酒寄家に叔母を入れてみた話   作:海鮮横丁

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何か朝日兄さんヘタレのイメージがある
何かガイドブック買ったら面白そうなライバーが何人かいて公式ここら辺も紹介してくれねえかなって思ってる


ツクヨミ散策

「お疲れ様でした」

 

「お疲れ様でしたー」

 

 仕事を終え、同僚に挨拶をして市役所を出る。

 

 帰り道、いつものスーパーで夕食の買い物を済ませる。少し遠回りして商店街のアーケードを歩けば、顔見知りが何人か声を掛けてくる。適当に挨拶を返しながら、のんびりと帰路についた。

 

 市営マンションに着くと、階段を上がって自室を目指す。

 飾り気のないドアにカギを差し込み回す。

 古びた蝶番が、ぎいと音を立てる。

 

「しっかしボロやなぁ。これならもっとええとこ探して入るんやったかなあ」

 

 過去の自分の選択に微妙に後悔しつつ、廊下を進む。

 

 買い物袋をテーブルに置き、壁掛け時計を見上げる。夕食の食材を冷蔵庫にしまい、ついでに湯を沸かす。

 

「さて、今日は彩葉が友達紹介してくれるって話やけど」

 

 ちゃんと高校で友達を作れたようだ。

 彩葉の話を聞く限り、よく面倒を見てくれているようだ。きっとしっかりした子たちなのだろう。

 

 お湯を急須に注ぎ、茶葉を入れて蓋をする。

 

 じっくりと蒸らして待っているとスマホが震え、着信を知らせる。

 

 相手を確認すると甥っ子である朝日であった。

 

 …最近多いな。

 

「どしたん?何かやったか」

 

『俺そんな問題児やったか?記憶にないねんけど』

 

「私の口からはとても言えんな」

 

『怖いこといいなや。ちゃうねん。今日時間もらってもいいか聞きたいねん』

 

 珍しく真面目な声に、思わずスマホを耳から離して画面を確認する。

 

……朝日の番号で間違いないな

 

「今日は晩御飯食べた後、彩葉に会うつもりやけど」

 

『あータイミングミスったか。じゃ、明日時間作ってくれんか?口滑らせてノイに叔母さんのこと言ってしもうたねん』

 

「誰やそれ」

 

『ウチのメンバーの1人』

 

 記憶を探ってみるが、顔も名前も思い当たらない。

 

 思い出すのを諦め、お茶を注いで喉を潤す。

 

『叔母さん?聞いとる?』

 

「別にアンタが誰に何言おうが知らんけど、何で私が会わんといけんの?」

 

『…ごもっともで。あんな昔から世話になっとる人がスマコン買ったて話をしたら会いたいって言われたんや』

 

「勝手に会いに来たらええやん。知らんけど」

 

『あーちゃうねん。一応ツクヨミ内やと俺ら有名人やからあんま動けんねん。だからウチの拠点に招待したいんやけど』

 

「説得できるとこ何処やねんな。何で知らん有名人に会わないけんねん」

 

『まぁそうなんやけどなぁ。ほら、俺の顔を立てると思って』

 

「何やそれ」

 

 私がその子に会うことと、甥っ子の顔を立てることに何の関係があるんや。

 

『ちっさいときからお世話になってる辺りの話もしたら、えらい張り切りだしてなあ』

 

「…ほーん?」

 

 空になった茶碗をシンクに置き、急須の中身もついでに流す。

 どうやら全部飲む暇はないようだ。

 

「因みにどんな子やねん」

 

『乃依かBlack onyXで検索したら顔は出てくるで。何か可愛いもんが好きな男や。今、中学三年生』

 

「…ほお」

 

 あかんなぁ。どんどん興味がなくなる。

 

『頼むって!一度でええから会ってやってえな。最近、催促が激しいねん』

 

「あーアンタ頼られたら断れんもんなぁ」

 

 姉さんなら、こんな面倒な頼みは一蹴するやろうに。ほんま、この兄妹は優しすぎる。

 

「どっちにしても今日明日は無理やで。後、私に調べさすな。会わせたいならちゃんと顔写真送ってき」

 

『後で送る!何枚でも自撮りとって送ってくるねん。可愛いボクを見てって』

 

「何やそれちょっと興味出てきたやん」

 

 え。思ったよりおもろいやん。

 

