魔術師同士の諍いに付き合う気はない。それが士郎の決断だった。
「そんなぁ!」
崩れ落ちるセイバーさんに心が痛んだものの、召喚師と魔術師の社会は似て非なるもの。あまり関わりたくないのが正直なところだった。
「じゃあ、衛宮くんは棄権ってことでいいの?」
「ああ。そのうえで、一般人を巻き込む危険な魔術師は見つけ次第に叩き潰して回る」
「おい待てコラ」
訂正。ゲームの番外から積極的に荒らすつもりであるらしい。
召喚師と魔術師は、どちらも社会の闇を生きる人種だ。
しかし、探求と研究に生きる魔術師と比べ、召喚師はその力を社会の中で振るう。その範囲は広く、国家防衛から街単位の自警団、殺し屋から秘密結社の構成員などなど。
衛宮士郎は、冬木市の影に潜む悪魔と個人的に戦い、修行ついでに人々の平和を守っていた。
とはいえ、デモニカが無ければちょっと運動能力の高い高校生でしかないのだが。
「正義の味方のつもり?」
冷ややかな凛ちゃんに、士郎は強く頷いた。
冬木市の聖杯戦争が滞りなく進行するよう見守る、監督官が存在する。
期せずして参加することとなってしまった士郎とはいえ、棄権するのにも手続きがいるらしく、それには監督官の手助けが必要だった。
「やっと着いた。昼間ならバス乗ってく距離だもんな」
決して近くはない、新都の教会に到着する頃には、日付も変わってしまっていた。
士郎は念のため、いつでも仲魔を呼び出せるよう入念に準備して、教会の門を――、
「って、ちょっと待てーーーい!!」
突如として凛ちゃんが奇声を発した。ちょっと汚く裏返った声に、士郎とセイバーさんの肩が同時に跳ね上がる。
「なん――――っで衛宮くんはその変なスーツ着たままなのよ!? 召喚師だって世を忍ぶんじゃないのか、おい!!」
お怒りはごもっとも。士郎は自宅からここまで、デモニカを着たままなのだ。
だが、それもやむなし。ついさっき、裸も同然のところを
そして士郎が武装しているので、セイバーさんも白いノースリーブの騎士甲冑を無粋な黄色のパーカーで隠すことなく、ここまで徒歩で追従している。アレックスは霊体化中だ。
「どうしてって、いつ
士郎の改めての現状整理に、セイバーが項垂れたまま「ご迷惑をお掛けしてます」と零した。
デモニカスーツには、秘匿すべき神秘の「し」の字も無いのだが、それは魔術師目線での話だ。
某超大国で開発され、最新鋭の学習型コンピュータと豊富な拡張性、そして悪魔召喚プログラム。個人が持つには、あまりにも軍事機密の塊だ。
凛ちゃんは悩む。冬木のオーナーとして、こんなものを着て出歩く怪人に対処するべきではないか、と。
同時に、召喚師を相手に戦うリスクが、あまりにも大き過ぎることに。
強化魔術込みで考えれば、召喚師単独の平均的な戦闘能力は、一般的な魔術師を下回る。だが仲魔との連携が加われば、評価が完全に逆転するのだ。
(お父様ですら『サマナーとは戦わず勝つことが真の優雅さだ』って言ってたぐらいですもの。丸腰で軍隊に挑む愚行は犯せないわ……はぁぁ〜)
デモニカをまとうアレックスもサマナーの英霊だそうだが、マスターである凛ちゃんの魔力で現界している以上、仲魔を呼ぶことが出来ない。士郎の手元にセイバーさんがいる以上、凛ちゃんが士郎を処分することは、ヘラクレスの十二の試練にも匹敵する難題であった。
「ごめんくださ〜い、夜分失礼しまーす」
凛ちゃんの苦悩など一顧だにせず士郎はセイバーさんとともに教会の門扉を潜っていた。深夜なのに正面口が開きっぱなしだが、この教会に常識など通用しない。
待ち構えていたかのように主祭壇に立つ黒ずくめの怪人がいても、何の不思議もないのである。
「ほう。このような夜更けに我が教会を訪ねてくるとは。よほど差し迫った状況なようだ」
歓迎する声は、士郎に届かなかった。怪人から受けた強烈な既視感が及ぼす驚愕に、意識が塗り潰されていた。
「呆れた、本当にいつ来てもいるわね、綺……れい…………」
顔見知りである凛ちゃん、霊体化したままのアレックスも息を呑む。セイバーさんだけ「ほえ〜」と感嘆していた。
艶消しされた黒一色のバケツメット。
各部のプロテクターも黒を基調とし、アクセントに赤いラインの引かれた完全密閉の防護服。
紛れもなくデモニカスーツであった。ただし、装着者の内面を表したかのような漆黒に染まっていたが。
「歓迎しよう。私の名は、言峰綺礼。君は、衛宮アイリスフィールの養子となった少年だな」