魔法少女の才能がないと言われた私、禁忌の魔法で最強になる 作:いーる
面談が終わったのは、午後五時を過ぎた頃だった。
「今日はありがとう。詳しい調査日程は、改めて連絡するわ」
「はい。よろしくお願いします」
深く頭を下げ、応接室を後にする。
廊下を歩きながらスマホを取り出し、つなぎに「帰りが少し遅くなる」とメッセージを打とうとした――その時。
ウーッ! ウーッ! と、館内に耳を劈く甲高い警戒サイレンが鳴り響いた。
『緊急警報。東京都内にて、未確認の超高濃度魔力反応を検知』
歩いていた職員たちが、一斉に足を止める。
『対象位置を特定中。周辺地域の魔力濃度、異常値を更新中。魔法少女各員は直ちに指定ポイントへ展開してください』
「……なんだろう?」
首を傾げた私の背後から、慌ただしい怒号と足音が近づいてきた。
「九条様っ! 大変です、反応の発生地点が判明しました!」
「どこ!?」
応接室の扉が勢いよく開かれ、悲鳴のような報告が廊下に響き渡る。
「第一級警戒区域の外縁部です! 封鎖領域の内部から直接、魔力が噴出しています! 出力上昇が止まりません……っ!」
「馬鹿な、あの封鎖結界を破って内部から!? 脅威度は!?」
「判定不能……! 計測カウンターが振り切れました……『測定不能』です!!」
ヒッ、と誰かが息を呑む音が聞こえた。
廊下の空気に、物理的な圧迫感すら混じる。
玲奈さんが凄まじい気迫で矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「周辺住民の即時避難! S級含む全魔法少女に緊急招集命令! 観測班は至急詳細のデータを――」
「九条様! 魔力波形が……変異しました!」
「何ですって!?」
「怪異の波形だけではありません! 空間の物理法則そのものが歪められています……!」
職員の端末を覗き込んだ玲奈さんが、息を詰まらせた。
その時、廊下に立っていた私と玲奈さんの視線が交差する。
玲奈さんは焦燥に顔を歪め、私の肩を掴む勢いで叫んだ。
「白門さん! あなた今すぐ帰りなさい!」
「え?」
「いいから! 今すぐ地下通路から脱出して、妹さんの元へ戻るの!」
……ん?
帰る。つなぎの元へ。
もちろんそれは最優先事項だ。けれど、ふと疑問が湧いた。
「……あの、九条さん」
「何!? 急いで――」
「その怪異……倒したら、報酬は出ますか?」
「…………は?」
玲奈さんの思考が、完全に停止した。
慌ただしく走っていた職員たちも、まるで時が止まったかのように私を凝視する。
危険度測定不能。
そんな大物が現れたのなら、討伐報酬は桁違いのはずだ。
それを倒せば、一気に数年分の生活費が稼げる。つなぎを私立の学校に通わせてあげることも、欲しいものを全部買ってあげることもできる。
私にとっては、危険どころか「千載一遇のチャンス」でしかなかった。
「……白門さん」
玲奈さんの声が、激しい怒りと戦慄で震えている。
「あなた……自分が何を言っているのか解っているの!?」
「はい。怪異を倒した場合の特別危険手当が出るかどうかの確認ですけど」
「そういうことを言っているんじゃないのッ!!!!」
廊下に響き渡る、玲奈さんの裂けるような怒声。
職員たちがビクッと身を竦める。
……あれ? なんで怒られたんだろう?
