幽者の旅路は耀けり   作:星影雪那

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お前のことやぞキラ○マジン○


第三話 苦労して倒したボスが後でザコ敵として出てくるやつってあるよね

 

 

 

激しい雷雨が収まり、憎たらしいほどの快晴が訪れる。蒸し蒸しした空気に不快感を覚えつつ、幽者は拠点を後にした。

乾パンを齧り高速で道を走る幽者は、障害となる魔物のみを排除して普遍の町(アリフ)に向けて直進する。

ここらの魔物は弱っちいのばかりで、解体しても大した金にはならないのだ。

需要はあるのでギルドに持ち込むと喜ばれるが、それで得られる額は新米冒険者の小遣い稼ぎ程度。

大半の魔物を片手間で仕留められる幽者が、そんなものに血相を変えるはずもなく。

流れ作業のように雑に首を落とし、死体は放置して足を進めていた。どうせそこらの魔物が食うから後始末は問題ない。

 

戦争が終わり約半年。目立った戦乱も無かったルイネス王国で、幽者が武勇を示す機会は無く。

聖女が死ぬまで平和を謳歌していた幽者の戦闘勘は、手入れを忘れて錆びついた鈍(なまくら)のように鈍っていた。

リハビリがてらの強行軍のつもりだったのだが、そもそもの魔物が弱すぎて勘を取り戻すことは不可能だった。

戦いを重ねれば嘗ての輝きを再び取り戻すことも出来るのだが、あまりに弱いと戦いにすらならない。一方的な虐殺に過ぎないのだ。

 

もしかしたら死体の山を築く程度に鏖殺すれば多少は改善するかもしれないが、そうした場合アリフ周辺の生態系が確実に崩壊する。

その方が大変なことになるのは想像に難くない。結果、なんやかんやあってアリフが地図から消える可能性だってあり得る。

そう簡単に事が運ぶとは限らないのだと幽者は落胆した。

ウィズディアに到着するまではただの作業だと割り切ることにする。その方が精神衛生上よろしいだろう。

 

時には諦めが肝心なことを学んだ幽者だった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

気負うものもない気楽な一人旅の道中。行軍の速度を緩めた幽者へと後方から、街と街を中継する乗り合い馬車(オムニバス)が接近してくる。

護衛兵が二人就いているがその装備を見る限り、まだまだひよっこの段階でありまだ慣れていない様子である。おそらく依頼を受けた冒険者だと思われる。

運転手と談笑している二人の注意は散漫で、ここら辺の魔物は弱いがそれでも、集団に奇襲を受ければ苦戦は免れないだろう。幽者と一戦交える場合は論ずるまでもない。

 

横切りに備えて身体を道の外側に寄せる。謝辞の言葉を贈られたので会釈で返しておいた。

すると、馬車は速度を落として幽者の隣を並走し始めた。理由は想像つくので気にしないでおく。

 

「一人旅のお兄さん。この馬車はアリフ経由緋桜郷(ひざくらきょう)行きなんだが乗ってくかい?」

 

魔法都(ウィズディア)を経由しないのであれば乗る必要はない。

申し出はありがたいが行くあてのない自由気ままな一人旅なので遠慮しておく、とやんわりと断っておいた。

それでも途中までの目的地は同じなので、暇つぶしがてらに護衛のお手伝いをすることにした。

 

護衛を務めていた新米冒険者コンビと雑談を始める。一人はヨハンという戦士の少年で、もう一人はネーナという魔法使いの少女だ。

聞けば二人はまだ十五だという。うら若き少年たちは何をしに冒険者となったのだろうか。

気になった幽者は質問してみることにした。

 

「バカヨハンが『俺はビッグになってやるぜー!』って急に村を飛び出しちゃったのよ。知り合いがそんなことで野垂れ死んだら困るから、仕方なく旅に同行してるだけ」

 

「槍の腕は村一番だったんだぜ!?そんな簡単に死ぬものかよ!」

 

「槍使いはアンタ一人だったじゃないのよ!?一人しか競技人口いないのにナンバーワンを名乗るなんてバカじゃないの!?!」

 

「バカバカ言い過ぎじゃね!?俺はバカじゃねえ!」

 

「魔法一つ使えないくせに何言ってんのよバカヨハンがあぁぁぁ!!!」

 

「いで!いでででででで!!!!!」

 

