スイート ラブリー セブンティーン   作:紅葉崎もみじ

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case1 加藤 彩香
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 そのとき少女は、新作のコスメが欲しかった。

 新作がないと周りの女友達に自慢ができない。自慢ができないようでは、学生生活も少々寂しい。そう考えて彼女、加藤 彩香(かとう さやか)は新作を買うことにした。新作を買うことにしたので、金が必要になった。

 

 そういう訳でバイトを探そうと思い至ったわけだが、特に何の仕事がしたいなんて具体的なことは何も考えていなかった。

 とにかく実入りが多く、苦労が少なければ万々歳。

 その程度の考えで、インターネットの求人サイトを適当にザッピングする日々だったが。正直に言ってしまえば、心の底では働く気などカケラもなかった。

 働くのは面倒で、苦労が多い。少女はそのどちらも嫌いだった。

 

 寝ているだけで大金が手に入る方法は無いものか、と。軽口のような思考をしつつも、その方法を具体的に算段し始めるくらいには、彼女は自堕落であり不真面目であった。

 

 その方法…に関して、あえて詳しく語ることもないだろう。

 このネット社会であり情報にあふれた現代で、ある種社会問題となっている行為を知らない人間は少数派なはずだ。

 もちろん彩香も、両親より「本来の機能が大抵ないがしろにされている板状の携帯端末」を与えられている身であるため。そういうことに詳しい…というのは憚(はばか)れるので、聞きかじっていると言っておこう。

 とはいえ、そんなことを実際に行うほどプライドを捨てていない(この場合は売る、か?)し。想像するだけで嫌悪感に寒気を覚え、鳥肌が立つくらいには潔癖だった。

 が、そんな個人的な感情もネットで調べた相場の実入りを知るとグラグラと実利との間で揺れてしまうことも事実。

 

 選択肢を捨ておくことも、決心することも出来ず。ふらふらと思考だけが堂々巡りを続ける毎日。

 

 友人にその『アプリ』のことを聞いたのはそんな時だった。

 

「サヤカ、バイト探してるって本当?」

「‥‥」

 

 いったいどこから漏れたのか。

 自分が金を必要にしていること、それに伴い仕事を探していることを友人連中に教えたことはなかった。理由は単純、見栄のためだ。

 金に糸目をつけない、という行為は金持ちだから格好がつくものだと思う。貧乏人が必死こいて稼いだ金を使って同じことをしたって、周りからは嘲笑か哀れみの視線を向けられるだけであろう。

 ただ金を使うだけではだめだ。何もしてないのに金に困ってないという前提のもと、金遣いを見せびらかしたいのだ。

 

 さらにそんな質問を投げかけてきた友人が、そこまで親しい間柄ではなかったことも彼女の動揺に拍車をかけた。

 確かに学校内で同じ女子グループに属してはいたが、個別で話したことなど片手で数えられるほどだと記憶している。よく関わる相手なら雰囲気などで察せられたとしても、そう違和感も不思議もなかった。

 しかしこんな相手にまで知られているほど、自分の思惑がグループに浸透してしまっているということだろうか。

 

「もし本当だったら、良いお金稼ぎの方法があるんだけど」

「‥‥」

 

 動揺から立ち直れずにいる彩香をそっちのけに、目の前の女は話を進めだす。

 自分は是も否も答えていないのにどんどんとその「良いお金稼ぎ」の説明を聞かされていると、なんというか。

 有無を言わせぬような流れに脳内にマルチとかねずみ講だとかの文字が点滅し始めたころ。顔前にずいっと彼女のスマートフォンが突き付けられる。

 

 その画面にはアプリストアの商品ページが表示されていた。

 

「このアプリ、知ってる?」

 

 * * *

 

「おはよー」

 

 翌朝、自分の教室に入室した彩香は全体に向けて挨拶を投げかける。

 予鈴まで早くもなければ遅くもない時間帯、室内の人口は設置された学習机と同数とはいかなくとも8割がた埋まるほどには達していた。

 

