仮面ライダーオルビス ――三重螺旋の宿命―― 作:間士兎
朝。
三輪和真は、目覚まし時計が鳴るよりも先に目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光は、まだ弱い。時計を確認すると、設定した時刻まで十五分ほど余裕があった。
「……またか」
最近、こういうことが増えている。
目覚ましが鳴る前に目が覚める。それだけなら、生活習慣の変化で説明できるかもしれない。
だが、問題はその理由だった。
隣の部屋で動く家電の音。外を走る車のエンジン音。遠くの道路を歩く人間の足音。
以前なら意識することもなかった音が、今では自然と耳に入ってくる。
目を閉じると、音の位置まで分かるような気がした。
「……便利なのか、不便なのか」
和真は苦笑しながらベッドから起き上がった。
身体の異変は、確実に進んでいる。
それがプロトアークルによるものなのか、それとも別の力なのか。
答えはまだ出ていなかった。
◇
昼休み。
職場では、ここ数日続いている奇妙な事件が話題になっていた。
「また出たらしいぞ。今度は隣町だってさ」
「例の化け物?」
「ああ。警察も大変だよな。普通の事件とは訳が違うんだろ?」
同僚たちの会話に、和真は黙って耳を傾けていた。
アンノウン。
人間を標的にして襲撃を繰り返す、超越生命体。
前世の記憶にある物語では、警察も対抗手段を模索していたはずだ。
だが、実際の世界が記憶どおりに進む保証はない。
「三輪、お前はどう思う?」
「どうって?」
「こういうのって、いつまで続くんだろうな」
「さあな……。早く終わってほしいとは思うけど」
それ以上、和真は何も言わなかった。
自分が何を知っているのか。
そして、何を知っていると思われてはいけないのか。
その境界線は、慎重に守る必要があった。
◇
仕事を終えた帰り道。
和真は駅前の横断歩道で足を止めた。
信号は赤。
歩行者が数人、彼の隣に並んでいる。
そのときだった。
キィン――。
耳の奥に、鋭い音が響いた。
「……!」
和真は反射的に顔を上げた。
交差点の向こう側。ビルの陰に、何かがいる。
人影のようにも見えるが、輪郭が妙に歪んでいた。
次の瞬間、信号が青に変わる。
人々が歩き出す中、和真だけが動かなかった。
目を凝らす。
しかし、そこにはもう何もいない。
「気のせい……か?」
そう呟いた直後、背後から自転車のブレーキ音が響いた。
振り返る。
歩道を走ってきた自転車が、前方の子供に気づくのが遅れていた。
危ない。
そう思った瞬間、和真の身体は動いていた。
「危ない!」
子供の腕を掴み、横へ引き寄せる。
同時に、迫ってきた自転車の前輪を片手で押さえ込んだ。
ガシャッ!
自転車が大きく傾き、運転していた男性が慌てて地面に足をつく。
「す、すみません!」
「あ、いえ……」
和真は自分の手を見つめた。
今のは、明らかに普通ではない。
走ってくる自転車の勢いを、片手で止めたのだ。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
助けた子供が頭を下げる。
「ああ。気をつけてな」
笑顔を返しながらも、和真の胸中は穏やかではなかった。
周囲の人々は、突然の出来事に驚いている。
幸い、誰も彼の身体能力を疑うほどの反応は見せていないようだった。
それでも、長居するべきではない。
和真はその場を離れた。
◇
自宅。
机の上には、これまで記録してきた身体の変化を書き込んだノートが置かれている。
和真は新しいページを開き、今日の出来事を書き加えた。
反応速度の向上。
聴覚の異常な鋭敏化。
そして、常人では不可能な筋力。
「どこまで変わるんだ、俺の身体は……」
ペンを置き、しばらく考え込む。
彼の身体には、少なくとも二つの異なる力が存在している。
プロトアークルに宿る、古代の力。
そして、あの戦いで姿を現した、生物的な異形の力。
ギルス。
その名前を思い浮かべると、右腕にわずかな違和感が走った。
まるで、身体の奥底で何かが反応したかのように。
「……お前は、一体何なんだ?」
問いかけても、答えはない。
和真は右手を握りしめた。
守るために力を求めた。
しかし、手に入れた力が自分の望む形で使えるとは限らない。
それでも、もう後戻りはできなかった。
窓の外では、夜の街がいつもと変わらない姿を見せている。
その平穏が、いつまで続くのか。
和真には分からなかった。
ただ一つ確かなのは、自分の身体が少しずつ人間の領域から離れているということだった。
そして、その変化はまだ終わっていない。