その後、彼女たちの関係に何かしらの変化があったかといえば。
…ものの見事に何も変化していなかった。
以前のように、朝一緒に登校し。
以前のように、昼食を共にしていた。
何も変わらない。
文字だけで表した情報は、何も変化していない。
* * *
テスト期間に入った。
部活動は原則休みになる。
普段練習第一の真希も、この時ばかりは自主練に留め勉強に集中していた。
大会前の大事な時期でもある。
追試なんてことになって、時間をとられるわけにはいかない。
まあ大丈夫だろう。
今回は特別講師がいる。
「勉強を教えてくれ」
「了解」
そんな軽いやり取りを経て、勉強会が決まった。
休日、真希の自主練が終わった後。拓真の家に集まる。
さすがは特進クラス、彼の学力は一般の真希よりも大分高かった。
──昔は、そんなに勉強得意じゃなかったはずだけど…。確か。
うすぼんやりした記憶との齟齬が気になり、尋ねてみると。
どうやら部活を辞めた後、もやもやとした気持ちを誤魔化すために勉強に打ち込んだとの事。…勉強しかやることがなかった、ともいえる。
──鬱屈の発散方法が、何とも健全なことで…。
呆れと尊敬の念が同時にわいてくる。
7:3くらいの割合で。
「‥‥」
知り合いの女の子が、別の男と付き合ったことがショックだった。
…この意味が分からないほど、真希は鈍感ではない。
「ねえ」
「?」
勉強がひと段落したタイミングで、彼に尋ねる。
「まだ私の事好き?」
「ぶっ」
直球だった。
そこは鈍感であってほしかった。
「‥‥」
鈍感ではなかったので、その沈黙の意味も察した。
「見た目、そんな良くないと思うんだけどね。
女っけないし。筋肉だってこんなに…」
しとやかさを度外視して、陸上に打ち込んだことを後悔しているわけではない。
それでも、他の同級生たちが年頃におしゃれをしている様子を見て。羨ましく思う経験がないわけではない。
自分にもそういう可能性があったかもしれないと、無性に切なくなることもある。
故に、自分に女性として好意を持たれるというのは。
嬉しいより、困惑が先に来た。
「そんなこと、ない‥‥」
「ふふ、ありがと。
…実際、どこが好きなの?」
「えっ? どこが…どこ?」
──おい、困惑するなよ。キレるぞ。
「‥‥脚?」
「ひねり出した答えがそれか?」
どっちの意味だ?
どっちの意味で脚が好きなんだこいつ?
「‥‥あ、陸上の実力の話だからっ」
そっちの方か。
それなら、正直悪い気はしない。
自分の努力の成果を人に褒められるのはどんな形であれうれしいものだ。
「…ごめんなさい」
「‥‥っ」
「ああ、違う違う。なんか振ったみたいな感じだけど、そうじゃないからっ」
発言を間違えた。
一度深呼吸をし、焦らぬよう気を落ち着ける。
「好意は嬉しい。最近、また話すようになったばかりだけど。思い返すと、お前のことは好ましいって思うよ。これは本当」
実際、交際を断る理由はない。
尚且つ現実的に考えると、受けるべきだと判断する。
自分のような、部活が第一の色気のかけらもない女に好意を持ってくれる男が。この先どれくらい現れるだろうか。
そのうえ、彼は成績が優秀で性格も真面目だ。
この先実力でいい大学に進学し、よっぽどの何かがない限りその先の進路も安泰だろう。
ここで彼を選んでおくことも、合理的に考え悪い選択ではない。
しかし。
「なんていうか、そんな風に打算で付き合うって。あんたに失礼な気がしてさ…」
「そんなこと…」
「私が気にするの」
問題はそこだった。
理屈で考えて、断る理由がない。
合理で考えて、受けるべきである。
しかしそこに、気持ちがない。
気持ちのない関係が上手くいく根拠がない。
「お前が好きだって、胸張って言えないと。また前みたいなことになる」
前の彼氏は嫌な奴だったが、破局した原因がすべて向こうにあるとは流石に思っていない。