 いくつかの視線が一瞬彼女へ向くが、すぐに興味を失ったように逸らされた。ように、というか実際興味がないのだろう。

 はっきり言って彩香は、クラスメート全員と親しく話すほど交友は広くない。男子となるとなおさらその糸はか細くなる。

 この教室内で関わりがあるのは運動部などの活発な男子数人だったと記憶している。それもグループ単位で多人数同士で。

 

 それ以外の「その他大勢」ともいえる男子とはろくに会話をしたこともなかったし、顔と名前も一致していない。視界にすら入っていなかった。

 しかし、

 

「おはよ」

「へっ⁈」

 

 ひとりの男子、自身の机でうつむきがちにスマホをいじっていたその背中に再度あいさつを投げかけると。声をかけられるとは微塵も想定していなかったのだろう、椅子をけたたましく鳴らすほどにびくりと身を震わせた。

 

「おはようって」

「え、は…おはよう。ございます…?」

 

 何で敬語?

 と、くすくす笑い。ひらひらと手を振りながらその場を去る。

 

 …まずはこの程度で十分か。

 その後も、入口から自身の机の導線に居るクラスメイトひとりひとり個別にあいさつしていく。

 何事でもないように気軽に、それでも相手が自分に言われていると確実に認識するくらいしっかりと。

 

 布石を打っていく。

 

「彩香、なにしてんのー?」

「んあー、や別に」

「別にって何?」

「いやさ、あいさつって大事だなーって思って。実践してるっていうかー」

「なにそれ、何の影響(えいきょ)?」

 

 自席に腰を下ろすと、物珍し気な友人が訪ねてくる。

 その質問を彼女は適当にごまかした。

 

 その後も、予鈴まで何気ないやり取りをしつつ自分のスマホをいじる。

 画面に映る「追加された数字」を見て彩香は密かに微笑んだ。

 

 

 

 この現代で生きていれば、何かしらのポイントカードを利用したことは誰しもあるだろう。

 今では子供だって作ることができるのだ。

 

 その延長で、スマホを持っている人間ならポイ活アプリを利用したことがある人間も多いのではなかろうか。

 

 簡単に説明すればそのアプリ内で指定された特定の行動を達成すれば、ポイントを稼ぐことが出来。

 そのポイントを買い物などで利用したり、景品と交換したり出来る便利アプリである。

 

 そして、彩香が先日友人から教えられたそれも。

 広義の意味ではポイ活アプリに分類されるだろう。

 

 

 Sweet Lovely 7teen.

 

 なんというかネーミングセンスが1、2世代は遅れているような微妙な名前だが。

 その仕様は他のアプリとは比べ物にならない。

 

 指定される行動──アプリ内ではミッションと表記される指令を達成すればポイントが獲得でき。

 そのポイントを任意の決済アプリ、または銀行口座の残高に1ポイント=1円の10割換算で変換できるのだ。

 

 これだけを聞くと、特に驚嘆に値しないかもしれない。

 確かに決済アプリの種類を問わなかったり、口座の残高に変換ということは現金化ができるということでもあるが。

 キャッシュレス化が進んだ現代では、支払いに特定の決済アプリにしか対応できない場合は少なくなっているし。そもそも現金を使う機会の方が確実に稀だろう。

 

 だが、このアプリの真骨頂はそこではない。

 ポイントの収入率である。

 

 ポイントの獲得量は、ミッションの難易度に応じて増減するが。

 ほんの一瞬で達成できるような一番簡単なミッションでも、最低100ポイントを獲得できる。

 

 つまり、一瞬で100円を稼ぐことが出来るということだ。

 

 もちろんミッションは一つ二つではない。

 使い始めた彩香には把握しきれないほどの多岐にわたる種類が用意されてた。

 

 それらを10、20と達成すれば一日で万単位の金額を稼ぐことも不可能ではない。

 

 その説明を聞いた時、彩香は目を輝かせた。

 が、すぐさまその輝きは失われることになる。

 

