ふっと息を吐き、
「----!!!!」
その大きな前脚で殴り掛かった。丸太よりもずっと大きく頑丈な剛腕が振るわれる。
鋭利な鉤爪もありマトモに受ければひとたまりもないその一撃を、幽者は斧槍で難なく往なす。
魔力で斧槍を補強し、柄で受け止めつつ力を受け流したのだ。
そのまま懐に潜り込んだ幽者は胴体に一閃。
分厚い鱗を切り裂き攻撃を叩き込んだ。しかし、命には到底届かず出血もすぐに止まった。
この並外れた再生能力は、ドラゴンが地上最強の種族の座を不動のものとする所以でもある。
ドラゴンが紋章や家紋に多く使われているのは、ドラゴンという種族そのものが生命と力の象徴であるということの証左だ。
故に、煉獄龍も相応の再生力を持っており仕留めるにはそれなりの手数を要する。
「なるほど。簡単には
羽ばたきと共に後退した煉獄龍を睨みつつ、斧槍を再度構える。
仕切り直しの戦端を開いたのは煉獄龍。開いた口から放たれる高温の業火が、大地を覆った。
迫り来る炎の波濤を手頃な岩を盾にして防ぐ。物が焼け焦げる厭な臭いが鼻を突いた。
炎が収まり顔を出すと、地面がこんがりと焼けていた。今なら地面でお肉だって焼けそうな気がする。
盾にしていた岩も表面がチーズのようにどろりと溶けている。これでは次の攻撃は耐えられそうにない。
やはり、そこらの物で防ぐつもりなら魔力で補強しておいた方が良さそうだ。
大地を揺るがす煉獄龍の咆哮に、幽者は思わず耳を塞ぐ。あと少し遅ければ鼓膜が破れていたかもしれない。
耳栓でも用意しておけばよかったと後悔する幽者目掛けて、煉獄龍の尻尾が振り下ろされる。
大振りの一撃はサイドステップで躱し、続く薙ぎ払いへと対処した。
金属音と共に幽者は吹き飛ばされるが、受け身を取ってすぐに体勢を整えた。
追撃に放たれたブレスは、煉獄龍を中心とした円周軌道で振り切る。
炎が収まると同時に地面を蹴り高速接近。煉獄龍の横を通り越し、同時に数度の斬撃をその身に刻んだ。
その後、何度かの軽いじゃれ合いを経て力量を把握する。このままやれば九割九分こちらが勝つ。それは紛れもない事実だ。
しかし、それは煉獄龍も理解しているはずだろう。
同胞との争いに手酷く負けたのだ。たかが人間相手に敗北を重ねるのは避けたいところのはず。
逃げられでもしたら困るのはこちらだ。逃走を図る場合はすぐにでも聖剣を抜かねばなるまい。
暑い空気に反して、幽者の思考は冷めていく。
慣らし運転のことは忘れていないが、こんな雑魚相手に手間取るのは油断やブランクなんて言葉では片付けられない。
それはただの怠慢でしかないのだ。
より殺意を高めた幽者は魔力を込めた斧槍を数度振るう。傍目には素振りにしか見えない動きから、純白の三日月が放たれる。
魔力に満ちた斬撃が煉獄龍を襲う。迎撃せんと吐き出される焔が、光を包み消し去った。
「うおおおおお!あっちいいいい!!!」
「----!?」
幽者はそのブレスを突っ切り特攻する。予想だにしなかった光景に、煉獄龍は分かりやすく狼狽えた。
煉獄龍のブレスをマトモに受けながらも、幽者は攻撃をやめられないとまらない。
魔力を宿した斧槍が振るわれる。最初の一閃や《
常人では再起不能になるほどのダメージを受けてもなお平然と攻勢に出ている幽者は既に、普通の身体ではなくなっている。
ただでさえ度重なる激戦を経て鍛え上げられた肉体という器はもはや、違う物理法則が働いているのではないかと錯覚してしまうレベルの強度を持つ。
そこに、聖女が死の間際に託した
常時凄まじい速度で再生する化け物じみた生命力を宿してしまったのだ。
端的に言えば今の幽者はとてつもなくタフであり、即死さえしなければどうとでもなってしまう。