『ライに頼んでも弟全肯定やからあんま止まらんしなぁ。早めに会ってくれると助かる』

 

 その後も朝日は念を押すように頼み込み、ようやく通話が切れた。

 

「…あー、前に言ってた料理作ってくれる子か?中3に食事作らせとるんかアイツ」

 

 呆れたように息を吐き出し、切り替えるように夕食を作り出す。

 

 さっさと食べて彩葉んとこ行こ。

 

◇◇

 

 三人は待ち合わせ場所である、ツクヨミ内の喫茶店で腰を落ち着けた。

 

 適当にお茶を注文し、二人と雑談しながら時間を潰す。

 

「彩葉。そろそろ誰に会うか教えてよ」

 

「そうそう。私の大事な人に会うってだけじゃん」

 

 両隣に座った友人二人に頬を突っつかれながら、私は時計を確認する。

 

「もうちょっと待ってって。あの人別に時間にルーズなわけじゃないし」

 

「結構付き合いが長いみたいですよ芦花さん」

 

「本当に誰か気になりますねえ真美さん」

 

 私を挟んでわいきゃいと騒ぐ二人。

 

 何故か分からないが二人のテンションが高い。

 

 もう少し詳しく説明した方がいいだろうか?

 変な誤解を生んでいる気もするし。

 

 二人に向かって口を開こうとした瞬間、カランと涼やかな音がして扉が開く。

 

 そちらに顔を向ければ、待ち人である梢さんの姿。

 

 梢さんはアバターをほとんど弄っていない。だから、見慣れた私には一目で分かる。これはありがたい。

 この世界、なぜか獣系のアイテムが充実している。カラス天狗だの鬼だのといった格好の人も普通に歩いているのだ。

 

 こちらを見つけたらしくのんびりと足を進める梢さん。

 RPGの神官服を少し簡素にした服に縁取りは私の服と一緒の青色の糸を使っている。

 …最初見たときは別の意味でテンション上がって危なかった。

 

 当然のように対面に腰を落ち着け、私たち三人の顔を順番に見る。最後に私の顔を見て、ほんの少し表情を緩めた。

 

「貴方たちが彩葉の友達?いつも姪っ子がお世話になっております。彩葉の叔母の梢です」

 

 丁寧にそれはもう丁寧に頭を下げた。

 

 …そこまでしなくてもいいのに。

 

「あ、えっと。私は綾紬 芦花です。姪御さんとは親しくさせていただいております」

 

「あー私は諌山 真実です。これからも彩葉さんとは仲良くさせていただきたいと思っております。はい」

 

 つられたように頭を下げる二人に少し笑いが漏れる。

 

「まぁ、丁寧な子らや。えっと」

 

 二人の頭の上を叔母が見る。

 プレイヤーネームを見ているのだろう。

 

「あ、まみまみてのは聞いたことあるな。何か美味しいもの食べてる子やろ」

 

「うっわ。私のこと知ってるんですか!くーテンション上がる」

 

「梢さん。私は?」

 

「ごめんなぁ。美容興味ないねん」

 

 真美が嬉しそうに声を弾ませる一方、芦花は目に見えて肩を落とした。その様子を眺めながら、私は梢さんに小さく手を振った。

 それに答えるように手を振り返してくれる梢さん。

 

「えっと、因みに私の活動は何処で?」

 

「何か食べ歩き動画上げてたやろ。それ見て知ってん」

 

「じゃあ、私のことはどこで知ったんですか?」

 

「何か前CM出てたのは覚えてる。ただなぁ、固形石鹼で十分な人間やからなぁ」

 

 …困った美容関係は私にも飛び火しそうだ。

 

「もったいない!そんな綺麗な顔してるのに。もう少し頑張りませんか!」

 

「おお、芦花が燃えてる。てか、彩葉が会わせたい人って叔母さんだったんだね」

 

 自分は覚えられていたから満足なのか、芦花が詰め寄っているのを横目に、真美が私へ声をかけてくる。

 

「ん。私が小さいときからすごいお世話になってて。ちょっと会ってほしいなって」

 

「確かに身内にあんな面白い人がいたらちょっと自慢したくなるよね」

 

 正面に目を戻すと、どうやら説得は失敗に終わったらしい。芦花が悔しそうに顔を覆っていた。

 

「…殆どアバターも弄ってないし、現実でも固形石鹼だけって。私は何のために……」

 

「ええやん。肌なんか人それぞれやろ」

 

