「よーっす」
「あっ、どうもこんにちは…」
とあるコンビニ。
その店内にて、二人の男女が顔を突き合わせていた。
その組み合わせはミスマッチであり、男子は地味というレッテルが似合う容姿。
対して、女子の方はよく言えば垢抜けた。悪く言えば遊んでいるといった表現をされるだろう派手な見た目。
どういった関係なのか、一見するだけでは予想する事は困難なコンビであった。
現に、大学生くらいのコンビニ店員は2人を見てその奇妙な組み合わせに小首を傾げている。
「あ、またそのジュース買ってる。好きだねぇ~」
「はは、どうも…」
なにが、どうも。なのか。
おそらく本人もよく分かっていないだろう返答。
男子の方は引きつっているともとれる愛想笑いを浮かべ、女子の言葉に返答を返す。
どのような関係なのかは分からないが。
そんな様子から、二人の上下関係は一目瞭然だった。
二人は数週間前から、学校帰りに寄ったコンビニで会話をすることが日課となっている。
きっかけは少女の方から。
「あ、そのジュース私も好きー」
あまりにも気やすく自然なその言葉が、自分に向けられたものだと初め少年は気付かなかった。
しかし、目の前の女子の視線はあきらかに自分…もとい自分の手にしたペットボトルのジュースに向けられていた。
さらに異様に距離が近い。
身体が触れるまではいかないが、他人に対する距離感ではない。間違いなく。
最初はそのパーソナルスペースに度肝を抜かれたが、今では「フレンドリーな人」で納得していた。慣れてはいないが。
そこからの展開は早かった。
放課後とあって、お互いに制服だったことから同じ学校だと分かった彼女は。親近感からなのか、まるで以前からの友人のように買い物中の少年に話しかけ続けた。
その後、話の流れでイートインスペースに座りちょっと会話することを了承させられてしまった彼女の話術に。今だ密かに恐怖を抱いている少年だが。その見た目通り、女性そのものになれていない彼ではどんな交渉内容だったとしても拒否などできるわけもなかったことは明らかだ。
そもそも、セリフにすると「ちょっと座ってこーよ」「え、あ…はい」といった感じだったので。話術でも何でもない。
あとはあれよあれよという間に、お互いに自己紹介を済ませ。
いろいろと会話をし。(ほとんど少女が一方的に話し、少年はほぼほぼ相槌を打つだけであったが)また話そう、と。朗らかな表情で約束し去っていく彼女を見送った。
体感だと本当に一瞬の出来事であった。
──学校では目立たず、女っ気の「お」の字もない日常を過ごしていた自分があんなに可愛い女の子と対一で会話するなんて…。
しばらくイートインの椅子から立ち上がれないほどの衝撃だった。
ようやく帰路についた後も、先ほどの出来事は本当に現実だったのかと疑うくらいだ。
なにせ、高校に入学してからの一年弱で女子と会話した総時間を。悲しいことに先ほど数分の会話で軽く超えてしまったかもしれないのだ。
家に着くころには、自分に都合の良い幻覚を見ていたという陰謀論じみた結論に至るほどだった。
それが間違いだと正されるのは翌日の放課後。
「あ、やっほー。昨日ぶりじゃん」
「っ⁈」
再び昨日と同じコンビニを通りかかった際、後ろから声をかけられる。
目の前の少女が、夢でも幻覚でもなかったことに衝撃を受けている彼は上手く返答ができない。
「? どーしたの? おーい」
「はっ」
またしても近すぎる距離まで詰められ、眼前で手をパタパタと振られたところでようやく再起動を果たす。
「ああ、いや。その…こ、こんにちはです」
「ぷっ、何そのかしこまった挨拶」
自分の動揺をけらけらと笑われるが、不思議と不愉快ではなかった。
「えっと、何の御用です?」
「御用、って。用が無きゃ話しかけちゃダメなの?」
──用がなくても話しかけるんだ…!