杖で後頭部を連打するネーナ。杖からはゴンゴンゴンと甲高い音が聞こえてくる。兜越しとはいえ、ここまで叩かれる流石に痛そうだ。

しかし、現在進行形で痛い目に遭っているヨハンの表情は笑っていた。二人にとってはこのじゃれ合いが日常なのだろう。

もしかしたら、ヨハンがボコボコにされて喜ぶような重度のマゾヒストなのかもしれないが。

 

「なんかすっげえ誤解をされてる気がする」

 

生暖かい目で見ている幽者の視線に何かを感じ取ったのかもしれない。ただの気のせいだろうとヨハンの疑問を流す。

 

「そういや、アンタはなんで一人旅してるんだ?見たところ、旅慣れっていうか戦い慣れしてる感じがするんだけどよ。武者修行の旅か?」

 

気ままな一人旅と予防線を張っていたのだが平然とぶち破られる。好奇心旺盛なのは良いことだが、あまり突っついてほしくなかった。

しかし、こちらが先に質問した手前断るのは無礼に当たる。これから身分を偽るのだから、その予行演習だと思うことにした。

 

「バカヨハンが変なこと聞いてごめんなさい。…その、あなたも苦労してるのね」

 

事実と虚構をなんか良い感じに織り交ぜて伝えたのだが、空気が一気に重くなった。まるでお通夜である。

『仕えていた相手が病死して自由になってしまったので旅に出た』と伝えたのが不味かったらしい。

しかし冷静に考えてみると、こんな事情があったとなれば後ろ向きな理由で旅に出たのは確定的に明らかだ。

こんなことを急に言われても、まだ子供なヨハンらに気の利いた反応が出来るはずもない。

自身の失策を反省しつつ、過去は過去だと割り切っているから気にしないでいいと伝えるも歯切れの悪い返事が返ってくる。逆効果だったようだ。

 

「病気って怖いんだな…。俺は罹ったことないからわかんねえわ」

 

ヨハンの言葉に同調して頷く。かく言う幽者も病気になったことは無い。身体が無駄に頑丈で助かる。

 

「バカは風邪引かないって言うしね」

 

「はいはい俺はバカですよーだ」

 

あまりにも率直な物言いに幽者は苦笑する。

赤の他人である幽者目線では犬猿の仲にしか見えない二人だが、本当に嫌っているのであれば故郷を出てまで二人で旅をするはずがない。

ここまで口が悪いのも、信頼の裏返しと取るべきだろう。どれだけ悪く言っても自分を見限ったりしないという、ある種の甘えにも思える。

それを言ったら絶対に否定されるし杖でぶん殴られるだろうが。

ギャーギャー言い合っている二人組(バカップル)を乗客を含めた全員が慈愛の眼差しで見つめている。

 

アリフまでの道中は、呆れるほどに平和だった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「じゃーなリュクスさん!怪我しないよう気をつけろよー!」

 

普遍の町(アリフ)の駅でヨハンたちと別れた幽者は、冒険者登録を済ませるために冒険者ギルドを訪ねる。

王都(レムカーナ)のギルドは宿屋や酒場、道具屋などが併設された一大拠点だったが、アリフのギルドは小規模なもの。

二階建てのギルドは一階が受付エリアであり、二階には職員用の作業室や休憩室が設置されている。

冒険者の社交場とも呼ぶべき酒場は、向かいの宿屋がその役目を担っているようだ。

とは言っても、片田舎の酒場にしか見えないが。それでも無いよりマシである。

 

「いらっしゃいませ。依頼はそちらの掲示板(クエストボード)に貼り出してますのでご確認ください。パーティーメンバーを募集している場合は受付に申請してくださいね」

 

事務処理をしている受付嬢が、こちらの姿を認めるや否や話しかけてきた。

冒険者登録を行いたいと伝えると、受付横の書類を指差しては作業に戻った。これに情報を記入しろということらしい。

 

手に取ったのは申請書兼誓約書。

これを提出することで晴れて冒険者デビュー出来るらしいが、誓約書の内容は割と物騒だった。

『死んでも自己責任だかんな!あと報酬の三割はギルドの取り分だから!失敗した時の違約金?状況によるけど基本お前持ちだバーカ!』。要約するとこうなる。

清々しいまでの放任主義っぷりだが、冒険者登録さえすれば全国どこでも使える身分が手に入るのはありがたい話だ。

ルイネス王国外ではほとんど通じないであろう勇者を名乗るよりよほど効果的だ。

何故、冒険者登録すれば情報が全国に共有されるのかは不思議だが。伝書鳩でも飛ばしているのだろうか。

 

