ブブブブッ……ブブブブッ……。
枕の近くに置いてある携帯からアラーム音が部屋に鳴り響いた。
まだ起きたくないと布団で顔を隠すが、アラームは容赦なく鳴り続ける。
今日は講義もない日なのに、心霊スポットに夜行くため、レポートや勉強を朝にしようとアラームをかけた。
そんな計画を立てた自分にイライラする。
伸びをして、洗面台で顔を洗い、いつもの日課で、鏡を見ながら表情作りの練習をする。
朝食を流し込み、パソコンを開く。
レポートの画面を見ると、気が重くなる。
テストのために復習もするが、頭の隅の方ではずっと旧天賀谷トンネルが張り付いて離れない。
これ以上やっても頭に入らないだろうなと判断し、勉強を切り上げて行く準備をすることにした。
リュックを引っ張り出し、モバイルバッテリー、タオル、水、必要最低限のものだけを詰めていく。
まるで旅行に行くみたいだな……もちろん、旅行と違って全然わくわくはしない。
準備を終え、仮眠をとる前に旧天賀谷トンネルについてもう1度調べることにした。
心霊スポット旧天賀谷トンネル、そこの書き込みには不穏なことが書かれていた。
「歩いてトンネルを渡ろうとすると、後ろから誰かが歩いている気配がした。」
「人の声が聞こえてくる。」
「誰かに見られているような感覚になる。」
気のせいだと思う俺ともしかしたら……と考えてしまう俺がいる。
でも俺のためにも行くことは変わらない、雰囲気を味わって怖い思いもできたら話が作りやすくてちょうどいい。
そんなポジティブなことを考えながら、仮眠をとることにした。
目が覚めると、カーテンにかかる光はオレンジ色に染まっていた。
荷物を持って車に向かう。
家から出て玄関を閉めようとした時、少し手が止まった。
心の中では、あまり行きたくはないのかもしれない。
頑張っても愚痴られるなら、もうやめたい。
怪談師なんて向いていなかったんだ。
頭の中に駆け回るのは、自分を正当化する言葉ばかり、それも仕方のないことかもしれない。
怪談師を始めて、今のところいい思い出なんて1個もない。
でも、俺は頑固なのだろう、他人に何を言われようとも、怪談師を続けるという選択は間違っていない。
そんな自分を支えるプライドが、今日は勝った。
玄関に鍵をかけ、車に乗り込み、トンネルに向かう。
車では、有名な人の怖い話を流した。
話し方を学び、少しでもマイナス思考に流れないために。
車を走らせ、目的地に到着した。
車をトンネルの近くに停める、近くに駐車場がなく歩くのもめんどくさかったから仕方がない。
トンネルの周りには、ガードレールやミラー、標識などがあるが、蔦に巻き付かれていたり、汚れや風化しているのがわかる。
トンネルも電気が通っていないのか、明かりが点いていない。
周囲に明かりがなく、月明かりも通りづらいからか、車のライトを切ると辺りは真っ暗になってしまう。
光がないだけで、トンネルがなにかの口に見えてしまうくらい心細い。
思っていたところよりも怖い場所で来たことにもう後悔し始める俺がいた。
まあ、ここまで来たら行くしかないか。
車のエンジンを切って、スマホのライトを使いトンネルを探索することにした。
トンネルは300メートルほどと調べたときに分かった時は、少し短めかなと思った。
しかし実際に見ると中央らへんは真っ暗で反対側の入り口は月明かりで、うっすらと分かるくらい遠い。
覚悟を決めてトンネルに入る、1歩踏み出すたび、反響音が壁に跳ね返り、やけに大きく響いた。
入り口から遠くなるほど、大きく響く足音より、心臓の音が大きく聞こえる。
ここまで怖がりだったなんて思ってもいなかった。
急にほかの人の足音が聞こえてきたら、スマホのライトが消えたら、人の息遣いが聞こえたら、頭の中は心配事でいっぱいになる。
そんなことが起きたら、絶対走って逃げようと思ったときに、俺の語った怖い話を思い出した。
俺の考えた話は、登場キャラが怖いと思っていても逃げ出さなかった。
先輩の言っていたことがよく分かった、客も納得できないこと腑に落ちた。
ああ、確かにこれはお化け屋敷とかじゃだめだ、襲われるとわかってる場所じゃ理解できなかったかも知れない。
次回の怖い話はどんな話にしようかな、考え事をしていたら、出口についていた。
俺って同時に考えられないのかな、少し悲しくなりながら周囲を見まわす。
周囲には何もない。
風もない。虫の音すらしない、ただ静かで、ただ暗い。
「戻るか……」
一応写真を撮り、もう一度トンネルに入る。
なにか起きるかなと身構える、しかしトンネルの半分に差し掛かったが特に何も起きない。
まあ心霊スポットだからって何か起きるわけじゃないか。
そんなことを考えていた時、ふと後ろから冷たい風が流れた気がした。
さっきまで風なんて吹いてなかったのにな、そう考えた直後だった。
突然スマホのライトが消えた。
「電池切れ?!」
真っ暗なトンネルでいきなり明かりがなくなり、周囲が何も見えない。
急いで画面を操作すると、まだ50%以上残っていた。