私はただ、効率よく家計を助けたいだけなのに。
その時、追い打ちをかけるように無機質な館内アナウンスが響いた。
『緊急速報。対象の魔力波形を照合完了』
『現地の観測班より最終報告。対象は――封印指定個体』
『災厄級怪異【黒冠】の現世侵入を確認』
――【黒冠】。
その名が聞こえた瞬間、玲奈さんの顔から血の気が完全に引き、膝がガクガクと震え出した。
「嘘……嘘でしょ……! あの都市壊滅級の悪魔が、どうして今……!?」
「現地の先遣部隊は!?」
「全滅……信号が全滅しましたぁぁっ!」
悲鳴とパニックが管制フロアを包み込む。
かつて単体で一つの国家を崩壊寸前まで追い込み、数多の最高峰魔法少女の犠牲と引き換えに封印された伝説の悪魔。
まさに人類の存亡をかけた暗黒の災厄。
……けれど。
(……へえ)
私は口元に、するりと笑みを浮かべた。
(災厄級。……最高じゃん)
すごく強い。=すごく稼げる。=もっとつなぎを幸せにできる。
行く理由しか存在しなかった。
「それじゃ、私行きますね」
「白門さん! 待ちなさい! 白門さんっ!!」
後ろから叫ぶ玲奈さんの制止をあっさりと無視し、私は軽やかな足取りで廊下を歩き出す。
大丈夫。パパッと片付けて、急いで帰ればいい。
今日の夕飯は何にしようか。つなぎの好きなチーズハンバーグにしよう。
少女の背中を見送りながら、九条玲奈は膝から崩れ落ちそうになっていた。
止めなければならない。
あの壊れた少女を、今すぐ拘束してでも止めなければ。
だが、昨日の光景が頭から離れない。
属性の概念を踏み潰し、何の躊躇もなく理外の力を振るう銀髪の怪物。
自分の命すら惜しまず、世間の恐怖も理解せず、ただ「妹」という唯一の希望だけを燃料にして爆走する異物。
(……あの子は、誰かを傷つけたいんじゃない)
(世界を滅ぼしたいわけでもない……。ただ、妹を守りたいだけなの……っ!)
だからこそ、恐ろしい。
その純粋すぎる狂気ゆえに、彼女は遮るものすべてを粉砕しながら突っ走っていく。
そしてその果てに、彼女自身の中身が完全に空っぽになってしまうことすら、彼女は気づいていないのだ。
「……お願いだから」
玲奈は祈るように胸の前で手を組んだ。
「これ以上……何も失わないで……ッ!」
だが、その悲痛な叫びが届くことはなかった。
◇
東京都内、封鎖区域。
崩落した高層ビルの瓦礫の山の上に、漆黒の巨大な『影』が佇んでいた。
漆黒の外殻。頭上に蠢く、王冠を模した頭角。
周囲の空間を物理的に歪ませ、大気を腐敗させる絶望的な魔力圧。
――災厄級怪異【黒冠】。
長い封印から解き放たれた悪魔が、緩慢に首を巡らせる。
そして、裂けた口を耳まで引き裂き、凶悪に「歪んだ笑み」を浮かべた。
瓦礫の道路の向こうから、一人の人間が近づいてきたからだ。
輝く銀髪。
どこか眠たそうな、無防備な瞳。
制服のポケットに手を突っ込み、散歩でもするように歩いてくる少女。
悪魔が放つ殺意の咆哮だけで、普通の人間なら精神が狂い、血管が弾け飛ぶほどの圧力が空間を支配する。
だが、少女は平然と悪魔を見上げ、嬉しそうに首を傾げた。
「あなたが、災厄級?」
グアァァァァァッ……!と【黒冠】が空間を叩き割り、絶対的な死の波浪が少女を襲う。
しかし、少女の髪ひとすじ揺れない。
「うん。確かに、今までのやつより高そう」
すっと、右手を掲げる。
指先に灯ったのは、禍々しくも美しい銀の概念光。
「じゃあ、よろしくね」
友達に挨拶するような気軽さで、少女はその呪文を口にした。
「【私の希望、君の絶望】」
――ガガガガッ!と世界が、銀の絶望で塗り潰される。
人類の命運を懸けた、最悪の戦いの幕が上がる。
――ただし。
この少女が守ろうとしているものに、「人類の平和」など一微塵も含まれていない。
たった一人の妹。
それだけだった。