ツクヨミならこんなことも出来るだろで押し切ってる話
最近の日課になったツクヨミへ、今日もログインする。
目の前には、すっかり見慣れたログイン画面が広がっている。そこへ、ゆっくりとヤチヨが舞い降りてきた。
彩葉曰くチュートリアル用のAIだそうだ。
「いらっしゃい。今日も来たんだね」
「最近、お仕事が暇でな。定時でちゃんと帰れるねん」
「それはいいことだね。ヤッチョも皆に会えるのが一番なんだから」
目を細め、こちらを慈しむように見つめるヤチヨに手を振り、いつものようにお茶を取り出す。
心得たように指を中空に走らせる。
私たち二人を囲むように座敷が現れる。
「相変わらず便利やなぁ。アンタがおったら引っ越しも楽やろな」
座敷の座布団に腰掛け、お茶を啜る。
相変わらず何の味も匂いもしないが、もう慣れたものだ。
ヤチヨも対面に腰掛け、どこからともなく羊羹を取り出した。
ヤチヨは、何故かまな板と包丁まで取り出した。羊羹を一口大に綺麗に切り、小皿に盛っていく。
…こういうノリが分からん。
「もう慣れたけど最初はビックリしたよ。私は管理AIであるヤチヨの分身というかコピーだからあんまこういう持て成ししてもらったことないんだよね」
「持て成しかこれ?何かポツンと暇そうに立ってたからあげただけやけど」
手渡された小皿の上に乗った羊羹を爪楊枝で刺し一口食べる。
ゆっくりと味わうように噛み、一口お茶を啜る。
「これ結構ええ奴なんか?」
「え、うん。モデルにしたのは京都の老舗のやつだから高いやつじゃないかな」
ヤチヨはさらりと言う。値段もピンキリやろうけど、結構なもんやろうに
「よくもまあそんなん気軽に出せるなぁ」
「ふっふっふ。AIだからね。データなんていくらでも出せるよ」
ポンポンとまるで魔法のようにヤチヨの周りに茶菓子が浮かぶ。
「それに、折角だからこの時間も楽しんでほしいからね」
少し寂しそうな目をするヤチヨ。
…そんなに皆話しかけんのか。ヤチヨはヤチヨやろうに。
「それで、その菓子どうすんねん」
「あ、いらないなら消すよ。ただのデータだから大して問題ないし」
指を滑らせ次々と菓子を消していくヤチヨ。
…何というか情緒がどっか行ってるなぁ。
気を取り直し、可愛い姪っ子のことを尋ねる
「あ、そや。うちの姪っ子がアンタに向かって話したりしたか?」
「あ、iroのこと?ヤッチョたちの内でも話題になったよ」
お、頑張って話しかけたんか。
何かライブ泣きながら見てたりするから不安やったけど。
「今まで手も振ってくれなかった子が真っ赤な顔して、こっちに小さく手を振ったって。今は画像を皆で共有しているのです」
話しかけてなかった。
「…はー。なんやったっけ推しの前やと緊張するんやろうなぁ」
「ヤチヨは果報者なのですよー」
ヤチヨはいつの間にか空になった小皿を片付け、お茶を飲み干した。
どうやら、そろそろツクヨミへ送り出す時間らしい。
「んでは。また来てねコズエ」
「ん。またな」
ヤチヨに見送られゲートを潜る。
◇◇
最近、話題の人物を直接見るため、ログイン用の出入口で待ち伏せしている。
話題になった画像とそれに関連する映像を見比べながら、鳥居の横でジッと待つ。
何人かのプレイヤーがこちらを発見し、手を振ってくるのでにこやかに応じる。
来た。
真っすぐに彼女の後を追い、声をかける。
「貴方が最近一部で話題の『コズエ』さんですね!少しお時間よろしいでしょうか」
ゆっくりと振り返る彼女の動きに合わせて髪が舞い、髪飾りの蝶が小さく輝いた。
うーむ。美人だ。
「……あー、名前は何やったかな。顔は見たことあるで」
「お、私のことご存じですか!私は忠犬オタ公の名前で活動しています。ツクヨミ内で気になった人や物を紹介するニュースキャスターみたいな存在ですね」