「それにほら、何かリンスインシャンプーも使ってるし」

 

「…あとで試供品でもらったもの贈ってもいいですか?」

 

 まだ諦めきれないのか、芦花は梢さんを恨めしそうに見つめていた。

 

「ええよ別に。最近、同僚が髪にいいやつ探しとったし」

 

 あ、撃沈した。

 梢さんが机に突っ伏した芦花の頭を緩く撫でながら、真美の顔を見る。

 軽く身構える真美。

 

「お、何ですか?」

 

「若い子なら知っとるかな。何かBlack onyXとかいうとこ」

 

「お、梢さんもしかして気になってますか!」

 

 机から乗り出す真美。

 

 しかし、梢さんの口からお兄ちゃんのチーム名が出るとは。

 お兄ちゃんと何か話したのだろうか。

 

「いんや欠片も。何かノイって子がおもろそうって話は聞いた」

 

「おおーノイ君推しですか。わかりますよ。あ、画像見ます」

 

 空中を指でなぞり、いくつかの画像を呼び出して梢さんに見せる真美。

 

「ほーこの子が。あの子ええ趣味しとるなぁ。てか男の子なんか」

 

「そうなんですよ!男性アバターなのに可愛い恰好をして、それでいてアイドルもやってるんです!しかもプレイヤーとしても一流で!」

 

「梢さん。この子そのチームのファンなんで話長いですよ」

 

 芦花がゆっくりと身を起こす。

 

「長くなるんは堪忍やなぁ。あー3人組なんやな」

 

「そうなんですよ!リーダーの帝アキラとノイライコンビの3人でツクヨミのトップライバーを走ってまして!」

 

「おーい。そろそろ止まれー」

 

 私たちが適当に聞き流している分、梢さんが興味を持ってくれたのが嬉しいのだろう。真美の説明はまだまだ続きそうだった。

 

「梢さん。後でフレンド登録しましょう。そしてたっぷり語り合いましょう!」

 

「構わんけどもう用はないで。顔さえ知れたらよかったし」

 

 握手するために差し出した真美の手が空中で不自然に止まる。

 

「梢さん、説明不足だよ。何か言われたんでしょ」

 

「せやねん。とりあえず事前に知っときたい思ってな」

 

「まさか企業の手先!?」

 

「何処のドラマよ真美」

 

 何かあっちはあっちで面白そうだな。

 

「あのアホ、現実の写真送ってきおったから、ツクヨミの顔が全然分からんねん」

 

 何やってんだあの人。

 

「それなら私の秘蔵の写真を見ませんか!」

 

 人の叔母を沼にはめようとするんじゃないよ。

 

「それはもうええ。大体分かったから」

 

 それでも画像を送り続ける真美に辟易したのか、梢さんは逃げるように席を立った。

 

「何処いくの?」

 

「何や、どっか案内してくれるんちゃうんか」

 

「今日は二人に会ってもらいたかっただけだよ」

 

「いい子たちやん。大切にし」

 

「もちろん」

 

 私の答えに気をよくしたのか二人が私にじゃれてくる。

 

 もみくちゃにされながら梢さんを見ると、彼女は何やら巻物を取り出して広げ始めていた。

 

「取り敢えずここら辺の地図作ってみたねん。プレイヤーが作った拠点なんかは書かれんから大分違うけどな」

 

 興味を惹かれて机の上に広げられた地図を見れば、縮尺こそ違うがツクヨミのメイン通りを中心に丁寧に作られている。

 所々にある不自然な空白は、先ほど梢さんが言っていたプレイヤーの拠点だろう。

 

「わざわざ地図作ったんですね。マップ機能あるのに」

 

「うわあ地道。こういうの彩葉似たのかな」

 

「適当に歩いていって裏路地で迷ってなー。壁を蹴って登れたからええけど。それが出来んかったらヤチヨに案内頼むとこやった」

 

 うーむ。順調に順応している。

 

「それで今回はその続きですか?」

 

「うん。二人の顔も見たし大体の性格も分かったと思うから後は遊ぼう思うて」

 

「どうする彩葉。ちょっと面白そうだよ」

 

 二人して期待に目を輝かせて私を見る。

 

「じゃあ、私たちもついていっていい?」

 

「かまわんよ。取り敢えずこっちの西に小さい鳥居があるらしいから、そっち行こうか」

 

