魔法少女の才能がないと言われた私、禁忌の魔法で最強になる 作:いーる
「お姉ちゃん、今日のご飯なに?」
「カレーだよ」
「やったー!」
帰宅してから十分後。
献立を告げただけで、妹のつなぎはパッと顔を輝かせた。
やっぱり、妹はかわいい。
「そんなに喜んでくれるなら、明日もカレーにしようかな」
「えっ、明日はハンバーグがいい!」
「ひどい。お姉ちゃん泣いちゃう」
「お姉ちゃんは泣かないもん!」
「つなぎがいじめるから泣くの」
「いじめてないよー!」
ぷくっと頬を膨らませるつなぎを見て、私は思わず口元を緩める。
(……あれ? 今日、ハンバーグを作るつもりじゃなかったっけ?)
ふと、帰り道に何を考えていたか思い出せなくなる。
……まあ、いいか。つなぎが笑顔なら、カレーだってなんだっていいのだから。
両親が事故で亡くなってから、ずっと二人きりで生きてきた。
お金の心配に胃を痛めた夜も、不安で押し潰されそうになった日も、この笑顔があれば乗り越えられた。
そして――もう、そんな心配をする必要もない。
「……あ、そうだ。つなぎ」
「なーに?」
「お姉ちゃん、お仕事決まったよ」
「お仕事? バイト?」
「ううん。もっとすごいお仕事。お姉ちゃん、魔法が使えるようになったんだ」
つなぎがパチパチと目を瞬かせ、勢いよく椅子から立ち上がる。
「えっ! お姉ちゃん、魔法少女になれたの!?」
「……まあ、そんな感じ」
「すごい! すごいすごーい!」
トトロッと駆け寄ってくる妹を抱きしめる。
さらさらとした髪の感触。温かな体温。
胸の奥が、じんわりと満たされていく。
あぁ、守れる。この笑顔も、未来も、全部。
代償なんて、いくら払ったって惜しくない。
「でも……魔法少女って危ないんでしょ? 怪我しない?」
「しないよ」
即答だった。
怪我なんてするはずがない。
あの『魔法』があれば、世界中の何ものも私を傷つけることなんてできないのだから。
「……絶対?」
「絶対」
「そっか! じゃあ、つなぎも応援する!」
ほっと胸を撫で下ろす妹の頭を優しく撫でる。
この子が大きくなって、夢を叶えて、幸せになっていく未来。
そのためなら、私はなんだって差し出せる。私自身のことなんて、どうだっていい。
◇
翌朝。
私はいつも通り高校へ登校した。
白門つむぎ、十七歳。容姿と運動神経だけが少し目立つ、どこにでもいる女子高生。
昨日までは、魔法少女選考に落ちた「持たざる者」だった。
「つむぎ、おっはよー!」
教室に入ると、親友の桜井美咲が元気に手を振ってくる。
両親を亡くした私に過度な気遣いをせず、フランクに接してくれる大切な友人だ。
「おはよう、美咲」
「……あれ?」
「ん?」
「なんか今日、すごく機嫌良くない? いつもよりニコニコしてるっていうか……」
「そう? いいことがあったからかな」
「えっ、彼氏!? それとも宝くじ!?」
「秘密」
美咲の困ったような顔を見て、くすりと笑う。
平和で、くだらなくて、愛おしい日常。
みんなが放課後や授業の雑談に花を咲かせている。
……ただ、自分の中で何かが決定的に変わっていた。
以前なら感じていたはずの「焦り」や「劣等感」が、綺麗さっぱり消えているのだ。
「ねえ、つむぎ。……昨日の選考、どうだった?」
美咲が声を落として尋ねてくる。
周りの数人が、察したように視線を泳がせた。
「駄目だったよ」
「……そっか。ごめん、嫌なこと聞いちゃったね」
「ううん、全然」
「でも、次があるよ! 半年後でしょ? 特訓付き合うからさ!」
「ありがとう。でも、もう大丈夫」
「え?」
「もう、受け直すつもりはないから。気にしなくていいよ」
本心だった。
管理局の許可なんて、最初から不要だったのだ。
あんな枠組みに囚われなくても、私には力がある。
妹さえ守れれば、世間の評価なんて心底どうでもよかった。
「……つむぎ?」
美咲がじっと私の顔を見つめてくる。
その瞳には、親友に対する違和感と、言語化できない戸惑いが浮かんでいた。
「なんか……吹っ切れたっていうか。……ちょっと、遠くに行っちゃったみたい」
「そうかな。普通だよ」
キーンコーンカーンコーンと、予鈴が鳴り響く。
美咲は不満そうに自分の席へ戻っていった。
教科書を開きながら、私は思う。
――何も問題はない。
