依頼を終え報酬を貰った幽者は、軽い足取りで鍛冶屋を訪問する。
煉獄龍の素材で斧槍の強化を頼むつもりだ。
素材持ち込みなら費用は安く済むし、素材の手配が省略されるので完成まで早くなると良いことずくめである。
ウィズディア一番の腕と評判の鍛冶屋の玄関に立つ。『OPEN』と書かれたプレートが掛けられているので、ドアノブに手を掛ける。
開かない。
もう一度捻ってみる。
開かない。
何度かノックをする。
開かない。
耳を玄関に当ててみると、中からは微かに生活音が聞こえてくるので不在ではないらしい。
もしかしたら試されているのかもしれない。どこまで許されるのか考えながら、屋内に居るはずの店主に呼びかける。
もし開けてくれないならこちらも派手にやるので、ちょっとくらいの大怪我は災害に襲われたと思って割り切ってほしいと。
斧槍を抜き、上段に構える。あらよいしょと振りかぶろうとした時、勢いよく玄関が開かれた。
「辞めんか馬鹿者ォ!そんなことしたら近所迷惑だろうが!!!!」
なんだ、やはり居るではないか。こんな手間を掛けさせないでもらいたいものだと、幽者は辟易した。
そんな幽者の様子を見た店主は首を傾げ、玄関のプレートを見る。
そして。
「あっ替えるの忘れてたわすまん。今日は定休日なんじゃ」
などとふざけたことを宣った。
☆☆☆
「いや。ほんとすまん。昨日店仕舞いした後にしこたまヤケ酒してな。表のやつを入れ替えるのをすっかり忘れておった」
ガハハと笑い長い白髭を摩るはドワーフの老人。名は『ゼレウス』という。
少し話した程度でも、彼の人となりはすぐに分かった。見た目通りの豪快な人物である。
せっかく足を運んだが定休日なら仕方ないと日を改めるつもりだったのだが、無駄足にはさせたくないと鍛造してもらえることになった。
せめてもの感謝の気持ちとして多めにお金は包んである。
話が分かる奴よのう、とゼレウスはニヤリと笑った。
「久方ぶりにプルガトルスの素材を使えるとはな。イルステッドには滅多に生息しておらんから懐かしいわい」
楽しそうに槌を振るゼレウス。彼が言うには、本来煉獄龍は他の大陸の火山を生息地としているらしい。
少数がイルステッド内の活火山に流入し群れを形成しているが、そこから旅立ったり追い出される個体はごく少数。
故に、煉獄龍の素材はなかなか出回らないのだという。
「ほう!お前さんはプルガトルスの肉を食ったとな!あれは美味いじゃろう。故郷でも高級品だったんじゃ…死ぬまでにもう一度だけでも食えたら我が生涯に一片の悔いなしなんじゃが」
懐古の念に駆られているゼレウスを眺める。
感慨深い表情をしているが鍛造をする動きに一切の澱みはなく、その手腕が窺える。
流石はウィズディア一の鍛冶屋といったところか。
「ほれ、出来たぞ。儂渾身の一振りよ。これで心置きなく店を畳めるわい」
英雄譚に語り継がれる武具としても申し分ない出来栄えだ。
時代が違えば
及第点を遥かに上回る完成度に、幽者は感嘆と共に斧槍を手に取る。
強い炎の力を宿した斧槍は驚くほどに軽い。加工するだけでここまで変わるのかと驚かずにはいられなかった。
しかし。彼は今聞き捨てならないことを言っていた。店を畳むとはいったいどういうことだ。
これほどの腕前を持っていて何故。単純に歳のせいだとでもいうのか。その割には浮かない表情だが。
「部外者のお前さんには関係…いや、待てよ。たしかお前さんはウィズディアの住民ではなかったよな。ならば話しても…」
むむむと唸るゼレウス。