「詳しい仕組みは不明ですが、この水晶板を用いて情報をやりとりしているらしいですよ」

 

幽者の質問を受けた受付嬢が、手のひらサイズの水晶の板を置いた。手に取ってみるも、普通の水晶と変わらないように見える。

 

「後ほど提出していただく申請書に血判を押してもらうのですが、それをこの板が情報として吸い出してくれるそうです。同時に血液中の魔力も情報に変換されるので、次からはこれに魔力を込めて提出するだけで識別が出来るとかなんとか」

 

同じ指紋を持つ人間が二人といないように、同じ魔力を持つ人間はいない。

血を分けた双子であろうとも、その形は、色は少しずつ違う。

そして、成長に伴って魔力そのものが変質することもない。扱える魔法が増えるのと、魔力の変質はイコールではないのだ。

 

魔力と魔法の関係は、食材と料理に喩えられることがある。

最初はミルクを温めることしか出来ないが、成長したり知識を得たり、技術を身につけることでレパートリーが増えていくのだ。

だが。ミルクをどう調理したとしても焼き魚にすることは出来ないように、当人がどれだけ努力しても、どうあがいても使えない魔法もある。

多彩な魔法を使える人の魔力は言うなれば、色々な食材に変化させられるトランプで言うジョーカーのようなものである。

この食材はルール上、鮭、ミルク、ほうれん草、牛肉、豚肉としても扱うというような感じだ。

 

幽者の魔力は王城での騒動を経て変質しているがそれでも、魔力の本質は変化していない。一見複雑そうだが複雑である。

 

聖女の付き人として一生を終えるつもりだったため、幽者は冒険者登録をしていなかった。

そのため王殺しが露呈しても、勇者(リヒト)と幽者(リュクス)が同一人物だとバレてしまう可能性は低い。当事者に見つかった場合はお察しだが。

もしも冒険者登録をしていたら、過去に保存された魔力と現在の魔力を照合されてしまい正体が判明してしまうだろう。魔力の本質が変わっていないのだから当然の話だ。

 

という事情から、幽者としては是が非でもこの登録は済ませておきたい。

これさえパス出来れば自由の身となれる。

過去を捨てるつもりなどないがそれはそれとして、王殺しの罪で地の果てまで追いかけ回されるのは堪ったものではない。

 

などと考えながら申請書に記入を終え、血判を押す。

 

「ありがとうございます。書類は後で確認するので、ひとまず登録だけ済ませましょうか」

 

随分と雑だがそれでいいのか。ある意味戸籍登録と同じようなものな気がするのだが。

 

「と言ってもですね…。名前と性別、年齢くらいしか書くとこないから別にそこまで真面目に調べる必要が無いというか。もしあなたが過去に一度でも登録してればすぐに分かりますし」

 

どうやら、重要なのは誓約書の内容に同意したか否かのようだ。

深掘りしても面倒になる気がしたので、幽者は気にしないことにする。

受付嬢に冒険者としての心得や注意事項などを簡単に説明してもらい、登録は完了した。

 

「…よし出来た。このカードは絶対に紛失しないでくださいね。これがあなたの身分証明書になりますから。再発行には多額の手数料が必要になりますのでご了承ください」

 

受付嬢に手渡されたのは、先程申請書に記入した自分の名前等が全て記されている小さなカード。

横から見ると、先程見せてもらった水晶らしきものが光っている。水晶の板を加工して作っているようだ。

衝撃で砕けたりしないか心配だが、魔法と工業の合わせ技によりよほどのことがなければ割れたりしないらしい。

いつの間に撮影されたのか、幽者の顔写真が印刷されている。もう少しカッコよく撮ってもらいたかったものだ。

これは冒険者証明書(ライセンス)と呼ばれるカードらしく、これ一枚で身分を保証してくれるとのことだが、偽造とかはされたりしないのだろうか。

 

「認証を通れるほど精巧な偽物を作れるなら出来るでしょうね。でもその場合、偽造元が100パーセント関わっているわけですけど。魔力は模倣出来ませんからね」

 

不可能ではないらしい。その技術が悪用されないよう心から願いつつ、受付嬢に礼を言った幽者は掲示板へと向かった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