これは嬉しい誤算。事前調査ではこの手の情報に疎いという話だったが。
「ほう。そんなんがおるんか。…あ、アンタ前に帝やら何やらの取材してた子か」
「はい。その節は大変有意義なお話を伺いまして」
なるほど。黒鬼関係か。どういう繋がりなのか是非聞きたいところ。
「ま、ええわ。私はこれから何か海中に喫茶店があるって聞いたから行くけどアンタは?」
「ぜひお供しますとも。そして軽い取材をさせていただきたいですね」
「そっちは興味ないからええわ」
彼女の言葉にめげることなく隣を歩く。
コズエさんの眉がわずかに動き、やがて口元が緩んだ。
…お眼鏡にかなったのだろうか。
「水中というと両舷さんのところですね。海中に遺跡や美術館、映画館なんかを作っているんです」
「え、そんなんあるんかここ」
「はい。なかなか見ごたえがありますよ」
何なら紹介動画も自身で出しているが、どうやら見ていないようだ。
「君、おもろそうやん。取り敢えずその喫茶店に案内してや」
「りょ」
気軽に片手をあげて敬礼をすると応じるように片手を上げて応えてくれる。
「あ、因みに喫茶店じゃなくて宿泊施設が正解です。お金さえ払えばちゃんと寝泊まりできる、ツクヨミ内の簡易宿泊施設ですね」
「…そんな一日中潜っとるんか?」
「人によるかと」
言葉を濁し、視線を逃がす。
ツクヨミ内で作業をしているとこういう場所が地味に便利なのだ。
私の反応を気にした素振りも見せず、マップを見る
「そういや、何で私に取材なん?」
「面白そうな人に片っ端から声かけてるんですよ。ツクヨミ内がより盛り上がって面白くなればヤチヨも喜ぶし」
ふうんと気のない返事をし、ひょいと建物の屋根に飛び移るコズエさん。
「お、早速ですか!それは読んでましたよ」
さては、この人中身も滅茶苦茶運動できる人だな。
非公式ながら屋根走りトーナメントに勝手にエントリーされているだけはある。
私も負けじと、いささか不格好に屋根へ登る。すると、先に登っていたコズエさんが腕を組み、こちらを見下ろしていた。
「…やっぱ彩葉がおかしいんか。これくらいの高さなら助走なんていらんよなぁ」
考えこむようにぶつぶつと呟く彼女に少し腰が引ける。
「えっと?彩葉とは?」
いや、顔は一緒に写っていた彼女だろうとあたりはついているのだが確証がない。
「ん。気にせんでええ。ちょっと質問なんやけどアンタらくらいの身体能力が普通なん?50m8秒台で走ったりできんの?」
「大分無理っすね。ツクヨミ内では身体能力にある程度バフがかかってますけど、それも限度がありますから」
「何やあんま皆動けんのか。あの子らがやっぱおかしいんやな」
一人で納得し、さっさと歩き出すコズエさん。その背中を追いかけながら、私は微妙に後悔し始めていた。
「…うーん。フィジカルエリートの家系?」
「因みにあの子らとは聞いても?」
「ん。本人の許可取り」
結構にべもない。
この人あれだな。興味があれば話聞いてくれる人だな。
そして、今現在は私に欠片も興味がないんだ。
「因みにここからなら結構距離ありますが、走るんですか?」
「走ったら置いてくことになるけどええんか?」
少しだけ後ろを振り向き、意地悪そうに笑う。
「いえ、歯を食いしばってでもついていきますよ」
この人は絶対面白い人だ。
私の熱意が少しは伝わったのか。彼女は一瞬だけ歯を見せるように笑うと、その身体を加速させた。
「うっわ早!?殆どパルクールじゃないですか!」
え、私あの人追いかけるの?
「いや、頑張れオタ公。これもツクヨミのため。ひいては推しのため」
自分に発破をかけてひた走る。
どれくらい走ったか。何度こけたかもう覚えていない。
多分、生身の方も何処かでぶつけたのか肘が痛い。
「…今度は…何処ですか…」
「下や。こっからやと桜がよう見えるで」
全く追いつけないんですけど!?