なんで消えたと怒りながらライトをつけ直すと、白い光が再び前を照らした。
こんなところで電気が消えるなんて、生きた心地がしなかった。
なにか操作してしまったのだろうか。
ライトがついてほっとし、俺は歩きだした。
何歩か歩いていると、なにか違和感を感じた、さっきまであったなにかがない気がした。
少し歩いてそれは分かった、足音の反響音が、消えていた。
さっきまであれほど響いていた足音が、まるで吸い込まれるように無音になっていた。
「……?」
その時、背後からぐちゅ……と音が聞こえた。
全身に悪寒が走る、急な音に俺はその場から動けずにいた。
聞き間違いか、耳を澄ませてみると確かに背後からなにか音がしている。
覚悟を決めて後ろを振り返る。
その時、目に映ったものを俺はこれかも忘れることはないだろう。
反対側の出口に見えていたはずの光が、消えている。
正しく言うと消えているではない、黒い影がトンネルを塞いでいた。
液体のように天井や壁から垂れるように溢れてくる。
それは水やオイルではないと断言できるほど真っ黒。
ゆっくりと天井から落ちてくるところを見ると、スライムのように粘度を持っているようだった。
それが反対側の出口を塞ぎ終わると、俺を捉えようとしているのか、まるで手のように黒い何かが伸びてきた。
1本や2本ではなく黒い塊から、いくつも生え、壁や地面をぬちゃ……ぬちゃ……と音を立てて這いずる。
全力で走った、いきなり走り出したから足が痛い、それでも走る。
なのに、後ろの黒い液体との距離は広がらない。
ぬちゃ……ぬちゃ……、音からしたら遅いはずなのに、耳に聞こえる音は大きくなっていく。
「いやだ……いやだ……」
呼吸がつらく、わき腹が痛くなってきた。
必死に止まりかける足を前に出す。
死にたくない、死にたくない。
捕まったらどうなるかなんて分からないが、きっと行方不明になる。
不思議とそんな確信があった。
呼吸は乱れるが必死に酸素を吸い込む。
少し後ろを振り返ると、黒い何かが俺の影を踏みつけたように見えた。
その瞬間、足がわずかに沈んだ気がして、体が重くなったように感じる。
恐怖で感覚がおかしくなっているだけだと自分に言い聞かせ、トンネルの出口に向かって必死に足を前に出す。
足が痛くなろうと、横っ腹が痛くなろうと走りつづけた。
トンネルを飛び出した瞬間、背後の音が止んだ。
車に乗り込み、ドアを閉め、急いでエンジンをつける。
ライトをつけてバックに切り替えながらトンネルを見ると、黒い流体は壁に逆流するように、ゆっくりと戻っていくのが見えた。
液体が逆流するように、手の形をした黒いものがまるで手を振るように揺れながら壁の中へ沈んでいく。
やがて、何事もなかったかのようにただのコンクリートの壁に戻った。
トンネルは静かで、月明かりが入口を照らしている。
さっきまでの異常が嘘のようだった。
車から見える範囲で周囲を確認するが、特に問題はなかった。
服や荷物も掴まれていなかったようだ。
さっきのは何だったのだろうと、トンネルの壁を確認したかったけど、もうトンネルに戻ることはできない。
せめてと思い、震える腕で車から写真だけは撮り、逃げるように家に帰った。
帰り道は特に何事も起こらなかった。
あれはなんだったのか、トンネルに住む怨霊か、狐や狸に騙されたのか、今はもうわからない。
写真を確認したが、トンネルがライトの光で照らされているだけだった。
「そっか……」
心霊写真を期待した分、ため息がこぼれる。
でも、今日体験できたことはきっと話を作ることに役に立つ。
俺は、ノートに今日体験したこと、感じたことを事細かく書き込んだ。
その後、実体験を用いて怖い話を作成する。
今度こそはお客さんを怖がらせられる、そうあって欲しい、こんな思いをしたのだから少しは報われたい。
畳が引いてある小さな座敷に座り、マイクの位置を調整する、すべてが終わり合図を送ると照明が当たった。
店にいる全員の顔が俺に向いている、俺はいつものように笑みを浮かべ自己紹介をした後に語り始める。
「これはとある廃トンネルで起きた話になります」
語りはいつも通り進む、いつも通り話すときは間を取り、声に強弱をつける。
語り方はいつも通りだ。
それでも、お客さんは全員こっちを見ていた。
全員が話を聞いてくれている、とても嬉しかった。
トンネルに行くのはめんどうだった。
よく分からないモノのせいで怖い思いもした。
脚は筋肉痛でとても痛い。
それでも、行ってよかったと思えた。
「1本や2本ではなく黒い塊から、いくつも生え、壁や地面をぬちゃ……ぬちゃ……と音を立てて這いずる」
「それから逃げるために全力で走った、なのに後ろからの音はどんどん近づいてくる」
お客さんの息をのむ音が聞こえる。
無意識に自分自身の腕を掴んでいる人がいる。
ああ、今がとても楽しい。
語りが終わり、頭を下げると、拍手が聞こえてきた。
ほとんどのお客さんが同じタイミングの拍手、きっと最後まで聞いてもらえていた。
語りは評価された、目元が熱くなる。
今は語り終われば暗くなる照明に感謝した。