魔法少女の才能がないと言われた私、禁忌の魔法で最強になる 作:いーる
魔法少女になれなかった少女が、魔法少女を凌駕する力を手に入れた。
それは誰にとっても予想外の出来事だった。
――ただし、本人を除いて。
◇
「つなぎー、朝ご飯できたよー」
「はーい!」
朝七時。
白門家の食卓には、香ばしく焼けたトースト、目玉焼き、温かいスープが並んでいた。
エプロン姿の白門つむぎは、手際よく皿を運ぶ。
艶やかな銀髪を後ろでまとめたその立ち姿は、誰もが振り返るほどの美少女だ。
「お姉ちゃん、今日も学校?」
「そうだよ。つなぎもでしょ?」
「うん!」
妹のつなぎが、元気いっぱいに頷く。
両親を事故で失ってから、二人きりで身を寄せ合って生きてきた。
生活は決して裕福ではなかった。友達が持っているものを羨ましく思った日もある。
けれどつなぎは、妹なりに無理をする姉を気遣い、決して弱音を吐かなかった。
だからこそ、つむぎが「魔法少女になる」と言った時、つなぎは誰よりも応援したのだ。
自分のために命懸けで戦おうとしてくれている姉を、大好きなのだから。
「ねえ、お姉ちゃん。昨日『魔法が使えるようになった』って言ってたよね? どんな魔法なの?」
「んー、いろいろだよ。炎を出したり、氷を出したり。怪我も一瞬で治せるよ」
「ええっ! すごい!」
ぱっと目を輝かせる妹を見て、つむぎの口元にすっと笑みが浮かぶ。
妹が喜んでくれる。
ただそれだけで、この力を手に入れた価値があった。
「今度、つなぎにも見せてね!」
「いいよ。危なくないやつね」
「約束だよ?」
「うん、約束」
差し出された小さな小指に、自分の小指を絡める。
ゆびきりげんまん。
……昔は、このささやかな触れ合いに温かい愛おしさを感じていたはずだった。
けれど今のつむぎには、その「温かさ」が何なのか、うまく思い出せない。
記憶の中にある『妹が喜ぶ記号』に従って、ただ機械的に微笑みを返しているだけ。
胸の中にあった感情のグラデーションは削ぎ落とされ、いまや「つなぎの笑顔」という絶対の目的だけが、冷たく鮮明に輝いていた。
つなぎが笑えば、自分も笑う。
つなぎが望めば、世界を壊してでも叶える。
――それこそが、今の彼女に残された唯一の《希望》なのだから。
◇
午前十時三十二分。東京都第二十三区。
突如として空間が腐敗するように黒く歪み、アスファルトを砕いて『それ』は現れた。
『ギ、ギギギギギギッ……!』
六本の長大な腕に、漆黒の硬質甲殻。
頭部には眼球がなく、縦に裂けた口から無数の不揃いな歯が覗く。
――怪異。人類を脅かす災厄。
路地裏に追い詰められた男性が、絶望に顔を歪めて尻餅をついた。
「ひ、ひぃぃぃっ……! 助け――」
怪異の巨大な爪が、容赦なく振り下ろされる。
肉が引き裂かれる凄惨な結末――その直前。
「はい、そこまで」
場違いなほど軽やかな声が響き、爪がピタリと止まった。
見えない絶対の壁に阻まれ、空中で固定された怪異が凶悪に身悶えする。
恐怖に目を見開く男性の前に立っていたのは、制服姿の銀髪少女――つむぎだった。
「危ないよ、おじさん。下がってて」
「え……あ、君……?」
「さてと」
首を小さく傾げ、眠たそうな目で怪異を見上げる。
緊迫感など微塵もない。
「これ、倒したら報酬が出るんだよね?」
グアァァァッ!と怪異が暴れ、周囲の建物が震動する。
現役の魔法少女であっても複数人でパーティを組み、慎重に間合いを詰めるレベルの脅威。
だが、つむぎは小さく欠伸を漏らした。
「うーん。せっかくだし、試してみようかな」
すっと右手を掲げる。
指先に灯ったのは、禍々しくも美しい銀の概念光。