「うっわ。ちょっと舐めてた。実年齢考えたら30超えてると思ってたのに。いや、仮想空間だから関係ないとはいえ」
息を大きく吸い、吐く。
コズエさんの横で膝に手をつき、荒い息を整える。
「…そんなにしんどいか?取材って大変やなぁ」
…誰のせいでこうなってると思っているのか。
悔し紛れに上を見れば、満開の桜からいくつもの花びらが散っていく幻想的な風景。
ふうと息を大きく吐き、ゆっくりと体を起こす。
「アンタもう大丈夫なんか。ならこの先の壁超えたら海やで」
…割と鬼だなこの人。
「いや、流石にもう少し休憩ください。今汗だくですよ私」
「軽い散歩やないか?」
小さく首を傾げ、欠片も息が切れてないコズエさんを力なく睨む。
そうか。この人所謂トップ層のプレイヤーと一緒だと思って接すればいいのか。
「ま、ええわ。何か撮るんやろ。今ならええ写真が撮れるで」
「…スクショっすか。いや、さっきから録画機能を回してるんで、後で編集しますよ」
「ほお。便利やな」
感心したように呟き、軽い屈伸を始めるコズエさん。
「…嫌な予感がしますが、どうする気ですか?」
「壁蹴って超えれんかなと思って」
「何mあると思ってるんですか!パッと見5mはありますよ」
「それくらいならコツ掴めばいけるやろ。ツクヨミ内でバフかかるんやし」
「うっわこの人マジだよ」
軽い助走と共に一息に加速するコズエさん。
あっという間に壁へ到達すると、片足を高く振り上げて壁を蹴った。その反動を利用して、さらに上へと身体を押し上げる。
……でたらめだなぁ。
「うーん。流石にちょっと厳しいか」
途中で勢いが足りなかったのか、壁を蹴り器用に私の隣に降りてくる。
「因みに私は絶対登れませんよ」
「分かっとる。試して遊んどるだけや」
…あんま見ない楽しみ方してる人だ。
いや、横で見てる分には絶対面白い。
「んじゃ、もう一回」
本当に散歩にでも行くような軽い調子で走りだしたコズエさんは、先ほどより遥かに速い勢いで壁へ向かっていく。
壁を蹴り、その反動で身体を持ち上げる。今度は途中で壁の縁に手を掛け、そのまま身体を引き上げていった。
「着いちゃったよあの人」
思わず乾いた笑いが漏れる。
「ん。いけるな。もうちょっと綺麗にいきたいとこやな。今度朝日と試そ」
壁の屋上部分に腰かけ、足を振りながら呑気に何かを呟く。
壁に近寄り声を張る。
「私はどうすればいいですかね!」
「え、私が考えるんか。いや、そうか。私の取材とか言ってたな」
「そこ忘れないでくださいよ!」
最初から興味なかったもんなぁ。
いや、絵としては十分面白いものが撮れた。
これで一旦解散としてもいいのでは?
「一緒に行きたいなら紐でも垂らすけど」
「…正直な話すると貴方が何するか興味はあります」
にやりと笑いかけると、コズエさんも口元を緩めた。
そして、ロープをこちらへ投げてくる。
それに捕まって必死に登っていく。
「いらっしゃい。アンタあんま動かん人やんな」
「…デスクワーク中心っすねえ」
割と息も絶え絶えになりながらようやっと登れば、何とも素っ気ない言葉。
正直、途中で引き上げてくれるかと期待したが一切そういうことはなかった。
この人は割と淡泊な人だ。
ようは面白いかどうかで決めるフシがある。
私は残念ながら、お眼鏡に叶わなかったようだ。
「アンタ飛び込みは出来る?」
「…すっごい小さいときにやった気が?」
コズエさんの目線の先には、目の眩むような断崖絶壁。
当たり前だ。ここは通常マップの端である。
次に来るのは当然、外周部の海だ。
遥か眼下では、いくつもの波が岩礁にぶつかり、白い飛沫を上げている。その光景を戦々恐々と眺めていると、コズエさんから声がかかった。
「落下ダメージとかあるんかこのゲーム」
「…触覚がまだ実装されてないので、そこまでは。あんまり重傷だと強制ログアウトでしょうが」
一般マップで怪我をすることなぞほぼないが。
「さて、選択肢はなんぼかあるで。どれ選んでも私はおもろい」
「…一番安全そうなのでお願いします」
多分、どれもろくでもない。
「一番簡単なのはこのまま飛び込みやな。強制ログアウトくらいなら何度か試せば成功するやろ。次は紐垂らしてえっちらおっちら降りていく。手間かかるかもしれんが一応安全や。最後は、上で踊ってる謎生物の背に乗って突入とかも面白そうやけど。あの子の好物が分からん」
ええい。ツッコミどころが多い。
「一番は論外。二番は多分、貴方途中で飽きますよね!最後の謎生物云々はウミガメの要領でしょうけど、あれ大きさが段違いですよ!しかも絶対肉食タイプ」
「じゃ、最後やな。一番楽しそうや」
上空を見上げ、優雅に泳ぐ魚群のいくつかに手を振り始めたコズエさん。
「貴方割と衝動で動きますね?」
「折角の仮想空間やし。好き勝手せな」