美咲が授業中、何度も不安そうに振り返っていたことにも、私は気づかないフリをした。
◇
放課後。人気のない旧市街の公園。
目的はひとつ。手に入れた力の性能テストだ。
【私の希望、君の絶望】
呪文も、魔法陣の描画も要らない。
ただ『願う』だけで、世界が書き換わる。
「……魔力、展開」
すっと右手を掲げた瞬間。
――ドクン、と空間が波打った。
足元から噴き出す、不気味なほど純粋な銀の光。
大気が重低音を響かせて軋み、周囲の空間が物理的に歪み始める。
内側から溢れ出すのは、認定試験で見たどの魔法少女よりも圧倒的な、奔流のような概念の力。
「……すごい」
声が漏れる。
炎も、氷も、概念の干渉すらも、願えば思いのまま。
既存の魔法理論における「属性」や「魔力量」といった概念そのものを、上空から踏み潰すような万能感。
ふと、草むらからガサリと音がした。
怪我をした野良猫が、痛む前足をかばいながら歩いている。
私はそっとしゃがみ込み、猫へ手をかざした。
「治すね」
『事象書き換え――治癒』
銀光が一瞬だけ閃く。
次の瞬間、猫の脚の傷は痕跡すら残さず消滅していた。
猫は不審そうに自分の足を確かめると、「にゃあ」と鳴いて軽やかに走り去っていく。
「……できちゃった」
高レベルの魔法少女でも詠唱と精神集中を要する『完全治癒』を、息を吐くように成功させてしまった。
素晴らしい。これならどんな怪異が来ようと、一瞬で消し去れる。
お金も稼げる。つなぎの未来も担保できる。
すべては解決したのだ。
……なのに。
「……あれ?」
胸の奥に、不気味なほどの「空洞」を感じた。
猫を助けて嬉しいわけでもない。
万能の力を手に入れて興奮しているわけでもない。
まるで、他人の人生のゲーム画面を淡々と眺めているような、冷ややかな感覚。
昨日までの私が抱いていた苦悩も、情熱も、人間らしい葛藤も。
気付けば、すりガラスの向こう側に追いやられたように霞んでいる。
「……まあ、いっか」
考えるのをやめた。困るようなことではない。
それよりも、早く帰ろう。
今日はつなぎの好きなチーズハンバーグを作ってあげないと。
茜色の夕空を見上げながら、私は足早に公園を後にした。
◇
同日、午後五時二十分。
魔法少女管理局・中央支部、高層司令室。
「――何ですって!?」
現役S級魔法少女であり、昨日の面接官を務めた九条玲奈は、端末の警告音に跳ね起きた。
モニターに映し出されているのは、市街地北部の異常魔力検知アラート。
「反応出力、既存の概念等級を測定不能! ……いえ、それだけではありません!」
オペレーターの悲鳴に近い報告が飛ぶ。
「属性反応『なし』! 熱も、冷却も、運動エネルギーの指向性も一切存在しません! 純粋な『法則干渉波』です!」
「馬鹿な……! 属性を持たない魔力なんて、この世界に存在しないはずよ!?」
玲奈は前傾姿勢になり、拡大映像を食い入るように見つめた。
粗い街頭カメラの映像。
そこに映っていたのは――銀髪の少女。
「白門……つむぎ……?」
息が止まる。
昨日、「誰かを守る倫理観が足りない」と不合格を突きつけた、あの少女。
画面の中で、つむぎが手をかざす。
足元に広がったのは、幾何学模様すら超越した、歪で禍々しい銀の幾何学。
既存の術式体系を全否定する、絶対的な『異物』の刻印。
「……禁忌魔法」
玲奈の背筋に、氷を突き立てられたような悪寒が走った。
失われた古文書にのみ記される、悪魔の契約。
術者の『何か』を代償にして、世界の理を書き換える不可逆の力。
「すぐに現地へ調査部隊を投下! ……いいえ、私が直接行くわ!」
「九条様!? しかし彼女は不合格になった一般市民です、接触には上層部の指示が――」
「そんなものを待っている暇はないのよ!」
玲奈は怒鳴り散らすように叫んだ。
モニターの中のつむぎは、猫の傷を治し、穏やかに笑っていた。
その笑顔はあまりにも可憐で、そしてあまりにも――『感情』が欠落していた。
(……私が、彼女を追い詰めたの?)
(『正論』を振りかざして不合格にしたせいで、彼女はあの禁忌に手を伸ばしたの……!?)
胸を刺すような罪悪感と、底知れぬ恐怖。
玲奈は拳を強く握りしめた。
彼女が何を代償に捧げたのか、まだ誰も知らない。
だが、確かなことがひとつだけあった。
――あの少女はもう、