 そう言い終わると、梢はもう店の出入口へ向かっていた。私たちも慌ててその後を追いかける。

 

 店を出ると、少し離れた建物の屋上から、梢がこちらに手を振っていた。

 

「元気な叔母さんだねー」

 

「ウチの母より元気だ」

 

「多分、家族の中で一番タフだよ梢さん」

 

 私たちも屋上に登り、梢さんにOKとサインを送る。すると、梢さんは屋根瓦を蹴って次々と建物を渡っていった。

 

「うっわすご」

 

「私あんな動けないんだけど」

 

「喋ってたら置いてかれるよ」

 

 二人を置いていかないように注意しながら、叔母を見失わないようにする。

 梢さんが定期的に立ち止まって何かしている。おそらく地図を描いているのだろう。

 

 私一人なら追いつけるが、二人をつれては結構しんどいかもしれない。

 

「…ん。何や若いのに足遅いな君ら」

 

 …貴方が早いだけだよ。

 

 後ろを振り向いたときに誰も見えなかったのを不思議に思って引き返してきた叔母をジト目で見る。

 

「ちょっと、タフすぎるよー」

 

「小さいとき近所の家の屋上とか登らんかったんか」

 

「いや。今やったら確実に怒られるから」

 

「割とよくげんこつもらった記憶があるで」

 

 当時を思い出したのか、叔母は自分の頭を撫でながらケラケラと笑った。

 

「梢さん。紹介するんでモデルやりませんか?」

 

「それだけ動けるならアクターみたいなこともできますし」

 

「いやいや、現実じゃこんな動けへんし。モデルやるなら彩葉やろ若いし綺麗や」

 

 突然褒めるのは止めていただきたい。

 

「ま、もう少しで目的地や。そこで小休止しよや」

 

「さんせーい。美味しいもの食べて休憩したいです」

 

 真美の疲れたような声が続く。

 

 梢さんは先ほどより幾分かゆっくりと移動を始めた。私もその後を追いながら、マップを呼び出す。

 

 西にあると言っていた小さな鳥居を、地図上で探す。

 

「あ、ここかな。ちょっとした広場がこの先にあるよ」

 

「てか、今度は下走ってるんだけど梢さん」

 

「うっわ、屋根瓦切れてるんだけど!?」

 

「あーそういう」

 

 地図から顔を上げれば、目的地に着いたようで玉砂利の敷かれた広場が目に入る。

 当然、そのあたりに建物なぞあるはずもない。

 

 屋根の先に足場がないことに気づいた私は、慌てて真美に手を伸ばした。しかし、一瞬遅かった。

 

「危ないなぁ」

 

 落ちる寸前のところで梢さんに抱き留められた真美がゆっくりと目を開ける。

 

「これは夢?」

 

「まぁツクヨミ内やから夢やろ」

 

「あ、あの。ありがとうございます」

 

「いや、こっちこそごめんな。最初から道走って行けば危ない目に合わんですんだな。彩葉が動けるから皆それくらいかと思っとった」

 

「いや、私もそんな動けないから」

 

「てか、彩葉並てほぼプロレベル要求されたのか私たち」

 

 梢さんは屋根から危なげなく飛び降りると、私たちに真美を引き渡した。

 

「で、ここが梢さんが探してた場所?」

 

「探してたというか気になった場所やな。通常マップにも普通に書かれとるから何もないんやろうけどな」

 

 自然な動作で鳥居に向かい、一礼して賽銭箱にふじゅーを投げる梢さん。

 

 何も起こらない。首をかしげる私たちをよそに、梢さんは何事もなかったように戻ってきた。

 

「こういうのがあちこちにあるねん。何かライダーの人が動画上げたの気になってなー」

 

「…もしかしてライバーのこと?」

 

「せや。それやそれ。何か違うな思いながら使ってたわ」

 

「ふっふっふ。私たちも一応そのライバーなんですよ梢さん」

 

「私が美容系で真美がグルメ系ですね。今度私の動画に出てメイクしませんか?」

 

「メイクは簡単なんでええわ。役所勤めやし」

 

「一度だけでいいんで、アイラインを引くだけでも印象変わりますよ!」

 

「うっわ興味ないわ。ごめんな」

 

 あ、ついに本音が出た。

 

「…こんなことってある?綺麗になりたいって普通の思考じゃないの?」

 

「そうだねーそこは人それぞれかもねー」

 