故に、このような捨て鉢とも特攻とも区別のつかない強行突破すら躊躇なく決行出来るようになってしまったのだ。
そもそもの人間性が、そういった自己犠牲をものともしないのも関係しているだろうが。
腕を捨てて勝てるなら喜んで腕を捨てるし、全裸になって勝てるなら平気で服を脱ぎ捨てる。
それで勝てるなら尊厳など安いものだと。幽者はそういう人間だった。
幽者は全身に火傷を負いつつも羅刹の如き猛攻を繰り出す。抗おうにも、悲しいかな。
「----」
煉獄龍にそれだけの力はない。狩るものと狩られるもの。絶対的な実力差が彼我にはあった。
幽者は一切の抵抗を許さず、煉獄龍を『処理』していく。前脚を破壊し、翼を切り落とし、尻尾を両断した。
そこに悦楽などの感情は微塵も存在しない。ただ、その命を終わらせることのみを思考していた。
それ以外の思考など、不純物でしかないから。
「じゃあな」
煉獄龍の首が無慈悲に刎ねられる。ゴロリと転がった首を掴み、空を見上げた。
まだ交戦から一時間も経っていない。そこまでキャラバンとの距離は離れていないはずだ。
せめてもの餞だと龍の亡骸に黙祷を捧げる。暫しの沈黙の後、幽者は空へと飛び立った。
☆☆☆
「はぁっ…はぁ…。これで、打ち止めかな…?」
「しんどお…。もう魔力すっからかんだわ…。次撃ったら俺は死ぬ…」
丘陵地帯を少し進んだ先にある盆地にて。
キャラバンを守るように展開していた冒険者たちは、魔物の襲撃が収まったのを確認してペタリと地面に座り込む。
キャラバンが離脱した直後、ちょうど幽者と煉獄龍が交戦した時から、キャラバンは大量の魔物に追われていたのだ。
煉獄龍と幽者の戦闘の巻き添えを恐れての行動だったのだろうが間が悪いことに、魔物の大群とキャラバンの移動方向が完全に合致していた。
そのせいで、キャラバンの面々は応戦を余儀なくされたのだ。
幽者、即ち前衛不在での厳しい戦闘に誰もが悪態を吐いていたものの、囮となり命を捨てた幽者を悼み、誰一人諦めることなく奮闘する。
全ての人員を総動員した総力戦。多数の負傷者こそ出たが、奮戦の甲斐あって辛くも全員生き延びることに成功したのだ。
「いつプルガトルスが戻ってくるか分からん!動ける者は負傷者の手当てをしつつ補給しろ!商品についてはこの際目を瞑る!ポーションも遠慮なく使うんだ!」
疲れた身体に鞭を打ち救助に勤しむリーダー。それを見た冒険者たちも互いを見合って頷き、行動を再開する。
彼の尊き犠牲は無駄にしないと、強い意志を胸に秘めて。
最低限の手当てを行い、隊列を組み直したキャラバンは移動を再開しようとする。
同時に、遠くから人の声が聞こえた。えらく間の抜けたその声は、キャラバンの全員に聴き覚えがあった。
振り向いた方向には小さな人影が。悠然と歩く人影は右手にドラゴンの生首を持っており、勝利したことが窺える。
生存が絶望視されていた仲間の帰還に誰もが喜び、幽者の元に駆け寄る。
しかし。そこにいたのは。
「ぎゃああああああ!!!ヘンタイのゾンビだああああああああ!!!!!悪霊退散!たいさーーん!!!!!」
全身大火傷で全裸の半死体だった。
繰り返す。
その原因は言うまでもなく煉獄龍のブレスを受けたことだ。
当時の技術の粋を集め、持ち得る素材の中で最高峰の物だけを選りすぐって造った
しかし、そんなものを新米冒険者が持っていいはずもなく。
そんなものを装備してしまったら、芋づる式に勇者であることがバレてしまうのは想像に難くない。
故に、装備は拠点に封印したまま適当に見繕った冒険服を着用していたのだ。
