仮面ライダーオルビス ――三重螺旋の宿命―― 作:間士兎
休日の朝。
三輪和真は、部屋の片隅に置かれた段ボール箱を眺めていた。
中身は、以前から使っていたトレーニング用品だった。
「まさか、またこれを使うことになるとはな」
学生時代に使っていたダンベルやトレーニングチューブ。特別な目的があったわけではないが、身体を動かす習慣は昔からあった。
ただ、今は事情が違う。
自分の身体がどれほど変化しているのか、確かめる必要がある。
和真はダンベルを手に取った。
以前なら両手で扱っていた重さだが、今では片手でも軽々と持ち上げられる。
「やっぱり、普通じゃないよな……」
力を抑えながら、ゆっくりと腕を動かす。
今度はトレーニングチューブを使ってみた。筋肉に負荷をかける感覚はあるものの、以前ほどの疲労は感じない。
身体能力が向上していることは間違いない。
しかし、問題はそこではなかった。
アンノウンと戦ったとき、和真は相手の攻撃を受け止めることができた。だが、あれは相手を倒せるほどの力ではない。
そして、あの異形の腕。
自分の意思では、いまだに再現できていない。
「力があるだけじゃ、どうにもならないか」
和真はダンベルを床に置いた。
*
昼過ぎ。
買い物に出掛けた和真は、駅前の書店に立ち寄った。
目的は特にない。だが、最近は事件に関する情報を集めるため、新聞や雑誌にも目を通すようになっていた。
社会面の新聞には、ここ最近の怪事件についての記事が掲載されている。
人間離れした力を持つ犯人。
現場に残された不可解な痕跡。
そして、目撃者が語る異形の存在。
どれもアンノウンの仕業だろう。
「やっぱり、事件は増えているのか……」
記事を読み進める。
警察も事件を重く見ているらしく、対策を検討しているという内容が記されていた。
和真は新聞を棚に戻した。
自分が知っているアギトの物語では、警察もアンノウンに対抗するために動き始める。
G3システム。
人間が科学の力でアンノウンに立ち向かうための装備だ。
ただし、今の段階でどこまで計画が進んでいるのかは分からない。
自分の記憶と、この世界の現実が完全に一致する保証はないのだから。
「俺だけで何とかしようとするのは、無理があるよな」
そう呟き、和真は店を後にした。
*
夕方。
帰宅途中、和真は駅前の横断歩道で足を止めた。
信号が赤に変わる。
隣には、買い物袋を持った年配の女性が立っていた。
「最近、物騒になりましたねえ」
女性がテレビのニュースを思い出したように話しかけてきた。
「そうですね」
「昔はこんな変な事件なんて、あまり聞かなかったのに」
和真は曖昧に笑った。
「早く安心して暮らせるようになるといいですね」
「本当にそう思います」
信号が青に変わる。
人々が一斉に歩き出した。
その何気ない会話が、和真の胸に残った。
自分が守りたいのは、こういう日常なのだ。
特別な力を持つことでも、怪物を倒すことでもない。
誰かが安心して買い物をし、家に帰り、明日を迎えられること。
それを守るために、自分の力を使うのなら。
「……やるべきことは、決まってるな」
和真は前を向いた。
*
その夜。
和真は机に向かい、ノートを開いた。
これまでの記録を読み返す。
身体能力の向上。異常な回復力。感覚の鋭敏化。腕の異形化。
そして、アンノウンとの戦闘。
和真は新しいページに、ゆっくりと文字を書き込んだ。
――無理に戦わない。
――一般人を巻き込まない。
――危険を感じたら、まず人々を逃がす。
――自分の力を過信しない。
書き終えた和真は、少し考えてから最後に一文を加えた。
――それでも、目の前の人間を見捨てない。
「これでいい」
ノートを閉じる。
胸の奥に意識を向けると、そこにはプロトアークルが存在していた。
相変わらず、何も答えてはくれない。
それでも、和真は焦らなかった。
今はまだ、自分の力を知ることが先だ。
その力が何のためにあるのか。
そして、どこまで使うべきなのか。
答えを出すには、まだ時間が必要だった。
和真は明日の仕事に備えて、静かに部屋の明かりを消した。
彼の知らないところで、世界は少しずつ変わり始めている。
だが、その変化に彼が本格的に関わる日は、まだ先のことだった。