何を悩んでいるか分からないが、センシティブな話題であれば深掘りはしないでおこうと幽者は考え席を立とうとした。
すると。
「失礼する」
と一言だけ言ったゼレウスは、急に幽者の頭を掴んだ。
顔を近づけてじっとこちらを見つめているが申し訳ない。自分にはその趣味はないのだと断りを入れる。
「勘違いするな!…うむ。お前さんになら話しても良さそうだ」
何を見て納得したのか物申したいが、藪を突く結果に終わったら嫌なので辞めておく。
本人が話す気になっているのだからそれで良いと思考を打ち切った。
「…これは懺悔じゃ。儂は…この命一つでは到底償えぬ、大罪を犯してしまった…。名も知らぬ旅人を巻き込むなど言語道断じゃが、儂にはこの悔恨を吐き出す相手が居らぬ。…どうか。どうかこの老いぼれの罪を、聴いてくれ…」
顔を覆い懇願するゼレウスに、鍛造に精を出していた職人の面影はもう無い。
今の彼には豪快さの欠片もない。今にも死んでしまいそうな、枯れ枝のような老人にしか見えなかった。
これで、自分部外者ですから…と言って突き放すのは無慈悲が過ぎる。
もしそんなことを言ったら、目の前で首を括り始めてもおかしくない。それくらいに切羽詰まった表情をしている。
暫しの沈黙の後。幽者は息を吐きつつ答える。
話を聴くだけしか出来ないがそれでも良いのであれば構わない、と。
「…有難う。善き人よ。最後に腕を振るう相手がお前さんで良かったと、心から思うよ」
ゼレウスは涙ながらに微笑み、頭を下げた。
☆☆☆
「…数週間前のこと。この都市を治める貴族から、ある指輪を完成させるように頼まれたんじゃ。儂は魔法のことなどさっぱり分からん。どうせ意中の
ボロボロだった指輪とそれを修理する素材を持参され、金も積まれたゼレウスは断るに断れず、依頼を引き受けたという。
本人が後に会心の出来だと後悔してしまうほどに精巧な指輪は確かに、女性へと贈られた。
その相手はウィズディア随一の傑物。人呼んで『彼岸の大賢者』。彼の者の名は『シルヴィア・レイナス』。
絶大な魔力を宿しあらゆる魔法を修めた彼女は、ギルドで運用される情報統括システムを考案、実用化にこぎつけ、ウィズディアの魔力インフラを改良したらしい。
他にも彼女の成した偉業は数知れず、彼女が居なければ文明は百年後退していたとまで評されている。
また、シルヴィアは才ある若者を見つけては自身の研究室に迎え入れ、その才能を開花させるのを趣味としていたという。
あまりに非凡なその才能を、上に立つ者が恐れないはずもなく。
民衆の支持と羨望を一身に受ける彼女に嫉妬と危機感を覚えた貴族が、シルヴィアを奸計に嵌めたのだ。
ウィズディアと文明の発展に貢献した大賢者への贈り物だと嘯き、ゼレウスが手掛けた指輪を貴族は献上する。
人の良いシルヴィアはそれを疑うことなく、左手の中指に着けてしまう。
それが、彼岸の大賢者の輝かしい未来を閉ざした。
「…儂が甘かった。奴らの企みに気付けなかった儂は、どうしようもない阿呆じゃ。まさか、お嬢を直接手に掛けようとしているとは、夢にも思わなんだ…。あのお方に救われた者は数えきれぬ。なのにまさか、恩を仇で返すような愚か者がおるとは…思ってもいなかったんじゃ…」
指輪に秘められていた呪いにより、シルヴィアは賢者の所以たる絶大な魔力を封じられてしまう。
力を失った賢者は囚われの身となり、地下牢の奥深くへと幽閉された。
それから先のことは、ゼレウスは知らない。