掲示板には多種多様な依頼が掲示されており、冒険者の需要が高いことをこれでもかと示している。

迷惑な魔物の駆除から盗賊退治、果てには建物の修繕やインフラ整備、ウェイター募集と数知れず。

そのラインナップはまるで何でも屋である。事実冒険者という職業はそういうものなのだろうが。

依頼を物色していると、ウィズディアへ向かう隊商(キャラバン)の護衛依頼を見つけたのですぐさま受諾した。渡りに船とはこのことか。

出発は翌日早朝とのことなので、それまではゆっくりと英気を養うことにする。

酒場に行くことも考えたが、変な輩に絡まれると面倒だ。一応は新米冒険者なのだから、相応の振る舞いを心掛けねば。

 

さて。愛用している聖剣は必要に応じて冥剣へと変身出来るが、常日頃から冥剣として運用するのも些か不安である。

変質した光魔法も同様だ。光魔法をポンポン放つのも、勇者との関係性を邪推されてしまうので避けた方が無難である。

かと言って、変質後の光魔法は普段使いすることを考えた場合劇物にも程がある。闇に限りなく近い光など、常識ではあり得ない存在なのだから。

 

試しに拠点近くで詠唱してみた時は酷かった。本当に酷いことになった。

その時はたまたま発生していた不死者(アンデッド)の群れを実験台にしたのだが、浄化とか破壊とかを通り越して綺麗さっぱり消滅した。

彼らの存在していた痕跡すら何一つ残らず、完全なる無となったのだ。火力が高いとかそんな次元の話ではない。

 

以上のことから、どちらの魔法も事実上の禁呪指定を食らっている。

変質後の光魔法については、正体を隠した状態であれば使っても問題無いだろうが。

その場合はもう一つ身分が増えることになる。使うような事態になっている時点で碌なことにならないのは火を見るより明らかだが。

 

とどのつまり、聖剣以外の武器を持っておくに越したことはないということだ。刀剣類から離れていると尚良い。

一から鍛えるのは苦労するだろうが、一生逃げ続けるよりはずっとマシだ。

 

そんなことを考えながら武具屋を訪問する。この辺りは魔物が弱いこともあって、武器の品質は有り体に言ってしまうと低い。

お世辞にも他人に薦められる出来ではない。新米冒険者が最初に肩慣らしに使うべき物だ。

幾つか見繕って試用させてもらったがイマイチしっくりこない。

見つからなかったものは仕方ない。キャラバンにそれなりの品質の物でも融通してもらおう。

 

武具屋を後にした幽者は、羽を休めるために宿屋に向かった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

太陽が顔を見せ始める頃。幽者は駅の発着所でキャラバンの人らと顔合わせをしていた。

今回雇われたのは魔法使いと射手が二人ずつ。前衛を務めるのは幽者一人だけである。

あまりにもバランスが悪い構成だが、幽者本人はそこまで気にしていない。

依頼での出会いは一期一会。行き当たりばったりを楽しむことにしているのだ。

どうしようもなくなったらその時は魔法を解禁してしまえば良い。生きていればどうにかなるのだから。

 

まあ、他の人が同じように気にしていないかは別の話ではあるのだが。現に、他の四人は焦っていた。

『ねえ前衛一人しかいないけど大丈夫?』とか『この人がザコだったらあたしら全員お陀仏なんですけど』とか『もし怪我したらこいつに治療費請求しようぜ。ぼったくり価格で』とか『あの人囮にして爆撃したらどうにかなりそう』とか散々に言われている。訴えたら勝てるんじゃないかな。

 

そんな熱烈歓迎を無視しつつ、キャラバンのリーダーらしき人物に挨拶をする。

長い髭が特徴的な偉丈夫だった。それなりに場数は踏んでいそうだ。

 

「人選ミスったかな…」

 

人の顔を見て出た言葉がこれだ。いくら寛大な心を持つ幽者でも、そろそろ堪忍袋の緒が切れてもおかしくない。

心頭滅却すれば火もまた涼し。ここで限界を迎えてやりたい放題やったら今までの労力が全て水の泡だ。

なに、聖女を見捨てた連中の罵詈雑言に比べれば可愛いものではないか。

そう思わなきゃやってられなかったくらいには内心傷ついていたりする。幽者の心は繊細なのだ。

 

