魔法少女の才能がないと言われた私、禁忌の魔法で最強になる 作:いーる
魔法少女管理局、中央管制室。
災厄級怪異『黒冠』の討伐から一夜が明けたにもかかわらず、室内に充満する重苦しい緊張感は薄れる気配がなかった。
原因は、メインモニターに映し出された一枚の個人資料――そこに刻まれた、歪な事実だ。
白門つむぎ。十七歳。
魔法少女資格審査、不合格。
――災厄級怪異・黒冠を単独で討伐。
「……改めて確認する」
円卓の上座に腰掛けた男が、冷徹な指先で手元の端末を叩いた。
「この少女は正式な魔法少女ではない。にもかかわらず、我々が数名の上位魔法少女を投入してなお勝算が極めて低いと踏んだ災厄級を、たった一人で撃滅した。間違いはないな?」
「はい。現場の映像記録、魔力残滓の照合、周辺地域の被害状況。いずれも彼女一人の戦果であることを示しています」
報告を受け、男は深々と、重い息を吐き出した。
「到底、信じがたい話だな」
「信じがたいからこそ、精査が必要なのです」
九条玲奈は、声音を削ぎ落として答えた。
会議室の一角に立ち、昨日の凄惨な戦闘記録を手元の端末に表示させる。
「白門つむぎの行使する魔法には、従来の属性体系では説明がつかない特徴が存在します。相反する属性の同時展開、底なしの魔力供給、そして――」
玲奈は一瞬だけ言葉を切り、言葉を慎重に選んだ。
「『完全解放』時に観測された、魔力の異常な変質です」
「変質、だと?」
「はい。あの瞬間、彼女の魔力反応は単に肥大化したのではありません。周辺の魔力環境そのものが、まるで彼女の意志に従属するかのような、異質な挙動を見せました」
会議室に、低くさざ波のようなざわめきが広がっていく。
「そんな芸芸が、人間に可能なのか……?」
「現時点では解析不能です」
「ならば、即刻彼女を管理下に置くべきだ。これほど不確定要素の強い暴威を、野放しにはできん」
「賛成だ。直ちに身柄を拘束し、能力の全容を解明するのが先決だろう」
その言葉に、玲奈の眉根がわずかに跳ねた。
「身柄の拘束には反対します」
「九条君。君はあの圧倒的な力を間近で見たのではないのか?」
「見ました。だからこそ、刺激すべきではないと言っているのです」
玲奈は壁面のモニターを切り替えた。
画面に映し出されたのは、黒冠との絶望的な死闘。
つむぎが追い詰められ、膝を折り、血を吐く場面。
そして――あの禍々しいまでの魔法を解き放つ直前の姿。
「彼女がこちらの制止や脅迫に従う保証はありません。ですが現時点において、人類に対する敵意も認められない。彼女が死線を越えてまで行動する理由は、至極単純です」
「単純?」
「妹です」
玲奈はつむぎの資料から、家族構成のページを提示した。
「白門つむぎには、妹の『つなぎ』がいます。彼女の行動原理のすべては、妹の生活と笑顔を守ることに帰結している。魔法少女を志望した理由も、今回リスクを犯して怪異討伐に介入した理由も、すべてはそのためです」
「……ならば話は早い。妹を人質として確保すれば、従わせることは容易――」
「違います!」
玲奈の鋭い一喝が、会議室の空気を凍りつかせた。
静寂が室内を支配する。
「……失礼しました」
胸に手を当て、荒い息を整える。
「彼女にとって妹は、単なる付け入る隙ではありません。生きるための根幹であり、唯一の不可侵領域です。そこを脅かそうとすれば……何が起きるか、私にも予測がつきません」
玲奈の脳裏に、昨日の光景が鮮明に蘇る。
黒冠の爪に八裂きにされながらも、感情を消失させた瞳で立ち上がった少女。
その顔には、死への恐怖も、激痛への苦悶すらもなかった。
妹を守る。
ただその一筋の狂信だけを胸に、躊躇なく自らの肉体と魂を切り捨てた。
あれは「勇敢な魔法少女」などという美しい言葉で片付けていい存在ではない。
「……私が直接、彼女と対話します」
玲奈は静かに、けれど固い意志を込めて告げた。
「彼女が結んだ『契約』の内容を確認し、彼女自身がどこまで己の状態を理解しているのかを確かめます。野放しにも拘束にもできない以上、まずはそこからです」