「どのような目に遭っているのか。儂は知らんし知りたくもない。一度面会しないかと誘われたが、断った。…お嬢の姿を見たら、儂はきっと狂っていたからな。ヤケ酒はただの現実逃避じゃ。それで罪が軽くなることは無いと、過ちからは逃げられぬと知っておるのにな。…まこと、救えぬ罪人よ、儂は」
震える手を押さえ、ゼレウスは涙を流す。
幽者はただ、その様子を見つめている。
「この命一つで贖える咎ならば、喜んで腹を切るとも。…だが、そうではない。それはただの逃げじゃ。…お嬢はそれを是とする方ではないからの」
そこまで言うと、ゼレウスは席を立つ。
そして、一つの武器を取り出した。独特な紋様が刻まれた大剣である。
「…お嬢は明日処刑される。儂はそれを止めるつもりじゃ。だが、お嬢は反逆を企てた大罪人として処刑される予定でな。警備は厳重に違いない。侵入を防ぐ結界も張られているじゃろう。そこでこの武器じゃ」
ゼレウスは大剣の柄を撫でてそう呟く。
幽者が試しに触れると、魔力がごっそりと持っていかれた。
その嫌な感触に幽者は思わず顔を顰めた。
「この剣は、お嬢が着けているであろう指輪の呪いを再現しておる。魔法のことはてんで分からんが、指輪の構造自体は把握しておる。素材も識っておるから再現するのは容易じゃった」
ゼレウスはしれっととんでもないことをおっしゃった。
才能の暴力でぶん殴るのはやめてほしいと、幽者は切に願う。
「魔力を押さえ込むこれを使って結界を破壊しお嬢を救う無謀な作戦じゃ。上手くいくとは思っておらん。だがなにがなんでも成功させねばならん。どんな手を使ってでも。儂の安い命を捨ててでもな。…それが、儂をウィズディアに導いてくれたお嬢への、儂からの贖罪よ」
なるほど。随分と大胆な作戦だ。
成功するとは微塵も思えないが、どうやって処刑台に接近するおつもりなのだろうか。
「そのための秘密兵器も用意した」
ゼレウスは手をひらひらとさせているが何も見えない。
疑問に思った幽者が手を伸ばすと、何かが触れる感触がした。
「姿を消す魔物から着想を得た防具だ。防具としての機能は最低限だが、一時的に身を隠すことが出来る。…使い切りだから、使用限界を迎えると崩壊するがな。チャンスは一度きりだから問題はない」
姿を消し、特攻を仕掛けてシルヴィアを救出するつもりらしい。
命を捨てるのを賢者は、シルヴィアは善しとしないのではないか。
幽者の問いに、ゼレウスは首を振った。
「かもしれぬ。だが…少なくとも、自らの犯した罪と向き合い償うことは出来る。腹を切るよりマシだろうよ」
それだけ言うと、ゼレウスは押し黙った。語るべきは語ったと言いたげな表情である。
幽者は処刑の開始時刻を質問する。翌日朝十時だとゼレウスは答えた。
この状況で嘘など言うはずが無い。この情報は間違いないだろう。
「…重い話をしてすまんな、旅人よ。お前さんをこれ以上巻き込むわkっ」
幽者はゼレウスにボディーブローを叩き込む。
あまりに唐突な不意打ちに悶絶するゼレウスは、程なくして気絶した。
そして、布団でぐるぐる巻きにする。これで碌に動けまい。
「武器を鍛えてくれた礼だ。その大賢者様、俺が救ってやるよ。…これで放っておけるほど、俺は寛容じゃないんでな」
力なき者が単独で事を起こしても、ただ無駄死にするだけだ。
後のことは王殺しの勇者にお任せあれと置き手紙を残し、幽者は店を後にした。
☆☆☆
光の届かぬ地下牢の中。くすんだ銀髪の女性が、鎖で繋がれている。
虚ろな眼に光は無く、その表情は抜け殻のよう。
生きているようには思えないが、まだ息はある。