「冒険者証明書(ライセンス)を見た限りだと君は新人のようだが、本当に大丈夫か?ウィズディアまでは一週間近く掛かる予定なんだ。途中で逃げたりは出来ないし、ここより魔物も強い。盗賊に夜襲を受ける恐れだってあるんだぞ?」

 

「問題ない。徹夜で丸二日戦い続けたこともあるからな。忍耐力にはそれなりに自信がある」

 

東方魔王軍(メリちゃん最かわ教)との合戦で得た経験はこんなところでも役に立つ。

あらゆる経験は何かの助けとなるのだ。決して無駄にはならない。

 

「ほんとかなあ」

 

新人特有の大法螺吹きとでも思われているのだろうが問題ない。結果を示せばこういう手合いは黙ってくれる。

ところで良い武器は売っているのだろうか。流石に素手(ステゴロ)でやっていくのは遠慮したいのだが。

別に出来ないことはないが、それはあくまで最後の手段。聖剣を抜く一歩手前まで温存しておきたいのだ。

 

「ウィズディアではあんまり武器は売れないからなあ。他所の売れ残りならあるけどな」

 

それでも構わないと物色させてもらう。予想通り、アリフの物より高品質な物が多く取り揃えられている。

その分お値段も張るが、まだギリギリ許容範囲内だ。

 

これが一番使えそうだと、一本の武器を購入する。

長い柄の先には斧状の刃と槍が取り付けられている。俗に言う『斧槍(ハルバード)』という武器種だ。

一言断りを入れ、周りと距離を取る。試しに我流で武器を振るってみた。

 

剣を振るうのとは全く勝手が違う。そもそもの重さ。重心。そしてリーチ。あらゆる要素が剣とはかけ離れている。

だが、武器であることには変わりない。命を奪う。その目的を果たすには充分すぎる能力を持つ。

だからこそ、完璧に扱えるべきだ。手違いで人を傷つけるような無様を晒すわけにはいかない。

どんな武器でも使い手が悪ければガラクタとなる。その逆もまた然り。

聖剣ほどとまではいかずとも、習熟しなければならない。そんな使命感を胸に斧槍を振るう。

一人の戦士(戦う者)としての矜持がある故に、その槍さばきが翳ることは決してない。

最初の数回こそは、若干のぎこちなさを自覚する程度には動きが硬かった。が、それもすぐに無くなる。

 

「おおー…」

 

いつからか駅の周りには人だかりが出来ており、その観客の視線は幽者の演舞に釘付けであった。

感嘆の声が聞こえてくるが、幽者の動きが淀むことはない。より身体に馴染むように、と意識が研ぎ澄まされていく。

 

そしてついに、イメージと実際の動きがピタリと重なる。

流麗な演舞を披露してみせた幽者が満足して武器を納めると、自然とギャラリーから拍手が送られた。

返事に軽く一礼しておいた。くるしゅうない。

キャラバンのリーダーも大言壮語ではないと納得してくれたのか、うんうんと大きく頷いていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

鳥の囀りが町に響き、夜明けが町を照らす。刻限が間近に迫っていることが見て取れた。

幽者は荷物を纏めて、冒険者用の荷馬車に載せる。

この馬車はキャラバンの最後尾を担当する予定で、いざとなったら切り捨てて囮に使う予定だ。そんな時は来ないでほしいものだが、はてさて。

先程演舞を披露した甲斐あってか他の冒険者やキャラバンのメンバーともそれなりに打ち解け、会話をして時間を潰す。

 

程なくして出立を告げる笛が鳴った。アリフと外界とを繋ぐ門が開き、六両の馬車が馬に引かれて町を後にする。

幽者たち護衛組とキャラバンのメンバーはそれを囲むように展開している。

基本、戦闘は護衛を務める冒険者が担当するが、必要に応じてキャラバンお抱えの用心棒や腕に覚えのあるメンバーが加勢することになっている。

 

馬車を牽引する馬の頭を撫でてみると、馬はブルルと小さく一鳴きして頭を寄せてきた。随分と人懐っこい馬だ。

聞けば、先代ともどもこのキャラバンで飼育しているのだという。人馴れしていて当然だった。

 

「敵襲!敵襲ー!」

 

物見を担当していた射手が高らかに叫び、狼煙を上げる。

斥候として先んじて派遣された彼女は、高台から周囲の様子を窺っていたのだ。

 