 思わず地面に突っ伏す芦花の肩を優しく慰める真美。

 

「この人昔っからこうだよ。私が小さいときから殆ど容姿変わってないし」

 

「もう少し身だしなみに気を使おうとか、綺麗になろうとか?」

 

「高い金使ってもなぁ。腹膨れるわけやないし」

 

 止めを刺されたらしく微妙に涙目になっていく芦花。

 

「食事に興味あるなら私の動画に出ません?今度行くとこ結構な穴場らしいですし」

 

「興味はあるけど、役所勤めやからなぁ。あんまり派手なのは困るわ」

 

 そういや一時期公務員の副業や動画出演がニュースになっていた気がする。

 まぁ公務員の人たちも息抜きが必要だろうとは思うが、あんまり派手なのは困るか。

 

「彩葉、説得手伝って!今回こんだけ頑張ったのに、私たち何も得してないよ!」

 

「私は楽しかったよ?」

 

 普段見れない叔母の姿を見れただけで満足だ。

 

「ま、その話はおいおいやな。回復したら海の方行くか?それとも帰る?」

 

「ホントあっちこっち行ってるんだね梢さん」

 

「ええ暇潰しになっとるよ。ログイン画面のヤチヨも最近一緒にお茶飲んでくれるし」

 

 何それ知らない!

 

「そうなの!?」

 

「え、うん。普通にお茶渡したら座敷用意してくれたで」

 

 マジかヤチヨ。

 いや、流石AIライバー。

 

「うっわ、明日やってみよ。ありがと梢さん」

 

「割とおしゃべりに付き合ってくれることもあるで。無反応の子もおるけど個性やな」

 

 多分、無反応の子は案内役に置いてあるAIだと思う。

 てか、本体のヤチヨと話してるのか梢さん。いいなぁ。

 

「ちょっと梢さんについてけないんで、一旦帰りません?」

 

「私も賛成。流石彩葉の身内だわー」

 

「二人はこう言ってるけど?どうする梢さん」

 

「しゃーないな。少し待ってな」

 

 そういい私たちと少し距離を取る梢さん。

 口元に指を持っていき、指笛を鳴らす。

 

 澄んだ音が虚空に消える。

 

「何ですか今の?」

 

「ん。おーいこっちやこっち」

 

 梢が上空に視線をやりながら手を振る。

 そちらに目をやれば、いつもはツクヨミの上空を飛んでいる生き物の何頭かがこちらに向かって緩やかに下りてくる。

 

「あれっていっつも浮かんでる謎生物じゃん」

 

「マジかあれ飼いならせるんだ」

 

「何かふよふよ浮いてたのが近付いてきたから適当に食い物あげたら懐いたで」

 

 梢さんのもとへ降りてきたウミガメは、頬ずりするように彼女へ顔を寄せていた。その足元には、何匹もの小魚が集まっている。

 

 …私もまだまだツクヨミを知らないことばかりらしい。

 

「海行きたいなー思ってん。そしたら丁度この子が来てなー」

 

 ウミガメの頭を撫でながら、お駄賃代わりなのか、ポップコーンをいくつか食べさせている。

 

 足元の小魚にもポップコーンを投げてやりながら、梢さんはウミガメを真美と芦花のそばへ誘導する。二人が乗りやすいように、背中を低くしてくれているらしい。

 

「え、っと。お、お願いします」

 

「カメに乗るなんて初めてだよー。浦島太郎じゃん」

 

「そやろ。何か海の底の方で建築か何かしとる人がおるって教えてもらってな」

 

「そこにカメで梢さんが行くのは大分ロマンがあるね」

 

 なんせ七色に輝くウミガメだ。それに乗った梢さんはバズるだろう。

 

 母に似た容姿をしているが、目つきはややタレ目で、おっとりとした雰囲気がある。そんな人が屋根を飛び回ったり、ウミガメを手懐けたりするのだから面白い。

 

「ま、今回は帰るだけや。上からツクヨミ見ながら帰ろか」

 

 次は私の番らしい。ウミガメは私の腰ほどの高さで止まってくれた。

 

「…なんというか楽しんでるね梢さん」

 

「もっと早くやれば良かったと若干後悔しとるな今」

 

 梢さんと笑い合いながら、私もウミガメの背中に乗る。ウミガメに乗れば、ゆらゆらと上昇していく。

 先導するように小魚の群れが飛び出し、道を作る。

 