防御力については最低限保証されていたものの、その程度ではとても煉獄龍の攻撃は耐えられず、呆気なく燃えてしまったわけだ。
何が悪いかと言うと幽者の戦い方が悪かった。幽者は
飛んでくる矢を避けながら、先の戦闘での立ち回りを反省する幽者だった。
☆☆☆
「酷い物を見た…。もうお嫁に行けないわ…」
さめざめと泣く女性陣に、幽者は居心地が悪そうに頬を掻く。
たしかにすっぽんぽんで戻ってきたのは普通にセクハラだし申し訳ないと思っているが、服を失ったのだから仕方のないことだし何より、帰還した仲間に対してその反応はあんまりなのではないだろうか。
ゾンビと勘違いされて普通に攻撃されたのも納得出来ない。もし大怪我でもしたらどうしてくれるのか。
「せめて!物で!隠せよ!バカ!!!ヘンタイ!!!!!」
それを言われてはぐうの音も出ないと幽者は押し黙った。
そして、話を終わらせるべく別の話題を振る。
殺した煉獄龍の死骸は放置してある。今なら死骸を解体すれば大量の素材が手に入るのではないか、と。
ドラゴンの素材は優秀なものが多い。武器にも防具にも容易に転用出来てかつ、その性能を著しく引き上げてくれる。
そんな優秀なドラゴンの素材は高値で取引されているのだが、それを無視しての行軍は商人としては避けたいのではないだろうか。
それを聞いた冒険者とリーダーの眉が動く。そして。
「お前らー!休んでる暇はないぞー!急いで死体を解体(バラ)して持って帰るんだー!!!」
「「「「サーイエッサー!!!!!!」」」」
金の亡者と化した面々は、馬車を置いて煉獄龍の元に向かった。
苦笑した幽者は、取り残された馬の頭を撫でる。
死人が出なくてよかったと、安堵の息を漏らしながら。
☆☆☆
大量の煉獄龍の素材を入手してホクホク顔になった一行は、野営地でキャンプファイヤーに興じていた。
幽者も傷が治ったのを確認して全身の包帯を外す。
あれほど惨たらしく刻まれていた火傷痕は、綺麗さっぱり無くなっていた。流石は聖女の祝福である。
現在の幽者の装いは、キャラバンから譲り受けた私服と軽鎧を合わせたもの。
依頼当初よりグレードアップしているが、特に費用は掛かっていない。
リーダーの温情でプレゼントしてもらったものだ。流石に全裸は不憫だと思われたらしい。
「はいよっ!いっぱい作ってるから好きなだけ食ってくれ!」
シェフが腕によりを掛けて作った料理の数々に、皆の期待も青天井だ。
煉獄龍の肉を贅沢に丸焼きしたステーキをメインディッシュに、スープやサラダにまで煉獄龍の肉が使われているまさにドラゴン尽くしのフルコース。
熱々に焼かれた肉を一口齧ってみると、燃えるような辛さと野生的な肉の旨味が口の中に溢れ出した。
「なあリュクス、少しいいか?」
並べられた料理を平らげ野営地の片隅で涼んでいると、リーダーが声を掛けてきた。
その傍らには魔法使いの少年もおり、表情からは真面目な話をするつもりだというのが窺える。
幽者は頷き、二人の後を追う。
小さな焚き木の周りに、他の冒険者が座っていた。
「ど、どうぞ英雄様。お座りください」
怯えた様子の射手から椅子へと誘導されたので座っておく。
先程ゾンビと思って派手に矢を撃ってきた負い目があるのかもしれない。
それに単独で煉獄龍を屠ったからか、心なしか他の冒険者から人間扱いされていない気がする。
あの程度のドラゴンなら準英雄クラスの実力があれば簡単に殺せるはずだが、彼らはそうではない。
だから、得体の知れない存在に見えているのかもしれない。
幽者は小さく息を吐き、あまりかしこまった態度で接されても居心地が悪いので勘弁してほしい、最初の頃のように気軽にしてくれた方がありがたいと伝える。
