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先輩の語りが終わり、お客さん方が拍手を始める。
つけていたBGMを止め、自分のために用意したBGMを準備しながら、少し水を飲み喉を潤す。
自分の語る内容を振り返っているとお客さんの注文が入ってきた。
「次語る前で悪いんだけどお客さんに飲み物持って行ってもらっていいかな」
店長が飲み物を準備しながら話しかけてきた。
「大丈夫ですよ、ついでに名前も覚えてもらって緊張をほぐさせてもらいます」
「話しすぎて遅くならないでね」
注文された飲み物を持って、お客さんの席まで向かう。
「お待たせしました、ご注文の黒蜜ゴーストラテになります」
「おお、ありがとう、商品名がちゃんと聞こえるようになってきたね」
注文された方を見るとよくお店に来る、いわば常連さんだった。
この店の雰囲気を壊さないように小声で接客をするのだが、はじめは聞き取ってもらえないことが多く。
聞き取ってくれよ、とイラッとしてしまいそうになっていたことがあったくらいに苦手だった。
「石黒さんでしたか、そうですね、2か月たってやっと慣れてきましたよ」
「最初の君は声が聞きづらかったからな、そういえば次は君の番だったっけ? もう5回目くらいか」
「覚えてもらえるなんて嬉しい限りです、ぜひ毛布などで体を温めてお聞きください」
「君は話し方がうまいからな、楽しみにしてるよ」
商品を渡してカウンターに戻っている時、別のお客さんの声が耳に入った。
「……次はあの子か、話し方は上手いんだけどね」
「話し方はな、だが内容がなぁ……なんか怖さに欠けるというか」
「なんかな、こうインパクトというか、盛り上がりに欠けるよな」
笑いを含んだ小さな声、ただの感想、お客さんの俺に対する低評価を聞こえないふりをするには、あまりにも近かった。
まぶたの奥がじんと熱くなる。深呼吸をして気持ちを切り替えようとする。
それでも、さっきの言葉が耳に残って離れない。
このような言葉を耳にするのは1回や2回ではない、自分が語りをした回数より多く聞いている。
気にするな、切り替えろ。
ゆっくり息を吐き、自分に言い聞かせる。
畳が引いてある小さな座敷に座り、マイクの位置を調整する、すべてが終わり合図を送ると照明が当たった。
お客さん全員の顔が俺に向いている、俺はいつものように笑みを浮かべ自己紹介をした後に語り始める。
「これは、ある夜道で起きた出来事です」
自分で言うのもなんだが、語り方はよかったはずだ。
「家の近くの細い道を歩いていた時、後ろから足音が聞こえたんです。でも振り返ると、誰もいない。それが3回続いた頃には……もう、怖いというより、息が詰まるような感覚で」
語りの抑揚や声の強弱、間の取り方すべてが練習通りにできた、でも客席の空気がどこか遠い。
客の表情に起伏がなく、息を呑む気配すらない。携帯を見ている客すらいる。
「その時、背中に指が触れた気がしたんです」
ここは本来、お客さんが息を呑むポイントだ。
けれど、反応は薄い。
その光景が、語っている俺の心をじわじわ冷やしていく。
語り終え、少し間が開いて控えめな拍手がぱらぱらと散った。
言葉で誰かに否定されたわけじゃないのに、自分の存在だけが店内の空気から浮いているような感覚がした。
さっき聞こえたお客さんの言葉が、拍手の音よりもずっと鮮明に耳の奥で反響していた。
「話し方は上手いんだけどね」
「内容がなぁ……」
その声が、今になってじわじわと痛みに変わる。
俺の語りが、誰の心にも触れられなかった。
家で有名な語り手の動画を見た、話の作り方も調べてきた、話し方や作り方は前回よりも成長している。
それは俺の勝手な思い込みだったのだろう、俺の努力したつもりだった時間は価値のないものだった。
そこからカウンターに戻って閉店時間までどうやって接客したのかあまり覚えてはいない。
先輩たちの話から学ぼうとは今日は思うことができなかった。
掃除が終わり、控室で着替えて帰ろうとしていたところ、語り手の先輩、佐々木さんに話しかけられた。
「おつかれ。……なあ、大丈夫か?」
「大丈夫です、心配をおかけして申し訳ないです、今日も先輩の語りはやっぱり素晴らしいですね。サウナの後に入る水風呂みたいに、冷たいのに気持ちよくて、終わるのが惜しくなる語りでした」
いつも通り、おちゃらけた感じで返せ、自分に言い聞かせ会話をする。
しんどいのをアピールしてもどうにもならない、自分は自分で変わるしかない。
そんな俺の言葉に対して、先輩は鼻で笑った。
「お前な、お客さんはいないから強がんなよ、俺が語っている時のお前、本当の幽霊のようだったぜ?」
「幽霊のことを考えすぎて、語り手が幽霊みたいになった、悪くないですね、次の話の参考にさせてもらいます」
「そこまで強がれるならまだ大丈夫そうだな」
