1.鍛冶屋からの知らせジンオウガの尾肉を食べ終えてから、数日が経った。傭兵団の野営地では、いつもと変わらない日常が続いていた。ユウは朝から鍛錬をしている。右腕の痺れはほとんど消え、握力も以前の状態に近づいていた。「ふんっ!」木剣を振り下ろす。続けて横薙ぎ、返す刀で斬り上げる。以前よりも動きに力が戻っていた。「よし。だいぶ調子が戻ったな」ユウが満足そうに頷いたところで、傭兵の一人が声をかけてきた。「ユウ、鍛冶屋から使いが来てるぞ」「鍛冶屋?」「例の手甲の件らしい」その言葉を聞いた瞬間、ユウの顔が明るくなった。「おおっ! ついにできたんですか!」「試作品ができたってよ」「行ってきます!」
ユウは木剣を置くと、勢いよく走り出した。「おい! 走るな! まだ訓練の途中だろうが!」ザガンの声が背後から飛んでくる。「手甲の方が大事です!」「お前の鍛錬も大事だ!」「それもそうですね!」そう言いながら、ユウは走る速度を落とさなかった。「聞いてねえな、あいつ……」ザガンはため息をつき、後を追った。2.ジンオウガの手甲鍛冶屋に到着すると、作業台の上に二つの手甲が置かれていた。青白い装甲。鋭い爪を思わせる拳の部分。表面にはジンオウガの殻が使われ、内部には骨を加工した補強材が組み込まれている。内側には毛皮が張られ、手首から指先までしっかりと固定できる構造になっていた。ユウは目を輝かせる。「おおおおっ!!」手甲を手に取る。「格好いいじゃないですか!」「そうだろう。素材の形をできるだけ残して仕上げた」鍛冶屋は説明を始めた。「外側には尾の殻を使った。硬さを活かして、拳や腕を守れるようにしてある。骨は内部の補強材だ。爪は拳と指先に配置して、打撃にも使えるようにした」「なるほど!」「内側は毛皮と皮を使っている。直接骨や殻が手に当たらないようにした。動きやすさも考えてある」ユウは手甲を裏返したり、指を通す部分を確認したりしている。「これだけのものを作ってもらえるとは……ありがとうございます!」「まだ完成とは言い切れん」鍛冶屋は手甲の一部を指で叩いた。「こいつは雷を操る魔物の素材だ。素材そのものに電気を帯びる性質がある。だが、どうすれば安定して扱えるかは、まだ分からん」「電気が流れるんですか?」「試験はした。だが、どれだけの出力が出るか、装着者にどれだけ影響があるかは、お前自身で確かめる必要がある」ユウは手甲を両手に持った。「つまり、使ってみればいいんですね!」「そういうことだ」
「分かりました!」ザガンが横から口を挟む。「おい。いきなり無茶をするんじゃねえぞ」「大丈夫ですよ、団長!」「その言葉が一番信用できねえんだよ」3.初めての放電ユウは手甲を装着した。手首を締め、指を動かす。拳を握る。開く。腕を曲げる。それから、軽く拳を突き出した。「うん。いい感じです」鍛冶屋が頷く。
「動きに問題はなさそうだな」「では、電気を出してみます!」「待て。最初は弱く試せ」「はい!」ユウは右手に意識を集中させた。手甲の表面に青白い光が走る。バチッ。小さな音とともに、指先に火花が散った。「おおっ!」ユウの目が輝く。「光った!」「騒ぐな。まだ始まったばかりだ」鍛冶屋が注意する。ユウはさらに力を込めた。
バチバチッ!先ほどより強い電気が拳を包む。「おおおっ! すごい!」その瞬間だった。「うおおおおっ!?」ユウの右腕が大きく震えた。指が勝手に動き、手首が硬直する。「おい! 止めろ!」鍛冶屋が叫ぶ。ユウは慌てて力を抜いた。電気が消える。「……痛ってぇぇ!」ユウは右手を振った。