 理由はミッションの概要だった。

 

 アプリ内にはリストと呼ばれる項目があり、そこには「とある条件」を満たした17歳以上の男性がピックアップされてた。

 どういう仕組みなのか、リストに載っているのは利用者と物理的に近しい場所にいる人物であり。

 

 ミッションは、彼らに「優しく接する」というものだ。

 

 優しく接する、と一言で表しても具体的な内容の想像は人によるところだろうが。

 アプリ内のミッションを引用すれば「挨拶をする」「相手の話を10分間聞く」という他愛無いものから、「相手の家に訪問する」「20分以上手をつなぐ」とそれなりの親愛度がないと達成しづらいものまで想定されているようである。

 

 ここまではいい、と綾香は思う。

 ミッションの中には、実際に今まで男友達に行ったことがある行為も存在していた。

 なのでそれ自体は問題ではない。

 

 問題なのは、その行為を行う「対象」だ。

 

 リストに載っている男性は‥‥、まあ分厚いオブラートに包んだ表現をすれば。

 非常に大人しい外見をし、物静かな性格が垣間見え。清純潔白であることが一目でわかるような容姿であった…。

 

 要するに、昨今のネットスラングでいうところの「弱者男性」と呼ばれるような人種である。

 

 身もふたもない言い方をしてしまえば、Sweet Lovely 7teenは「モテない男に優しくすると金が稼げるアプリ」ということだったのだ。

 

 当初、彩香は呆れから来る頭痛のために頭を抱えた。

 いったいどこの誰が、何の目的でこんなものを作ったのやら。

 

 そして、続く感情は嫌悪感だ。

 何が悲しくて、自分が周りにいる低レベルな男に優しく接さねばならないのか。

 嫌悪感はシームレスに怒りに変わった。

 

 が。

 

 しかし。

 

 しかししかし。

 

 しかししかししかし。

 

 そうやって感情的に投げ出すには惜しいほどの実入りが彼女を悩ませる。

 

 優しく接する。

 それ自体は先も認めた通り、特に問題行為とは認識していない。

 昨今問題となっている、言い方をカジュアルにしただけの売春行為とは違い何の違法性もリスクもない。

 ただただ、その行為を行う対象への感情の問題だった。

 そこさえ目をつむれば、低いリスクと労力で高いリターンが返ってくる。

 

 考える。考えれば考えるほど悩んでしまう。

 

 そして悩みというものは大抵、悩みだした段階で既に本人の中で答えは出ているものである。

 

 

 天秤はぐらりと傾き、彼女は自分のスマホにアプリをダウンロードした。

 

 すると、

 

「…?」

 

 画面にポップアップする項目。

 それはアプリの利用規約であった。

 

 どうやら、同意が必要のようだ。

 

「めんどくさいなあ」

 

 そうは言いつつ、このアプリの規約は通常のスマホアプリの誰も目を通さないであろう長々とした文章とは違い。かなりのシンプルだ。なにせ3項目しかない。

 そちらを『なぜだか』しっかりと確認するべきと思った彼女は規約に目を通す。

 

 

『1 このアプリのことを誰にも話さないこと。

 

 2 性的、18禁に該当する行動をミッション対象者に行わないこと。

 

 3 ミッション対象者に恋愛感情を抱かないこと』

 

 

 以上である。

 

 ──ふざけているのか。

 こんな規約に意味なんてあるのか。こんな状況に陥るわけがない。

 

 誰がこんなうまい話を他人に教えるというのか。

 性的な行為など行うわけがない。気色が悪い。

 三つ目に関しては、もはや返す言葉もない。

 

 あんな地味な男どもに恋愛感情?

 もはや笑ってしまう。

 

 心配しなくても、そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 彩香は何の思慮もなく。

 

 何の感慨もなく。

 

 何の覚悟もなく。

 

 

 規約に同意した。

 

 




第一章は本日中に2時間おきで連続投稿します。
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