矢の放たれた方角を見ると、数匹の魔物がキャラバン目掛けて突進している様子が見えた。

この程度であれば苦戦はするまいと幽者は笑い、斧槍を構える。待ちに待った実戦に、得物が喜んでいる気がした。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

散発的な魔物の襲撃を退け、滞りなく旅程が進む。

日が暮れて来たので、キャラバンは川沿いの草原で一夜を過ごすことにした。夜道の行軍ほど危険なものはない。

単独では一日も掛からないこの旅程も、大人数となれば勝手が違う。

ウィズディアまでは五日ほど要する見込みである。規模が大きければ倍の時間掛かってもおかしくない。

まだ仕事は始まったばかりだ。この長い道中も思う存分堪能しようではないか。

 

そんなことを考えながら、水遊びに興じる同業者(護衛組)の姿を眺める。

服が濡れるのも構うことなく、水を掛け合って笑い合う少年少女。仲睦まじい青春の一幕だ。

平和なのは良いことだと思いながら、ホットドッグを頬張る。

こんがりと焼かれたソーセージからは肉汁が溢れ出し、空きっ腹に染み渡った。

一人旅となればここまで贅沢な野宿は望めない。この依頼を受けて良かったと、初日に抱くにはまだ早い感想を溢した。

 

「混ざらないのか?君だって同じくらいの歳だろうに」

 

「遠慮しとくよ。俺には眩しすぎるもんでね」

 

灰色の青春を過ごした幽者に眼前の光景は少しばかり眩しすぎた。

眺めるだけならまだしも、そこに加わるとなれば二の足を踏んでしまう。数多の命を奪った自分にその資格はないと自覚しているが故に。

 

「…まあ、人には事情があるもんだよな。俺もそうだ」

 

心中を察したのか、リーダーはマグカップを渡してくる。

中にスープが入っているようで器は温かく、良い香りが漂っていた。

幽者は礼を言い、琥珀色のスープを口に含む。

じっくりと煮込まれたスープには旨味が凝縮されており、これにパンを合わせたら無限に食えそうな気さえしてくる。

キャラバンお抱えのシェフが作ってくれたコンソメスープに舌鼓を打ち、幽者は空を見上げる。

雲の切れ間から覗く星が美しい夜だった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

二日目。ルイネス王国領を抜けたキャラバンは現在、危険地帯と評される丘陵地帯へと入っていた。

草木がところどころ焼け焦げており、白骨化した動物の死骸の数が目に見えて増えている。

どうやらここの主は気が立っているらしい。喰らいもせずただ焼き殺すとはなかなかに悪趣味だ。

 

周囲を見渡すと他のメンバーも心なしか殺気立っているように見えるがさもあらん。

ここには『煉獄龍プルガトルス』という荒くれ者が棲み着いていると有名なのだから。

 

煉獄龍プルガトルス。本来は火山を縄張りとする中級のドラゴンなのだが、どういうわけか火山とは遠く離れたこの地を縄張りとしているらしい。

煉獄の名を冠する通り、炎のブレスで敵対者を焼き尽くすのだという。

彼に魂を焼かれたものは天国にも地獄にも行けず、煉獄の中で永劫に渡り業火の責め苦を受けるのだとか。

 

あくまで中級だというのにこの評価。やはり、ドラゴンというだけで生物としての序列が数段上になるようだ。

地上最強の種族という評価は伊達ではない。是非ともお相手願いたいと、斧槍の刃を優しく撫でた。

 

しかし、その瞬間はすぐに訪れることになる。

 

「…嘘…でしょ…!?」

 

「----!!!」

 

耳を劈(つんざ)く龍の咆哮に、誰しもが耳を塞ぐ。馬が狂乱し暴れ狂うも、龍のひと睨みに死を悟り動きを止めた。

上空よりこちらを見据えるは煉獄龍プルガトルス。明らかにご機嫌斜めなご様子で、口元からは炎が漏れ出ていた。

 

「う…ぅ…!」

 

「バカやめろ!刺激するな!」

 

「で、でも…!」

 

涙を流しガチガチと歯を鳴らしている射手が弓を構える。魔法使いの少年がそれを止めようと腕を掴んだ。

 

どうしたものかと幽者は頭を悩ませる。彼が我々を見逃すつもりは無いのは明白だ。そういう絶殺の意志を、あの眼からは感じ取れる。

かと言って、遠距離攻撃の手段を持っているかと聞かれると困る。聖剣と光魔法を解禁すればどうとでもなるが、まだその時ではない。

 

