メンタルが折れないベルセルク   作:あかんいかん

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第7話 雷を喰らう者

「雷を帯びた食卓」

翌朝。

傭兵団の野営地には、焚き火の煙と肉の焼ける匂いが漂っていた。その火の前に、ユウが座っている。鉄板の上では、昨日の戦いで持ち帰った肉がじゅうじゅうと音を立てていた。ユウは肉をひっくり返し、焼き加減を確かめる。「うん。今日もいい感じ!」そこへ、ザガンがやってきた。「……お前、朝から何をしてやがる」「朝ご飯です!」「見りゃ分かるわ! 昨日も食ってただろうが!」「昨日は昨日、今日は今日ですから!」「そういう問題じゃねえ!」ユウは焼き上がった肉を皿に移すと、ナイフで一口大に切った。

「団長も食べます?」「俺は普通の朝飯でいい」「そうですか。じゃあ、いただきます!」ユウは肉を口に運ぶ。噛みしめると、濃厚な旨味が広がった。「うーん……やっぱり美味いなぁ」「本当に飽きねえな、お前」「飽きませんよ。昨日の肉とは焼き方も違いますし」「肉は同じだろうが!」「調理法が違えば別の料理です!」ユウは得意げに笑った。ただ、右腕にはまだ戦いの後遺症が残っていた。指先に力を入れると、わずかに痺れる。強く握り込もうとすれば、筋肉が引きつるような感覚もあった。ザガンはその様子を見逃さなかった。「腕はどうだ」「昨日よりはいいですよ」

「痺れは?」「少しありますね。握力もまだ完全には戻ってません」「なら、肉を食ってる場合じゃねえ。休め」「休んでますよ。食べながら!」「それは休んでるとは言わねえ!」ユウは笑いながら、もう一切れ肉を口に入れた。「まあ、焦らずいきます。せっかく生き残ったんですからね」その言葉には、いつもの軽さとは違う実感があった。昨日の戦いは、少し間違えれば命を落としていた。それでも、ユウは生きている。そして、目の前にはまだ食べたことのない肉が残っている。「よし。今日も食べるぞ!」「ほどほどにしろよ!」「はい!」返事だけは立派だった。2.雷の肉それから数日。ユウは毎日、残った肉を食べ続けた。ただ焼くだけではない。煮込み、燻製、塩漬け、香草焼き。脂の多い部分は保存食に加工し、筋の多い部分は長時間煮込んで柔らかくした。肉の量は膨大だった。尾から取れた肉は、およそ二百キロ。

普通の人間が一度に食べきれる量ではない。だが、ユウはそれを一日で食べようとはしなかった。他の食事も取りながら、少しずつ消費していく。一日あたり平均すれば、六キロから七キロほど。それでも十分に異常な量だった。「おい、ユウ。今日は何キロ食った?」ザガンが尋ねる。「朝に二キロ、昼に二キロ、夕方に一キロ半くらいですかね」「五キロ半じゃねえか!」「まだ夜があります!」「夜は普通に寝ろ!」「寝る前の軽食は大事ですよ」「お前の軽食は普通の人間の一日分だ!」

周囲の傭兵たちは、もはや呆れることにも慣れていた。「また食ってるぞ、あいつ」「よく腹を壊さねえな」「いや、あれだけ食ってるんだ。腹が壊れる前に肉の方がなくなるんじゃねえか?」「どっちにしても化け物だな……」ユウは聞こえているのかいないのか、楽しそうに肉を頬張っていた。しかし、変化は食欲だけではなかった。最初の頃、ユウは肉を食べた後も、指先の痺れや筋肉の引きつりに悩まされていた。ところが、日が経つにつれて、その症状は少しずつ軽くなっていった。ある日、ユウは鍛錬場で木剣を握っていた。

「……よし」木剣を握り込み、何度か素振りをする。以前なら、強く握るだけで右腕に痺れが走っていた。今は違う。まだ完全ではないが、以前よりも力が入る。ユウは何度か拳を開閉した。「おお。だいぶ戻ってきたな」「腕の調子がいいのか?」ザガンが近づいてくる。「はい。痺れも減りましたし、握力も戻ってきています」「だからといって無理はするなよ」「分かってます」ユウは木剣を構え直した。

「それに、もう一つ気づいたことがあります」「何だ?」「電気への反応が変わってきてるんです」ユウは片手を軽く握り、指を開く。「前は少し電気を受けただけでも、腕が動かなくなることがありました。でも今は、同じ程度の刺激なら、前ほど筋肉が固まらない」「肉を食い続けたおかげか?」「たぶん。身体が少しずつ慣れてきてるんだと思います」「雷を食って雷に強くなる、か」「いいじゃないですか。分かりやすくて」「食い物の話みたいに言うな」ユウはにやりと笑った。「実際、食い物の話ですよ」

