仮面ライダーオルビス ――三重螺旋の宿命―― 作:間士兎
朝の通勤電車は、いつも通り混雑していた。
三輪和真はつり革につかまりながら、窓の外を眺めていた。
あの夜から一週間近くが経過している。
身体の異常については、まだ何も分かっていない。ギルスと思われる力も、あれ以来一度も発現していなかった。
それでも、日常は待ってくれない。
「三輪、おはよう」
「ああ、おはよう」
職場に着くと、同僚の声が飛んできた。
「最近ちょっと疲れてないか? 大丈夫かよ」
「そう見える?」
「まあな。何か悩み事でもあるのか?」
「ちょっと寝不足なだけだよ」
和真は苦笑して答えた。
嘘ではない。夜になると、どうしても自分の身体のことを考えてしまい、眠りが浅くなっていた。
「無理するなよ。体調悪いなら休めよ」
「ありがとう。気を付けるよ」
同僚はそれ以上追及せず、自分の仕事へ戻っていった。
こうした何気ない会話が、今の和真にはありがたかった。
自分の身体に何が起きているのか、誰にも話せない。
だからこそ、何も知らない人たちと普通に接する時間を大切にしたかった。
*
昼休み。
食堂のテレビから、ニュースの音声が流れてきた。
『警察は、都内で発生した複数の不審事件について、関連性を調べています。現場では人間とは思えない姿をした存在が目撃されたとの証言もあり――』
和真の箸が止まった。
画面には、規制線が張られた路地の映像が映っている。
場所は違うが、あの夜の現場とよく似ていた。
「また物騒な事件だな」
向かいに座っていた同僚がテレビを見ながら言った。
「人間じゃないって、何なんだろうな。目撃者の見間違いじゃないのか?」
「さあ……どうだろうね」
和真は曖昧に返した。
アンノウンの存在が世間に知られ始めている。
しかし、警察も正体を公表しているわけではない。一般人にとっては、正体不明の怪事件でしかないのだろう。
『警察は、事件の詳細については捜査中としており、引き続き情報提供を呼びかけています』
テレビの画面が別のニュースに切り替わる。
和真は箸を動かし始めたが、頭の中では先ほどの映像が繰り返されていた。
あの怪物は、まだ人間を襲っている。
自分が助けた男性以外にも、被害者がいるかもしれない。
そして、自分にはそれを止める力があるのかもしれない。
ただし、その力を使えばどうなるのかは分からない。
正体を知られる危険もある。
「……難しいな」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何でもない」
*
その日の帰宅後。
和真は部屋の机に向かい、ノートを開いた。
これまでに分かったことを整理する。
身体能力の向上。異常な回復力。鋭くなった感覚。そして、危機的状況で発現した腕の異形化。
それらを見つめながら、和真はペンを走らせた。
――自分の身体に起きていることを、誰にも知られずに調べる。
――力を使うときは、周囲に人がいないか確認する。
――ただし、目の前で誰かが襲われていたら見捨てない。
最後の一文を書いたところで、和真の手が止まった。
「結局、そうなるんだよな」
自分でも分かっていた。
危険だからといって、誰かを見捨てられる性格ではない。
前世の知識があるからこそ、アンノウンがどれほど危険な存在なのかも理解している。
それでも、あの場にいた人間を助けたいと思った。
和真はノートを閉じ、椅子の背もたれに身体を預けた。
胸の奥に意識を向ける。
そこには、今もプロトアークルが存在している。
何も語らず、何も示さず、ただ静かに眠っている。
「いつか、お前の力も使えるようになるのかな」
返事はない。
窓の外では、街の明かりが瞬いていた。
何も知らない人々が、いつも通りの夜を過ごしている。
和真はその光景を見つめながら、静かに目を閉じた。
守りたいものは、すぐ近くにある。
だからこそ、彼はまだ自分の力を手放すことができなかった。