暗い森の中を一両の装甲車が駆け抜けていく。
車両の側面には「KAISER PMC」という文字がペイントされていた。
装甲車は明らかに普通ではない速度で疾走する。まるで何者かに追われているかのように。
誰かがこの装甲車をじっくりと観察することができたとすれば、その側面がまるで削り取られたかのようにぱっくりと割れているのが容易に分かった事だろう。
「もっと速度を上げろ!追いつかれるぞ!」
戦闘室にへたり込んだ機械兵が金切声を上げる。その身体は右肩から左の腰にかけて切り落とされ、僅かに残った頭と左腕が壁にしがみついていた。
「無茶を言うな!これ以上出せば横転する!」
悪路故にもがき続けるハンドルを必死に握りしめながら運転手が叫び返した。
速度計は既にこの道で出すべきでないはずの時速70㎞を示していた。
その時、バックミラーをふらりと黒い影がよぎる。
「来やがったぞ!!」
右足を失った機械兵が叫んだ。
直後、後部のドアが弾け飛んだ。まるで爆発するかのような激甚なる音を立て、鋼の欠片を飛沫のようにまき散らしながら。”切り落とされた”ドアは地面に衝突し跳ねながら夜の闇へと消えていく。
「ドアを破られた!もっと速く!」
そう叫んだ機械兵はすぐに言葉を発することができなくなった。巨大な鋼の杭のようなものがその胸を貫いたからだ。戦闘室の壁越しに機械兵を貫いた鉄塊は、そのまま一気に上方へと跳ねた。その動きに持ち上げられた機械兵の骸は天井と鉄塊の間に挟まれ一瞬で潰れた。
ひしゃげた残骸諸共、その鉄塊は天井さえも両断した。
「ぎゃァアあああああああああああ」
仲間の凄惨な死を目にして機械兵が上げた悲鳴は突風に掻き消され、誰の耳に届くこともない。
「嫌だいやだいやだいやだ嫌だぁあああ」
機械兵は狂乱のまま残った左腕で這いずり、ドアが失われてできた虚空へと必死に進む。
もはやこの装甲車の速度など頭にはない。この凄惨な場所から逃げることしかなかった。
カイザーPMCという組織への忠誠も、今己の背後でハンドルを握り続けている戦友のことも抜け落ち、ただ恐怖のままにじりじりと這いずり続ける。
「…あ」
戦闘室に空いた夜の森、その虚空から真っ黒な金属光沢を放つ太い腕が鈍い音を立てながら伸びてくる。カメラアイは薄っすらと血がこびり付いたガントレットを捉える。
視界がぐるりと360度回転する。
最後の視界が捉えたのは、戦闘室に転がる己の胴体の残骸とそれを墓標のように囲んで広がる夜の森と。
そして、著しい速度で駆ける純白の馬とその上にある真っ黒な影だった。
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トリニティ総合学園へと続く、賑やかな朝の通学路。
阿慈谷ヒフミは、スマートフォンの画面を覗き込みながら、首を小かしげていた。
「うーん…これ、本当なんでしょうか…?」
画面に映っているのは、モモトークのトレンド首位に躍り出たネットニュースの速報記事だ。
『【速報】郊外の森林地帯にてカイザーPMCの重装甲部隊が全滅――装甲車が切断された状態で発見』
『唯一の生存者は「漆黒の鎧を着た騎士に襲われた」と主張するも、認知システムのバグとみられ――』
記事に添えられた写真は、ナイフで削り取られたバターのように無残に切り裂かれたような残骸と化した装甲車が写っていた。
その装甲車の周りに転がる機械兵の残骸はもはやほつれたワイヤーと金属破片の混合物となったまま、モザイクでぼかされることもなくそのまま写されている。
「いくら治安が悪くなっているとはいえ、装甲車をこんな風に壊すなんて…。それに『真っ黒な鎧の騎士』だなんて、まるで昔のファンタジー映画ですよね」
ヒフミは「また大げさな都市伝説かな」と小さく笑い、スマートフォンを鞄にしまった。
限定のペロロ様ショップの入店予約時間を気にしながら、大通りから少し外れた静かな路地へと足を踏み入れる。
いつものように人通りはまばらで、限定グッズを手に入れるまでにはまだ時間がありそうだ。少し散歩でもしようかと角を曲がったその時だった。
道の向こうから足音がした。生徒の軽い足音ではない。ぐしゃり、ぐしゃり。そんな重く湿った音だった。
軍靴の音とも違う。機械人のモーター音すらもしない。これまで聞いたことのない足音が、日の差し込まぬ路地の向こうから響いてくる。闇の虚空の中から。
いつもの裏路地が急に真っ暗に染まって見えた。
足音はまだ近づいてくる。たかが足音に何をこんなに怯えるのか、ヒフミは自分でも訳が分からないままカバンの紐を思い切り握りしめた。
