「ケツイ」の幻想入り 作:「なるほどね」
また、これだ。
一体、何回この虐殺を繰り返せばいいのだろう。
あの日、みんなで地上に出て、綺麗な夕日を見ながらパーティーをした。あの幸せだった日々は、どこへ消えてしまったのか。何度も何度も繰り返される凄惨な殺戮の果てに、もう抗う力も、立ち上がる気力も、何も残っていなかった。
「……キャラ。君の『ケツイ』で、どうにかできないの?」
虚空に向かって、消え入りそうな声で問いかける。すると、虚空から聞き馴染んだ声が返ってきた。
「……無理だな。そろそろ世界がリセットされて元に戻る。今のうちに心の準備をしておいた方がいい。それにしても、酷いものだな。お前が命がけで手にした平和や幸福は、画面の向こうの『プレイヤー』の手で、こうも簡単に戦争と不幸に変えられてしまう」
「どうにかしてくれない?……ねえ、助けてよ……」
「……泣いているのか?」
冷徹なはずのキャラの声が、わずかに揺れた。
「そりゃそうだよ! これ以上みんなを傷つけて、いたぶったって、何にもならないじゃないか……! プレイヤーは……一体何がしたいの!? 何度も、何度もリセットして、また親友を殺させて……! そんなことして何になるの? 教えてよ、キャラ。私たちは……僕は、何のために存在してるの……!?」
キャラにも、誰にも、この運命を覆すことなんてできない。それは痛いほど理解している。なのに、私の心は諦めることを拒み、必死に足掻こうとしていた。
「黙れ!!」
突然、キャラが激昂した。
「好き勝手言いやがって……! そんなこと、私が一番わかっている! 私は、私の家族だったトリエルも、アズゴアも、モンスターたちも、この手でたくさん殺したんだぞ……!! 好きでやったわけじゃない! 私だって……私だって、こんなことしたくないんだ!!」
突きつけられた魂の叫びに、ハッとする。そうだ、苦しんでいたのは私だけじゃない。キャラだって、同じ痛みを背負っているんだ。
「……ごめんね、キャラ。君も、おんなじだったよね」
「……こちらも、声を荒らげてすまなかった。私がプレイヤーに『ジェノサイドルート』を選ばせなかったら、よかっただけなのにな……」
俯くキャラの横顔を見て、ふと閃くものがあった。
私の『ケツイ』と、キャラの『リセット』の力。この二つが完全に交われば、もしかしたら。
「そうだ、キャラ!! 君のリセットの力と、僕のケツイを掛け合わせたら……この絶望のループから抜け出せるんじゃない!?」
「………なるほど。理論上、可能性はあるな。だが、一時的な拒絶に過ぎないかもしれないぞ。どうする、試してみるか?」
「当然試すよ! 成功したら儲けもんだしね!」
「……ふっ、お前のそういう妙なポジティブさは嫌いじゃない。じゃあやるか。手を繋げ。集中しろよ、力の統合と解放は私がコントロールする」
私たちは互いの手を強く握り締めた。冷たいはずのキャラの手が、いまはとても温かく感じる。私は魂の奥底から、ありったけの『ケツイ』をキャラへと注ぎ込んだ。
10秒ほど経っただろうか。
――パリィィィン!!!
世界にひびが入り、硝子が割れるような轟音が響き渡る。
視界を覆っていた不気味な黒い背景が文字通り砕け散り、眩い光の向こうに、鮮やかな色彩が飛び込んできた。
「キャラ!! 見て、森だよ! 久しぶりに本物の緑を見た!!」
「……そんなに騒ぐな。ひとまず成功したようだな。だが……ここは、どうやら私たちが元いた世界ではなさそうだぞ」
「えっ、なんで!? じゃあ、つまり……僕たちはプレイヤーの呪縛から、ついに解き放たれたってこと!?」
「うるさい、耳元で叫ぶな!」
キャラは怒鳴ったけれど、その表情にはどこか安堵の色が浮かんでいた。それを見たら、もう嬉しくて、楽しくて仕方がなくなってしまう。
「ごめんなさい、キャラ先生」
「先生と言うな。……まあいい。どうやら私のセーブとロードの力が使えなくなっている。つまり、ここは私たちがいた『下位創作次元』ではないということだ」
「……かいそうさくじげん? どういうこと?」
私が小首を傾げると、キャラは呆れたように深い溜め息をついた。
「はぁ……一から説明してやるから、よく聞いておけよ。まず、私たちの元いた世界は『下位創作次元』という、極めて脆い世界だ。簡単に言えば、プレイヤー……つまり私たちより上の階層にいる存在が作った世界。ゲームや漫画と同じ原理さ。そして下位創作次元には、それぞれの世界特有の『設定』が存在している。例えば、リセットやケツイといったシステムだ。それが通用しないということは、私たちは今、全く別の『設定』で動いている別の下位創作次元に来ている、ということになる。……分かったか?」
「ううん! 全然分かんなかった! でも、元の地獄みたいな世界とは違うってことだね! やったぁ!」
難しいことは分からなかったけれど、やっぱりキャラは物知りだ。頼もしい相棒が隣にいる。それだけで、胸の奥から「力」がみなぎってくる。
「……まぁいい、お前が元気になったのならな。さて、まずはこの世界を探索するぞ」
「はーい、キャラ先生!」
「だから先生言うな!」
こうして私たちは手を繋いだまま、まだ見ぬ新しい世界へと歩き出した。プレイヤーの視線も、リセットの恐怖もない、私たちの本当の物語を始めるために。