魔法少女の才能がないと言われた私、禁忌の魔法で最強になる 作:いーる
翌朝。
「……んん」
午前六時三十分。
アラームが鳴る前に目を覚まし、スマートフォンの画面をタップする。
カーテンの隙間から差し込む朝日を浴びながら、小さく伸びをした。
つなぎの朝ご飯を作って、学校へ行って、帰りにスーパーで買い出しをする。
いつも通りの、愛おしい日常。
……あ、そうだ。
「昨日の通知、返事してなかったな」
魔法少女管理局から届いていたメッセージを開く。
『本日発生した怪異の討伐について確認したい事項があります』とのこと。
連絡先を教えた覚えはないけれど、向こうは国家機関だ。いくらでも調べようがあるのだろう。
生活費、つなぎの学費、将来のための貯金。
高校生のアルバイトだけでは限界がある。その点、怪異討伐の報酬は破格だ。
今の私にとって、怪異は「危険な災厄」というより「お金を運んでくる鴨」に近かった。
『本日の放課後なら時間が取れます』
返信を送信すると、数秒で返ってきた。
『ありがとうございます。本日十六時に魔法少女管理局・東京中央支部までお越しください。担当者がお待ちしております』
「ふふ、話が早くて助かるな」
満足してスマホを置く。
これで、我が家の財布事情もずいぶんと楽になるはずだ。
ベッドを降りる私は、まだ知らなかった。
管理局が私を呼び出した理由が、報酬の説明などではなく「危険要素の排除と解明」であるということを。
そして――部屋で待っているのが、昨日私を不合格にしたあの面接官だということも。
◇
午前七時。
「お姉ちゃん! 今日の卵焼き、いつもより甘くて美味しい!」
「そう? 砂糖を少し増やしてみたんだ」
「すごく好き!」
朝食の席で、つなぎが頬を膨らませて笑う。
妹が元気で、ご飯を美味しいと言ってくれる。それだけで十分すぎるほど幸せだ。
「そういえば、つなぎ。今日ね、放課後に少し用事ができたの」
「用事?」
「うん。昨日の怪異のことで、管理局から呼び出されちゃって。たぶん、報酬のお話しだと思うんだよね」
その瞬間――カチャン、とつなぎの手が止まった。
「……報酬って、お姉ちゃんが怪異を倒したの?」
「そうそう。だから、ちゃんとお金のこと聞いてこようと思って」
「……危ないこと、しない?」
縋るような、不安げな瞳が私に向けられる。
危ないこと?
昨日の怪異なんて、息を吸うように簡単に消し去れた。
どんな敵が来ようと、今の私なら指一本で塵にできる。
危険なんて、どこにもない。
「大丈夫だよ」
私は満面の笑みで答えた。
「お姉ちゃん、すごく強くなったから」
「……うん」
つなぎは頷いたけれど、その顔から不安の色は消えなかった。
むしろ、どこか怯えているようにさえ見える。
(どうしてだろう?)
私は強くなったのだ。つなぎを絶対に守れる完璧な存在になったのだ。
なのに、どうしてそんな顔をするのだろう。
……まあ、いっか。
私の強さを知れば、いずれ分かってくれるはずだ。
「ほら、冷めちゃうよ」
「あっ、うん……!」
皿に卵焼きを乗せてあげると、つなぎは少し引きつった笑みを浮かべた。
今は、それで十分だった。
◇
午後四時。魔法少女管理局・東京中央支部。
都心の一等地に聳え立つ巨大な白亜のビル。
目に見えない防衛結界が張り巡らされたその威容は、まさに人類防衛の要衝そのものだ。
「昨日の件で呼び出されました、白門つむぎです」
受付を通され、案内に従って三階の応接室へと向かう。
重厚な扉を開けると、そこにいた人物を見て、私は思わず目を丸くした。
「……久しぶり、と言うべきかしら」
そこにいたのは、昨日私に不合格を突きつけた面接官――九条玲奈だった。
「九条さん?」
「ええ。覚えていてくれたのね。……どうぞ、座って」
対面のソファに腰を下ろす。
玲奈さんは書類を手に取り、どこか張り詰めたような、痛切な視線を私に向けていた。
「まず、昨日の討伐について説明するわ。あなたが倒した怪異は、危険度C相当。……けれど、あなたはそれを一瞬で消滅させた」
「はい。手応えもなかったですね」
「……その時、あなたが使った魔法を解析させてもらったわ。炎、氷、雷、風、光、闇――少なくとも六大属性が、完全に同時に観測されている」
玲奈さんが身を乗り出し、机に両手をついた。
「相反する属性の同時制御なんて、通常の魔法少女には『絶対に』不可能なの。白門さん……あなた、一体どんな魔法を使っているの?」
どんな魔法?
