雪山の娘 作:雪山派外姓弟子
誕生日の朝、私は自分の祝いから締め出された。
裏の部屋で姉と阿秀が何かをしている。私がのぞくと、二人いっぺんに飛び上がった。
白いものが見えた。
牙だった。
「まだ! まだだから!」
姉が両手を広げた。阿秀は白いものへ布をかぶせ、その上に座った。
ぱり、と嫌な音がした。
二人が同時に床を見た。
私は見なかったことにして、一歩踏み入れた。
「姉さま、何を」
「いいから出て! すぐ直すから!」
直す必要のあるものらしい。
私は廊下へ出され、戸を閉められた。
すぐ、二人で喋る声がした。阿秀が謝り、姉が「もっと長くできる」と言う。何かを貼る音が続いた。
私は戸の前へ座った。
壁の薄い所へ耳を寄せる。姉の声が、くぐもって聞こえた。
「晴、まだいる?」
「います」
「そこなら、いいよ。入っちゃだめだよ」
私は膝を抱えて待った。
母が通りかかり、なぜこんな所に座っているのかと聞いた。事情を話すと、母は戸の中へ問いかけた。
「お店の人、完成はいつ?」
「あと少し!」
「昨日も聞いたわ、それ。晴の着替えが先ね」
私は抱き上げられた。姉の声が遠くなったので、母の肩越しに身を乗り出す。
廊下の角を曲がる直前、戸の下から紙が一枚滑ってきた。
姉の描いた、口の大きな顔だった。
私は母に下ろしてもらい、それを拾った。
裏には丸が三つ並んでいた。
*
三歳になった。
姉は六歳である。
私のほうがずっと大きかったはずだと、たまに寝起きに思う。ところが並んで鏡を見ると、姉の頭は私より上にあった。姉は自分で帯を結べるし、私はまだ片側を引っ張ると全部ほどける。
この差は、なかなか縮まらなかった。
母が髪へ花を挿した。
私は鏡の中へ頭を寄せ、それから、こんなに熱心に見なくてもいいのだと姿勢を戻した。
花そのものが嫌なわけではない。誰がそれをつけているのか、見失いそうになるのが落ち着かなかった。
「取りますか」
「取ってほしいのは、晴でしょう。母さんへ聞いてどうするの」
母が笑った。
私は花へ手をやった。そこへ、姉が部屋へ駆け込んできた。
「できた! ……あっ、晴、きれい!」
手は、花を守るために上がったことになった。
「つけておきます」
母が声を殺して笑ったので、私は鏡を見ているふりをした。
姉は私の髪を左右から確かめ、母に自分の分もあるかと尋ねた。母は箱を見せたが、姉は違う、これじゃない、と言い出した。
「もっと大きいの。ぐわっとしてるの」
「花で『ぐわっと』は、難しいわねえ」
結局、姉は花をつけず、母の細い紐で髪を結ばれた。私の髪にも同じ紐を短く切ったものが使われる。
揃いだと気づいて、私は何度も耳の後ろへ触った。
姉はその手を取って、もっと大事なことを告げた。
「今日はね、晴は好きなだけ食べていいよ。母さんが言った」
「梅も食べる気でしょう」
母に見抜かれた姉は、一つも隠さなかった。
「だって私が、晴を三つにしたんだもん」
功績を全部持っていった。
昼過ぎから、広間へ人が集まり始めた。
雪山派の門弟は百人ほどいるが、全員が一度に来るわけではない。稽古や仕事の合間に汁を一杯飲み、祝いを言い、次の人へ席を空ける。父は何度乾杯してもいいようにと、小さな杯を持っていた。
母はその中身を、途中から茶にしていた。
父は三杯目まで気づかなかった。
廖平は、私の腰掛けを作ってきた。
座ると、足の裏が床へ届く。私はすぐ裏返した。どこをどう留めたか見たかった。
「まず座れよ! 作った俺が、座って喜ぶところを見たいんだ」
言われて、座った。
立って、もう一度座った。
廖平はにこにこした。私が三度目に立った時には、もうよいと言った。
「店は、明日から椅子付きだな」
私は礼を言い、椅子を姉の隣へ寄せた。自分の席ができたのは嬉しい。姉が別の所へ移ると、私も両手で椅子を持って追った。
やがて廖平に見つかり、椅子ではなく姉のほうが元へ戻された。
*
汁を運んできた少年へ、姉が言った。
「三香、それこっち。晴は熱いの、まだ持てないから」
「は、はい。梅師姉、置きますから、少しだけ椀を離してください」
名前を聞いて、私は匙を持つのを忘れた。
彼は姉の差し出す椀へ、慎重に汁をよそっていた。鍋を傾ける腕に、力が入っている。私を見る余裕もないらしい。
姉がその袖を見つけた。
「あんた、そこにも汁がついてるよ。ずっとつけて歩くの?」
「今、拭きます。すみません」
「私に謝っても、とれないよ」
姉は自分の前にあった布を取った。少年が腕を出す前に拭こうとして、今度は鍋が傾く。
廖平が横から持ち上げた。
「はい、まず危ないものを、どけような。師姉も師弟も、汁を浴びて祝いにする気か」
姉は布を少年へ押しつけた。
第三香は小さな声で礼を言った。姉はもう菓子を選んでいた。
私は彼の顔を見た。