恋人との時間を作らず、全てにおいて部活を優先していたのだ。相手があの男じゃなくても、いつかは破綻していただろう。
「ねえ、もう一回聞くけど。まだ私のこと好き?」
「‥‥うん」
「‥‥そっか、じゃあ私も真剣に考えてみる。あんたが好きかどうか」
考えて考えて、それで好きだと判断したら。
「その時は付き合おう」
「うん」
そう宣言すると、彼女は荷物をまとめて立ち上がった。
「え?」
「ごめん、考え事の時は一人になりたいんだ。だから答えを出すまで、しばらく会わない」
「‥‥」
「なるべく早く、答えは出すから」
彼女の表情は頑なだった。
何を言っても聞かないだろうと、その表情と目が語っていた。
「…分かった。待つから、いつまでも」
「…ありがと」
彼女は朗らかに笑い、つられて彼も切なげに笑った。
「また、な」
「…うん、また」
* * *
帰路につく脚は重かった。
いつもはこの何倍の速さで動く脚が、まるでさび付いたかのような速度しか出ない。
だが、それ以上に彼女の頭は鈍重だった。
思考はぐるぐると周り、望んだ答えどころか。
答えを得るための、足がかりさえ見つからなかった。
自宅が見え始めたころ、彼女はそんな自身の状況に思わず自嘲する。
──自分がこんなことで悩むなんて…。
乾いた笑み。
こんな調子で、答えなど出せるのだろうか。
自信はない。
当てもない。
根拠もない。
いっそのこと、誰かに教えてほしかった。
自分の気持ちが分かる、手っ取り早い方法を求めていた。
──そんな都合の良いものが、あるわけ‥‥。
ぴたりと、脚が止まる。
‥‥。
「あった…!」
そう、あった。
あったのだ、そんな都合の良いものが。
真希は懐からスマホを取り出し、そのアプリを起動する。
Sweet Lovely 7teen.
どくり、と。
心臓が鼓動した。
これで、もし「自分の望む結果」が得られなければと。不安があふれ出す。
それでも指は止まらない。
最初にこのアプリをインストールした際、真希は規約に同意した。
『1 このアプリのことを誰にも話さないこと。
2 性的、18禁に該当する行動をミッション対象者に行わないこと。
3 ミッション対象者に恋愛感情を抱かないこと』
あまりにも短いその項目。
しかしその短さゆえに、真希は内容を覚えられた。
…もしも、自分が彼に好意を持っているのなら。
画面下部のメニューバー。
その通知欄には一件の通知バッチが表示されていた。
「‥‥!」
通知を開く。
『貴方はミッション対象者である小池 拓真に対し、好意を抱き始めています。
これ以上その感情が発展する場合、明確な規約違反と判断し。その場合、アプリからの強制および永久退会処分とすることを警告します』
「…あはっ」
真希は弾かれたように、身をひるがえし来た道を戻り始めた。
先ほどまでも重い足取りは嘘のように、彼女の足は風のように軽やかに駆けていく。
やがて、先ほどまで滞在していた家に到着する。
「また、だっ!」
彼の部屋の扉を、けたたましく開け放ち。
彼女は拓真の部屋に飛び込んだ。
「はえっ?!」
そのいきなりな展開に、豆鉄砲を食らったような表情を浮かべた少年を。
真希は高ぶった感情のままに抱き寄せる。
「えっ?! なに? なにっ?」
「拓真、わかったよ! 私、あんたのこと好きみたいだ!」
「早くない?!」
困惑も当然だ。
彼女が退室してから、戻ってくるまで実際の時間で10分もかかっていないのだから。
「待たせて悪かった。付き合おう!」
「カケラも待ってないんですけど! ていうか何? 何があったの、ホント!」
もはや喜びよりも戸惑いの感情の方が大きかった。
彼はそのまま混乱の声を叫びつつ、興奮した真希に抱きかかえられ振り回されるしかなかった。
そんな何かしらの儀式かサバトとしか思えない騒ぎは。
一部始終を見ていた拓真の両親が救急車を呼ぼうとするまで続いた──。
真希「私、あいつの事好きなのかな…」
?「今だいけっ! ゴーゴーゴー」
(規約違反)三三三3