その時、足音の主が姿を現した。
頭から足先に至るまで、一切の隙間なく全身を覆う漆黒の鋼鉄。
薄っすらと返り血のような赤みが滲むその暗黒の甲冑は、朝の柔らかい日差しをすべて吸い込むかのように、冷たく重厚な光沢を放っている。
見上げる小山のようなその甲冑をヒフミは見上げながら思わず一歩下がる。
感じたことのない圧に気圧され、呼吸すら忘れてしまう。
ヘイローはない。銃だって持っていない。だのに、その身体から溢れてくる圧倒的な力の匂いに否応なしに精神が圧迫されている。凶暴な不良など比較することすらできない、暴力の気配。
男は尚も近づいてくる。甲冑の関節が擦れ合う僅かな音さえも、己の喉元に刃を突き付けるための一挙手一投足の準備に感じる。
ヒフミは声を出そうとしたが、喉が固まり、息を吸うことすらできなくなった。手足がすくみ、道端の壁に背中を押し付けるのが精一杯だった。
(動けない…っ! なに…この、凄まじいプレッシャー…⁉)
ネットニュースの文字が、脳裏を津波のように駆け巡る。――カイザーPMC全滅。全壊した装甲車。真っ黒な鎧を着た騎士――
(嘘…じゃ、なかった…⁉ あのニュースの…本物の…‼)
ヒフミの横を、漆黒の騎士が通り過ぎる。その緊張の一瞬に、ヒフミは確かに見た。
ヘルムのスリットの細さ故に見えるはずのないもの。青い瞳が。先ほどまで醸し出されていた圧倒的な武威に反するような優し気な瞳。
幼い子供を巻き込まぬよう配慮するような、静かで、無骨な気遣いの眼差しだった。
男はそれ以上ヒフミに目を留めることもなく、そのまま重厚な鉄の音を響かせながら、連邦生徒会の支部がある大通りへと歩み去っていった。
「はぁ…!ふぅ…ッ!」
男の背影が遠ざかると同時に、ヒフミはへたり込むように壁を背にして膝をついた。
止まっていた空気が一気に肺へと流れ込み、激しい動悸が収まらない。
「あ…あれが…」
真っ黒な騎士…
そう呟いたヒフミの耳元を撫でるように一匹の青い蝶が飛び去って行った。
「この地の律は強固。それ故この街の歪みの所以は律にあらず」
黒い鋼の面の向こうから低く、だがしっとりとした声が溢れた。
黒い騎士は片膝を立てて座りながら、ビルの屋上から街を見下ろした。
風がヘルムの後頭部に付けられた髪の毛のような黒い房を靡かせる。
「あの子供、確か”会長”とか言ったか。あの者の言う『歪んだ終点』へと進みかねない危険を抱えているのがよくわかる。いつ何が起こってもおかしくはあるまい。そうは思わないか?我が女神よ」
その言葉に答え、彼以外には誰もいないはずの屋上に女性の声が響いた。
「あぁ。外なる意思が介在しているのだろう。もとよりこの街の秩序が乱れていることもな。あの子供が助けを求めたのはそれだな」
黒い騎士はゆっくりと立ち上がる。鎧の向こうの素顔が見えたならその口元が僅かに微笑んでいるのが分かっただろう。
「新しい務めを果たすべき時だ」
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連邦生徒会のラウンジは悪化の一途を辿る治安の現状把握に追われる生徒会の生徒と、連邦生徒会に現状の混乱の回復を求めて受付を要求する生徒とでごった返していた。
「どうなってるのよ!なんで連邦生徒会長に会えないの?!速く取り次ぎなさい!」
「こちらも連邦生徒会長に連絡が取れない状況なんです!もう少し待っていてください!」
「なんで連絡が取れないのよ!」
その時、ラウンジの自動ドアが開いた。混乱の渦の中にあったラウンジの中に、一人が足を踏み入れる。がしゃり、という足音は容易にその場にいた者達の注意を引いた。
靴のそれとは全く違う、金属の足音。2m先の誰かの声を聞き取ることも難儀するほどにざわめいていたラウンジは一気に静まり返る。
黒いマントが翻り、真っ黒な鎧の腕が露わになった。
「便利なものであることよ。己で開ける必要のない扉とは。どこもこのようなものがあるのだろうかな」
歩みを進めながら黒き騎士は独り言のように呟いた。あまりに異質な大人の男が入ってきたことにその場は静まり返る。
彼の進む方向にいた生徒達は自ずと道を開ける。それに感謝するように騎士は鋼で覆われた右手を軽く上げた。
「失礼する」
一言だけ言い置いて、彼は受付へと向かう。既に受付で手続きをしようと待っていた生徒は身を引いて騎士に先を譲った。
「お先に。感謝する」
騎士はカウンターに重厚なその腕を置き、受付の生徒をヘルムのスリット超しに見据えた。
「私は”会長”よりこの街での指導を依頼された。この街の実質的統帥者との面会を希望する」