「うっわうっわ!すっご見て芦花!あんな町小さく見える」

 

「てか、すごい距離移動したんだね私たち」

 

「おーい二人ともはしゃいで落ちるなよー」

 

 一言でいう。

 

 絶景だ。

 

 なんせツクヨミ内の建物はヤチヨ監修。

 プレイヤーメイドの物もあるが、世界観を壊さないように和風の物が多い。

 

 建物の窓や軒先に灯った明かりが、夜の街を彩っている。そこから視線を遠くへ向ければ、街を囲む海まで月明かりを受けて輝いていた。

 

「ええ景色やなー。酒が欲しくなる」

 

「梢さん弱いじゃん」

 

「せやな。だけどこっちじゃ飲んでも酔わんから飲みたい放題でもあるで」

 

 ゴソゴソと袖口を探るような仕草をすると、いくつかの飲み物を取り出す。

 酒瓶がいくつかと、お茶やジュース類。

 

「てか、ツクヨミ内ってお酒あったんだ」

 

「ね。初めてみた。私つまみっぽいの出しますよ」

 

「ありがと。味も何もせんけどな」

 

 真美がいくつか食べ物をウミガメの背中に乗せる。

 梢さんはコップを取り出すと、酒瓶を傾けて半分ほど注いだ。

 

 それにつられるようにジュースをコップに注ぐ。ふと顔を上げると、梢さんたち三人がこちらを見ていた。何だろうと首をかしげる。

 

「彩葉。乾杯の合図をお願い」

 

「え、私?梢さんじゃないの」

 

「こういうのは若い子に任せた方がええやろ」

 

 まったく、勝手なことを言ってくれる。

 

「だって彩葉。がんばれー」

 

「私たち一足先に飲み会しちゃうんだねー」

 

 呑気なことを言う二人を睨み、小さく息を吸う。

 

「あーじゃあ、何も分からんので。乾杯!」

 

『『『乾杯』』』

 

 勢いよくコップを突き出せば、それに合わせるようにコップが重なる。

 澄んだガラスの音が響き渡る。

 

 一口お茶を含み、いつものような無味無臭の液体を喉に流し込む。

 それでも美味しく感じるのは大好きな人に囲まれているからだろうか。

 

 それからしばらく飲んで騒ぎ、帰りはウミガメに元いた喫茶店付近まで送ってもらった。

 

「じゃ、私はもう出るわ。……何か朝日のやつからメール来とるし」

 

「はーい。梢さん。今度また誘いますね」

 

「今日はありがとうございました。楽しかったです。あ、後私まだ諦めてませんから」

 

「今日は楽しかったよ。ありがと梢さん」

 

◇◇

 

 後日、朝日から送られてきたアドレスをヤチヨに入力してもらい、とある場所を訪れた。

 

 あの子たちが拠点にしている場所だそうだ。

 

「…でかいなぁ。なんぼ建てとんねん」

 

 無駄にでかい門を潜った先、正面には本館らしき建物がそびえている。こちらも無駄に豪華だ。

 視線を左右に動かせば、五重塔のようなものが何本か立っている。

 鐘でも吊るされているのか、どこからか鈍い音が響いてくる。

 

「これ全部使うんかな。もったいない」

 

 サクサクと迷うことなく入口らしき場所に近付き、扉を勢いよく開ける。

 

「…誰もおらんのか。というかここ玄関口かまさか」

 

 あの子は無駄に凝りおって。

 

「アカン。面倒になってきた。朝日呼ぼ」

 

 スマホを引き寄せてコールすれば、たいして待つことなく朝日が電話に出た。

 

『え、どうしたん?もう着いたんやろ。上がってきてや』

 

『帝、声上擦ってるじゃん』

 

『やはり親類と会話するのは緊張するのか』

 

 …周りで話している子がノイライとかいう子かな?