「何だ今の! 腕が勝手に動きましたよ!」ザガンが額に手を当てる。「だから弱く試せと言われただろうが!」「いやぁ、思ったより強く出ちゃいました」「思ったより、じゃねえ!」鍛冶屋はユウの手首を確認する。「大きな怪我はなさそうだが、筋肉が一時的に強く収縮したんだろう。電気の出力を上げすぎたな」ユウは右手を握ったり開いたりした。「なるほど……」ザガンが腕を組む。「お前はジンオウガの肉を食って雷に強くなったんじゃなかったのか?」「強くなりましたよ。前ならもっとひどかったと思います」
「それでこれか!」「耐性があるのと、電気を自在に扱えるのは別なんでしょうね」鍛冶屋が頷いた。「その通りだ。お前の身体が電気に強くなっていても、筋肉や神経に影響が出ないわけじゃない」ユウは手甲を見つめた。「これは面白くなってきましたね」「どこがだ!」「使いこなせたら、かなり強くなりそうです!」ザガンは深いため息をついた。4.雷を制御するそれからユウは、手甲の扱いを練習することにした。鍛冶屋の許可を得て、作業場の裏にある訓練スペースを借りる。最初に試したのは、ごく弱い放電だった。「まずは、電気を出す量を抑える……」ユウは拳を握る。青白い火花が指先に走った。バチッ。「おっ。今度は大丈夫だ」
一度、力を抜く。もう一度、弱い電気を出す。バチッ。今度も腕は震えない。「よし!」ザガンは少し離れた場所で見ていた。「最初からそうやって使えばいいんだ」「でも、これじゃ攻撃には弱いですね」「まずは制御だ」「分かってますって」次に、ユウは木製の訓練用の丸太を相手にした。拳を構える。軽く踏み込み、拳を打ち込む。ドンッ!丸太が大きく揺れた。
その瞬間、拳から電気が走る。バチバチッ!「おおっ!」ユウは拳を引いた。丸太の表面に焦げ跡が残っている。「成功ですね!」「まだ弱いが、打撃と同時に放電できている」鍛冶屋が評価する。ユウは嬉しそうに拳を眺めた。「これはいい!」だが、調子に乗って連続で拳を打ち込むと、すぐに問題が出た。一発目。ドンッ!二発目。
ドンッ!三発目。バチバチッ!四発目を打とうとしたところで、右腕がわずかに震えた。「おっと……」拳を止める。指先に痺れが残っていた。ザガンが近づく。「連続で使うと負担が大きいようだな」「そうですね。電気を出すたびに少しずつ痺れが残ります」「無理に続けるな。動かせなくなったら意味がねえ」「分かってます」ユウは拳を開閉しながら考えた。
「一気に強い電気を出すより、必要な瞬間だけ出す方がいいかもしれません」鍛冶屋が頷いた。「それなら、無駄な負担を減らせるだろう」「よし。もう一度試します!」ユウは丸太の前に立った。今度は、拳を打ち込む瞬間だけ放電する。ドンッ!バチッ!先ほどよりも短く、鋭い電撃が走った。「おおっ!」ユウは拳を引き、手甲を眺める。「これなら使えそうです!」ザガンも頷いた。
「団長、今の見ました?」「見てたよ」「格好よかったでしょう?」「自分で言うな!」5.シャイニングフィンガーさらに数日間、ユウは訓練を続けた。電気を出すタイミング。放電の強さ。拳を打ち込む角度。手甲を使った防御。少しずつ、扱い方が分かってきた。
そしてある日。ユウは丸太の前に立ち、右手を構えた。「団長、見ていてください」「今度は何だ?」「新しい技です!」「また変な名前をつけるんじゃねえだろうな」ユウはにやりと笑った。「シャイニングフィンガー!!」右手が青白い電気に包まれる。一歩踏み込み、拳を丸太に叩き込む。ドォンッ!!拳が当たった瞬間、電撃が走った。丸太が大きく揺れ、表面に焦げ跡が広がる。ユウは拳を引き、決めポーズを取った。「どうですか!」
