仮面ライダーオルビス ――三重螺旋の宿命―― 作:間士兎
あかつき号の事件から半年。
三輪和真の日常は、表面上は以前と変わらなかった。
朝起きて仕事に向かい、帰宅すれば食事をして眠る。休日には買い物や散歩を楽しむ。ごく普通の二十三歳の生活だ。
ただし、一つだけ大きく変わったことがある。
「……またか」
和真は、買い物袋を片手で持ち上げながら呟いた。
中には飲み物や食料品が入っている。決して軽くはないはずだが、和真にはほとんど重さを感じられなかった。
最近はこうしたことが珍しくない。
以前なら苦労していた重い荷物も簡単に持ち上げられる。少し転んだ程度では怪我一つしないし、小さな傷なら一晩で消えてしまう。
視力や聴力も以前より鋭くなった。
自分の身体に何かが起きていることは、疑いようがなかった。
「やっぱり、あれの影響なのか……」
和真は腰に手を当てる。
そこには何もない。
しかし、半年前に長野の闇の棺で手に入れたプロトアークルは、今も確かに自分の身体の内側に存在している。
意識を集中すれば、その存在を感じ取ることができた。
前世の記憶にある仮面ライダークウガ。
そして、古代の力を宿したアークル。
自分の身体に起きている変化は、それに関係しているのではないか。
そう考えるのが自然だった。
「クウガみたいに変身できるようになる……なんてこともあるのかな」
冗談めかして呟くものの、表情は晴れない。
自分の身体がどうなっていくのか分からないという不安は、半年経った今も消えていなかった。
それでも、今のところ日常生活に大きな支障はない。
和真はそれ以上考えるのをやめ、帰宅するために歩き出した。
*
その日の夜。
仕事を終えた和真が帰路についていると、路地の奥から悲鳴が聞こえた。
「誰か! 助けてくれ!」
「……!」
和真は足を止めた。
声のした方向へ目を向ける。
そこには、一人の男性と、奇妙な姿をした怪物がいた。
灰色の身体。人間とは明らかに異なる頭部。そして、こちらを見据える不気味な目。
和真は、その姿を知っていた。
「アンノウン……!」
思わず声が漏れる。
前世の記憶にある、仮面ライダーアギトに登場する怪人。
人間を襲う超越生命体。
間違いない。
この世界には、本当にアンノウンが存在している。
「逃げろ!」
和真は男性に向かって叫んだ。
男性がこちらを振り返る。
その瞬間、怪物の視線が和真へと向いた。
次の瞬間、アンノウンが跳びかかってくる。
「くっ!」
咄嗟に腕を掲げた。
激しい衝撃が全身を襲う。
普通の人間なら、そのまま吹き飛ばされていただろう。しかし、和真は数歩後退しただけで踏みとどまっていた。
「なんて力だ……!」
自分でも驚くほどの身体能力だった。
アンノウンが再び襲いかかる。
和真は身を捻って攻撃をかわし、反射的に蹴りを放った。
怪物の身体が大きくよろめく。
その隙に、襲われていた男性が路地の外へ逃げ出した。
ひとまず、助けることはできた。
だが、アンノウンはまだ倒れていない。
怪物がこちらへ向き直る。
和真は身構えた。
そのときだった。
「……っ!?」
右腕に異様な感覚が走る。
皮膚の下で何かが蠢いている。
腕を覆うように緑色の組織が広がり、手の甲から鋭い突起が伸びていく。
「なんだ、これは……!」
自分の腕が、人間のものではなくなっていた。
驚きに気を取られた一瞬、アンノウンが襲いかかってくる。
和真は反射的に腕を振るった。
鋭い突起が怪物の身体をかすめる。
さらに踏み込んだ脚が、アンノウンの胴体を捉えた。
怪物は壁に叩きつけられ、そのまま動きを止めた。
「はぁ……はぁ……」
和真は自分の右腕を見つめた。
先ほどまで異形化していた腕は、少しずつ元の人間の姿へ戻っていく。
何が起きたのか、理解できなかった。
ただ一つ分かるのは、あの力がプロトアークルによるものとは思えなかったことだ。
もっと生々しく、もっと本能的な何か。
和真の身体そのものが変化していた。
「まさか……」
脳裏に、ある名前が浮かぶ。
仮面ライダーギルス。
アギトと同じく人間の進化に関係する存在でありながら、その力はより生物的で、危険なものとして描かれていた。
「俺が……ギルスだっていうのか?」
答えはない。
遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
和真は周囲を見回す。
ここに長居するわけにはいかない。
目撃者がいるかもしれない。警察に事情を聞かれれば、説明できないことばかりだ。
和真はその場を離れた。
*
人気のない公園まで移動した和真は、ベンチに腰を下ろした。
右腕はすっかり元に戻っている。
しかし、先ほどの感覚は鮮明に残っていた。
「クウガの力だけじゃない……のか」
自分の身体に宿っているもの。
プロトアークル。
そして、ギルスを思わせる異形の力。
さらに、あかつき号の事件で何かが起きたことも覚えている。
偶然にしては、あまりにも多すぎる。
「一体、俺の身体はどうなっているんだ……」
和真は胸元に手を当てた。
身体の内側にあるプロトアークルが、かすかに反応したような気がした。
しかし、それ以上の変化はない。
今の自分には、まだ分からないことばかりだ。
それでも、あの場で逃げることはできなかった。
目の前で誰かが襲われているのを見て、助けたいと思った。
それだけは間違いない。
「……次は、もう少し上手くやらないとな」
和真は立ち上がった。
自分の力を理解すること。
そして、必要なときに誰かを守れるようになること。
それが、今の彼にできることだった。
夜の街に、いつもと変わらない風が吹く。
その胸の内側では、三つの異なる力が、まだ互いの存在を知らぬまま静かに眠っていた。