上座の男は黙り込み、鋭い視線で玲奈を見つめていたが、やがて短く息を吐いた。
「許可しよう。ただし、彼女が人類にとっての危険因子だと判明した場合は直ちに報告しろ。君の私情による独断は許さん」
「承知いたしました」
会議は散会となった。
しかし玲奈は、自室に戻る足を進めることができない。
モニターに映し出された最後の静止画。
完全解放の瞬間――つむぎの銀色の魔力反応とは別に、わずか0.01秒だけ観測された『異物の反応』。
解析班はノイズとして処理した。
だが、玲奈にはどうしてもそうは思えなかった。
あれは、ノイズなどではない。
まるで、彼女の叫びに応答して『何か』が深淵から這い渡ってきたような――。
◇
同じ日の午後。
つむぎは、管理局の精算窓口で手続きを終えていた。
「こちらが、今回の討伐に対する正式な報酬となります」
「ありがとうございます!」
端末に表示された振込額を確認し、つむぎの顔にパッと華やかな笑みが咲いた。
十分すぎる。
これだけあれば今月の生活費どころか、つなぎが欲しがっていた高価な参考書も買えるし、調子の悪かった洗濯機だって買い替えられる。
また怪異を倒せば、もっとつなぎに美味しいものを食べさせてあげられる。
弾むような高揚感が、胸を満たしていた。
「あの、今後もこういった怪異の討伐依頼を受けることはできますか?」
「え……?」
窓口の職員が、呆然と目を丸くした。
「あの……白門さん。あなたは昨日、災厄級の怪異と戦ったばかりですよね?」
「はい!」
「普通なら、数ヶ月は精神ケアと長期休養に入るレベルなのですが……」
「私なら全然平気ですよ? 次の依頼があるなら、今すぐにでもお願いしたいです」
職員は引きつった笑みを浮かべ、たじたじと後退った。
「あ、それについては……担当部署から後日ご連絡、ということになりますので……」
「分かりました! 楽しみに待っていますね」
つむぎは深く丁寧に頭を下げ、軽やかな足取りで窓口を離れた。
その華奢な背中を、廊下の影から玲奈が見つめていた。
昨日、災厄級の化け物と命を削り合う死闘を繰り広げた少女。
常識を凌駕する威力を撒き散らした張本人が、今は数千円、数万円の報酬額に目を輝かせている。
一見すれば、妹思いの健気な少女の姿だ。
けれど――玲奈は背筋に冷や汗が伝うのを感じていた。
つむぎは、一度たりとも自分の怪我や身体の異常を尋ねなかった。
激痛に耐えた後遺症も、魔力が変質したリスクも、まるで他人事のように興味を示さない。
ただ機械のように「次の討伐」を求めている。
「……白門さん」
意を決し、玲奈は彼女の前に立ちふさがった。
「あ、九条さん!」
つむぎは、屈託のない満面の笑みを向けて頭を下げる。
「こんにちは。昨日は助けていただき、ありがとうございました」
「お礼を言うのはこちらの方……と言いたいところだけれど。白門さん、あなたに確認したいことがあるの」
「なんでしょう?」
「昨日、あなたが解放したあの魔法について。……あれは本当に、あなた自身の力なの?」
「ええと……はい。私の魔法、ということになると思います」
「なら、契約の代価は?」
「……代価?」
つむぎは、心底不思議そうに首を傾げた。
「契約を結んだのでしょう? あほどの万能な力を得るために、あなたは何を差し出したの?」
「さあ……」
迷いのない瞳で、つむぎはあっけらかんと言い放つ。
「何か、差し出したんでしょうか?」
玲奈の胸の奥で、冷たい氷の針が突き刺さるような感覚が走った。
「……自分が何を失ったのか、自覚がないの?」
「はい。特に説明とかは受けていないので」
「説明も受けていないのに、そんな正体不明のものと契約したというの!?」
「はい」
「どうして……!」
「つなぎを、幸せにしたかったからです」
微塵の揺らぎもない、透き通った声だった。
恐怖も、後悔も、葛藤すら存在しない。
玲奈は喉を詰まらせ、言葉を失った。
「……白門さん。あなたは、自分自身の命や感情を……どう捉えているの?」