3.一か月の食卓日々は過ぎていった。ユウは肉を食べ続けた。最初は焼き肉が中心だったが、途中から料理の幅が広がっていく。肉の繊維をほぐした煮込み料理。塩と香草で味付けした燻製肉。脂を落として乾燥させた保存食。骨の周りについた肉は、時間をかけて煮込む。ユウは部位ごとに調理法を変え、最後まで無駄なく食べようとしていた。「この部分は煮込みがいいな。こっちは焼いた方が旨味が出る」「お前、肉のことになると本当に真剣だな」「料理人ですから!」

「本業は傭兵だろうが」「いえ、芸人です。料理人と傭兵は副業です」「まだ言ってやがる……」ユウは相変わらずだった。だが、身体には確かな変化が現れていた。右腕の痺れはほとんど消え、強く握り込んでも筋肉が引きつることは少なくなった。電気への耐性も以前より高くなっている。ただし、強い電撃を受ければ、今でも筋肉は硬直する。長時間、繰り返し電気を受ければ、身体に負担が蓄積する。完全に雷を克服したわけではない。それでも、以前とは明らかに違っていた。ある日、ユウは金属製の器具に触れた。小さな静電気が指先を走る。

「おっ」ユウは指を見つめた。「……ほとんど気にならないな」近くにいたザガンが眉をひそめる。「何をしてる?」「電気への反応を確認してました」「わざわざ自分から感電しようとするな!」「いやいや、これは大事な実験ですよ」「実験なら俺の見てねえところでやれ!」「団長、心配性ですねぇ」「誰のせいだと思ってやがる!」ユウは笑った。その笑顔は、戦いの中で恐怖を押し殺すためのものだけではない。今は本当に楽しそうだった。

そして、約一か月。尾から取れた肉は、ついにすべてユウの胃袋へと消えていった。最後の一切れを食べ終えたユウは、満足そうに腹をさすった。「ごちそうさまでした!」「……本当に全部食いやがった」ザガンは呆れたように呟く。「二百キロだぞ」「美味しかったですよ」「感想がそれだけか!」「いえ、もう一つあります」ユウは拳を握る。「身体が変わりました」右手を開き、閉じる。以前のような痺れはない。

力も戻っている。そして、電気への耐性も確実に上がっていた。「まだ雷を完全に防げるわけじゃありません。でも、前よりは戦いやすくなったと思います」「そうか」ザガンは短く答えた。「だが、次にあの化け物と戦うつもりなら、今度こそ無茶はするな」「もちろんです!」「本当か?」「はい! 次はもっと上手く戦います!」「そういう意味じゃねえ!」4.残された素材肉を食べ終えた後、ユウは残していた素材をまとめた。

尾の外側を覆っていた硬い殻。内部にあった骨。鋭い爪。そして、皮膚や毛にあたる部分。肉は食べ尽くしたが、素材はまだ残っている。ユウはそれらを眺めながら、何かを考えていた。「団長」「何だ?」「これ、武器か防具に使えませんかね?」「使えるかもしれんが、俺たちだけじゃ判断できねえ。鍛冶屋に見せてみろ」「そうしましょう!」二人は素材を持って、傭兵団と付き合いのある鍛冶屋を訪ねた。鍛冶屋は素材を見るなり、目を見開いた。「……こいつは」

「何か分かりますか?」「お前ら、これをどこで手に入れた?」「森で戦った大きな獣の尾です」「尾だと?」鍛冶屋は殻を手に取り、表面を確かめる。続いて骨を持ち上げ、爪の形状を確認した。「こいつは相当な代物だぞ。殻は硬い。骨も頑丈で、爪は刃物のように鋭い。普通の獣の素材じゃねえ」「やっぱり強い魔物だったんですね」「強いなんてもんじゃねえ。雷を操る大型の牙竜種……ジンオウガだ」「ジンオウガ?」ユウが首を傾げた。「名前があるんですね」「知らずに戦ったのか?」

「はい。見たこともありませんでした」鍛冶屋は呆れたようにユウを見る。「こいつは並の傭兵が一人で相手にできるような魔物じゃない。雷をまとい、強靭な身体と爪で獲物を圧倒する。討伐するだけでも大仕事だ」「なるほど」「それを一人で相手にして、尾まで切り落として生きて帰ったのか?」「まあ、なんとか」「なんとか、で済ませる話じゃねえぞ」鍛冶屋は素材を置いた。「よく生きて帰ったな」ユウは少しだけ笑った。「運もありましたよ」

