幽者の旅路は耀けり   作:星影雪那

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第七話 なあお前!お前賞金首だろう!?首置いてけ!

 

 

 

心地良い川のせせらぎが響く平原を二人の旅人が行く。

一人は興味深く斧槍を観察しており、もう一人は剣を腰に差している。

幽者の片手には保存食の乾パンの缶詰が握られており、中身は空っぽだった。

 

「ふむ。相変わらずゼレウスさんの腕は流石だね。市販の武器とプルガトルスの素材を合わせるだけで、ここまで鍛え上げるとは」

 

普遍の町(アリフ)までの平和な道すがら。

魔物の襲撃も起きず暇を持て余していたシルヴィアは、幽者の扱う斧槍がゼレウスの手によって強化されたと聞き興味を示す。

乙女の細腕でも軽々と持てるそれは強い炎の力を宿しており、素人の彼女が振るっても岩をバターのように断ち切れるだろう。

シルヴィアが言うにはまだ強化の余地が残っているらしいが、どれほど貴重な素材を要求されるのやら。

 

そういえば、シルヴィアとゼレウスは言葉の端々からかなり親しい印象を受けるが、実際どのような間柄なのだろうか。

気になった幽者はシルヴィアに訊いてみた。

 

「んー…。私がまだお子ちゃまだった時、見聞を広めようと旅をしていた時期があったんだ。南の大陸(イザリア)に赴いて現地調査をしてたら、採掘中だったゼレウスさんと遭遇したのさ」

 

弱冠10歳にして稀代の天才と羨望の眼差しを浴びまくっていたシルヴィアは、飽くなき未知の探究心と若さ故の行動力に物を言わせ、世界中を縦横無尽に走り回っていたという。

当時の私が今の私を見たら呆れると断言するほどに、今のシルヴィアは軟弱になったらしい。

 

大半の物事を弟子たちに任せれば解決出来るようになってしまったせいで、外出することもめっきり減り運動不足になってしまったようだ。

今では少し激しい運動をするだけで筋肉痛は不可避らしい。運動不足にも程がある。

 

それと比較すれば昔の自分はアグレッシブが過ぎた、とシルヴィアは楽しげに述懐する。

気になったことを徹底的に追求するしつこいまでの学習意欲と探究心に、振り回された大人は数知れず。

ある程度大人になり周囲への配慮を覚えた頃。迷惑を掛けたお詫びとして謝罪行脚にも勤しんだのだとか。それも今となっては良い思い出なのだろうが。

 

「懐かしいよ。あの時の私は無邪気で、無垢で、無謀だった。…他人を疑うことを、知らなかった。そんな当時の私が無事でいられたのは、ひとえに周りの人たちが優しかったからだ」

 

そのまま大人になったからこんな目に遭ってるんだけどね、と自嘲するシルヴィアは悲しげに笑う。

悪いのは騙した貴族たちだ。シルヴィアに責任は無いと、幽者は首を横に振った。

 

「いや、悪いのは私だよ。賢者だと持て囃されその立場に胡座を掻いて、疑うこと、疑問に思うことを辞めていた。…今思えば、あの時の私は思考停止していたんだろうね。恥ずかしい限りだよまったく」

 

当時の自分に思うところがあったのかもしれないが、騙す方が悪いという大前提は忘れないでもらいたいものだ。

 

「…そうだね。奴らには死を以って贖ってもらわなければならない。それに、自罰的すぎるのも良くないか」

 

斧槍を返してもらった幽者はゼレウスには何を作ってもらったのかと問う。

彼女ほどの者が頼むとなれば相当な代物に違いないと、幽者は興味を抱いていた。

 

「色々と拵えてもらったよ。杖やローブもそうだし、弟子たちの装備もね。私が持ってるペンもゼレウスさんお手製なんだよ」

 

くるくるとペン回しを披露するシルヴィアの手に握られているペン。

昔狩ったグリフォンの羽根を加工した羽根ペンらしい。

グリフォンの羽根ペンと言えば王族御用達の高級品である。ゼレウスお手製となればさらに値が張るに違いない。

 

グリフォンの羽根ペンは名前の通り、グリフォンから抜け落ちた羽根を加工したペンである。こんなこと説明するまでもないだろうが。

グリフォンの強靭かつ巨大な肉体を飛翔させる大翼。それを構成する羽根は軽やかな手触りで、それでいてちょっとやそっとの衝撃では折れない頑強さを持つ。

ペンナイフで手入れしなくとも十年は快適な書き心地を維持できるとまで言われており、幽者が弑したルイネス国王もこの品を愛用していたりする。

 

余談だがグリフォンの羽根ペンが高価な理由として、飛行能力を持つので捕獲や狩猟が難しいこと、そもそもの生息数が少ないこと、捕獲や狩猟をする際に羽根がダメになりやすいこと等が挙げられる。

そんな羽根を無傷で入手するとは、当時のシルヴィアはどんなテクニックを使ったのやら。是非ともご教授願いたいものだ。

 

「ふふ。企業秘密、だよ。君には出来ないしもし覚えられでもしたらグリフォンが絶滅しかねないからね」

 

流石にそこまで欲の皮が突っ張ってるわけではない。

なんなら今の幽者でも神速首チョンパアタックを行えるので、伝手さえあれば量産が可能だ。伝手さえあれば。

金儲けや鍛錬のために生態系を破壊するつもりも今のところは無い。

世界からグリフォンが消える悲劇はまだ起きないだろう。その時の下手人はどうせ他の人間だ。

幽者の冷めた反論に、シルヴィアも憂いを帯びた表情で首肯する。

 

