魔法少女の才能がないと言われた私、禁忌の魔法で最強になる   作:いーる

9 / 9
第八話 おかえり、お姉ちゃん

 

 

玄関の扉を開けた瞬間、あたたかな味噌汁の匂いが鼻腔をくすぐった。

 

「ただいまー」

 

「おかえり、お姉ちゃん!」

 

ぱたぱたと忙しない足音を立てて、妹のつなぎが駆け寄ってくる。

その姿を目にしただけで、つむぎの頬は自然と緩んだ。

 

「ただいま、つなぎ。すごくいい匂いがするね」

 

「うん! 今日はお姉ちゃんが帰ってくるから、私が作ったんだよ!」

 

「へえ、何を作ってくれたの?」

 

「お味噌汁と、卵焼き! あとね、昨日の残りのお肉も温めたの」

 

「すごいね。つなぎは本当にお料理上手だなあ」

 

「えへへ……!」

 

褒められたつなぎが、花が咲くような笑みを浮かべる。

その笑顔を見つめながら、つむぎは深く満たされていた。

 

今日も、つなぎは幸せそうに笑っている。

――なら、何も問題はない。

 

「そうだ。帰りにお土産を買ってきたんだよ」

 

「お土産?」

 

「うん。はい、どうぞ」

 

差し出したのは、上品なリボンの結ばれた小さな箱。

中に入っているのは、つなぎが以前から「食べてみたい」と憧れていた、有名洋菓子店のショートケーキだ。

 

「わあっ! これ、前に一緒にお店の前を通ったときの……!」

 

「覚えてたからね」

 

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 

箱を愛おしそうに抱きしめ、跳ね回るつなぎ。

つむぎは、その可憐な姿をじっと見つめていた。

 

喜んでいる。

つなぎが、心から喜んでくれている。

 

――それだけで、今日という日を生き抜いた成果としては十分すぎた。

 

災厄級怪異との絶望的な死闘も。

肉体を内側から削り取られるような激痛も。

あの異質で禍々しい力を解き放った代償も。

 

すべて、つなぎの笑顔一つに比べれば、あまりにも些細なゴミくずに過ぎない。

 

「……お姉ちゃん?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「ううん。何でもない」

 

つなぎは小さく首を振った。

けれど、その瞳は姉の顔から離れない。

 

いつも通りの優しい笑顔。

いつも通りの温かい声。

 

――なのに、どこかが決定的に違う。

胸の奥で、冷たい違和感がざわついていた。

 

◇

 

夕食の食卓は、いつもより少しだけ華やかだった。

買ってきたケーキも並び、つなぎは終始ご機嫌に箸を進めていた。

 

「ねえ、お姉ちゃん。今日、何かいいことあったの?」

 

「どうして?」

 

「だって、すごく機嫌がいいから」

 

「ああ、そういうこと」

 

つむぎは箸を置き、軽く首を傾げた。

 

いいこと。

そう言われれば、確かにそうかもしれない。

 

あの災厄級怪異を無事に討伐した。

相応の報酬も期待できる。

これでまた当分の間、つなぎに苦労をさせずに済む。

将来のための貯金もできるし、望むならもっと日当たりのいい広い部屋へ引っ越すことだってできるはずだ。

 

つなぎが欲しいものを、望むものを、もっとたくさん与えてあげられる。

 

「うん。すごくいいことがあったよ」

 

「本当?」

 

「本当。これからは、もっといろんなものを買ってあげられると思うよ」

 

「……そっか」

 

つなぎの表情が、一瞬だけ陰った。

 

「でもね、お姉ちゃん」

 

「なあに?」

 

「私、そんなにたくさん欲しいものがあるわけじゃないよ?」

 

「そうなの?」

 

「うん。おいしいご飯とか、かわいい洋服は嬉しいけど……」

 

言葉を切り、つなぎはすがるような瞳で姉を見つめた。

 

「お姉ちゃんと一緒にご飯を食べたり、おしゃべりしたり。私、そういうのが一番好きなんだよ」

 

「……」

 

「だからね、お姉ちゃん。無理してまで働かなくても、私は大丈夫なんだよ?」

 

つむぎは、静かにパチパチと瞬きをした。

 

無理。

いま、つなぎは「無理をするな」と言ったのだろうか。

 

けれど、つむぎにはその言葉の意味がよく分からなかった。

自分は無理などしていない。

 

痛みも、疲労も、確かに残ってはいる。

けれどそれらはすべて、つなぎの幸福という果実を手に入れるための過程に過ぎない。

そもそも、最愛の妹のために命を洗練させることの、一体どこに無理があるというのだろう。

 

「大丈夫だよ、つなぎ」

 