 

「場所が分からんねん。案内し」

 

『うへえ。分かった。今正面玄関やな』

 

『ちょっとは観光してもらいたいものだが』

 

『ねー。折角作ったのに』

 

 結構仲良さげやな。

 

 適当なところに腰を落ち着け、時間潰しに周りに視線を投げる。

 

 障子には虎の絵が描かれている。

 天井を見上げれば、竜が彫り込まれていた。

 

 ほかにも竜や虎をあしらった装飾がいくつも見つかる。あの子の好みが変わったのかと首を傾げる。

 

「あ、そういや公式HP見てって言われたな」

 

 ツクヨミ内でも検索できると彩葉に教えられたので、言われた通り公式HPを開く。

 

「ん、あー?あ、鬼に虎モチーフなんね。やっと分かった」

 

 公式HPに映る三人の姿は、真美に見せてもらった写真と変わらない。

 鬼のように角を生やしたアバターにそれぞれの好みの衣装を着ているのだろう。

 

 背景に虎の毛皮まで飾ってある。あれも部屋の装飾なんやろか。

 

「あープロってことはそういう契約なんかな。何か強く見せるとか?」

 

「あ、いた。ホントに玄関から動いてないじゃん」

 

 背後からドタバタと足音が近づいてくる。続いて、成人男性の声が響いた。

 

「そりゃそうやろ。アバターはアンタの趣味なん?」

 

「え、一部はそうだけど」

 

 そうなんか。まぁ強そうなんかな。

 

「そういや、帝アキラっていうんやな。この前教えてもらったわ」

 

「そう!だからこっちで会っても帝かアキラって呼んでや」

 

 子供のように胸を張る甥っ子を微笑ましく見ながら、朝日の案内で拠点内を歩き始める。

 

 ……無駄に広い。

 

「アンタらこんなん毎日歩くんか?」

 

「いや、俺らのホームやから飛べるし。折角やから案内でもと思ってん」

 

「いらん気遣いありがと」

 

 いや、確かに見応えはあるけどな。

 今日日こういう建物に行く機会なんてないし。

 

「飛べるってのは?」

 

「あーワープというかジャンプというか。指定した場所に瞬時に移動できる機能があるねん」

 

 ほう。そんな便利なものが。

 

「でも、つまらんやろ。行くならウミガメに乗って移動してもええし」

 

「あ、あれやっぱ叔母さんたちやったんか。あれ軽くバズってたで」

 

 朝日から画像を見せてもらう。そこには、彩葉たちとのんびりウミガメに乗って移動する私たちの姿が、下から撮影されたいくつもの写真として投稿されていた。

 

「…はー暇人。あ、なんか最近実入りが増えたって思ったらそれか!」

 

「そうや。方法は何でもええけど、感情を動かせれば投げ銭してもらえるねん」

 

 そう言って、朝日はくるりとこちらを振り向き、悪戯っぽく笑った。

 

「そして、それは現実の通貨としても利用可能と来た。ヤチヨちゃん様々やな」

 

「あ、彩葉が言ってた仮想通貨てこれか。そうか、ペイパル的なやつか」

 

 値段を確認すれば、スマコンをもう一台買えるほどではないが、なかなかの額が入っていた。

 …あれだけでか。

 

「こういうのって撮影者に入るん違うんか?」

 

「そこはヤチヨちゃんの領分だからね。上手いこと折半してくれてるんじゃないかな」

 

 あ、こいつその辺は興味ないな。

 プロゲーマーやし、自分で配信して稼ぐ方が多いんやろ。朝日からしたら、あんまり関係ないんかもしれんな。

 

「で、まだ二人のとこ着かんのか?」

 

「あ、もう行っていい感じ?」

 

「ええで」

 

 私の手を軽く朝日が握ったと思った瞬間、景色が変わる。

 

 場所的には天守閣だろうか。先ほどまで歩いていた建物とは、また随分と雰囲気が違う。

 まぁそこはゲームだから気にしていたらキリがないだろう。

 

「ようこそ。俺たちBlack onyXの根城へ」

 

 格好をつけている三人には構わず、周囲を見回す。

 目につくのは虎の毛皮に鬼の仮面。

 床板はヒノキだろうか。いい艶をしている。

 

「ちょっと、可愛い俺に反応なしってどういうこと!?」

 

 ノイ君が思ったより低い声で騒ぎ立てる。

 

「ノイ、折角のお客様だ。もてなしが先だろう」

 

 こちらのライ君は、年齢の割に落ち着いた雰囲気をしている。

 いや、アバターなんで正確な年齢は分からんが。

 

「あー感想とかそういうのは無し?」

 

「私は別に君らのファンちゃうしなぁ」

 

 学芸会とまでは言わんが、こういう演出が世間に受けるものなんか、私にはよう分からん。

 

「あ、でも写真より動いとる方が可愛いなノイ君は」

 