「否定出来ないのが悲しいね」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

アリフまで残り数時間というところで、幽者一行は小休止を取ることにした。

幽者本人は別になんてことないのだが、シルヴィアが普通にバテていた。運動不足とは言っていたがここまでとは思わなんだ。

 

「ほんと申し訳ない。愛弟子たちに頼りっきりだった弊害だねこれは…」

 

地べたに座りストレッチをしている様はまるでお婆ちゃんのよう。翌日には筋肉痛にでもなっているんじゃなかろうか。

 

「たぶんなってる。アリフに着いたら塗り薬を調合でもして先にケアしないと、明日の私が泣きを見る羽目になっちゃうね」

 

ふくらはぎの筋肉を解すために裾を捲っているシルヴィアだが、露出している素肌には痛々しい傷痕が残されている。

度重なる激戦を経てその身に刻んだ幽者とは違う、悪辣な輩の戯れによって刻み込まれた悪意の象徴に幽者は顔を顰める。

人とはここまで愚かになれるのか。

 

「そんな熱心に見られると流石の私も照れちゃうよ。恥ずかしいからその熱い眼差しは他に向けておくれ」

 

心情を読まれたのか、わざとおどけた物言いをするシルヴィアに幽者は謝罪し、視線を逸らす。

思えば、他人と関わる時は聖女同伴だったのがほとんどだ。彼女が間を取り持ち、会話を弾ませてくれていた。

赤の他人と関わる程度であれば世間話くらいに留めれば良いので気にならないが、シルヴィアのような同志とも言える人と関わるとなると勝手が大きく変わる。

有り体に言ってしまえば、どう接すれば良いのか分からない。

 

聖女と同じように、というのは論外だろう。あのお方はなかなかに破天荒なお人だった。

シルヴィアも割と似たところがあるが、彼女と聖女は違う。勝手に二人を重ねるのはどちらにも失礼だ。

しかし、聖女はよくもまあ散々に振り回してくれたものだ。聖女が没して、あの騒がしい日々が懐かしく思えるようになって久しい。

郷愁を感じる自分の心を軟弱と断じるべきか。それとも、そう思えるようになったまで精神を回復出来たことを喜ぶべきか。

どちらが正しいのかは幽者には結論付けられないが、聖女であれば絶対後者だと喜んでくれた気がする。

そんな彼女だったからこそ、自らと幽者を天秤に掛け迷わず幽者を選び命を使い果たしたのだろうが。

 

「…重いな」

 

聖女が死の間際に遺した言葉(願い)。今もなお幽者を包む祝福(呪い)。

一瞬たりとも忘れたことはない。だが、聖女が遺したのは幽者が背負うには重すぎるもの。

聖女を救えなかった自分が、本当に背負っても良いものか。その答えはまだ出ていない。

聖女(クロエ)も聖女の父(アベル)も赦してはくれるだろう。しかし、自分が自分を赦すのかが解らない。

 

「…お嬢様。貴女は何故、俺を生かすために死んだのですか?」

 

彼女が自分を選んだ理由も、解らない。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

アリフへと到着した幽者一行は、ひとまず各々の目的を達成するために別行動することにした。

 

「お駄賃を貰って悪いねリュクスくん。後ほど宿で落ち合おう」

 

シルヴィアは筋肉痛対策の道具屋訪問と消耗品の補充のため。

幽者は冒険者ギルドでの情報収集と賞金首の確認のため。

 

派手な逃走をかましたこともありシルヴィアも絶賛指名手配中となった以上、彼女もやむなく偽名を使うことになっている。

幽者(リヒト)はリュクスを名乗り、賢者(シルヴィア・レイナス)はシルヴァ・ラナを名乗る。

偽ってばかりじゃないですかこのパーティと、知れば誰もがツッコミを入れるだろう。

もしバレた時はお察しだが。正体を知った者はタダでは済まさない。

金、暴力その他諸々のあらゆる手段を使って平和的解決も辞さない構えだ。

 

さて、そんな99%がデタラメで構成された新米冒険者リュクスくんは冒険者ギルドへと足を運んだのだが様子がおかしい。

ギルド内の雰囲気が張り詰めている。只事ではないこの状況を疑問に思った幽者は何があったのか問う。

 

「…緋桜郷(ひざくらきょう)行きの馬車が盗賊団に襲撃されて、10名ほど行方不明になっています。捜索隊も派遣しましたが、皆…」

 

果たして、返ってきた答えはこの雰囲気になるのも無理ないものだった。

緋桜郷行きの馬車となれば色々あるものだが、もしや。嫌な予感がした幽者はとある人物の名前を出してみる。

 

「………!そうです、その馬車なんです!」

 

やっぱりかと、幽者は天井を見上げて顔を覆う。

どうやら襲われたのはヨハンとネーナ(バカップル)が護衛を務めていた乗り合い馬車(オムニバス)らしい。

なんと不運なのだろう。彼らが何か悪いことをしたとでもいうのだろうか。

 

仔細を聞けば、アリフを発った馬車はある悪名高い盗賊団のアジト、その近くを通ったという。

どうしてそんな場所を選んだのか苦言を呈す。すると、他人事ではない返答が返ってきたので幽者は反応に困った。

 

遠方より聞こえたドラゴンの咆哮を恐れた馬車が進行ルートを変えた結果、その先で強力な魔物に襲われたので逃走を図り、運悪く盗賊団のアジト付近を通ってしまったのだという。

つまりは幽者が暴れた結果、回り回ってヨハンらが被害に遭ってしまった形だ。

プルガトルスとの交戦が無くてもどのみち何かしらに巻き込まれていた気がしてならないが、ひとまずは幽者のせいでもある。

弱いのが悪い自己責任だと突き放すのは容易いが、幽者一行も金銭を求めているのもまた事実。

依頼書を見てみればそれなりの報酬が設定されていた。

生存者がいるほどボーナスを貰えるらしいが、失踪してからはや数日。あまり期待するものではないだろう。

ついでに賞金首を狩って懐を潤すのも良さそうだ。幽者は盗賊団関係者の手配書を受け取った。

 

