シュピーゲル0 ~ 名無しの暗殺者と名有りの少女 ~ 作:氏家まさら
ドシュッ―――!
どさ……っ。
ジャックが仕留めた獲物を見下ろす。いつもと変わらない視線だ。
ス…
立て膝をつき、うつ伏せに倒れた死体の後頭部を持ち上げる。
シャッ…!
右手のナイフが死体の両目を一文字に切り裂いた。
ビュッ…!
続けて、その舌を根元から切り落とす。
シュ‥‥シュ‥‥!
更に、右耳、左耳を慣れた手つきで切断した。その仕草は、さながら精肉店の職人のようだった。
「……」
ジャックがおもむろに手袋をはめ、床に広がった血溜まりにその手を浸した。
「…はぁ」
肩を落としながら、壁に血文字を書いていく―――それは背徳者への神罰の一文らしい。
ジャックは血のついた手袋を外すと、麻袋に入れて懐へとしまい込んだ。
「………」
バタン……。
ジャックは無表情のまま、重い足取りで部屋を後にした。
あれから、一年が経った。
時は教皇歴928年。
季節は冬。
ガチャ…
執務室の扉を開け、中へと入ったジャックは、目の前の男に
「上出来だったぜ。ジャック」
開口一番にキャスパーが告げた。彼は気さくな仕草でジャックの左肩に右手を置いた。
「…そうか」
「ああ、申し分ねえよ。…なあ親父?」
キャスパーは満足げに肯定し、部屋の奥、執務室の椅子に深く腰掛けている男に声をかけた。
「ああ、中々のもんだ」
親父と呼ばれた恰幅の良い男が満足げに告げる。
年の頃は四十から五十代ほど。
一見すると質素だが、仕立ての良い高価な服に身を包んでいた。
年齢のせいで髪は後退し、顔には深い皺が刻まれているが、その鋭い目鼻立ちは息子――キャスパーによく似ている。彼がこの
「おめえが何処の馬の骨とも知れねえヤツを
クラウスが手に挟んだ葉巻をくゆらせる。
ふー…。
紫煙が吐き出され、室内を漂った。
「――使ってみたら、これが中々どうして、上物だったな。
「へへ…!だから言ったろ?俺の目利きの才能に免じて頼む、ってよ」
キャスパーは右手を自身の胸に当てて、得意げに語りかけた。
「……」
その様子をジャックは冷めた目線で眺めていた。
彼が引き入れられた組織『
異端審問や内偵を担う主家に代わり、表では処理できない帝国の『不純物』を始末する。
そのため、表向きは盗賊団、または野盗という扱いになっている。稼ぎの一部は『
商人ギルドの幹部から成り上がったネグロストン家との折り合いは、悪い――などという
……当然、ネグロストン家を後ろ盾とする『
先日ジャックが始末したのは、その『
『貨幣の権化となった不届き者に三重苦の鉄槌を下せ』
ソレが、今回彼に下された
「……ふぅ」
ジャックがため息をつく。
「おめえのおかげで、オレも鼻が高いよ。次もよろしく頼むぜ」
パン、パン…。
キャスパーがジャックの正面に立ち、右手で彼の左肩を小気味良く叩いた。
「……ああ」
しかし、当のジャックは急速に意欲を失っていた。
以前は、返り血の中にさえ自分だけの『精度』を見出せた。だが今は、組織が用意したインクでなぞるだけの作業だ。
処理方法について独自の
「…任せてくれ」
ジャックは力無く答え、部屋を後にした。
バタン…。
ジャックが退出した後に、団長クラウスが入口の扉を横目で見た。
「……キャスパー。気をつけるんだな」
「…え?」
「アイツは人に飼い慣らされる
クラウスが葉巻を口に咥えながら、冷徹に忠告する。
「分かってるよ、親父。だからオレが手綱を握ってるのさ」
キャスパーは得意げに宣言した。
「…だと、いいがな」
ふー……。
クラウスが紫煙を吐いた。
部屋の天井に団長の吐いた煙がゆっくりと舞い上がり、灰色の街を包む