心中を察してくれたかは定かではないが、ひとまず首肯してくれたのでこの話は終わったことにした。
さて、彼らは何故自分を呼んだのか。リーダーに確認してみる。
「いや、な。今回は色々あって、煉獄龍の素材が大量に手に入っただろ。だが、煉獄龍を仕留めたのはリュクス一人だ。取り分を決めるのはお前に任せた方がいいと思ってな」
なるほど。幽者はリーダーの発言に納得し、少しばかり黙考する。
考えを取り纏めた幽者は、水を飲みながら答える。
であれば、平等に分配するのが無難な落とし所ではないだろうか。
あの時の自分の判断が間違っていたとは思わないが、自分が抜けたことで他の冒険者やキャラバンの隊員に負担を強いたのもまた事実。
皆が死力を尽くした結果が今である。誰一人欠けることなく、危険地帯を脱したのだ。
ならば、その喜びは皆で分かち合うべきだ。
戦功第一の自分にその裁量権があるというなら、是非ともそうさせてもらいたい。こんなことで軋轢を生むなどバカらしい。
「じゃあそういうことで!そうだよなみんな頑張ったもんな!!!よっしゃこれで俺も小金持ちだ!!!!!」
そういうことになった。話し合いも平和に済んで何よりである。
☆☆☆
三日目。
危険地帯をさしたる犠牲も無しに突破出来たからか。
道を往くキャラバンの面々の表情は自信に満ち溢れていた。
それが悪いとは言わないが、もう少し危機感を持ってもらいたいのが本音だ。
警戒しすぎて損することはあるまい。何事も杞憂で終われば、何も起きなければ一番良いのだから。
現在キャラバンが進んでいるのは丘陵地帯を抜けた先。先史文明の跡が残る遺跡群である。
この世界は一度滅んでいる。他でもない、人間の手によって。
およそ千年前。この世界には神が顕現していたという。
今よりも神の力が強く根差していたこの星では、人類と神の関係は非常に密接であった。
信者の祈りに応え、直接的に神のご加護を与えることが頻繁にあったという。
しかし。他の神を認められない狂信者らが
神の力を未だに宿すそれはある意味、神の落とし子とも言える存在だ。
聖戦の果て、白紙となった世界を見た神々は涙を流し、天へと還ったという。
それが現代に神が居ない理由らしい。信仰として存在はしているものの、信徒に加護を与えることは決してない。
あくまで、彼らの心の拠り所として在るだけだ。神々の寵愛を受ければ英雄になれるような、都合の良い話は存在しない。
あまりに神と人間が密接になってしまうと、その力に溺れた人が世界に危害を加えてしまう。
狂信者の彼らは、決して悪人ではなかった。同胞や恵まれない者には、神を彷彿とさせる慈愛を持って接していた。
そのことを神々は識っている。識らないはずがない。彼らは神々の筆頭信者だったのだから。
彼らが聖戦を起こした理由は、今では知る由も無い。聖戦の中で彼らは皆命を落とし、世界から痕跡を消したのだから。
だが、彼らは神と関わってしまい狂ってしまった。その結果世界は滅んだ。
同じ轍を踏まぬように。同じ悲しみを生まぬように。神々は自身の過ちを悔やみながら、世界を見守ることを決めたのだ。
長らく放置されている遺跡群は既に建築物としての体を成していない。
人工的な障害物でしかなく、内部に何かがあるわけでもない。
あるとすればそれはガラクタか小動物の巣くらいだろう。
「兵どもがなんとやらってことかしらね」
人生とは案外こんなものなのかもしれない。
嘗て栄華を極めた先史文明の名残を見つつ、そんなことを思った。
☆☆☆
四日目。
ウィズディア行きの馬車も数を増やしており、これでは魔物や盗賊の襲撃は期待出来そうにない。
退屈ほど辛いものはないと、欠伸をしつつ馬車の上に乗る。