「…大丈夫ですか?あなたが単騎で煉獄龍を討伐したのは報告を受けてますが、相手は悪名高い盗賊団で、人間です。魔物を倒すのとは勝手が違いますよ…?」

 

流し見した手配書に記されている盗賊団の名は《血塗れの鬣犬(ブラッディ・ハイエナズ)》。

指名手配されているのは、頭領の男性と幹部の男女一人ずつ。懸賞金の額は三人合わせてプルガトルス単体とほぼ同額である。

たかが人間にここまで金を出すとはよほど悪さをしているらしい。

処刑して見せしめにするため、賞金首は生け捕りが望ましいのだがそういった制限は特に設けられていないのも、彼らの悪業を示していた。遠慮なくぶちのめせるからありがたいが。

 

「え…?そ、そこまでするんですか!?いや、彼らも救いようのない悪党ではありますが…。末端までは賞金が掛かってないので、連れて来られても困ります…。どうせ処刑されるでしょうが…」

 

念のために構成員を突き出したら報酬に色が付くのか確認する。

どうやら賞金首以外は生かす価値も無さそうだ。首を持ってきても金にならないのであれば意味がない。

その端金にもならない無価値な命をタダで処分してやろう。慈悲深い幽者は盗賊団の殲滅依頼を受諾し、ギルドを出た。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「…なるほどね。無辜の民が犠牲になっているとなれば、私も君のやることに否やは無いよ」

 

宿屋内の酒場で早めの夕食を食べる幽者たちは、喧騒に紛れて物騒な会話をしていた。

盗賊団員はもれなく抹殺するし、それこそ女子供であろうと等しく死んでもらうのだが、シルヴィア的にはオーケーなのだろうか。

 

「うーん。聞けばそのハイエナ共は馬車やキャラバンもお構いなしで襲っては盗品を売り捌いているらしいじゃないか。人身売買にも加担してるとなれば擁護する気も失せるよね」

 

シルヴィア的にもオーケーらしい。ゴーサインも出たことだし、これで心置きなくぶち殺せるものだ。

腕が鳴るぜー、と背筋を伸ばす幽者を見てシルヴィアは苦笑する。その心に在るのは憐れみか、あるいは軽蔑か。

 

まあ、どちらにせよどうでもいいのだが。人殺しだと謗られてもそれは事実だから今更否定することではない。

今までに散々魔族を殺してきたのだ。そこに人間がカウントされたからといって何が変わるというのか。別に善人ぶってるわけじゃあるまいし。

 

幽者はジュースを飲み干し、次の料理が来るのを待つ。

シルヴィアは少食故か、最初に来た料理をまだ食べていた。

 

「あ、リュクスくんもこれ食べるかい?スパイシーで美味しいよ」

 

シルヴィアがちびちびと食べているのは、スパイスを塗した鶏肉をカラッと揚げたもの。つまりは揚げ鶏だ。

自分で食べるからと一人分を頼んだはずだが、まさかこの量すら食べきれないというのだろうか。

 

「そんなんじゃないってば。せっかく同じ食卓を囲むんだ。美味しい食事を分け合って、親交を深めたいと思ってね。君だって私に愛されたいんだろう?なら仲良くなって損は無いはずだよ」

 

貴族連中のこともあって男性にトラウマでも抱えていないかと思っていたのだが杞憂だったのだろうか。

 

「お気遣いどうも。まあたしかに奴らには酷い目には遭わされたけど、分別は弁えてるつもりだよ。君はそういう人間じゃないと今のところは信用してる。だから同行してるわけだし」

 

ならば、その信用に応えようではないか。幽者はフォークに揚げ鳥を刺し、口に放り込んだ。

カリカリに揚げられた鶏皮の食感と、肉汁が溢れ出すプリプリな鶏肉。

そして、ハーブとスパイスの豊かな風味。なるほどこれは美味い。

酒があれば言う事なしと言いたいが、酒を飲むにはまだ早い。

明日盗賊団を根切りにしてそれから祝杯を上げる方が気分も上がるだろう。

 

「助かる命が多いに越したことはないが…正直、期待出来そうに無いね」

 

それでもやらねばならないことだと幽者は淡々と答えつつ、二個目の揚げ鶏を平らげる。

手のひらの冥光を握り潰し、幽者は目を閉じる。背中を押す聖女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

月明かりに照らされた部屋の中。幽者はベッドに寝転んでおり、天井へと手を伸ばしていた。

虚空より現出する聖剣。柄を握り意識を集中させると、聖剣が冥光に包まれ冥剣へと転じた。

冥剣を手放すと、宙に浮いたままの剣が虚空へと消える。

幽者の魔力と混じり合い、一体化した聖剣はもはや携行する必要すらなくなり、本人の意志に応じて現世へと顕現するようになった。

 

使い始めて日が浅い斧槍ではこうはいかない。

あれも同じようになるかは定かではないが、もし聖剣のように性質が変わるのだとすれば相当の時を要するだろう。

 

「おや?まだ起きてたのかい」

 

風呂を済ませたシルヴィアが浴室から出てくる。

合流するまでに見繕ったという寝巻きを着ている。猫柄のパジャマであり、猫耳の生えたフード付きだ。

賢者とは思えない可愛らしい服装である。そのことを言ったら女の子なんだから別にいいじゃないかと不貞腐れた。

対する幽者はインナーのみの質素な服装である。元々一人暮らしな上服には無頓着だったから致し方ないが。

 