「ふっふーん。でしょ!俺ってやっぱり可愛い」

 

 ちょろい子かもしれん。

 

 ばっちりポーズまで決めてくれるが、叔母さんにはちょっと眩しすぎるノリかもしれんね。

 

「ま、座ってください。客人を迎えるのはほとんど初めてなんです」

 

 ライ君が椅子を用意してくれる。お礼を言って腰掛ける。

 

「ええ子やな。二人とも、仲良さげやし」

 

 朝日にそう声をかけると、彼の顔が嬉しそうにほころんだ。

 

「ま、俺様が集めたチームだからな!」

 

「…あー、そういうキャラなん?分からん世界やなあ」

 

 まさかの俺様キャラ。そうか、そうなんか朝日。

 

「頑張ってて可愛いでしょ帝。アイドル路線も俺が考えたんだよ」

 

 いつの間にか隣に座っていたノイ君が、得意げに朝日を見上げる。

 …アイドル?朝日がアイドル!?

 

「え、そうなんかアンタ。何か歌って踊るんか」

 

「HPで聞けますよ。何なら流しましょうか?」

 

 どうやらもう持ち歌もあるらしい。

 

「え、ちょっと気になるやん。聞かせて」

 

 何が嬉しいのか朝日がガッツポーズをしている。

 

 私の答えを受けてライ君が指を中空に滑らせる。

 壁がスライドし、その中からモニターが現れる。

 

 音楽が流れ始める。

 

 …圧倒された。

 

 短い。たった二分にも満たない歌に。

 

「…はーアンタらすごいなぁ」

 

「でしょ!俺の言って通りじゃん二人とも!!」

 

「良かったね帝。こんなに喜んでもらえて」

 

「うむ。頑張った甲斐があったというものだ」

 

 …はーあの朝日がなぁ。

 まぁ色々器用な子やったもんなぁ。

 

「確かにこれはファンがつくのも分かるわぁ。アンタらこれだけ歌えてゲームも上手いんやろ?」

 

「ま、そうですね。一応プロゲーマーやってますし」

 

「最近優勝した動画も見ちゃう?俺大活躍だったんだよ」

 

「どうかな叔母さん、俺たちの活動は?」

 

 ノイ君は嬉しそうに、次から次へと動画を見せてくる。その横ではライ君がお茶やらお菓子やらを用意してくれていた。

 その合間に不安そうにポツリと呟く朝日。

 

 ノイ君とライ君が、申し合わせたように少し距離を取る。

 

 朝日の目を見て、ゆっくりと口を開く。

 

「正直な話するで。私は最初プロゲーマーになるとか言ったアンタを叩いてでも止めるべきか悩んだ。しかも東京に行くっていうやん?」

 

 少し考えるように目を閉じる。

 

「アンタがどうなったかは気にはなってたけどな。調べる手段ないやん。それに彩葉の世話で色々やってたしな。で、アンタからプロゲーマーになったって連絡があった。何や結構やるやん流石はあの二人の子どもやと思ったよ」

 

「私の生活もある程度落ち着いて、アンタとも会うようになってな。しばらく世間話したり、色々話したりしたな」

 

「…そうやな。家族の件はマジで感謝しとるし。チーム組むまではマジで俺通用するんかとも思っとった」

 

 朝日の言葉を聞きながら目を開ける。そこには、随分といい顔で笑うようになった朝日がいた。

 

「で、彩葉にツクヨミってかヤチヨのこと延々教えてもらって、アンタからは活動は軌道に乗ったって報告受けたし大丈夫やろ思ったで」

 

「それに、面白いし頼りになるチームメイトもおるんやろ?」

 

 茶化して二人を見れば、しっかりと頷きを返してくれる。

 

 …ここは最後まで真面目にいくべきだろうか。

 

「彩葉が大きくなるまで私のとこ来とった朝日がなぁ、こうなるとは人生分からんなぁ」

 

「折角だからもう少し真面目にやってくれてもええやん!」

 

「ええやん。もう昔みたいに、私や義兄さんのとこがアンタの居場所やった時期は終わったんやろ」

 

 こういうのを親離れっていうんかな。

 姉さんもきっと喜ぶだろう。口では絶対余計なことしか言わないが。




ちなみに梢さんは酒寄家で一番フィジカルが強いです
といっても対戦経験が欠片もないので対戦になったらロカマミにぼこぼこにされる程度の腕前です
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