コズエさんが手を振った魚群が、ふいに進路を変えた。何かから逃げるように、群れが一斉に散っていく。
いや映像だが、割としっかり怖い。
私たちの上空に影が差す。
恐る恐る見上げれば、全体像が見えないサイズの魚が悠然と浮いている。
「何かでかいの来てますよ!」
「お、チョウチンアンコウやっけお前」
何でこの人は動じないんだ。
「前から気になってたんよな。たまにデカいのが飛んでるからな」
「貴方よく平気ですね!?」
「私らが何かオイタしたら噛むかもしれんけど、そんな様子ちゃうし」
言われて見上げれば、魚は口を閉じたまま、頭部の特徴的なチョウチンを明滅させている。
私に魚の気持ちは分からないが、随分と大人しい気がする。
「肉まん食べる?ついでに海の中行きたいねん」
「要求が露骨!」
コズエさんの方に顔を向けた瞬間、足元から強い水流が吹き上がった。身体がふわりと浮き、足場の感覚が消える。
慌てて下を見れば、屋根から離れていく私の体。
「あ、え?」
あまりの驚きに声が出ない。
「ありゃ、肉まんよりオタ公のが美味しそうか」
呑気に笑いながら、手に持った紐を操り私の体を固定してくれる。
「あ、ありがとうございます」
「ん。今回は失敗やな。怖い思いさせてごめんな」
コズエさんは紐を操り、私の体をするすると引き上げていく。その間も、先ほどより近付いてきたチョウチンアンコウに何やら文句を言っていた。
「肉まんダメならそういいなや。別のもんがええん?やっぱ魚かな」
…全然諦めてないぞこの人。
「てか、私何で餌判定なんですか!?ちょっと待っててくださいよヤチヨに連絡するんで!」
引き上げられた私は、コズエさんとチョウチンアンコウから距離を取ってヤチヨにコールした。
『やおよろー。どしたの?何かあった?』
「上で泳いでるチョウチンアンコウに食われかけました」
『へえ?何で何で』
ヤチヨの声が通話口からではなく隣から聞こえてくる。
いつものように対処用のAIを飛ばしたのだろう。
「あ、なるほど。餌付けしたんだ。あの子サルベージ用だから近くにある大きいもの食べようとするんだよね」
なるほど。私の方が確かにコズエさんより大きいからか。
…いや、納得できるか!
「ちょっとアンタ行儀悪いで」
コズエさんの声がして慌ててそちらを見れば、チョウチンアンコウが威嚇するように口を大きく開け、牙を剥き出しにした。
…無理やり乗ろうとしたのかな。
「おーい、コズエ。一旦その子離してやって」
「ん。何やヤチヨおったんか。この子乗れんの?」
「その子はサルベージ用のAIだから人を運ぶ作りにはしてないのです」
「何や惜しいな。折角面白そうやったのに」
先ほどまで威嚇していたチョウチンアンコウがヤチヨの声を聞くなり、大人しく上空に戻っていく。
「しゃーないか。ま、今回は色々出来たからもうええかなぁ」
何事もなかったようにこちらへ歩いてくるコズエさんを、思わず警戒してしまう。
ヤチヨは気にした素振りも見せずににこりと笑い。
「ごめんね。今度はちゃんと乗れる子作っておくよ」
「いや、それはアカン。試すんがおもろいんや。全部乗れたらただの玩具やろ」
この人変なこだわりがあるなぁ。
「折角、ヤチヨがこっち来たなら質問があんねん」
「お、なにかな。ヤッチョに答えられるといいけど」
どっかりと腰を下ろし、ポンポンと目の前の屋根瓦を叩く。
苦笑を浮かべながら座るヤチヨ。
「私、一応公務員やねんな。で、副業いうんも変やけど最近上司にお小言もらったねん。派手すぎるぞーとかお金もらったよねーとかしょうもないこと」
ちょっと待って。
「貴方公務員なんですか!?」
「そやで。ある程度時間作れて生活に困らん仕事や。忙しいときは忙しいけど、それは何処も一緒やろ」
「京都から東京へ出向扱いって前言ってたね。仕事は慣れたんだ」
ほけほけと爆弾を放り投げてくるなこの人たち。
「派手すぎるというのは?」
「前に姪っ子たちと遊んだ写真が上司の目に留まったらしゅうてなー。何か知らんけど今頑張っとるわ」
ここまで興味もなさそうに言われたらどうしようもない気が。
…上司の人たちも可哀そうに。
「なるほど。ならコズエの分は取り上げちゃう?そうしたらお金がないから副業にならないだろうし」
「そっちでも構わんけどなぁ。お金欲しいわけちゃうし」
「え、いいんですか?折角入ったのに。それに今回の取材の取り分もありますよ?」
あのパルクールだけでも大分面白い。
「いらんなぁ。正直動き回ってるだけで十分モト取れとるし」
「うーん。提案しておいて何だけど。ヤッチョとしても正当な報酬だから残したいんだよね」
何か考え込むヤチヨ。
「別にいらんけどなぁ。あ、それなら私の取り分姪っ子に、アカンな。絶対いやがる」
「中々複雑な家庭環境だったりします?」
「私は独り身やから気楽やけどなぁ」
…あまり踏み込まない方がいいやつかな?