「腹筋とかバッキバキだね。流石は元勇者様、鍛え上げられたその肉体は至高の領域に近い完成度だ。魅せるためではない、戦うための構造をしたまさしく戦士に相応しい身体だよ」

 

シルヴィアがそう評した幽者の肉体は、細身でありながらも筋肉がしっかりと付いている、いわゆる細マッチョ体型だ。

それだけなら鍛えた戦士によくある体型なのだが、幽者のそれは筋肉量が明らかに多い。

同じ大きさに筋肉をこれでもかと圧縮したような密度である。

その上で魔力による強化が上乗せされるため、実際のパワーは常人とは比較にならない。

本気になれば煉獄龍にさえジャイアントスイングをぶちかませたことだろう。それをやる意味があるかは別として。

 

そんな素晴らしい完成度の肉体美も、全身にびっしりと刻まれた傷痕により台無しなわけだが。

切り傷や火傷に留まらず、酸などの有毒物質に晒された痕跡も多分にあり、その姿は下手な生傷より痛々しい。

特に目を引くのは、左肩から袈裟に続く大きな切り傷だろうか。

今は服を着ているので隠されているが、それを偶然生で見てしまったシルヴィアはうげえ、と驚愕を示す言葉を漏らし唖然とした。

実際、この傷を負った時は生死の境を彷徨ったらしい。

当時のことはあまり憶えていないし、この傷よりもよほど死にそうになった記憶が別にあるのだが。

 

「…本当、よくもまあそれだけの傷を負って生き延びてこられたものだよ。聖女様の助けがあったとしても、普通だったら三度は死んでる重傷じゃないか」

 

元々それなりにタフだったのもあるが、今日(こんにち)まで生き延びられたのは間違いなく聖女のおかげだ。それだけは断言出来る。

彼女と出逢わなければ自分は野垂れ死んでいたのだから。運命が味方をしていなければ魔物の餌となり大地に還っていたことだろう。

しかし、死に損ないのくせして威嚇していた自分をよく受け入れたものだ。

その慈愛に生かされたのだから、聖女には感謝してもしきれない。本当にありがとうございます。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

ギルドで遺体回収用の棺桶を受け取った幽者は、意気揚々とアリフを後にする。

目的地となる盗賊団(ブラッディ・ハイエナズ)のアジトはさほど離れていない。

シルヴィアごと棺桶を荷車に載せて疾走するので、二時間もあれば到着するはずだ。その間シルヴィアは大変なことになるだろうが我慢してください。

 

「ぐえええぇぇ…。乗客に配慮しておくれよぉぉ……!!」

 

ガタゴトと揺れる荷車の上で死んだ目をする大賢者。それをガン無視して猛ダッシュで走る幽者。夢か何かと疑いたくなる異様な光景がそこにはあった。

荷車を人が引くだけならまだ分かる。馬に引かせた方がよほど効率は良いが、まだギリギリ常識の範疇である。

何故、馬が引く数倍の速度が出ているのだろうか。身体能力を魔力で強化出来るにしても限度というものがある。

いくらなんでも人間を辞めすぎてやしないかと、シルヴィアは思った。

 

オマケに、飛びかかってくる魔物は《絶光(スプライト)》による自動迎撃で瞬時に肉塊と化す。厄災か何かだろうか。

魔物に襲われる心配は無いので安全は安全だが、この荷車から振り落とされたら余裕で死が見える。寧ろそれでお陀仏になる可能性の方が圧倒的に高い。

つまりは命の危機が目の前に迫っている状況だ。後生だから速度を緩めておくれと、シルヴィアは幽者に懇願する。

その願いを聞き届けた幽者は何をとち狂ったのか急ブレーキを掛ける。そして。

 

「ほぎゃー!!!!私の聡明で貴重な脳細胞がががが!!!!!」

 

シルヴィアは慣性の法則に従い前に吹っ飛ぶ。ゴン、と後ろから鈍い音がした。どうやら貨物の棺桶に頭をぶつけたらしい。

幽者は振り返り、シルヴィアの安否を確認する。

 

「彼岸の大賢者シルヴィア・レイナス。頭部を強く打ち死亡。享年23歳」

 

戯言を宣うシルヴィアは安らかな表情で目を閉じていた。これはどうするのが正解なのだろうか。

とりあえず棺桶に突っ込んで鍵でも閉めておこう。今のシルヴィアは死んでいることになっているらしいので丁重に弔ってやるとしよう。

呆れた幽者はひょいとシルヴィアを持ち上げ棺桶にぶち込む。鍵を閉めた瞬間に、中から猛抗議が聞こえてきた。

 

「ちょっと待って!?この棺桶空気穴無いから下手したら本当に死んじゃうって!!?ふざけた私が悪かったから開けてくれ!開けてくださいお願いします!!!っていうか悪いのは急停止した君だろリヒトくんのバーカ!!!」

 

反応しづらいジョークは控えてほしいものだとゲンナリしながら棺桶を開ける。

こちらにも落ち度はあったがシルヴィアの奇行も大概だったのではないかと苦言を呈す。

 

「それを言われたらぐうの音しか出ない」

 

これが数日前に処刑される直前だった人の姿なのか。そこまでメンタルが回復したのかもしれないが、それにしてははっちゃけ気味である。

もしや、彼岸の大賢者と謳われたシルヴィアはとんでもない変人だったのかもしれない。

彼女に見出された弟子たちはさぞ苦労したことだろうと、幽者はほんのちょっとだけ同情した。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

シルヴィアのIQが微減する珍事を経て、盗賊団のアジトに最も近い村に到着する。

めぼしい物は何もない寂れた村だが、だからこそ盗賊団の襲撃は免れているようで住民がちらほらと見受けられた。ほぼ全員が老人だったが。

 

