「みほ、今の電話誰から?」
通話を切ると、めくっていた雑誌から目を上げることなくエリカさんが尋ねた。
「男の声みたいだったけど」
何気ない風を装いながら、聞き耳を立てていたらしい。
「なに? 生意気に男でもできたの? 総受けのくせに!!」
「なんで怒られてるの? っていうか、エリカさんの中では私はどんな扱いなの!?」
「紐みたいな水着とか透け透けの下着を着せられて、ローションとか別の液体とかでぬるぬ――」
「わーッ! わーッ! 細かく説明しなくていいから!!」
「聞いたのはみほでしょ?」
「……今のはお父さんだよ」
えへんえへんと咳払いで気を取り直し、簡潔に答える。
「おとうさん?」
「うん。だから、私のお父さん」
エリカさんは奇妙な表情で首を傾ける。
「ちょっと何言ってるか分かんないんですけど?」
「私だってお父さんくらいいるよ」
「待ちなさいよ! それじゃあ西住師範が男とファックして」
「わあ!! 生々しく言わなくていいよ!!」
「セックスしてたっていうの!?」
「言い換えても同じだよ! っていうか、当たり前だよ! そんなこと」
「またまた。表向きの話ではって事でしょ? お年頃になると、コウノトリが運んできたりキャベツ畑で取れたりするもんじゃない」
小馬鹿にしたような表情で、メルヘンなことを言い出すエリカさん。
「その世界観を信じるにしても、結婚は男の人とするものでしょ? 私だっていつかは彼氏作って、ちゃんと結婚するつもりだよ」
「彼氏と結婚? ちょっと本当何言ってるか分かんないんですけど?」
「え……? エリカさん大丈夫? いるよね男の人。文科省のお役人さんとか、戦車道連盟の理事長とか……」
女子校の部活が生活のほとんどだから、男の人との接触が少ないのは分かるけど。
「この艦だと、優花里さんが家族で暮らしてるし――あ、ちょっと!」
エリカさんは私の手からスマホを奪い取ると、慣れた手つきで優花里さんのナンバーを呼び出した。
なんでそんなに手馴れてるの!?
「秋山、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『なんですか西住どのー? また逸見殿の物まねですか?』
「違うわよ本物よ。それより物まねって何?」
『失礼しました逸見殿! カラオケやお泊り会で披露される西住殿の持ちネタです』
「どんなの?」
ぎろりと向けられる視線に両掌を見せ、慌てて首を振る。
もちろん、ここでごまかしたところで優花里さんには伝わらない。
『「急造チームでチームワーキュゥ?」とか、「ついにやって来たわに!」とかであります』
「こんどやったらぶっ飛ばすわよ! っていうか呼びなさいよお泊り会!」
「……みんなには受けるのに……」
「秋山、パットン大戦車軍団見てどう思う?」
『どうと言われても……』
「パットン将軍の家族のこと気になる?」
『うん? いや、鉄と漢の世界ですからねえ。見ている間は意識に上がりませんが』
「ほら!!」
鬼の首でも取ったかのように叫ぶエリカさん。
「ほらじゃないよ。今のは正しい問いじゃないよね?」
「いいのよ細かく聞いても同じよ。どうせ秋山もこっち側の住人なんだから」
「どっち側かな?」
エリカさんは容赦なく通話を切り上げる。
ひどい。優花里さんは何が何だかの状態だろう。
「お父さんは優しくて頼りがいのある人だよ。お姉ちゃんだって、小さい頃はずいぶんお父さんっこで――」
「あーあー、聞えない」
耳をふさぎ大声を出すエリカさん。近所迷惑だからやめてほしい。
「エリカさん、前から思ってたんだけど、レ――」
「格調高く百合といいなさい、みほ。それにLGBTへの偏見はいただけないわ」
「ベーコンレタストマトバーガー?」
「BLTね。最近見かけないけど。それに」
にやりと笑い、私のスマホを操作する。
「『逸見エリカ 催眠』『逸見エリカ くっころ』。こんな単語で検索して何してるのかしら?」
「わーっ! わーっ!!」
慌ててエリカさんからスマホを奪い返す。
「エ……エリカさんだって『西住サンド 作り方』『同性婚 国』とかで検索してるくせに!!」
「な……何で知ってるのよ!? まさか貴方も私のスマホのぞき見して――」
口を滑らせた。
真っ赤になった顔を見られないようクッションに埋め、手近なボコのぬいぐるみを投げ付ける。
「バカ! だいたいいつまで私の部屋に入り浸ってるの? なんで帰らないの!?」
「……帰ったほうがいいのか?」
沈んだ声。顔を上げると、暗い表情のエリカさんと目が合った。
傷付けられた表情。
のろのろと無言のまま玄関に向かい、やがてドアの開閉する音が響く。
言い過ぎた。どうしよう。
激しく高鳴る心音にせかされ、玄関へ走る。
ノブに手を掛け回す前に、ドアは向こうへ引かれる。
「走って追い掛けてくる場面でしょ! 何やってんのよ?」
「えぇー?」
薄く開いた隙間から覗くエリカさんの顔。
このひとはいったいいつ帰るつもりなんだろう。