拘束具の上から主張するそれが、彼女のプロポーションを如実に表している。
服装が違えばより魅力的だったかもしれないが、今の彼女は見るに堪えない痛ましい姿をしている。
「ご機嫌麗しゅうレイナス嬢。晴れ舞台は明日に迫っているが、いかがお過ごしかな?」
「最悪だよ。貴様の顔を見たから余計にね」
醜悪な面構えの中年男性が、コツコツと足音を立てて牢屋へと入る。
女性の瞳に光が戻り、余裕のある表情を見せる。
それを見た男性は苛立ちを隠そうともせず、女性の頬を叩いた。
口元から血を流す女性の顔から感情が抜け落ちる。
無表情になった女性は男性に問うた。
「…一つ聞かせてくれ。私を処刑するとして、私の弟子たちはどうするつもりだ?まさか彼らも殺すのか?私の弟子だったから。それだけのくだらない理由でか?」
「いや?彼らは優秀な魔法使いだ。息絶えるまで使い潰してやるとも。そのために育ててくれたのだろう?哀れなシルヴィアよ」
男性はシルヴィアの顎を持ち上げ、悪辣に笑う。
シルヴィアは激昂し、吼えた。
「ふざけるな!百歩譲って私を罪人に仕立て上げて殺すのは大目に見てやる。だが、彼らは何の罪も犯していないただの子供だ…。彼らの人生すら弄ぶつもりなのか、貴様たちは…!?」
「そもそも奴らは、何の地位も無い貧民ではないか。我らの繁栄、その礎となれるのだから光栄に思え」
ニタニタと嗤う男性に、シルヴィアは唇を噛み締める。
それを見た男性の表情がさらに醜く歪んだ。
「腐ってるね。…本当、貴様らは骨の髄まで腐りきっている。これではこの都市の未来は真っ暗だ。貴様の道連れにされる民たちが不憫でならないよ」
「…貴様ぁ!まだ言うか!!!」
男性は女性を投げ飛ばし、暴力の限りを尽くす。
虐げられている間もシルヴィアは耐え続けていた。
あらゆる責め苦に、抗っていた。
時が経ち、息を切らせた男性が立ち上がる。
シルヴィアもゆっくりと起き上がり、男性を睨みつけた。
「…どれだけ暴力に訴えようとも。我が身を穢されようとも。私は貴様らに屈服しないよ。貴様ら如きが私を支配しようとするなど身の程を知れ、俗物が」
底冷えするような声と視線に男性は後ずさる。
「チッ…。最後まで強情な女だ…!」
気を取り直した男性は服装を整え、恨み言を漏らし退室する。
沈黙に満たされた牢屋の中でシルヴィアは横になる。
見上げた天井は真っ暗で、何も見えない。
「…この地獄の日々もようやく終わるのか。長かったなあ…」
一人だけの牢屋で、シルヴィアは泣いた。
☆☆☆
公開処刑当日。
処刑台が設置された広場には人だかりが出来ており、マトモに歩くことすら出来ない。
幽者はそれを、露店の料理を食べながら眺めていた。
処刑が始まるまで残り数分。念のために周囲を調べてみたが、ゼレウスの姿は無かった。
まだ家で寝ているのかもしれない。少しやりすぎたかと、幽者は冷や汗を流す。
処刑台の周りには既に衛兵が多数配置されており、結界も設置されている。
当然のごとく
「おおーっ!誰か運ばれてるぞー!」
前列がにわかに騒がしい。どうやら処刑がまもなく始まるらしい。
意識を切り替えた幽者は人混みから抜け、路地裏に消えた。
「さあ皆さまようこそお越しくださりました!これより、あの『彼岸の大賢者』改め『覆天の詐欺師』、シルヴィア・レイナスの公開処刑を執り行わせていただきまーす!!!」
まるでイベントの司会のような開幕の挨拶。
これから人が死ぬというのにここまで明るくなれるのは、彼らからすれば一大イベントだからに他ならない。
