
「すまんな、アニー。それにジェダイの嬢ちゃんも。シミはもうここにはおらん。正式な取引で売ったんだ。もう五年くらい前になるな……」
「ママが……?」
アナキンの声が掠れた。
胸の奥で、悪夢の中の悲鳴が蘇る。
操縦席で言葉へ変えた不安が、今度は現実の輪郭を得ようとしていた。
今すぐワトーへ詰め寄りたい衝動を、アナキンは息とともに押し留める。
「……誰に売った?」
声量だけは平静を保っていた。
「水分農場を持っているラーズって男だ。噂じゃ、そいつはシミを解放して、そのまま妻に迎えたらしいぞ」
「引き取った後で、結婚したと?」
「そう聞いた。そいつが本当なら、びっくり箱までひっくり返る話だ!」
母は、もう奴隷ではない。その可能性に、アナキンの胸へ一瞬だけ安堵が差し込む。
だが、夢で見た苦しみは消えなかった。
アヤネは隣に立つ彼の気配を感じながらも、今は背へ手を置かなかった。慰めを急がず、確かな事実へ繋がる道を先に開く。
「五年前の帳簿を見せていただけますか? 商人である貴方なら、取引記録へ漏れはないでしょう」
「おうとも。ちょっと待ってな二人とも~~~ああ、後金も忘れんでくれよ」
「帳簿と一緒に、領収書もお願いします。宛名は《ジェダイ・オーダー》で」
「気前がいいなお嬢さん。気に入ったぞ!」
ワトーは目を輝かせ、勢いよく店の奥へ飛んでいった。
その背中を見送るアナキンの目は、少しだけ点になっている。
――全部、オーダーの経費として計上するつもりだ。
なお、この時R2―D2は船へ残されていた。
出発前、アヤネがこう説明したためである。
〝十年以上も現役で稼働している優秀なドロイドを見せれば、ワトー殿は部品か本体を譲れと言い出しかねない。君には船の留守を守ってほしい〟
〝ピルルル~♪〟
R2は上機嫌で了承した。本人は重要な警備任務へ任命されたつもりだったが、その実、身体を商談の対象にされる危険から遠ざけられたのである。
やがて店の奥から、古びた帳簿を抱えたワトーの声が聞こえてきた。
アナキンは無意識に拳を握り、すぐに開いた。
母へ続く道は、ようやく見つかった。
だが、その先に待つものが再会の喜びなのか、悪夢の答えなのかは、まだ誰にも分からなかった。
つづく。