「私ですか?」
「そう。あなた自身のことよ」
つむぎは少しだけ首をひねり、ごく当たり前のことのように微笑んだ。
「……つなぎを守るために必要な『道具』、でしょうか?」
「っ……!」
玲奈の表情が凍りつく。
答えになっていない。
己の尊厳や命を尋ねているのに、返ってきたのは「妹のための手段」という回答だった。
この少女の自我は、すでに原型をとどめていない。
「白門さん、あなたは――」
追及しようとした瞬間、つむぎのポケットで電子音が鳴り響いた。
「あ、すみません。つなぎからです」
画面を見た瞬間、つむぎの瞳に一瞬で温かな光が宿った。
「もしもし、つなぎ? どうしたの?」
声のトーンがガラリと変わる。
まるで凍てついた世界に春の陽光が射し込むかのような、柔らかく甘い声。
『お姉ちゃん、今どこ?』
「管理局だよ。もう手続き終わったから、すぐ帰るね」
『そっか。気をつけて帰ってきてね』
「うん。帰りにおいしいお土産、買って帰るから」
『えっ、いいよ! 昨日のケーキもあったのに……無理しないで?』
「ううん、私が買いタイの。楽しみにしててね」
ほんの数十秒の会話。
それだけで、つむぎの表情は年相応の少女らしい輝きを取り戻していた。
「すみません、九条さん。待たせてしまって」
「……いいえ」
玲奈は、目の前の少女を茫然と見つめることしかできなかった。
今のつむぎには、紛れもなく感情がある。
妹の声を聴けば瞳を輝かせ、妹を想えば心から笑う。
だからこそ――それ以外の全てに対する「空洞(ゼロ)」が、恐ろしかった。
「白門さん」
「はい?」
「あなたは……今、幸せ?」
つむぎは少しだけ驚いたようにパチパチと瞬きをし、それから幸せそうに目を細めた。
「はい。つなぎが、私のもとにいてくれますから」
玲奈は、それ以上何も言葉を紡ぐことができなかった。
その笑顔があまりにも無垢で、あまりにも狂気に満ちていたから。
◇
その夜。
暗闇に包まれた管理局の地下解析室で、黒冠の戦闘記録が繰り返されていた。
完全解放の直前。
銀色の巨大な魔法陣が展開される、その刹那。
「九条さん、ここです……! 見てください」
解析班のオペレーターが、蒼白な顔で画面の波形を指し示した。
玲奈は食い入るようにモニターへ顔を近づける。
「何が映っているの?」
「白門つむぎの魔力出力が限界値を突破する直前、別系統の巨大な波形が割り込んでいます。こちらが白門本人のバイタル。そして、この黒い波形が……」
画面に重ね合わされた、二つの波形。
一つは、どこまでも澄んだ銀色。
もう一つは――血のように濁った、禍々しい黒赤。
「討伐対象……『黒冠』の魔力波形と、ほぼ完全に酷似しています」
「……なんですって?」
「同一存在というわけではありません。ですが……例えるなら『同系統の電源』から力を引き出しているかのような波形パターンです」
玲奈の息が止まる。
黒冠は、つむぎの魔法を見た瞬間、明白に怯え、後ずさった。
あれは怪異が人間を恐れたのではない。
自分以上の『何か』の気配を、つむぎの背後に感じ取ったからだ。
そして最期の瞬間、黒冠がつむぎに残したノイズまみれの言葉。
玲奈は音声データを再構築し、スピーカーから再生させた。
ザザッ……と激しいノイズの隙間から、地獄の底から響くような掠れ声が漏れ出す。
『……ああ』
鳥肌が総毛立つ。
『そうか……お前も、捧げたのか』
そして、断末魔とともに残された呪詛。
『――お前の希望も、いずれ等しく絶望へと反転する』
静まり返る解析室で、玲奈はゆっくりと両目を閉じた。
怪異・黒冠は、つむぎが結んだ『契約』の正体を知っていた。
彼女が何を差し出し、その果てにどんな地獄が待っているのかを。
「……急がないと」
玲奈の呟きが、冷たい部屋に虚しく響く。
あの少女は、自分が何を削り落としているのかすら自覚していない。
そして、すべてを失ったことに気づいた時には――
この世界そのものを巻き込む、取り返しのつかない災厄が完成しているのかもしれない。