誰もが知る有名人の処刑など滅多に観れるものではない。
世間を欺いた稀代の詐欺師の公開処刑。見せ物としては上出来だ。
今まで賢者として敬われていた人が実は何の力も持たぬペテン師だったと知れば、誰もが怒り惨めな死を望むだろう。
彼らは皆求めていた。
賢者の醜い命乞いを。
彼らは皆楽しみにしていた。
詐欺師が死ぬ瞬間を。
「………」
両手を縛られ、襤褸切れを着せられた賢者が連れて来られる。
その姿が見えた途端に、痛烈なブーイングが広場を染め上げた。
狂気的なまでの暴言の嵐に、たまたま居合わせた旅人たちはドン引きしている。
子供に至っては恐怖で泣きじゃくっていた。
「この詐欺師め!俺たちが踊ってるのは楽しかったかクソ女!?」
シルヴィアへと無数の石や卵が投げつけられる。
頭に石が直撃し血が滴る。それでも、シルヴィアは口を開かない。
ただ、その瞳はどうしようもないほどに濁り切っていた。
「…誰も私を信じてはくれないのか」
シルヴィアの溢した独白は、民衆への失望をこの上なく示している。
しかし、その言葉は誰にも届かない。詐欺師の戯言が見向きされるはずもなかった。
罵詈雑言の雨霰の中、虚ろな表情のシルヴィアは空を見上げる。
雲一つ無い青空から差し込む太陽の光が、とても眩しかった。
慕われていたはずの民衆から死を望まれるシルヴィアは今、何を思っているのだろう。
それは本人にしか分からない。そして誰も、理解しようとしない。
処刑執行人が登壇し、恭しい一礼をする。
シルヴィアを断頭台へ押さえつけ、頭を固定した。
「汝、シルヴィア・レイナスよ。彼岸の大賢者を騙りし愚者よ。その罪は、刃によってのみ裁かれる。断罪の刃こそが正義を執行すると知れ」
ギロチンの刃を固定しているロープを執行人が握る。
歓声が大きくなり、処刑執行を望む声一色に染まった。
正義の名の下に振り下ろされる断罪の刃。そして飛び散る鮮血と生首。
その瞬間を、民衆は今かと待ち侘びている。
「哀れなりし罪人よ。今こそ罪を贖う時ぞ。…正義、執行!」
執行人が高らかに宣言し、ロープを手放す。シルヴィアはその時、民衆を、貴族を、世界を呪い、笑った。
落ちていくギロチンの刃。狂喜する民衆。穏やかな笑みを浮かべる大賢者。
しかし。誰もが望んだ結末を迎えることは、終ぞ無かった。
☆☆☆
キン、と甲高い音を立てギロチンの刃と直剣が拮抗する。
しかし、直剣が振り上げられると同時に黒い何かが噴き上げ、刃ごと断頭台の上部を消し飛ばした。
「…えっ?」
落ちるはずだった賢者の首は健在であり、ギロチンの刃は跡形も無くなっている。
あり得ないはずの光景に、誰しもが困惑を隠せなかった。
無論、当事者である賢者と執行人も。
「…ふぅ。上手くいったな」
黒く染まった直剣を携えた、黒ずくめの人間。
顔には犬の仮面を着けており、くぐもった声からは男性であることしか読み取れない。
ちょっと失礼しますね、とでも言いたげな軽い雰囲気で賢者の拘束を解く不審者に、執行人が慌てて斧を片手に近寄る。
が。
「ぶげええぇぇぇ!?!!?!」
秒間十六連打の殴打を受け、処刑台の隅に吹き飛ばされる。
ボロ雑巾のように転がっている執行人は死体にしか見えないが、まだかろうじて生きているようだ。
ついでと言わんばかりに斧は欠片も残さず消滅していた。
「…君は、誰だい?私を助けに来る人なんて、誰も…」
仮面の奥より見える赫い双眸に、シルヴィアはまったく見覚えがない。
