仮面ライダーオルビス ――三重螺旋の宿命―― 作:間士兎
休日の朝。
三輪和真は、普段より早く家を出ていた。
目的地は、街外れにある河川敷だった。
人通りが少なく、周囲に建物もほとんどない。身体能力を確かめるには都合のいい場所だ。
最近の変化は、もはや気のせいでは済まされない。
反応速度、筋力、感覚。どれも以前の自分とは明らかに違っている。
それに加えて、あの異形の腕。
自分の意思で変化させられない以上、何が起きるのかを把握しておく必要があった。
「さて……どこまでできるか」
和真は周囲を確認してから、軽く走り始めた。
最初はゆっくりと。
徐々に速度を上げていく。
地面を蹴るたび、身体が驚くほど軽く感じられた。
普段なら息が上がる距離を走っても、呼吸はほとんど乱れない。
「やっぱり、普通じゃないな」
続いて、近くに落ちていた大きめの石を拾い上げる。
以前なら両手で持ち上げるのも難しそうな大きさだったが、今の和真には片手で持ち上げられた。
力を込める。
ミシッ。
「……っ!」
石の表面に亀裂が走った。
慌てて手を離す。
砕けた石の破片が地面に落ちた。
「加減が難しいな……」
力を出すこと自体は簡単だ。
しかし、どれほど力を込めれば普通の人間と同じ程度になるのか、その感覚が分からない。
日常生活で失敗すれば、取り返しのつかないことになる。
和真は深く息を吐いた。
◇
しばらく休憩した後、和真は右腕を見つめた。
あの夜、アンノウンと戦ったときに現れた異形の腕。
緑色の生体組織と、鋭い棘。
間違いなく、ギルスの姿に似ていた。
「出てこい……」
右手を握りしめ、意識を集中する。
腕の奥に、何かが眠っている。
そう感じることはできる。
しかし、どれだけ念じても変化は起きなかった。
「やっぱり駄目か」
力を込める方向を変えてみる。
呼吸を整え、身体の奥に意識を向ける。
それでも、何も起きない。
代わりに、腰のあたりにわずかな熱を感じた。
プロトアークル。
今は身体の中に取り込まれ、外からは見えないベルト。
和真は自分の腰に手を当てた。
「お前なら、何か分かるのか?」
返事はない。
ただ、身体の奥に確かな存在感がある。
プロトアークルは、あの長野の地で手に入れて以来、一度も姿を現していない。
それでも、完全に消えたわけではない。
自分の中に存在し続けている。
「クウガの力……か」
前世の記憶にある知識を思い返す。
クウガの力は、古代の戦士が使っていたもの。
一方、ギルスは人間の身体そのものが異形へと変化した存在だった。
そしてアギトは、人間が新たな段階へ進化する可能性。
それぞれ異なる性質を持つ力。
その三つが、自分の中にある。
考えれば考えるほど、理解できないことばかりだった。
◇
帰宅途中。
和真はコンビニで飲み物を買い、歩道を歩いていた。
そのとき、前方から小さな悲鳴が聞こえた。
「きゃあっ!」
反射的に顔を向ける。
道路脇に停められた車の陰から、黒い影が飛び出してきた。
その姿を見た瞬間、和真の表情が変わる。
アンノウン。
その手には、倒れた女性の姿があった。
「くそっ!」
和真は駆け出した。
アンノウンがこちらを向く。
その異形の顔に、人間のような感情は見えない。
和真は女性との距離を確認しながら、相手の動きを観察した。
正面からぶつかれば、今の自分では危険だ。
だが、見捨てるわけにもいかない。
「こっちだ!」
声を上げ、アンノウンの注意を引く。
相手が女性を放り出し、和真へ向かってくる。
その動きが、以前よりもはっきり見えた。
踏み込み。
腕の振り。
攻撃の軌道。
身体が自然に反応する。
和真は紙一重で攻撃をかわし、相手の脇をすり抜けた。
「今だ!」
倒れている女性のもとへ駆け寄り、肩を貸す。
「立てますか?」
「は、はい……!」
「逃げてください! 振り返らずに!」
女性が走り出すのを確認した直後、背後から衝撃が襲った。
「ぐっ!」
アンノウンの攻撃を完全には避けきれなかった。
身体が地面を転がる。
痛みが走る。
しかし、以前ほどではない。
和真はすぐに立ち上がった。
右腕に違和感がある。
あの異形の力が、再び目覚めようとしているのか。
だが、変化は起きなかった。
「頼む……!」
和真は歯を食いしばる。
今ここで力を使えなければ、目の前の敵を止めることはできない。
それでも、腕は人間のままだった。
アンノウンが再び迫る。
和真は正面から受け止めず、横へ飛び退いた。
そのまま建物の陰へと走る。
相手を倒すことはできない。
今は逃げるしかなかった。
◇
しばらく走り続け、十分に距離を取ったことを確認してから、和真は足を止めた。
呼吸は乱れている。
身体にも痛みが残っていた。
だが、骨に異常はなさそうだった。
「……また逃げるしかなかったか」
悔しさが込み上げる。
力はある。
以前よりも強くなっている。
それでも、アンノウンを倒すには足りない。
何より、必要なときにギルスの力を使えないことが問題だった。
和真は右手を握りしめる。
「次は……」
言葉を止めた。
次があると決まったわけではない。
だが、アンノウンが人間を襲う限り、また遭遇する可能性はある。
そのとき、自分はどうするのか。
答えはまだ出ていなかった。
ただ、今のままでは誰かを守ることすら難しい。
和真は静かに歩き出した。
身体の奥では、三つの異なる力が眠っている。
そのうちの一つは、確かに目覚め始めていた。
しかし、残る二つとの関係を、彼はまだ知らない。