ザガンが横から口を挟む。「運だけじゃねえ。こいつは自分で考えて戦っていた。だが、次も同じようにいくとは限らん」「団長、褒めてくれてるんですか?」「調子に乗るな!」鍛冶屋は再び素材に目を落とした。「これだけの素材があれば、武具に加工できる。だが、尾から取れた分だけだ。全身を覆う鎧を作れるほどの量はねえな」「鎧は必要ありません」ユウは即答した。「手甲を作ってほしいんです」「手甲?」「はい。拳と指を守るものです」ユウは自分の両手を見せた。

「できれば、殻を外側に使って、骨で補強して、爪を拳や指の部分に組み込んでほしいです。内側は毛皮か皮を使って、手に馴染むようにしてください」鍛冶屋は腕を組んだ。「なるほどな。防具でありながら、拳の武器にもするわけか」「そうです!」「殻の硬さを活かして、骨で強度を補い、爪で攻撃力を持たせる……。面白い構造にはなりそうだ」「それに、できれば電気も扱えるようにしたいんです」「電気を?」ユウは頷いた。「この魔物は雷を操っていました。俺も少しだけ電気に強くなったみたいなので、手甲にその性質を活かせないかと思って」鍛冶屋は素材を見直した。「簡単じゃねえぞ。素材の性質を壊さずに加工する必要がある。そもそも、どうやって電気を扱うかも研究しなきゃならん」「時間はかかりますか?」「かかる。試作も必要だ。すぐには完成しねえ」「分かりました。お願いします!」鍛冶屋は大きく息を吐いた。「分かった。まずは素材を調べて、構造を考えてみる」「ありがとうございます!」「ただし、加工費は安くねえぞ」

「……そこは相談で」「お前、急に現実的になるな」ザガンが笑った。「当たり前ですよ。お金は大事ですから!」5.次の獲物鍛冶屋を出た後、ユウは森の方角を眺めていた。一か月前、ジンオウガと戦った場所。あの魔物は死んでいない。尾を失い、傷を負ったものの、森の奥へと姿を消していった。おそらく、今もどこかで傷を癒やしているのだろう。ユウは拳を握った。「……また会いたいな」

「何だと?」ザガンが聞き返す。「ジンオウガですよ。次はもっとちゃんと戦いたいです」「お前は本当に懲りねえな」「それに、まだ食べてない部分があります」「……肉か?」「はい。本体の肉です」「尾だけで二百キロ食っただろうが!」「でも、胴体や脚は食べてませんから」「食うことしか考えてねえのか!」ユウは笑いながら、両手を広げた。「いやいや、戦いも楽しみですよ!」「お前の場合、どっちが本命か分からねえんだよ!」

「もちろん、両方です!」ザガンは額に手を当てた。「いいか。次に遭遇しても、すぐに戦おうとするな。お前の身体が回復したからといって、あの魔物が弱くなったわけじゃねえ」「分かってます」「それに、今度は俺たちも準備を整える。お前一人で全部背負う必要はねえ」ユウは少しだけ目を丸くした。それから、いつもの笑顔を浮かべる。「はい。次は団長も一緒に行きましょう」「俺まで食われる気はねえぞ」「大丈夫です。団長は食べません」「そういう問題じゃねえ!」ユウは腹を抱えて笑った。

「カカカカ! まったく、お前といると退屈しねえな!」ザガンも豪快に笑う。その時、ユウは自分の右手を見つめた。一か月前、あの雷を受けた腕は、ほとんど動かなくなっていた。今は違う。痺れは薄れ、握力も戻り、電気への耐性も少しずつ身についている。だが、まだ完成ではない。もっと強くなれる。もっと上手く戦える。そして、まだ食べたことのないものが、この世界にはいくらでもある。ユウは拳を握りしめた。「よーし!」

「何だ、急に」「次はもっと強くなります!」「まずは身体を大事にしろ!」「はい!」少し間を置いて、ユウは付け加えた。「それと、次のジンオウガ料理も考えておきます!」「料理の話はもういい!!」森の向こうでは、風が木々を揺らしていた。その奥深くで、傷ついた雷の獣は静かに息を潜めている。ユウはまだ知らない。次にその獣と相まみえる時、今度は尾だけでは済まない戦いになることを。そして、雷を喰らった少年の手には、やがて雷を宿す武具が与えられることになる。

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