重い沈黙の空気を破ったのは、瞼を開いたアレックスだった。
「もしかしたら、家族のもとへ帰ったのではないか……とも考えたが。楽観し過ぎていた」
ますます空気が重くなり、凛ちゃんは空っぽになった湯呑みに手を伸ばしかけて引っ込めた。
「だけど、このデモニカは切嗣さんの形見だったって聞いてる。調査隊の生存者が届けてくれたって」
士郎が凛ちゃんと、ついでにセイバーさんの茶のおかわりを用意しつつ、少しでも場を明るくしようとしたが、アレックスの表情が和らぐことはなかった。
「……あ、あー……っと、せ、セイバーさん?」
また空気が凍りつく前に、凛ちゃんは強引に話題を塗り替えた。
「え、衛宮くんは聖杯戦争について、ちゃんと知っているのかしら〜?」
「え? あ、そ、そうでしたマスター!」
「聖杯戦争? あのクー・フーリンも言ってたな。何なんだ、それ?」
石のように動かなくなったアレックスには触れぬよう、凛ちゃんによる聖杯戦争の講義が行われたが、だいたい原作通りなので割愛する。
「迷惑すぎないか? ダークサマナーだって、町中での戦闘にはもっと気を使うぞ。屋内に限定するとか、異界に潜るとか」
一通りの説明が終わり、それまで黙って聞いていた士郎が再び口を開くと、出てきたのはクレームだった。
「俺も殺されかけたし。学校にデモニカ着てくわけにはいかないってのに。秘匿はどうした、秘匿は」
「ご、ごもっともだけど。最初の儀式の頃にはまだ誰もいない土地だったから……」
「そうまでして続けることか?」
「魔術師とは、一度始めた方法を変えられないものだ」
フォローどころか背後から刺しに来たアレックスを横目で睨む凛ちゃんであった。
「それで。どうして参加した覚えのない俺がセイバーのマスターなんだ?」
「それについてなんだけど――」
『マスター』
凛ちゃんの言葉を遮ったのは、士郎のデモニカに搭載されるAIだった。普段は骨伝導で士郎にだけ声を伝えるのだが、今回は外部スピーカーが使われた。
「どうした、バロウズ?」
『遠坂凛からの情報を元にプログラムを再走査。結果、外部からの干渉により「令呪」なるアプリが実装されていました』
「あ、あぷり?」
困惑する凛ちゃんに、アレックスがアプリケーションとは何か、を解説し始める。
その間、士郎は解析された令呪アプリを開く。
『召喚プログラムからセイバーの削除、および合体素材として使う場合は、令呪の行使が必要です』
「今素材って言いました?」
聞き捨てならなかったセイバーさんが、目を見開いて黄金のバケツヘルメットを見る。
しかし士郎は黙ったまま、解析された令呪アプリのマニュアルに目を走らせていた。
『先の召喚プログラムのエラーも、令呪アプリとの競合によるものでした。現在、令呪の機能を89パーセント制限することで、召喚プログラムを正常稼働させています』
「アプリは削除できそうか?」
『プロテクトが強固です。完全解析に必要な時間は試算中。削除した場合、サーヴァントの現界も解消されます』
「……あの、マスター? 削除って嘘ですよね? 本当に消しませんよね!?」
迷子犬のように縋るセイバーさんの視線に見上げられても、ハロウィンカボチャのようなデモニカの表情が変わることはなかった。
「あーっと……それでバロウズ。結局、どうして俺が選ばれたんだ?」
『不明です。令呪アプリの実装経路は確認しましたが、マスターの選定処理は外部で行われています』
「つまり?」
『マスター自身による参加申請、承認操作は確認されていません。選定理由についても解析不能です』
「……勝手に選ばれて、勝手に登録されたのか」
『肯定します』
ヘルメット越しに、士郎はセイバーさん、凛ちゃんと順に視線を巡らせて、小さく息を吐く。
「……そういうとこだぞ、魔術師」
心当たりが多すぎる一言に、凛ちゃんも堪らず視線を逸らせるのだった。