「【私の希望、君の絶望】」
――瞬間。
世界の物理法則が狂い乱れた。
炎、氷、雷、風、光、闇――本来であれば反発し合い、自爆を引き起こすはずの『六大属性』の巨大魔法陣が、怪異を取り囲むように同時展開される。
『――!?』
灼熱の炎が脚を焼き焦がし、絶対零度の氷が肉体を凍結させる。
雷霆が体腔内を爆砕し、真空の風が甲殻を細切れに刻む。
閃光が核を穿ち、漆黒の闇がその存在ごと逃げ場を呑み込んだ。
何一つ、無駄がない。
何一つ、反抗を許さない。
たった一瞬。
全属性の同時多段行使という理外の暴力によって、怪異は塵すら残さず消滅した。
「……あれ?」
パチパチと目を瞬かせるつむぎ。
「もう終わり? ……まあいっか。次はもっと強いやつだといいな」
その場にへたり込んだ男性は、開いた口が塞がらなかった。
目の前で起きた現象が理解できない。
手を開いただけだ。
一歩も動かず、息一つ乱さず、街を滅ぼす怪物を「掃除」してみせた。
あまりにも圧倒的で、あまりにも――不気味な強さ。
「あ、おじさん。怪我はない?」
「あ、ああ……大丈夫だ……」
「よかった」
つむぎは花が咲くように可憐に笑うと、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「えーっと、討伐したら管理局に連絡するんだっけ。……報酬、いくらもらえるかな」
どこまでも嬉しそうに呟く声。
彼女にとって怪異討伐は、命懸けの死闘などではない。
妹を養うための、ただの「時給の良い作業」に過ぎなかった。
◇
同時刻。魔法少女管理局・中央支部管制室。
「緊急事態! 第二十三区に発生した怪異の反応が――消滅しました!」
「何ですって!? 現地部隊はまだ到着していないはずよ!」
九条玲奈の声が跳ね上がる。
「映像を回して! 一体何が起きたの!?」
「は、はい! 監視カメラの映像を復元します!」
メインモニターに映し出されたのは、あまりにも異常な光景だった。
銀髪の少女が、すっと手をかざす。
次の瞬間、画面を覆い尽くす多重魔法陣。
炎と氷。雷と風。光と闇。
相克するはずの属性群が完璧なハーモニーを奏で、怪異を「概念ごと消去」していた。
「……嘘でしょ」
玲奈は言葉を失った。
属性の同時行使など、理論上は不可能とされている。
それを彼女は、散歩の途中で道端の缶を蹴り飛ばすような軽々しさでやってのけたのだ。
「白門……つむぎ……」
昨日、「倫理観が足りない」と切り捨てた少女。
画面の中の彼女は、助けた男性に優しく微笑みかけていた。
怪我がないか気遣い、安堵の表情を浮かべている。
その姿だけを見れば、まるで市民を守る理想的な魔法少女そのものだった。
(……私が、間違っていたの? 彼女には、ちゃんと人を思いやる心があった……?)
玲奈の心に、激しい後悔が苦く広がる。
……だが。
拡大されたつむぎの『目』を見た瞬間、玲奈の全身にぞっとするような鳥肌が立った。
(違う……ッ!)
笑っている。確かに可憐に笑っている。
けれど、その瞳の奥には何もない。
歓喜も、達成感も、安堵も、恐怖すらもない。
まるで「人間を模した精巧な人形」が、プログラム通りに笑顔の表情筋を動かしているかのような――底知れぬ狂気と虚無。
「この子は……一体何を代償にして、その力を手に入れたの……?」
絞り出すような玲奈の声に、答える者は誰もいなかった。
モニターの中の少女は、スマホの画面を見つめながら、ただ無邪気に微笑んでいる。
自分が何を失い、どれほど致命的なモンスターへと変貌を遂げつつあるのか、自分自身すら気づかないまま。