つむぎは、柔らかく微笑んだ。

 

「私はね、つなぎのためなら何だってできるから」

 

「……そうじゃなくて」

 

「心配しないで。全部、お姉ちゃんに任せておけばいいんだよ」

 

つなぎは、そっと口を閉ざした。

 

姉は笑っている。

世界で一番優しくて、温かい顔をしている。

 

けれど、その言葉は。

つなぎの切実な想いを、何一つ受け止めてはくれていなかった。

 

最初から、姉の中で答えは決まっているのだ。

どんな言葉を投げかけたとしても、姉は微笑みながら同じ言葉を繰り返すのだろう。

 

――私が守るから。

――私が何とかするから。

――私に任せて。

 

幼い頃から、幾度となく聞かされてきた言葉。

けれど、いまの姉は。

 

まるでそれ以外の感情や言葉を、どこかに落としてきてしまったかのようだった。

 

「……お姉ちゃん」

 

「うん?」

 

「ちゃんと……自分のことも大切にしてね」

 

つむぎは、少しだけ不思議そうに首を傾げた。

 

「もちろんだよ」

 

そして、さも当然の真理であるかのように言い放った。

 

「だって、私が壊れたら、つなぎを守れなくなっちゃうでしょう?」

 

「――――」

 

つなぎは、もう何も言えなくなった。

 

違う。

そんな理由じゃない。

そういうことじゃ、ないのに。

 

◇

 

その夜。

 

つなぎは、静まり返った廊下で、姉の部屋のドアを見つめて立ち尽くしていた。

扉の向こうから、かすかな紙擦れの音が漏れ聞こえてくる。

 

つむぎは今夜も、何かを調べているようだった。

 

魔法少女管理局からの連絡。

災厄級怪異の討伐報酬の振込口座。

今後の任務スケジュールの確認。

 

きっと、そういったものを淡々と処理しているのだろう。

 

つなぎは、ノックをしようと手を伸ばしかけて――

 

そのまま、そっと手を引いた。

 

何を言えばいいのか、もう分からなかった。

 

心配していること。

どうか無理をしないでほしいこと。

妹の自分を守るためじゃなく、お姉ちゃん自身のために生きてほしいこと。

 

伝えたい想いは、山ほどある。

けれど、どれだけ言葉を尽くしても、いまの姉の心には何一つ届かない気がした。

 

つなぎは足音を殺し、自分の部屋へと戻った。

 

机の上には、一粒のホコリもなく飾られた家族写真。

両親がまだ生きていた頃。

まだ、つむぎが「普通の女の子」だった頃の写真だ。

 

写真の中の姉は、いまと同じように笑っている。

けれど、そこには喜怒哀楽があり、世界を確かに見つめる強い瞳があった。

いまの姉のように、どこか遠くの虚無を見つめるような笑顔ではなかった。

 

つなぎは、写真をそっと胸元に抱きしめた。

 

「……お姉ちゃん」

 

ぽつりと漏れた呟きは、暗い部屋の中に溶けて消える。

 

「私、なにができるのかな……」

 

答えなんて、暗闇のどこにも転がっていない。

それでもつなぎは、祈るように写真を強く抱きしめた。

 

お姉ちゃんを守りたい。

お姉ちゃんに、本当の幸せを感じてほしい。

これからも、ずっと一緒に生きていきたい。

 

幼い頃からずっと胸に抱き続けてきた、たった一つの願い。

 

けれど。

いまの姉が望んでいる「幸福」は、本当に自分と同じものなのだろうか。

 

その恐ろしい疑問に答えられる者は、どこにもいなかった。

 

◇

 

同じ刻。

 

つむぎは、自室の机で書類に向き合っていた。

蛍光灯の光に照らされているのは、魔法少女管理局の極秘文書だ。

 

――災厄級怪異『黒冠』討伐完了報告書。

――暫定討伐報酬額。

――今後の事後聴取、ならびに再審査の案内。

 

「……ふむふむ」

 

書面に目を通しながら、つむぎは満足そうに頷いた。

 

提示された報酬額は、破格だった。

これだけの金があれば、つなぎの学費も、生活費も、将来の不安もすべて拭い去ることができる。

つなぎに何かを我慢させる夜は、二度と訪れない。

 

「よかった……」

 

つむぎは心底ホッとして、胸を撫で下ろした。

 

ふと視線を彷徨わせると、机の隅に置かれた写真立てが目に入った。

幼い頃の自分と、つなぎが並んで写っている一枚だ。

 

つむぎはそれを手にとり、じっと眺めた。

 

「……あれ?」

 

歪な違和感が、胸を掠める。

 

写真の中の自分は、どうしてこんな風に笑っているのだろう。

 

隣にいるつなぎのことが愛おしいから?