ザガンはしばらく黙っていた。「……技の名前はともかく、威力はあるな」「名前も重要ですよ!」「そこにこだわるな!」ユウは得意げに笑う。「いやあ、俺のシャイニングフィンガー、格好いいなぁ」「自分で言うな!」「団長も使ってみます?」「俺にそんなもんが扱えるか!」「気合いで何とかなりますよ!」「ならねえよ!」ユウは笑いながら、手甲を眺めた。ただし、まだ課題は残っている。連続で使えば腕が痺れる。
強い電撃を出せば、筋肉が硬直する危険もある。そして、電気を出すことに集中しすぎれば、相手への対応が遅れる。この技を実戦で使いこなすには、まだ鍛錬が必要だった。6.次の可能性訓練を終えたユウは、鍛冶屋に手甲を見せていた。「拳での放電は、だいぶ安定してきたな」「はい。これなら戦いでも使えそうです」「ただし、強い出力を長時間維持するのは難しい。使う場面を選ぶ必要がある」「分かりました」ユウは手甲を外し、今度は傍らに置いていた大剣を手に取った。大きな刃を眺める。
「……これにも電気を流せるんでしょうか?」鍛冶屋は少し考えた。「理屈の上では可能かもしれん。だが、拳で使うのとは違う。剣全体に電気を通すとなれば、別の工夫が必要だろう」「なるほど」ユウは大剣を構えた。「剣に雷をまとわせて斬る……。いいですね!」ザガンがすぐに口を挟む。「今は手甲の扱いを覚えろ!」「分かってますって!」「その顔は分かってねえ!」ユウは笑った。「でも、できることが増えるのは楽しいですね」ザガンはユウの手甲を見た。ジンオウガとの戦いで、ユウは命を落としかけた。
それでも生き残り、肉を食べ、素材を加工し、自分の力に変えようとしている。その姿は、ただの無鉄砲な少年とは違っていた。「……まあ、少しずつ強くなっていけばいい」ザガンがそう言うと、ユウは振り返った。「はい!」「だが、無理だけはするな」「もちろんです!」「本当だろうな?」「はい! 成功するまでやれば失敗じゃありませんから!」「その言葉を、無茶をする言い訳に使うんじゃねえぞ!」「ははは!」
7.森の奥の雷その日の夕方。ユウは野営地の外れから、森の方角を眺めていた。一か月以上前に戦った場所。ジンオウガが姿を消した森だ。「……まだいるのかな」ユウは右手を握った。手甲の表面に、かすかな青白い光が走る。あの時は、電撃を受けるたびに身体が痺れ、思うように動けなくなった。今は違う。身体は少しずつ雷に適応し、手甲によって自分から電撃を放つこともできるようになった。しかし、ジンオウガとの実力差が埋まったとは限らない。あの獣は今も生きている。傷を癒やし、森のどこかで力を蓄えているはずだ。「次に会ったら、今度はもっといい勝負ができそうだな」背後からザガンの声が聞こえた。「また戦うつもりか?」「もちろんです」「今度は俺たちも準備してからだ。お前一人で突っ込むんじゃねえぞ」「分かってますよ」ユウは笑顔で答えた。「それに、今度は手甲がありますから!」「それで勝てると思うなよ」「勝てるかどうかは、戦ってみないと分かりません!」「まったく……」
ザガンは呆れたように笑った。ユウはもう一度、森を見つめる。「ジンオウガ……次は全部食ってやる!」拳を握る。青白い火花が散った。雷を喰らった少年は、今度は自らの拳に雷を宿した。だが、その力はまだ始まったばかりだった。森の奥では、傷ついた雷の獣が静かに息を潜めている。次に両者が出会う時、戦いは新たな段階へと進むことになる。