シュピーゲル0 ~ 名無しの暗殺者と名有りの少女 ~ 作:氏家まさら
【第2話】黒い奔流《ブラック・タイド》
ドシュッ――!
肉を断つ鈍い一閃。
ドサ…
先ほどまで、人であった肉の塊が床へと落ちる。
「……」
その様子に、男――ジャックは壊れた人形を見るような視線を投げた。
「…少しは向上したか」
右手に持った大ぶりの短剣に視線を向ける。その刃には、僅かな返り血が付着していた。
「…はぁ」
ジャックは、呆れたようなため息を吐いた。
ぶちッ!
動かなくなった標的の懐から、無造作に金袋を引き抜く。
「……次は、もっともっと『上手く』、もっと『速く』、もっと『
それはもはや、祈りの言葉のように呟かれた。
バタン…
重々しい扉の閉まる音が、壊れた人形が放置された部屋に響き渡った。
コツ…コツ…
無機質な足音を響かせ、階段を降りるジャック。彼が薄暗い建物の入口へと足を踏み出した、その時だった。
「へえ…アンタが噂の『
不意に声をかけられ、ジャックの足が止まった。
そこには、不敵な表情を浮かべた一人の男が控えていた。
長身痩躯で、オールバックにした黒髪を後ろで束ねている。
男は、公演を終えたサーカスの役者を出迎えるかのように、ジャックを見据えていた。
「……」
フッ……
返事の代わりに、ジャックの姿が陽炎のように消失した。
「……!」
男の表情が驚愕に染まる。
ガキィインッ―――!
次の瞬間、ジャックは男の背後へと回り込み、短剣を振り下ろしていた。男は鋭い気配を察知し、寸前で剣を抜いて、その一撃を受け止めた。
「……!」
ジャックの目が僅かに見開かれる。
「へへ…噂以上だな…全く雑念がねぇ」
男は笑みを崩さなかったが、その額には一筋の汗が浮かんでいた。
ジャックが更に追撃を加える姿勢を取った。
「待ちな…。俺は殺り合いに来たわけじゃねえ。ちょいと話があるのさ」
男は顔をジャックに向けたまま、周囲の物陰へと目配せした。
ジャックが周囲に気配を巡らす。そこには、熟練の暗殺者たちが音もなく包囲網を築いていた。
「……」
ス…
ジャックが静かに短剣を下げる。
「…ふう。話が早くて助かるぜ」
男は安堵したような仕草を見せ、自らも剣を下げる。
「……」
ジャックの表情は動かない。ただ、目の前の男を見据えていた。
「お前の存在は、随分前からオレたちも感知してた。だけどな、黙認してたんだよ。毒にも薬にもならねえ奴らばかりを殺ってたからな」
男は乱れた髪を整えながら、独り言のように告げた。
「しかしな…さっきお前が殺ったやつだが、アレは『
「オレらはな、
男は右手を目の高さまで掲げ、平然と言い放った。
「単刀直入に言うぜ」
一拍置いてから、男は言葉を継いだ。
「お前さん、オレらの仲間にならねえか?」
男は口角を上げながら、ジャックの瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「…何故、俺なんだ」
ジャックが目を細め、男を見据えた。
「簡単なこった。お前には雑念がねえ。世の中を憎んでる感じでもねえ。オレらはな、快楽殺人者が欲しいわけじゃねえ。ビジネスパートナーが欲しいんだよ。腕利きのな」
「俺に
「少なくとも、俺らといたほうがまだ安全だぜ。それに衣食住も保証する。稼ぎの一部は納めてもらう形にはなるが、今よりかは稼げるはずだぜ?」
「……」
ジャックは淡々と男を凝視し続けた。
「…最初は誰を殺ればいい?」
ジャックが静かに尋ねる。
「決まりだな…!」
男は頷き、カチンと音を立てて手にしていた剣を鞘に収めた。
「まずは、俺らの
男は踵を返し、灰色の雪に覆われた道へと踏み出した。そして振り返り、肩越しに不敵な笑みを投げかける。
「あと、俺はキャスパー。よろしくな『
ザ……ザ……ザ……ザ……。