カメラを向けた両親が可笑しかったから?

それとも、他に何か嬉しいことでもあったのだろうか?

 

思い出そうと、記憶の引き出しを漁ってみる。

けれど――いくら手繰り寄せようとしても、胸の奥には冷ややかな空白が広がるばかりだった。

 

感情の『理由』が、どこにも見当たらない。

 

「……まあ、昔のことだもんね」

 

覚えていなくても、何の支障もない。

つむぎは微かに微笑むと、写真をそっと元の場所に戻した。

 

「そんなことより、明日のスケジュールを確認しなきゃ」

 

明日も、つなぎの笑顔を守るためにできることをしよう。

思考を切り替え、つむぎは再び管理局の書類へと意識を落とした。

 

机の上の写真は、もう二度と視線に触れることはなかった。

 

そこに写る無邪気な少女が、かつて自分自身であったこと。

そして、その「心」を何と引き換えに擦り減らしてしまったのかを。

 

彼女が知る日は、きっと永遠に訪れない。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

最強魔法少女はニチアサ枠から引退したい(作者:おすすめのプリキュアは何ですか)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

正義の魔法少女として四十年勤めた社畜系魔法少女(元♂)が、引退してスローライフを送ろうと思うけど正義の魔法少女過ぎて困ってる人を見過ごせなかったり、後輩達から色々な感情を向けられたりするそんな作品です。


総合評価:1035/評価:8.83/連載:4話/更新日時:2026年11月02日(月) 19:47 小説情報

洗脳闇堕ち妹を差し置いて、クソデカ感情を別な奴に向ける姉(作者:片桐きな粉)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

「くくく...ついに完成したぞ!絶対服従の強化個体だ!!」▼↑洗脳出来てません。でも逆らったらヤバそうなので従います。▼「なんで...あなたがそっち側にいるの!?」▼「私の妹を攫った、そっち側に.......っ」▼「ふざけないで!...友達だと、思ってたのに」▼主人公そっちのけで始まる重い感情のぶつかり合い。すれ違い。etc...▼これも全部敵が悪いんだ!!…


総合評価:647/評価:8.38/連載:8話/更新日時:2026年08月21日(金) 21:34 小説情報

病んだ少女に、代償として血を求めるタイプの魔剣を与えてはならない(作者:ねりぃ)(オリジナル:ファンタジー/恋愛)

 ーー周囲は曇る。ついでに魔剣も曇る。▼*▼ 少女ルリナは今、人生のどん底にいた。▼ 数年前に両親を失い、唯一の肉親である妹ミルと共に、魔物の襲撃から街を守るハンター業で生計を立てていたルリナは、ある日、魔物の攻撃からミルを庇って、右腕を失い、更には魔法まで失ってしまう。▼ 普段は魔法で補っていた身体能力や、魔法で誤魔化していた持病の悪化のために、日常生活す…


総合評価:1385/評価:8.81/連載:8話/更新日時:2026年10月27日(火) 00:00 小説情報

七大厄災の最弱ですが、リーダーやってます。(作者:霧夢龍人)(オリジナル:ファンタジー/コメディ)

『七大厄災』▼それは龍や悪魔すら恐れ、神や天使すらも震え上がる世界最強の七人。▼──そんな奴らを束ねる彼女は、当然ながら世界最強……ではなく、組織の中で最弱だった。全員美女or美少女なのに、それを台無しにする癖の強さを誇る七大厄災を何とか手懐け、主人公は今日も叫ぶ。▼「お願いだから、私の許可なく世界を滅ぼそうとしないでください!」▼これは隠居を夢見る組織内最…


総合評価:2629/評価:8.45/連載:12話/更新日時:2026年09月07日(月) 07:00 小説情報

【TS】世界樹から実ったハイエルフ(中身は元社畜)、八百年ぶりの上位種として崇められていますが、人間の町でのんびり暮らしたいだけです(作者:月白イツキ)(オリジナル:ファンタジー/日常)

目が覚めたら、木の実の中だった。▼過労で倒れた元社畜が転生したのは、世界樹から八百年ぶりに実ったハイエルフ。銀髪の美少女になったうえ、数百人のエルフに神様扱いされてしまう。▼けれど、欲しいのは玉座でも永遠の礼拝でもない。熱い串焼きと、気安く話せる相手と、のんびり暮らせる場所だ。▼精霊たちを共犯に神殿を抜け出したリアは、辺境の町で赤毛の剣士マルタと、腹ぺこの少…


総合評価:557/評価:8/連載:43話/更新日時:2026年10月30日(金) 08:10 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>