しばらく沈黙が流れる。
何から話すべきか。二人とも、それを考えていた。
シド「結論から申し上げます。今回の調査は失敗です」
ネテロ「ほう?」
シド「調査対象である永久凍土の大陸の中心部に到達しました。しかし、そこで未知の存在と遭遇しました」
ネテロ「未知の存在……か」
カミラ「白い髪の、見た目は少女やった。けど、あれは普通の人間やない」
ネテロ「それは念能力者ということかの?」
シド「少なくとも、我々が知っている念能力者の範疇には収まりません」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ重くなる。
シド「同行したミカは、建物に突き刺さっていた巨大な氷の結晶に触れました。直後、彼女の能力が異常な情報を読み取り、処理しきれずに死亡しました」
ネテロ「……ミカが?」
カミラ「せや。あの結晶に触れただけでや」
シド「さらに、別行動をしていたヴァルクスとニコロも死亡していました。現場では二人の遺体が宙に浮いており、その近くに先ほどの少女がいました」
ネテロ「なるほどのう……」
ネテロは顎に手を当て、目を細めた。
シド「彼女は、我々が建物に侵入したことを快く思っていませんでした。理由を尋ねたところ、そこは彼女にとって大切な場所だと」
カミラ「建物の中には、氷の結晶がいくつも並んどった。どうやら、あれは彼女の大切な人たちの墓みたいなもんらしい」
ネテロ「墓、か…」
カミラ「本人も、ここでずっと一人で過ごしとるって言うとったわ」
ネテロ「それで、君たちはどうしたんじゃ?」
シド「これ以上の接触は危険と判断し、撤退しました。彼女からは、仲間の遺体を持ち帰ることを許可されました。ただし、二度と戻ってくるなと」
ネテロ「ふむ…」
ネテロはしばらく黙り込んだ。
五人ものプロハンターを派遣した調査で、三人が命を落とした。
しかも、その原因となった存在について、分かっていることはほとんどない。
ネテロ「…それで、肝心の吹雪については何か分かったかの?」
シド「いいえ。少女との遭遇により、それ以上の調査はできませんでした」
カミラ「ただ、あの少女が大陸の中心におったんは間違いない。吹雪が止んだことと無関係とは思えへん」
ネテロ「そうじゃな……しばらく、その大陸への立ち入りは禁止とする」
協会関係者「よろしいのですか?原因が判明していない以上、追加調査を行うべきでは…」
ネテロ「いや、やめておくのじゃ」
その声は穏やかだったが、反論を許さない響きがあった。
ネテロ「それにしても……」
ネテロは窓の外へと目を向ける。
ネテロ「一人であの大陸におる少女、か。なかなか興味深い話じゃのう」
カミラ「会長。あんまり興味本位で近づかん方がええと思うで」
ネテロ「ほっほっほ。分かっておるよ」
そう答えながらも、ネテロの頭の中ではすでにいくつもの可能性が浮かんでいた。
あの少女は何者なのか。
なぜ、あの大陸にいるのか。
そして、吹雪が止んだことと彼女にはどのような関係があるのか。
分からないことだらけだった。
しかし、一つだけ確かなことがある。
永久凍土の大陸には、人間が容易に踏み込んではならない何かが存在している。
ネテロ「……これは、少し厄介なことになりそうじゃな」
その呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。
ーーーーーーーーー
ネテロ side
カミラとシドが会長室を出ていった後、部屋には静寂が訪れた。
ネテロは二人が座っていた椅子を眺めながら、先ほどの報告を頭の中で整理していた。
ネテロ「……三人死亡、か」
五人のプロハンターを派遣し、そのうち三人が帰らぬ人となった。
決して軽い被害ではない。
しかも、彼らは決して実力のないハンターではなかった。各々が専門分野を持ち、危険な状況にも対応できるだけの経験を積んでいたはずだ。
それでも、たった一人の少女を前にして撤退せざるを得なかった。
ネテロ「白い髪の少女……ねぇ」
ネテロは顎に手を添え、目を閉じた。
報告によれば、少女は建物に侵入した彼らを敵と見なし、三人の命を奪った。
しかし、興味深いのはそこではない。
少女は二人の生存者を殺さなかった。
それどころか、亡くなった仲間の遺体を持ち帰ることまで許したという。
ネテロ「気まぐれなのか、それとも……」
単純に考えれば、少女は自分の縄張りを荒らされたことに怒っただけなのだろう。
建物には、彼女にとって大切な人々が眠っている。
そこを守るために侵入者を排除した。
だが、それだけで説明できるだろうか。
そもそも、あの大陸を覆っていた吹雪はなぜ突然止んだのか。
そして、あの少女は一体何者なのか。
ネテロ「……ふむ」
彼は机の上に置かれた調査資料へ目を落とした。
永久凍土の大陸。
長年、極めて強力な吹雪に覆われ、生物の生存すら困難とされていた未踏の地。
そこに存在する未知の建造物と、巨大な氷の結晶。
そして、その場所に一人で暮らしているという少女。
ネテロ「まるで、おとぎ話のようじゃな」
小さく笑う。
しかし、その目は笑っていなかった。
ネテロは長年、数え切れないほどの念能力者と出会ってきた。
強者と呼ばれる者も、常識から外れた能力を持つ者も、数多く見てきた。
それでも今回の報告には、どうにも引っかかるものがあった。
シドは言っていた。
「あれは普通の人間やない」と。
カミラもまた、少女を前にして強い警戒心を抱いていた。
彼らは決して臆病な人間ではない。
その二人が、これ以上の接触を危険だと判断したのだ。
ネテロ「一度、会ってみたいものじゃが……」
ぽつりと呟く。
もし本当に報告通りの存在ならば、協会にとっても、世界にとっても無視できる相手ではない。
しかし、無理に接触すれば、取り返しのつかない事態になる可能性もある。
ネテロ「さて、どうしたものかのう」
そのとき、会長室の扉がノックされた。
コンコン。
ネテロ「入ってよいぞ」
協会職員「失礼します。先ほどの調査隊について、追加の確認事項がございます」
ネテロ「なんじゃ?」
協会職員「今回の調査は、永久凍土の大陸の吹雪が停止した原因を調べることが目的でした。しかし、少女との遭遇以外に、現地で確認できた異常はなかったとのことです」
ネテロ「そうか」
協会職員「今後の対応についてはいかがいたしましょうか?」
ネテロ「当面は立ち入り禁止じゃ。追加の調査隊も送らんでよい」
協会職員「承知しました」
職員が退室すると、再び会長室は静寂に包まれた。
ネテロは窓の外を眺める。
彼の頭には、報告にあった少女の姿が浮かんでいた。
白銀の髪。
人間離れした力。
そして、自分の大切な場所を守るためなら、容赦なく他者を排除するという一面。
ネテロ「……世界には、まだまだ面白いものが眠っておるんじゃな」
口元に薄い笑みが浮かぶ。
だが、今はまだ動くべきではない。
相手が何者であれ、こちらから不用意に刺激する必要はないのだから。
ネテロ「しばらくは、そっとしておくとするかの」
そう呟き、ネテロは調査資料を閉じた。
しかし、彼はまだ知らない。
今回の一件が、単なる未知の念能力者との遭遇などではないことを。
そして、あの白銀の少女が、世界の常識すら覆しかねない存在であることを。