「じゃあ手筈通りよろしくね。私はここで隠れてるからお仕事頑張って」

 

依頼達成にあたり幽者は盗賊団のアジトを襲撃するわけだが、その場合シルヴィアがどうしようもなく邪魔になる。

戦力として計上することが不可能な彼女が居ると、あらゆる戦闘行動が阻害されてしまうのだ。人質にでも取られようものなら目も当てられない。

そのため、彼女の安全のために近隣の拠点に匿ってもらうことにしていた。

彼ら(住民たち)がシルヴィアを売る可能性もなくはないが、流れ弾が飛ぶかもしれない戦場に連れ出すより圧倒的にマシだ。

 

一応アジトに突入した時点で結界を張るつもりだが、万一ということもある。

外回りに出ている盗賊団員がいる場合を考慮して、諸々が終わったら一度シルヴィアを回収するために単独で村まで戻ってくる予定だ。

それから遺体回収なりを済ませてアリフへと凱旋する手筈であり、盗賊団を根切りにして依頼達成で終わるのは確定事項である。

彼らを生かす理由も無ければそのつもりも無い。当然の話だ。

 

「彼らが苦しまずに逝けるよう祈っとこう」

 

誰に対してか知らないが、シルヴィアは両手を合わせ祈っている。

その祈りが無駄に終わらないよう、頑張ることにした。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

険しい山肌に沿うような形で造られた堅牢な砦。そこかしこに外敵排除用の弩砲(バリスタ)が設置されており、空路、陸路での侵入は困難を極めるだろう。

盗賊団《血塗れの鬣犬(ブラッディ・ハイエナズ)》の団章が掲げられており、風に靡く紅い旗が彼らの縄張りであることを示していた。

 

くああ、と大欠伸をする見張りの青年を、もう一人の見張りが窘める。

歳こそ離れているが、似通った顔立ちと髪色から二人は兄妹なのが窺える。

 

「お頭たちは中で会談してるししばらく仕事も無いしで暇なんだよ。お前も分かるだろ?」

 

「そうだけどー。私らは一応見張りなんだから。前みたいにギルドの追手が来たら面倒でしょ?」

 

「全員の首をアリフの関所前に飾っておいたから、もうビビって誰も来ないと思うがなあ」

 

「やっぱりお兄ちゃんがやったのね。悪趣味〜」

 

のどかな雰囲気で雑談をする兄妹。

その仲睦まじい様子は街中で見かけるありふれた光景と変わらない。彼らが悪名高い盗賊団の一員でなければ、だが。

 

「…あん?」

 

不意に青年の眉がピクリと動き、視線が別の方向に向けられる。釣られて少女の視線も動いた。

見張りが注視する道の先。人通りなどあるはずもない場所を、荷車を引く一人の青年が歩いている。

青年は警戒心を露わにしながら、望遠鏡を手に取った。

 

外見と背格好からして歳はおよそ20歳。この辺りでは珍しい水色の髪と、血よりも赫い瞳が特徴的だ。

特に携行している武器は見当たらず、荷車に積載している荷物はここからだと箱のように見える。その中に得物を置いているのかもしれない。

 

誰かが訪問するという話は聞いていない。となると、奴は道に迷った旅人か、あるいはギルドが差し向けた刺客か。

まあどちらでもいいのだが。拠点への侵入を試みる無粋な輩は須く殺す。当たり前の話だ。

 

「俺が注意を惹く。隙を見て後ろからバッサリやっちまえ」

 

「りょうかーい」

 

暇つぶしにはちょうどいいと、青年は不敵に微笑んだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

カラコロと荷車を引く幽者は一人、盗賊団が根城にしている砦を目指し歩を進めていた。

現在の幽者の装備はキャラバンから譲ってもらった防具をそのまま着ており、斧槍はシルヴィアに貸与してある。

彼女に扱えるとはこれっぽっちも思っていないが、斧槍自体は素人目に見ても直感で理解出来るほどの名品だ。

持っているだけでも圧力はそれなりに出る。人避けにはなるだろうという、幽者なりの考えもあっての行動にシルヴィアは感心していた。

今の幽者は素手なわけだが、聖剣はいつでも呼び出せるので問題ない。

寧ろ敵の油断を誘えるから理に適っているとさえ思っている。

 

山肌に沿った形で建造された砦が遠方に見えてくる。このまま道なりに進めば入り口に着くのだろう。

奇襲することも少しは考えたのだが、堂々と正面突破しようとすれば砦の守備隊も迎撃に転じるはずだ。

そうなれば合法的に結界を張れる。無駄に警戒されてステルスアクションする必要も無くなるし、全員表に出てくれるから皆殺しするにはうってつけだ。

軽く腕を鳴らした幽者は引き続き砦を目指す。

 

程なくして砦の入り口が前方に見える。門番を務める見張りは二人。残りは砦内部に屯していると見て間違いない。

見張りを始末して結界を展開したらあとは流れでやっていけばいいだろう。

甘く見積もっているつもりは無いが、英雄級の実力者でもなければ歯牙にも掛けない程度には強いのだから。

 

「よお兄ちゃん。こんなところでどうしたんだい?」

 

朗らかな雰囲気で話しかけてきたのは見張りの青年。殺意を隠しきれていない三文芝居に幽者は内心苦笑した。

殺意を隠すのはこうやるのだと、幽者はお手本を見せる。微塵も敵意の介在しない爽やかな笑顔で幽者は探し物をしていると告げた。

 

「へえ。何探してるんだ?」

 

手伝ってやるとでも言いたげな表情を作っているが、腕を組むと同時に目配せしたのを幽者は見逃していない。

背後から殺気も感じたので演技はこれくらいでいいだろうと、幽者は思考を切り替えた。

 