そう言いながらも、佐々木さんの目は笑っていなかった。
「……お先に失礼します」
俺はその目が怖くなり、逃げるようにドアへ向かったその瞬間、背中に声が飛んできた。
「お前の話し方は本当に上手い、それは俺や店長、お客さんも認めていることだ」
足が止まった。
「でもな内容が薄いんだ、まるでこの話のオチはただの気のせいでしたみたいな感じでな」
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたように苦しかった。
「それはそうでしょ、ぶっ飛んだ話を作ろうものなら嘘くさく、正体が人かもしれないとオチを濁らせればつまらないって……!」
気づけば、言葉が口から発していた、やってしまったと振り返ると、佐々木さんが驚いたように目を見開いていた。
「……すみません」
俺は今日で語り手をクビになるかもしれない、そんな考えが頭をよぎった時、先輩は突然腹を抱えて笑い出した。
「ははっ! お前、そんな怒るタイプだったのかよ。ずっと我慢してたんだな。そりゃ苦しかったろ」
涙が出るほど笑っている、そんな姿を見て俺の中でまた何かがこみ上げてくる、このままじゃあの感情がまた爆発しそうだ。
「楽しそうで何よりです、ただ気を付けてください、ここの壁が薄いことは知っていますよね、店長に新しい演出と思われない程度にしておいてくださいよ」
控室を出ようとした瞬間、俺の腕を掴まれた。
「なんですか?」
「悪いな、気分を悪くさせたお詫びにアドバイスをさせてくれ」
振り返ると、さっきまで笑っていた顔とは違った。
真剣で、どこか苦しそうな表情をしている。
「それは恐縮です、それでなんでしょう、ネットや本の怖い話でも読んでこればいいですか?それとも先輩の語りを子守歌にすればいいでしょうか?」
「お前意外と根に持つタイプなんだな、まあどれでもねえな、簡単だ心霊スポットと言われるところに夜行ってこい、ちゃんと所有者に許可を取ってな」
「幽霊でも見て実体験を話せと?」
「それができたら苦労はないな、お前が恐怖を感じて来いってことだ」
「別にそれならお化け屋敷とかのほうがよくないですか?」
「それは違う、お前の話には体験や空気が足りないからだ」
俺はきっとよくわからないような顔をしていたのだろう、先輩はそんな俺を見てさらに話を続けた。
「怖い話ってのはその人が実際に肌で感じた体験が大事なんだよ、それは今も昔も変わらん、例えば今日のお前の話のように夜歩いている時に感じる誰かが後ろを追いかけているみたいな感覚だな」
「なんですかそれ、煽ってます?」
ここまできて俺を煽りたいのか、これが漫画の世界なら俺の顔は血管が浮かび上がっているのだろう。
「あんまり言いたくないけどな、お前は夜道で恐怖を感じても、追いつかれるまで歩いてると思うか?」
「そういう人も……いるんじゃないですか?」
「そこがお前の恐怖を知らないところだな、お前はそういう体験がないからそう思ったんだろうが、大抵の人は逃げ出すんだよ、お前は怖い体験をしてくれる人を作ったんだ」
その言葉に俺は息が詰まった、ああ逃げ出したくなる気持ちが分かった。
話の内容は全然違うけど、弱いところを見透かされたようで、本当にこたえる。
確かに俺に夜道で怖い思いをしたことなんてなかった。
だから逃げ出さないものだと勝手に思っていた。
いや逃げ出さないでほしかっただけかもしれない。
図星を突かれた、というより、自分でも気づかないふりをしていた弱点を正面から言い当てられたような感覚だった。
「まあ……そういうところだな、せっかく話し方はうまいんだ、客を怖がらせるというより自分がした怖い話を客に共有するつもりでやってみろ、お前ならうまくいくはずだ」
「そうですか……行ってみます」
なんとなく先輩の言いたいことは分かった、俺が話のオチや構成を悩むのは、そもそも恐怖を理解できていないからなのだろう、人が恐れること怖がることを知らず客に伝えることはできない。
「そうか、お前なら絶対に変われる」
「主役の座を奪っちゃうかもしれませんね」
「簡単に言ってくれるな。期待して待ってるわ。……ただ気を付けてな。無茶はするなよ」
店を出ると夜風が肌に触れる、思ったより涼しい風のおかげか、それもアドバイスのおかげかさっきまでとは違い、頭はすっきりしていた。
家に帰り、寝る準備を済ませベッドで横になりながら、スマホで近場の心霊スポットを検索する。
意外と検索数は多い、こんなにあるのに俺は見ようとしてこなかったのか。
ふと画面に映った「廃トンネル」の文字に、自然と指が止まった。
明日は講義やバイトはない、行くならちょうどいい。
スマホを置き、部屋の電気を消す。
布団に入っても、先輩の言葉と廃トンネルの文字が頭から離れなかった。
変われるかもしれない期待と何が起きるかわからない怖さを抱えながら、目を閉じた。