自分を助けに来れるような人にも心当たりは無かった。
幽者はシルヴィアの声に少しの間考えて、彼女を安心させるよう優しい声色で答えた。
「真なる正義の名の下に、大賢者様を救いに来た者だ」
自ら正義を名乗るのは些か業腹だが、正しいと信じて事を起こしたのだから致し方ない。
人の命を娯楽として消費する行為を正義と称する方がよほど癪に障る。
犠牲になるのが世のため人のために働いた賢者なのだから尚更だ。
敢えて名乗るのなら、腐った正義を騙る愚者より偉大なる賢者を救いに来た真なる正義の代行者。
たまたま拾って着けたのが犬のお面なので
自分で言っておいてなんだが政府の犬みたいで腹が立つので無かったことにしてもらえないだろうか。
「…ワンワンくん。ちょっといいかい?」
これからどうしたものかと頭を悩ませていると、予想だにしない展開に自分を取り戻せたのか、脇に抱えている賢者が落ち着いた表情で声を掛けてきた。
大賢者様に問われたとなれば断るわけにもいくまい。大変栄誉なことである。
平然と犬呼ばわりしてきたのに思うところはあるが、幽者は賢者の発言を促した。
「私の処刑という貴族連中の沽券に関わる一大イベント、警備がものすごーく厳重なのは君だって承知のはずだ。何も出来ない木偶の坊である私を連れて、ウィズディアを脱出する算段は整っているのかな?」
何を分かりきったことをおっしゃる。貴女は比肩する者の無い大賢者だったのではないのか。
幽者は聞くまでもないことを確認され、呆れを多分に含んだ溜め息を漏らす。
「すまない、愚問だったね。…このようなことを聞くとは、私としたことが相当に参っていたようd」
そんなものあるわけないに決まっているだろう。こちとら学の無い一般冒険者だ。
ウィズディアの土地勘も情勢も知らないのにどうやって計画を立てろというのか。
そもそも、この救出作戦だって突発的な行動でしかない。考えるより先に身体が動いていた。
「君は特級のお馬鹿さんなのかな!?そんなことで私を救うためだけに貴重な命を使わないでおくれよ!!!」
やってしまったものは仕方ないだろう。別に後悔はしていない。見過ごしていたら絶対に後悔している確信があった。主に
だが勝算はある。この程度の戦力であれば肩慣らしにすらならないのだ。無謀な戦をするほど脳みそは溶けていないと幽者は笑う。
敵をぶちのめして逃亡するのは得意だ。だが、
ならば、勝手知ったる彼女に道案内を任せれば良いのだ。餅は餅屋。適材適所。そういうことだ。
幽者の提案を聞いた賢者は呆気に取られた表情をして。
「…つまり君の頭脳になれということか。了承した!こうなった以上私も死にたくないからね!」
意気揚々と笑い、幽者に指示を出す。その表情は、先程まで死を受け入れていたとは思えないほどに生き生きとしていた。
こうなりゃヤケだ好き勝手やってやると言っていたので、溜まりに溜まったフラストレーションを爆発させたのだろう。
幽者は彼女の希望通り、派手に暴れてやることにした。
その日。ウィズディアの防衛戦力は半壊し、地下水路は壊滅的打撃を受けることになる。
たった一人の冒険者に、魔法使いの聖都とまで呼ばれた
・煉獄の
高品質な斧槍を煉獄龍の素材を用いて強化したもの。
ゼレウスが辣腕を振るったのもあり神器に近しいレベルまで昇華した。
強力な炎属性の力を宿しており、敵対する全てを両断し焼き尽くす。
秘めたる炎に焼かれた魂は、煉獄へと誘われる。
その果てにあるのは救済か。あるいは終焉か。
それは、試してみれば分かるだろう。