先の物語で知っている顔ではなかった。姉を傷つける男の名だったのに、目の前にいるのは、布を借りたことでどうも落ち着かなくなった子供だった。
「そこ、まだついています」
私が言うと、彼は袖を裏返して見た。
「あ……ありがとう」
笑いかけられ、私は椀へ目を落とした。
嫌いになる準備をしていたのに、相手は汁をよそいに来ただけだった。
私は椀を遠ざけた。姉が自分のものと交換しようとしたので、それは断った。
第三香は次の卓へ行った。
途中、足の悪い門弟が席を立つと、鍋を置いて支えに戻った。私はその背中を見送り、それから姉の袖にある小さな糸屑を取った。
姉が、何をしているの、と笑う。
私は糸を丸めて捨てた。
*
怪物は、予定より大きくなっていた。
阿秀がついたての前へ出てきて、雪山の恐ろしい獣について話し始める。少し言い間違え、ついたての裏から姉に訂正された。
「牙が、三つもあって」
「四つ!」
「四つもあって、目が三つ」
「目は二つ!」
怪物の都合が忙しい。
私は両手で口を押さえた。父はもう笑っていた。
ついたてを揺らし、白い獣が飛び出してきた。
顔中が口だった。目は小さな穴で、牙は確かに四本ある。朝より長くなったというそれを揺らし、獣は両手を振り上げた。
「食べちゃうぞう!」
私は椅子を蹴って立ち上がった。
獣が一歩寄ってきたので、私も一歩出た。
そこで獣が困った。
「晴、怖がって」
姉の声だった。
私は首を振った。お腹の中から笑いがせり上がり、しゃがみ込んでしまう。
姉は父へ標的を変えた。
「じゃあ父さんを食べる! 大きいから、お腹いっぱいになる!」
父は杯を置き、たいへん大げさに逃げた。
姉が追う。布の尾を父に踏まれ、怪物の上着だけが脱げた。阿秀が悲鳴を上げた。せっかく縫ったものらしい。
姉は引き返し、父の膝を両手で押した。
「踏んじゃだめ! 食べられる時は、動かない!」
「無理を言うなあ」
父はその場へ倒れてやった。怪物が上に乗る。
私は隣から父の腹を押した。阿秀も白布を持って加わり、ついには父一人が三人の子供に包まれて見えなくなった。
母は助けなかった。
「そのままにしておいて。今日は、その人が皿を洗う当番だから」
父が急に元気をなくしたので、私たちはさらに喜んだ。
芝居は終わったが、姉は面を外さなかった。
私は貸してほしいと頼んだ。姉は自分の額までずらして、駄目と言った。
「晴には大きいの。前、見えないよ」
「少し、かぶります」
「私、まだ使うもん」
それが本当の理由らしい。
私の祝いなのに、と口にしそうになり、やめた。今日は朝から姉と阿秀がこれを作っていた。私は戸の外で待ち、その仕事を見せてもらえないことばかり考えていた。
姉は面を撫でていた。自分で作ったものを、まだ手から離したくないのだ。
私は手を引っ込めた。
しばらくすると、姉のほうから覗き込んできた。
「泣くの?」
「泣きません」
「……一回だけよ」
面が私へかぶせられた。暗い。
私はすぐ、姉へ手を伸ばした。
「どこですか」
「ここ。食べていいよ」
探す間もなく、姉が腕の中へ入ってきた。
私は面ごと抱きついた。紙が頬に当たり、姉がくすぐったがって首を縮める。
「噛んだらだめ! 本当には食べないの!」
分かっている。
私はただ、両腕をもう少しだけ強く回した。
*
夜、母が小さな灯を三つ並べた。
姉が三つだから三つ、と言ったのだ。父は自分の祝いにも年の数だけ並べろと言い、母に、家を燃やす気かと叱られた。
人が減った広間は、昼間より広く見えた。
阿秀は母に手を引かれて帰っていき、廖平は腰掛けの座り心地をもう一度聞いてから帰った。第三香も布を洗って返しに来たが、姉は父の膝で寝ていて気づかなかった。
私は眠くなかった。
父が、そうかと言って肩を叩いてくれた。
眠くないので、父の反対側の膝へ乗った。
母が私の髪から花を外した。姉の髪紐も解き、二人分を並べて巻いておく。私はそれを目で追い、母の指が離れると自分でも触った。
「南へ行く時、これも持っていきますか」
母は紐を私の手へ載せた。
「結ぶものがなくなると、父さんの帯を切らなきゃね」
「俺は荷運びにも出られんな」
父の声は、私の頭のすぐ上でした。
私は両手を伸ばし、父の襟をつかんだ。
「父さまも、行くのです」
「行くとも。お前らだけでは、凧を買う目利きがいない」
母が呆れたように笑った。
姉は目を閉じたまま「大きいの」と言った。父が低く笑い、姉の肩へ上着を掛けた。
私もその下へ潜った。
台所から、焦げた匂いがした。
母が飛び上がった。温め直していた汁を忘れていたらしい。
父は私たちを下ろそうとし、姉に服をつかまれた。私もつかんだ。
母の「手を貸して!」という声に、父は困り切った声で返した。
「今、二人に捕まってる!」
私は眠くなかった。
だから、父がどちらの娘から引き剝がそうとしているか、最後まで見張っているつもりだった。