名前なら、手に入れた時に頭の中に刻まれたから知っている。
「【私の希望、君の絶望】です」
――ピキ、と。
部屋の空気が凍りついた。
玲奈さんの顔から血の気が引き、瞳孔が収縮する。
「……いま、何と言ったの?」
「【私の希望、君の絶望】ですけど」
「その魔法は……誰に習ったの!? どこで手に入れたの!?」
「誰からって言われても……願ったら、勝手に与えられたというか……」
私の曖昧な返答に、玲奈さんは頭を抱え、絶句した。
禁忌。古文書にすら名をとどめない、理外の力。
それを、目の前の少女は放課後の雑談のような軽さで口にしている。
「……あなた、その魔法の『代償』を理解しているの!?」
「代償?」
首を傾げる。
契約の時に何か言われた気もするけれど……別に身体が痛むわけでもない。
「特に何もないですよ? 使えるから使ってるだけで」
「……っ!」
玲奈さんは息を呑み、震える声を絞り出した。
「自分に……『異常』が起きている感覚はないの!? 感情が壊れていくとか、大切なものがどうでもよくなるとか……何かが欠け落ちていく恐怖はないの!?」
以前と比べて。
感情が薄くなったか。
……うーん。
試験に落ちた悔しさも消えたし、怪異への恐怖も消えた。美咲の心配もよく分からなかった。
でも、それが何か問題なのだろうか?
「特に困っていません」
私はニッコリと笑って答えた。
「つなぎも元気ですし、毎日すごく楽しいですよ?」
嘘偽りのない本音だった。
妹は生きている。ご飯は美味しい。魔法があればお金も稼げる。
完璧だ。何の不足もない。
玲奈さんは、私の「完璧な笑顔」を見て、ぞっとしたように身体を強張らせた。
「……あなた、昨日の面接で言ったわね。『妹さえ無事なら、他の人間はどうなろうと構わない』って」
「はい」
「なのに、昨日は見知らぬ男性を助けた。どうして?」
「え?」
どうして、と聞かれても困る。
「助けられそうだったので。ついでです」
正義感でも、倫理観でもない。
「そこにいて、簡単に消せたから消した」。ただそれだけの無機質な事実。
玲奈さんは力なく背もたれに倒れ込み、苦痛そうに目を開けた。
(……違う。この子は『正義』に目覚めたんじゃない。ただ『人間としての葛藤』そのものが消滅しているんだ……!)
彼女が抱いたのは、圧倒的な恐怖と罪悪感。
自分が昨日不合格にしたせいで、この少女は怪物へと変貌してしまったのではないかという絶望。
「……白門さん。あなたの状態を、管理局で定期的に調査させてほしいの」
「調査、ですか?」
「ええ。あなた自身と、周囲の安全のために――」
「報酬は出ますか?」
ピタリと、玲奈さんの言葉が止まった。
「……え?」
「交通費とか、協力費とか。時間を拘束されるなら、手当が出ないと困るんですけど……」
「……出、出るわ。必要経費も協力費も支給する……」
「本当ですか! じゃあ喜んで受けます!」
ぱっと顔を輝かせる。
よかった! これでつなぎに新しい服を買ってあげられる! 美味しいお肉も買える!
弾けるような私の笑顔を見て、玲奈さんは震える手で自身の膝を固く握りしめていた。
世界を滅ぼしかねない禁忌の力を振りかざしながら、頭の中にあるのは「妹の生活費」だけ。
倫理も、恐怖も、世界への関心も、全て削ぎ落とされた完璧な狂気。
「……あなたは本当に、妹さんのことしか見えていないのね」
「はい! つなぎは私の一番大切な妹ですから!」
迷いなく、純粋に答える。
玲奈さんは何も言えなかった。
私の「妹を愛する気持ち」だけは、何一つ変わっていない。
――それ以外のすべてが、手遅れなほど壊れて失われていることにも気づかないまま。