斥候がてらキャラバンから離れるのも考えたが、それで問題を起こしたら元も子もない。
自分一人ではないのだから、こういう時は協調性を大事にしなければ。
「ぐぬぬ…。どれが当たりだあ…?」
「右がジョーカーかもなあ。ああいや、もしかしたら左かも?」
「クソッヘラヘラしやがってえ!」
馬車の中では、冒険者たちがババ抜きを楽しんでいる。
別に混ざっても良かったのだが、万一に備えて見張りはしておいた方が良い。
彼らもこの旅程で疲れているだろう。まだ元気の有り余っている自分が警戒した方が問題への対処等で都合が良いので、話し合いの結果見張り担当ということになった。
暇でしょうがないので馬車上で斧槍の練習をしているが、誰も咎めてこない。
誰かちょっかいでも掛けてくれれば暇つぶしになるのだが、皆真面目な良い子のようだ。
今日は野宿ではなく、最寄りの町で一泊する計画になっている。
人数の都合で高級な宿は取れないらしいが、数日ぶりにベッドで休めるのは大変ありがたいことだ。のんびりと湯船に浸かれるのもいい。
「見張りお疲れ様。はい、美味しいお水よ」
魔法使いの少女から冷たい水の入ったコップを受け取る。
礼を言って飲み干すと、身体に冷たさが染み渡った。透き通った味わいの普通の水である。
微かに魔力を感じたのは水魔法によって生み出したものだからだろう。
「正解〜。これくらいの魔法ならちょっと習えば誰でも使えるわよ。他の三人も覚えてるはず。あなたはどうなの?」
幽者は首を振って否定する。幽者は光魔法以外は一切使えない。
幽者が行使する魔力による身体強化等も、その大元は光魔法に分類されるのだ。
「魔法を使えないのに煉獄龍を一人で倒しちゃうのね。大したものだわほんと。一人旅するにはそれだけ実力が要るってことなのかしら…」
魔法が使えないとは一言も言っていないのだが、勘違いされている方が都合が良いので適当に相槌を打っておく。
そういえば、四人はどういう集まりなのだろうか。
「たまたま同じ依頼を受けただけ。面識は無いけど、みんな歳が近いからね。すぐ仲良くなっちゃったの」
共に死線を越えればさもありなんか。
仲睦まじい様子で何よりだと、幽者は微笑む。
「リュクスさんも混ざればいいのにね。見たところそこまで歳離れてなさそうだし」
頬杖を突く少女を幽者は明確に否定した。自分のような化け物が混じっても気まずくなるだけだと。
先日の野宿で多少の不和は解消したがそれでも、自分が化け物だと認識されているのは変わらない。
「そんなことは…あるかも…。そうよね、だって。あなたは一人で、あの大きなドラゴンを…」
そういうことだと、無理矢理会話を打ち切る。こういう扱いには慣れているが、心地よいものではない。
どこまでいっても自分は異端なのだと、心を閉ざすようにフードを被った。
☆☆☆
町に到着した一行は宿屋で一夜を過ごすことになる。
馬車と荷物を預けて身軽になった冒険者たちは、四人で仲良く町に繰り出した。
その頃、幽者は一人部屋の風呂に浸かっていた。
「…はあ」
リーダーに頼み込んで一人用の小部屋を手配してもらった幽者。
最初はもっと豪華な部屋を割り当てるつもりだったらしくなかなか首を縦に振ってもらえなかったが、あまり新米冒険者の自分を特別扱いされても困ると伝え、渋々頷いてもらった。
まるで腫れ物のようだと、虚ろな表情で天井を見上げる。
態度こそ毅然としていたが、幽者を恐れていたのは明白だ。
でなければ、機嫌を取るような真似をするはずがない。表向きはただの冒険者なのだから。
ただ明るく楽しく過ごしたいだけなのに。
特別扱いなど求めていない。普通の人と同じように接してくれればそれでいいのに。