「…えっ?」

 

冷めた表情の幽者は左腕に冥光を纏い、背後から襲い掛かった少女に貫手を放つ。

ずぶり、と腕が少女の胸元にめり込み、そのまま突き抜ける。手のひらには心臓が握られており、どくどくと脈打っている。

それを躊躇いもなく握り潰す。呆気に取られた青年が状況を理解し、激昂すると同時に全身を昏い光が切り刻んだ。

 

見張りを秒殺した幽者は腕を軽く振って血を払い落とし、気合いを入れるように腕を鳴らす。

 

「いっちょやったりますか」

 

そして、冥光が砦を包み込んだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

まだ夕方だというのに、砦に夜の帳が下りる。異常事態に砦内は慌てふためき、迎撃態勢を取った。

緊張の糸が張り詰めた砦を悠々と歩く人間がいた。他でもない幽者である。

 

正面から堂々と侵入した幽者は荷車を置き、数歩前に出る。

全方位から敵意が籠った視線が向けられるが、幽者の心は凪いだ海のように静かだった。

 

チラリと空を見上げてみると、星の明滅だけが消滅したような夜空が広がっている。

どうやら結界は上手く展開出来たようだ。

冥光での結界は一度も張ったことがなかったので心配していたのだが、成功したようで何よりである。これで遠慮なく鏖殺出来るというもの。

感じ取れる結界内部の生体反応はおよそ30人。砦の奥底に数名ほどの反応を感じるので、それが人質と見て間違いないだろう。

 

状況は粗方把握出来た幽者はとっとと仕事を終わらせるため、大声で話しかける。

数日前に襲われた馬車の生存者か死体があれば回収したいのだがどこにあるのか、と。

 

頭領と思しき人物が姿を見せる。最上階のバルコニーから見下ろす壮年の男性だった。

 

「数日前?ってーと…ああ、あのザコが護衛してた馬車だな。悪い、皆処分しちまったんだわ」

 

死体があれば引き取りたいのだがどこにあるか教えてほしい。幽者の質問に、頭領は呵呵と笑う。

 

「俺たちゃ盗賊だぜ?タダで動くわきゃねえだろうよ」

 

なるほど。それは道理だ。納得した幽者は一つの提案をする。

 

「…俺ら《血塗れの鬣犬(ブラッディ・ハイエナズ)》を嘗めてんのか?この状況でよくそんなことを言えるもんだ」

 

幽者の提案に頭領は苛立ちを隠しもせず吐き捨てる。

慈悲深い幽者は、今のうちに助命嘆願した者だけは生かしてアリフに連行する。それ以外の奴らは皆殺しじゃあ!と言っただけなのだが。

何がお気に召さなかったのだろうか。元盗賊の戦友に免じて一度だけチャンスを与えたというのに。

 

「…お前頭おかしくなってんな?さっきから周りが夜になってるのもお前の仕業か?」

 

はいそうですが。この結界がある限り誰も出入りは出来ないのでお覚悟を、と伝えておく。

これは不退転の決意、その証である。彼らを皆ぶち殺して賞金を貰い、その金で美味い飯と酒を堪能するのだ。仕事を終えた後のささやかな楽しみは誰にも邪魔させない。

幽者の淡々とした死刑宣言を聞き、頭領は再び笑う。その目には侮蔑の感情が込められていた。

 

「なるほどな。やっぱお前イカれてるわ。その眼だけは高く売れそうだしここで死んどけ」

 

頭領の目配せを受け、盗賊団員はバリスタで狙い撃つ。

単身でアジトに乗り込んだ身の程知らずの脳天目掛けて大矢が放たれる。

 

しかし。

 

「…避けた、だと?」

 

まるで人混みを避けるように簡単に回避された。その動きは澱みがなく清々しいまでの自然体。

こうなることが分かっていたと言わんばかりである。挑発されているのか。それとも。

怪訝な視線を侵入者に向ける頭領はここで浮かべていた笑みを消し、号令を出す。

 

それに呼応して全方位からバリスタが放たれる。

集中砲火をもひらりと躱す幽者の顔面を、ある射手が密かに放ったバリスタの狙撃が捉えた。

堅固な盾すら貫くそれは無謀な戦いを挑んだ愚者の頭蓋を容易く砕き、脳漿を派手に飛び散らせる。

 

はずだった。

 

「なっ!?冗談だろオイ!?」

 

幽者の顔面、なおも健在。

 

たしかに狙撃は直撃した。見間違えるはずもない。

しかし、奴は生きている。ダメージを負ったようにも思えない。

そして何よりも。当たったはずの矢が消えている。人間とさほど変わらない大きさの矢が、影も形もない。

気合い(ライフ)で受けたのだととしても、矢が消えているのは明らかにおかしい。現象の説明が付かない。

これはいったいどういうことかと、頭領は冷や汗を掻く。

そして、猛烈に感じる嫌な予感。

イレギュラーな光景を目にした本能が警鐘を鳴らしている。奴は危険だと。人の形をした絶望(死)だと、本能が告げている。

 

「…撃てぇ!弾切れになるまで撃ち続けるんだぁ!!!」

 

もはやなりふり構ってなどいられない。団員を総動員して、持ちうる限りの火力を集中させる。

魔法も。矢も。砲弾も。全てを使い切ってでも、奴を殺さねばならない。

でなければこちらが死ぬだけだ。見苦しさだとか大人気なさとかはこの際どうでもいい。

これでも多少の死線は越えてきた。それなりの実力はあると自負している。

だが、奴は違う。そんな次元の話ではない。一見有利なこの状況でもなお、心が恐れている。

首元に冷たい刃を突きつけられているような、死が眼前に迫っているような感覚が消えない。

あらゆる攻撃が幽者の佇む広場へ降り注ぎ土煙が舞う。全弾を撃ち尽くしたバリスタが装填作業を急ぐ。

土煙が収まるとそこには、真っ黒な球体が浮かんでいた。

 