足元に転がっている石ころを持ってみる。

ずっしりと重いそれは、人に当たったら怪我は確実。下手すれば死に至る可能性もある。

滞空する煉獄龍(プルガトルス)に目を向ける。距離はおよそ二十メートル。コントロールに自信はないが、注意を引くことはできそうだ。

 

それなりの大きさの石ころを数個回収した幽者は、馬車と真逆の方向へ駆け出す。

 

「なっ…おいやめるんだリュクス!命を無駄にするな!!!」

 

リーダーの制止もむなしく、幽者はキャラバンから距離を取り。

 

そして。

 

「----!!?!??」

 

レーザービームもかくや、という勢いで飛んでいく石ころを三発、キッチリと顔面に叩き込んだ。ワンアウトといったところか。

ちなみにこの石が人間の頭に直撃したら、その頭蓋はザクロのように弾け飛び即死していただろう。それだけの力を込めてぶん投げたのだから当然だが。

手ごたえを感じた幽者は満足げに手を握り、煉獄龍を挑発する。指向性を持たせた殺気を乗せて。

雑魚ばかり殺しても楽しくないだろう。本物の強者が誰か教えてやる、と。

 

怒りのボルテージが頂点に達した煉獄龍は、燃え盛る火炎の息を幽者に向けて放った。

それを回避した幽者は、キャラバンからさらに距離を置く。

完全に標的として捉えられたのだろう。キャラバンには目もくれず、こちらだけを見据える煉獄龍。

ニヤリと笑った幽者は、もう一度石をぶつけて誘導した。

 

「…っ!すまんリュクス!お前の犠牲を無駄にはしない!!」

 

幽者の意図を理解したリーダーは迅速に指示を出し、キャラバンの移動を再開する。

勝手に殺すなと内心で文句を言いつつ、幽者は軽く手を振った。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

遭遇地点から離れた場所にある、開けた土地。地面には焼け焦げた跡が無数にあり、煉獄龍の力をこれでもかと誇示していた。

注意深く煉獄龍の姿を観察する幽者。図鑑でしか見たことない姿と眼前のそれは、大きく異なっている。

折れた角にボロボロの羽。そして、醜く抉れた右目。

 

てっきり群れから逸れたのだと思っていたのだが、なるほど。ただのはぐれドラゴンというわけではないようだ。

どうやらこの個体は闘争に敗北したのか故郷を追われたらしい。

それでここまで流れ着いたのか。道理で嗜虐的な面があるわけだと、幽者は一人納得した。

あの無数の死骸は抑えきれない激情の発露だ。

争いに負け群れを追放された弱者は、逃げて来たこの場所で行き場のない怒りをぶつけていたのだ。他ならぬ、この地に棲む弱者に対して。

 

弱いものいじめをして悦に浸るとは。天下のドラゴン様が随分と情けないことをなさるものだ。

侮蔑を多分に含んだ視線を向け、聖剣と斧槍を抜いた。

 

ずっと上空に居られるのも困る。まずは地に降りていただかないと。

漆黒の意思の下に一つの魔法が行使される。眩い光が一瞬、煉獄龍の全身に走り。

 

「----!?」

 

ザン、と煉獄龍を切り刻んだ。全身から血を流しよろめくも、煉獄龍は羽ばたきを辞めない。

ならばもう一度するまでだと再度魔法を行使。二度目の斬撃と共に、煉獄龍は地へ墜ちた。

 

幽者が行使した魔法は《絶光(スプライト)》。極小範囲の空間切断を引き起こす光魔法だ。

発生が早く予備動作は無し。詠唱すらも不要であり、威力もそれなり。それでいて魔力消費は極小でコスパも良い。

雑に撃てる遠距離攻撃でコストも少なく、隙消しにも使える紛うことなきぶっ壊れ(クソ技)である。魔王軍の連中からの評判は非常に良かった。

 

これでやりやすくなったと、聖剣を虚空に戻す。もしまた飛ぼうとするなら叩き落とすだけだ。

準備運動に斧槍を振り回す幽者と相対するは地に墜ちた煉獄龍。

全身から噴き出た血は既に止まっていた。流石の再生力である。

そうでなくては面白みが無いと幽者は笑い。

 

「----!!!!!!!」

 

それに応えるように龍が吼える。

 

龍殺しの戦いが今、幕を開けた。

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