どうして誰も、自分を見てくれないのだろうか。
皆が求めているのは幽者の持つ力だけだ。幽者の力だけが必要なのであり、幽者は、幽者の心には見向きもしない。
ただ一人。
慣れていたはずの孤独が、今になって恐ろしく感じる。聖女と出逢うまでもずっと、ひとりぼっちだったはずなのに。
「…チッ。今日は駄目だな。悪い方にばかり考えが進んじまう」
不快げに頭を振り、幽者は風呂を上がる。
時計を見てみると、もう寝ても良い時間だった。
気分が沈む時は寝るに限ると、幽者は寝巻きに着替えて布団に潜る。
数日ぶりのマトモな寝床に、幽者はすぐに微睡む。
薄れゆく視界の中で、廊下から聞こえてきた会話に耳を傾ける。
「なあ聞いたか?今度ウィズディアで公開処刑がされるってよ…」
「物騒よねえ。まさかあの『彼岸の大賢者』が、内乱を企んでいたなんて…。憧れてたのにショックだわ…」
妙な胸騒ぎを覚え、幽者は目を閉じた。
☆☆☆
五日目。
町を後にして数時間の行軍を経たキャラバンの前には、巨大な浮島が存在している。
半透明な膜が周囲を包み浮遊している空中都市。
これこそが
ウィズディアを包んでいるのは、膨大な魔力を用いて形成された結界である。
この結界があるおかげで、他国より侵略されることなく
強固な結界に護られたウィズディアへと入る方法はただ一つ。
関所からウィズディアに続く回廊を通ることだ。それ以外の侵入方法は現状存在しない。
「すっげえ…。足場が動いてやがる…!」
回廊には魔法で動く足場が複数設置されており、ウィズディアと関所とを忙しなく往復していた。
未知の光景に冒険者たちは目を奪われており、魔法使いの少年少女は期待に目を輝かせている。
幽者もウィズディアに来たのは初めてだ。
《ようこそ魔法都ウィズディアへ。我々は皆様の訪問を歓迎いたします》
「うおおお!?喋ったあああああ!!?!!」
ウィズディアに到着し足場を降りると、人型の人形から声を掛けられる。
男性にも女性にも聞こえる不思議な声に幽者は首を傾げるが、他の冒険者は驚いていた。
人形から差し出されるパンフレットを読んでみる。どうやら眼前の人形は、魔法使いが使役する
本来ゴーレムとは、魔法を用いて生み出す無機物だ。
使役者があらかじめ指定した命令しか実行出来ず、魔力が尽きると崩壊する魔法生物のようなもの。
通常、土や水などを固めて作ったような容姿をしており、魔法使いの制御を離れた途端に崩壊してしまうので自立稼働させるのは高等技術とされている。
にも関わらず、眼前の
そんな疑問も、続きを読むとすぐに氷解した。
どうやらウィズディアで運用されているゴーレムは、ゴーレムを生み出す魔法を技術で再現したものらしい。
魔力ではなく現実にある物質を直接動かしているので崩壊することはなく、機体の稼働も魔力を供給するだけで良いのだとか。
そして、ここウィズディアはあらゆるインフラで魔力が利用されているので、ウィズディア内であれば常時魔力供給が行われるため、理論上エネルギー切れにはならない。
会話が行える件については魔法使いの少年の説明曰く、複数の術式を組み込むことによって人間の思考能力と声帯を擬似的に再現しているのだとか。
基本ゴーレムは指定されている命令に沿って行動するが、ある程度であればゴーレムが自己判断して最適な行動を取るらしい。科学の力ってすごい。
これだけでもウィズディアまで足を運んだ甲斐があったというものだが、これはまだ序の口。
幽者を唸らせるものが無数にあるに違いない。
そんな期待に胸を躍らせる幽者を待ち望む者がいることを、彼はまだ知らない。
彼女の命の灯火は、人の悪意によって消されようとしていた。