仮面ライダーオルビス ――三重螺旋の宿命―― 作:間士兎
朝。
三輪和真は、目覚まし時計が鳴るよりも早く目を覚ました。
「……ん?」
まだ午前六時前だった。
普段なら、もう少し眠っている時間だ。
だが、今日は妙に目が冴えていた。
布団から起き上がり、窓の外を見る。
遠くを走る車の音。近所の家で開いた窓の音。どこかの部屋から聞こえるテレビの音。
それらが、妙にはっきりと聞こえてくる。
「またか……」
最近、この感覚が強くなっていた。
以前から聴覚や視覚が鋭くなっていることには気付いていたが、ここ数日は特に顕著だった。
和真は顔を洗い、鏡の前に立つ。
外見に変化はない。
少なくとも、鏡に映る自分は普通の人間に見える。
「見た目まで変わってくれたら、さすがに困るけどな」
冗談めかして呟き、仕事へ向かう準備を始めた。
*
昼休み。
職場の休憩室で、和真は同僚たちと食事をしていた。
「そういえば、最近また妙な事件があったらしいぞ」
同僚の一人がスマートフォンを見ながら話し始めた。
「妙な事件?」
「ほら、例の怪物が出たっていう話。今度は郊外らしい」
「またかよ……」
別の同僚が顔をしかめる。
「警察も大変だろうな。普通の犯罪とは違うんだろ?」
「さあな。詳しいことは分からないけど」
和真は黙って話を聞いていた。
アンノウンの事件が続いている。
それ自体は予想していたことだった。
しかし、実際に自分の生活圏にまで影響が及んでいると考えると、気持ちは落ち着かない。
「三輪はどう思う?」
「え?」
「怪物が本当にいると思うか?」
突然話を振られ、和真は少し考えた。
「目撃者が何人もいるなら、何かしら理由はあるんじゃないかな」
「まあ、そうだよな」
それ以上、話題が続くことはなかった。
和真は食事を終え、休憩室を出た。
*
仕事帰り。
和真は駅から自宅へ向かう道を歩いていた。
その途中、ふと足を止める。
「……何だ?」
何かが聞こえた。
遠くから聞こえる、かすかな金属音。
続いて、誰かの足音。
さらに、その奥から聞こえる荒い呼吸。
和真は周囲を見回した。
人通りは少ない。
音のする方向は、近くの駐車場の裏手だった。
嫌な予感がする。
しかし、すぐに駆け出すことはしなかった。
まずは様子を確かめる。
建物の陰からそっと覗くと、若い男性が地面に倒れていた。
その前に立っているのは、見覚えのある怪物。
「アンノウン……!」
和真は息を呑んだ。
怪物が倒れた男性に近付いていく。
周囲に人影はない。
和真は一度だけ周囲を確認し、男性のもとへ走った。
「おい! 立てるか!」
「う……あ……」
「いいから、こっちへ!」
男性の腕を掴み、怪物から引き離す。
アンノウンがこちらを向いた。
和真は男性を物陰へ押し込んだ。
「ここから動くな。人がいるところまで逃げるんだ!」
「でも、あなたは……」
「早く!」
男性が走り去るのを確認し、和真は怪物と向き合った。
今度は逃げるわけにはいかない。
相手の動きを見る。
腕の振り。足の運び。身体の重心。
以前よりも、相手の動きがよく見えていた。
怪物が踏み込む。
和真は半歩だけ横へ移動し、攻撃をかわした。
「見える……!」
自分でも驚くほど、身体が自然に反応していた。
続く攻撃も避ける。
しかし、反撃しようと拳を振るった瞬間、アンノウンの腕に弾かれた。
「ぐっ!」
力の差はまだ大きい。
和真は距離を取った。
右腕に意識を集中する。
あの異形の力を使えないか。
だが、今回も何も起きなかった。
「くそっ……!」
アンノウンが再び迫る。
和真は攻撃を避けながら、駐車場の出口へと誘導するように動いた。
ここで戦い続ければ、誰かが通りかかるかもしれない。
それだけは避けたかった。
怪物の攻撃をかわし、最後に身体を捻って蹴りを放つ。
アンノウンは数歩後退した。
和真はその隙に、建物の裏側へと走り込んだ。
追ってくる気配はない。
完全に倒したわけではないが、少なくとも今は距離を取れた。
*
自宅に戻った和真は、洗面所で右腕を確認していた。
異形化は起きていない。
しかし、今日はいつもと違うことがあった。
相手の動きが、以前よりもはっきり見えた。
攻撃が来る方向も、身体が自然に理解していた。
「これも、身体の変化なのか……」
視覚や聴覚だけではない。
反応速度や、身体の動かし方そのものも変化しているのかもしれない。
和真は鏡の中の自分を見つめた。
人間の姿をしている。
だが、その内側は確実に変わりつつあった。
「……俺は、どこまで変わるんだろうな」
胸の奥に意識を向ける。
プロトアークルは、今日も静かにそこにあった。
答えはない。
和真は蛇口を閉め、洗面所を出た。
まだ何も分からない。
それでも、少しずつ自分の身体を理解していくしかない。
その力が何であれ、誰かを守るために使うと決めたのだから。