「なんだよ…あれ…?」

 

頭領の困惑が団員に伝播する。警戒心と恐怖がごちゃ混ぜになった視線が球体へと向けられる。

 

それは、まるで繭のようでもあった。羽化を待つ蛹のような、不気味な繭だ。

ゆっくりと球体の表面に光が走る。暗黒から夜空に色が変わり、それは目覚めた。

 

夜空をそのまま切り取ったような色をした天使の翼が、幽者の背中から生えている。

燐光が翼から漏れ出しており、それは実に幻想的な姿だった。彼が敵対者でなければ見惚れていた程度に。

音を立てず翼は砕け、冥光が空へと還っていく。同時にもう一発、バリスタが顔面に直撃した。

 

そこで頭領たちは理解する。何故先程ヘッドショットを喰らっても平然としていたのか。その理由が示されていた。

バリスタが直撃した場所には、極小の冥光の板が浮かんでいた。それに接触した弾が跡形もなく消し飛んだのだ。

 

一瞬即発の不穏な空気が漂う中、幽者は近くの地面に刺さっていた大矢を引っこ抜く。

そして、おもむろに頭領を狙い投擲した。

 

「っおぉ!?!」

 

音を置き去りにした狙撃を頭領は辛くも回避する。頬を掠め血が滴ったが、それだけだ。

 

「っぶねえなあおい!」

 

背後の壁に突き刺さった大矢から視線を移し振り返る。するとそこには誰も居なかった。

 

「どこに行きやがっ」

 

もぬけの殻となった広場に目を見開く。驚愕を表す言葉を言い切る前に、頭領の首が刎ねられた。

バリスタの弾を投擲した幽者が、瞬時に頭領の背後を取りそのまま一閃したのだ。

意識の外から放たれた神速の斬撃は、死すらも知覚させずにその命を刈り取った。痛みを知らず逝けるとはなんと幸運なのだろう。

 

「敵将討ち取ったり」

 

ゴロンと床に転がる頭領の生首。力なく倒れる頭領の胴体。

そして、亡骸の傍に立つ淡い光が溢れ出す直剣を持つ侵入者(幽者)。

理解出来るがしたくない光景がそこにはあった。

 

頭領が殺された。眼前の光景がその事実を、残酷なまでに如実に示している。

頭領が殺された。皆が愛してやまないリーダーが、一人の人間に殺された。

到底赦されることではない。死を以って、否。頭領を殺めた罪人には死すらも生温い。

 

「よくもお頭を…!俺たちのお頭を!赦せねえ…!絶対に殺してやる!!!」

 

溢れんばかりの怒りと憎悪が砦を埋め尽くす。盗賊団の皆が頭領の仇討ちを望み、復讐を誓う。

彼らにとって頭領はそれだけ大切な人だったのだろう。随分と慕われていたようである。

 

幽者にとっては心底どうでもいいのだが。彼が何者であろうとも、ターゲットな以上生かすつもりは微塵もなかった。

 

それは他の団員も同じだ。警告はした。その上で抗戦を選んだのなら、殺す他あるまい。

 

「そういうのいいからとっとと来い」

 

復讐に燃え武器を取る盗賊団に、幽者は冷淡に吐き捨てて冥剣を構える。

 

幽者の瞳が赫く、妖しく煌めいた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

仇討ちを叫ぶ戦意に満ちた怒号が悲鳴に変わるまで、さほど時間を要さなかった。

 

魔法とバリスタの弾幕を掻い潜り幽者は冥剣を振るう。草を刈るように命が消えていく。

あらゆる思考とそこから出力される行動が、死という結果へと帰結する。

幽者という厄災を前に盗賊の抵抗は等しく無意味であり、その尊くもない命は無造作に絶たれた。

ここまで来ると、この戦闘は蹂躙を通り越して屠殺でしかない。

抗っても。嘆願しても。その一切は考慮されず、太刀筋に翳りを見せることなく冥剣が無慈悲に振るわれる。

 

首を断ち。心臓を穿ち。胴体を両断し。様々な手段で戮殺する幽者には何の感情もなく、何の感傷もない。

楽しくなければ苦しくもない。嫌でもなければ好きでもない。

幽者からすればそれは、ただ金を稼ぐための手段でしかないのだから。

道端を歩く蟻を踏んで、その死を悼む人などおるまい。幽者にとってこの殺戮はそれと変わらなかった。

 

悍ましい速度で消費される命。断頭台に差し出された頭のように澱みなく断首が行われ、無為に命が消えていく。

剣を取ろうが逃げ出そうが変わらない。ただただ無慈悲に、ただただ平等に、死へと導いた。

 

ある者は武器を捨て跪いた。しかし首を刎ねられる。

ある者は自らの全てを差し出すと言った。しかし首を刎ねられる。

男女問わず。老若問わず。皆、平等に死んでいった。

 

「なんでもするから…!貴方の好きにしていいから…だから殺さないで…!わたしは、まだ、生きていたいの…!!」

 

今まで散々殺戮と略奪を楽しんでおいて何を言うのか。呆れながら首を落とした。

 

「俺たちはまだ子供だぞ!?なんでそんな…平気で殺せるんだよ!?」

 

警告を無視して武器を取った時点で歳や性別など関係ないだろうに。呆れながら首を落とした。

 

戦闘が始まる前に警告はしていたのに。慈悲深く温情を、猶予を与えたというのに。

それを拒み、戦うことを選んだのは貴様たちだと。

ならば、全てが終わった後の処遇は自分に委ねられているのだと。

何度目か知れない溜め息と共に、冥剣を振り下ろした。

 

