仮面ライダーオルビス ――三重螺旋の宿命―― 作:間士兎
夜。
三輪和真は、自宅の洗面所でシャツを脱いでいた。
鏡に映る身体には、いくつかの痣が残っている。
アンノウンに攻撃された際の傷だ。
「……思ったより酷いな」
脇腹に手を当てる。
痛みはあるものの、骨に異常はなさそうだった。呼吸にも問題はない。
それどころか、傷の周囲はすでに回復を始めているようだった。
普通なら数日は残りそうな痛みが、時間とともに薄れている。
これも、あの事故以来続いている身体の異常の一つだった。
「治るからいい、って話でもないんだけどな」
和真はため息をついた。
怪我をしても回復する。
力も速度も、人間の限界を超えている。
それなのに、アンノウンを前にすると何もできない。
自分が手に入れた力は、誰かを守るためのものではなかったのだろうか。
◇
翌日。
和真は仕事を終えると、帰宅途中にスポーツ用品店へ立ち寄った。
店内を見回し、トレーニング用のグローブと簡単な運動器具を購入する。
これまで使っていた道具では、今の身体に合わなくなっていた。
もちろん、普通の筋力トレーニングを続けたところで、アンノウンに勝てるとは思っていない。
それでも、身体の動かし方を理解することには意味がある。
力が強いだけでは戦えない。
相手の動きを見極め、適切なタイミングで動き、必要な力だけを使う。
それは、以前の人生で見てきた仮面ライダーたちにも共通することだった。
「力に振り回されていたら、守れるものも守れない」
自分に言い聞かせるように呟いた。
◇
その日の夜。
和真は自宅で、購入したグローブを手にはめていた。
まずは軽いシャドーボクシングから始める。
拳を突き出す。
身体をひねる。
足を動かす。
最初はぎこちなかった動きも、何度か繰り返すうちに滑らかになっていく。
しかし、問題は力加減だった。
軽く打ったつもりでも、空気を切る音が大きい。
少し強く踏み込むだけで、床に衝撃が伝わる。
「これじゃ、まともに練習もできないな……」
和真は動きを止めた。
人間の身体を前提としたトレーニングでは、今の自分の力を正確に把握できない。
それでも、繰り返すことで少しずつ感覚は掴めるはずだ。
焦る必要はない。
そう考え直し、再び構えを取った。
◇
練習を終えた和真は、机の上にノートを広げた。
これまでの記録を読み返す。
身体能力の向上。
異常な回復力。
感覚の鋭敏化。
そして、右腕に現れた生体組織。
その最後の項目に目を留める。
「ギルス……」
名前を口にすると、あの夜の感覚が蘇る。
腕が人間のものではなくなった瞬間。
自分の意思とは関係なく、身体の奥から何かが溢れ出した。
あの力を再び使えれば、アンノウンに対抗できるかもしれない。
だが、無理に引き出そうとすれば、何が起きるか分からない。
それは自分自身にも危険なことだった。
和真は腰に手を当てる。
そこには何もない。
しかし、身体の内側には確かにプロトアークルが存在している。
「お前の力も、まだ分からないことばかりだな」
静かな部屋に、独り言だけが響いた。
◇
数日後。
和真は仕事帰りに、駅前の掲示板に貼られたニュース記事の切り抜きを見つけた。
アンノウンによる事件についての報道だった。
警察が対策を進めていること。
特殊な装備の開発が検討されていること。
具体的な内容は伏せられていたが、世間がこの異常事態に対応しようとしているのは間違いない。
「警察も動いているんだな……」
和真は記事を眺めながら考えた。
自分が知らないところでも、事態は進んでいる。
いずれ警察がアンノウンに対抗する手段を手に入れるかもしれない。
それなら、自分が無理をする必要はないのではないか。
そんな考えが一瞬だけ頭をよぎる。
だが、すぐに打ち消した。
警察が現場に到着するまでの間に、誰かが襲われることだってある。
その場に自分が居合わせたなら、何もしないという選択はできない。
「……せめて、逃げる時間くらいは稼げるようにならないとな」
和真は掲示板から目を離し、帰路についた。
まだ、自分の力は制御できない。
アンノウンを倒すこともできない。
それでも、少しずつ前に進むしかなかった。
身体の奥に眠る三つの力。
それらが一つの存在として目覚める日は、まだ遠い。
だが、和真自身も知らないところで、その日は少しずつ近づいていた。