「取り敢えず私としてはコズエさんに是非とも報酬を受け取ってもらいたいですね。労働に対する対価は必要です」
「好き勝手走っただけやけどな」
それが十分面白いから大丈夫。
「うーん。ま、何かいい手がないか後で考えるよ。それでは、またねー」
ふわりと浮き上がり去っていくヤチヨに小さく手を振り、見送る。
コズエさんに視線を移すと見事な飛び込みの姿勢で海に飛び込んだ。
「何で!?」
慌てて際まで移動し、落ちたあたりを見るが波に隠れて何も発見できず。
「コズエさん!?」
「…あ、こっちに帰ってくるんか。親切やな」
急に隣から声がして飛び上がるほど驚く。
「説明してください。私は今貴方のことを引っ叩きたくなりました」
「急やな。ほら落下ダメージとかの確認。後どれくらい深いか気になって」
なんだこの人。
「あれやな。多分、一定数値以上のダメージ受けるとどっか近くに湧いて出る。それが今回はオタ公の横やった」
「…貴方よく公務員やれてますね」
「仕事と遊びを切り替えるのは当たり前やろ」
堂々と言われると腹立つなぁ。
「で、結果はどうでした」
「ん。波に突っ込んだ時点で意識が飛んだから、そこらへんで限界やったんやろ。前に水の中でも呼吸できるって聞いたから試してみたかったけどな」
もう何を言っても無駄だと悟り、がっくりと肩を落として地面に座り込む。
コズエさんは私の横に当然のように座り、お茶をのんびりと取り出して飲み始めた。
…誰のせいでこんなに疲れていると思っているのか。
「そういや何か記事にはなりそうなん?取材言ってたけど」
「…あー何とか形にはします」
後日、必死こいて書き上げた記事を片手に、放送を開始する。
『みんなのためにわんわんお。今日もニュースツクヨミの時間がやってきました。忠犬オタ公です。今回は気になっているプレイヤーを紹介させていただきます。はい。こちらの映像には一切の脚色が入っておりません。知っている方もいるでしょうが、ここ最近ツクヨミ内の屋上を走り回る一人の女性。その正体は――コズエさん! どうやら、れっきとした一人のプレイヤーだったようです』
動画を切り替える。
『さて、彼女に取材を申し込んだ私は無情にもパルクールの旅へ同行を余儀なくされました。それに必死にくらいついた私を誰か褒めてもいいと思います』
画面には見事にパルクールをしながら軽々と移動するコズエさんの姿。
ツクヨミを歩いていた人々も気になったのか、足を止めて画面を眺めている。
『ツクヨミの端、壁に囲まれた場所までたどり着いた取材班はコズエさんの驚きの身体能力を目にしました』
壁を駆け上がる映像を大きく映す。
驚きの声が各所で上がり、思わず頬が緩む。
『そして、壁を越えた先で我々は驚愕の生き物と接近を果たしました。こちらが、普段ツクヨミの上空を漂っているチョウチンアンコウです。映像で見ると、サイズは20メートルほどありそうですね。いやー恐ろしい』
画面をチョウチンアンコウのアップに切り替える。
各所で息をのむ音と小さな悲鳴が聞こえてくる。
…まぁ口一杯広げたアンコウ怖いですよね。編集作業中泣きそうになりましたもん。
『こちらの映像は合成ではありません。実際に私が見た映像です』
大きく息を吸い込み、ある画像をタップする。
そこには肉まんを差し出しているコズエさんが映っていた。
今度は反対に小さな笑いが漏れ、成功を実感する。
『彼女は物怖じせずに餌付けを選択します。とんでもない勇気と好奇心です。その甲斐あって私は海に落ちかけました』
『さて、そんなコズエさんですが、多分今日も元気にツクヨミ内を走り回っていると思います。見かけたら追いかけてみても楽しいかもしれませんね』
最後に小さな仕返しをして、放送を締めくくる。
『それでは、次回の放送までお楽しみに!忠犬オタ公でした』
誤字脱字報告ありがとうございます。
感想ありがとうございます