「や…あ……ぁ………」

 

勝てる見込みのない戦いに勝てると思い込み譲歩を突っぱねておきながら、蹂躙され始めた途端に救命を嘆願するなど。

虫のいい話ではないだろうか。

そんな自分勝手な輩に差し伸べる手などないし、残念ながら今はそんな気分でもない。

気まぐれに期待しても無駄だと、幽者は最後の生き残りの首に剣を添える。

 

「やめ…てぇ……!ころさ…ないでぇ………!!!」

 

身体はガタガタと震え、泣きながら声を絞り出す少女。

端正な顔は恐怖に歪み、色々な液体を垂れ流していてぐちゃぐちゃになっていた。

綺麗な顔が台無しだと思いながら冥剣を振り抜く。ずるりと首が落ち、血が噴水のように噴き出した。

 

冥剣の血を拭い、盗賊団員の死体を片付ける。

砦は後々使うことになるかもしれないので少し離れた森へと死体を一度運送した。

砦内の馬車を拝借したが文句を言われないだろうか。少し心配だ。

手配書に載っていた人物の首は使い捨ての麻袋に突っ込み、残りは適当に光魔法で発破を掛けて作った穴に投げ込んでいく。

 

30人ほどだろうか。死体を埋めひと段落したところで、祈りを捧げておいた。

居もしない神に祈ってもその祈りが届くかは知らないが、無様に死んだ愚鈍な悪党もほんの少しは救われるに違いない。

瞑目する幽者は、最後に始末した少女の顔を思い出す。

勝ち目のない戦いに挑んだ愚行を後悔し、一縷の望みを懸けて命乞いをしていた顔を。

願いが聞き届けられることは無いと理解し、絶望の淵に叩き落とされた表情を。

 

「降ってくれれば殺さないって…警告しただろうが。なのにそんな、悲しそうな顔するなよ」

 

誰に向けてでもない独白を溢す幽者の表情は変わりなく。

木漏れ日の中で幽者は見上げ、呟いた。

 

「まるで、こっちが悪者みたいじゃないか」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

村でシルヴィアを回収した幽者は砦へと帰還する。今回は背負った状態で走ったので、馬車に乗っていた時のように文句は言われなかった。

 

「重くはなかったよね?最近はあまり運動してないからお肉が付いてきてて…」

 

まるで前は運動していたとでも言いたげな物言いに幽者は苦笑する。どうせ運動なんかマトモにしていないだろうに。

そんなことを口に出したら引っ叩かれるのは確定的に明らかなので黙っておこう。

無言だと気まずいので聖女よりは重かったとだけ答えておく。嘘は言っていない。

 

「私がスーパーヘビーで重いだって!?レディに失礼なこと言うじゃないか!!!」

 

そんなこと一言も言っていないが。

少しばかりイラッとした幽者はシルヴィアの頭にチョップを入れておいた。これで頭を冷やしなさい。

 

「いったい!手加減したんだろうけどそれでも割と痛いよリヒトくん!!」

 

くだらない雑談をしながら、砦内部を探索する。保険で結界を再展開したので、侵入者が居ればすぐ分かる。

現状の生存者は砦地下に数名いるだけだ。それ以外の生体反応は無い。

 

頭領の寝室を物色するが、略奪で得たと思われる金品以外にめぼしい物は無い。

売れば金になるので、とりあえず全部貰うことにした。砦を壊滅させたのは自分なので文句を言う人などおるまい。

 

「思いがけない臨時収入だねえ。これだけあれば拠点の設備も…!」

 

拠点の改築はこの旅が終わってからだ。

まだ始まったばかりなのにお家に戻っては、いつまで経っても終わりやしない。人を集めるという目的を達していないのだから尚更だ。

 

「それもそうだね」

 

砦の間取りをメモしながら、シルヴィアは幽者の言に頷いた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

砦内部の探索を進めた幽者一行は、薄暗い地下室へと潜入する。

砦の構造から察するに、ここは地下牢の可能性が非常に高い。生体反応があるのもこの先なので、地下牢なのはほぼ確実だろう。

 

「…うぷ。ちょっとキツい臭いだね…」

 

顔面蒼白なシルヴィアは袖で口元を押さえている。彼女が言う通り、地下牢には腐臭が立ち込めており極めて不愉快だ。

だが、戦場で慣れ親しんだ臭いでもある。幽者はそこまで気に留めず、探索を手を緩めない。

これが修羅場を越えていないシルヴィアとの明確な差とも言えた。

 

地下牢を丹念に調べていくシルヴィアたちは、ついに最奥部へと辿り着く。

年季の入ったぼろぼろの扉には鍵が掛かっており、押しても引いてもびくともしない。

 

「…誰っ!?」

 

中から聞こえてくるのは年若い少女の声。だが、聞き覚えはない。護衛の魔法使い(ネーナ)ではなさそうだ。

頭領は全員処分したと言っていたので、人攫いに遭った不運な少女なのだろう。生きているだけまだ幸運と言えるかもしれない。

 

冥剣で扉を一閃すると、分厚い鉄製の扉は激しい音を立てて倒れる。

光源代わりに手のひらに光球を生成した幽者が部屋の中に入り、続けてシルヴィアも入室する。

 

「…誰?盗賊団の人じゃ…なさそうね…?」

 

「あうー?」

 

「………」

 

「…生きてるのはこれだけか。生存者がいるだけ良しとしよう。うん…」

 

牢屋の中には、無表情で宙に浮く妖精と無垢な表情をした人間の子供。

そして、二人を守るように前に立つ、魔族の少女がいた。

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