衝撃だった。
いわゆる「陰キャ」や「コミュ障」と称される人種の彼にとって、「人に話しかける」という行為はイコールで「必要な用事がある」と結びついているからだ。
加え、自分が女の子に何の用事がなくても話しかけてもらえている。という状況にも。
「んー立ち話もなんだし、また中で話さない?」
そう言って彼女は、昨日も話したイートインスペースを指さした。
正直に言って、親からの小遣いをやりくりしている身として。連日コンビニで買い物をするのは手痛い出費なのだが…。
「はい」
「んじゃ、いこー」
女の子からの誘いを断れるほどの主張性も度胸も、彼は持ち合わせていなかったし。
仮にあったとしても、その甘美な誘いを断る気は沸かなかったであろう。
こうして少年は、不自然なほどフレンドリーな少女と出会い。
放課後、コンビニに集合し他愛無い会話をする関係になった。
もちろん、その少女とは加藤 彩香であり。
そしてもう片方が、先日彼女がアプリ内で限定化の対象にした男子だった。
* * *
「ふふ、ラクショーラクショー」
ケラケラと笑いながら、帰路につく彩香。
その手にはスマホが握られており、視線は画面に向けられている。
歩きスマホ。非常に危険だ。
「あいつも馬鹿だねー、ちょっと優しくしただけで気持ち悪くデレデレしてさ。…ま、私は楽だからいいんだけど」
つい数分前まで男子の前で浮かべていた人懐っこい笑みは消えている。
いや、笑みであることには変わりない。
その種類が微笑みか、嘲笑かの差はあれど。
この数週間、ほぼ毎日彼と放課後を過ごしていた。
ミッション対象の限定化に加え、イートインでの数分間しか関われないため。達成できるミッションの件数自体は減っている。
それでも獲得ポイント5倍は大きい。
文字通り、たまるポイントの桁が違う。
あんなパッとしない男に媚びを売るのははなはだ業腹であるが、スマホに表示される数字を見るだけでそんな感情も霧散する。
むしろ感謝してもいいくらいだ。
「くくくっ、にしても。馬鹿だよなーあいつも」
先の出来事を思い出し、思わず笑みが漏れる。
ここ連日、コンビニのイートインに入り浸っている関係で飲食代がかさんだのだろう。
ついに所持金が雀の涙となり。駄菓子コーナーに置かれた数十円のチョコ一個を会計している男子を見て、思わず素で笑ってしまったのだ。
──あいつ、そこまでして私と一緒に居たかったのかよ。コンビニでチョコだけ買うやつ初めて見たんですけど。
そんな彩香の態度に、流石の男子もむっとした表情で不満げだったため。
彼女は慌てて謝罪をすることになった。
ツボに入っていたため、声が震え全く真剣さが感じられなかったが。
とはいえ、これが彼と一緒に過ごしている間で彩香が初めて心から笑った瞬間だった。
* * *
件の少年とは、学校での関わりは皆無だ。
大きな理由はクラスが別だからである。
学生にとって、クラスが別というのは関係を築くうえで結構大きな障壁になる。
それは単純に関わる時間が少ないということでもあるし。
会うためには別の教室にわざわざ赴かなければならないということでもある。
別のクラスの中に入るという行為は度胸がいる。
はっきり言って人付き合いが苦手なその男子にとって、たとえ仲がいい女の子(主観)に会うためであっても進んでやりたいとは思えなかったし。
周りに陰キャと仲良くしていると知られたくない彩香が、わざわざ赴くわけはないので。必然的に学校内で話すことはない。
というより、そのためにわざわざ彼を選んだともいえる。
別のクラスだったことに加え。
外見が比較的マシであったことと、たまたま行動範囲がかぶっていたため放課後コンビニで何度か見かけたことを覚えていたためだ。
学校の友人に知られることなく、学校外で個別の関係を築ける対象。
それが彩香にとってベストな条件だった。
の、だが。
何事にも例外がある。
別のクラスだからと全く関わらないことはない。
少なくとも彩香の高校では特殊な授業の場合、複数のクラスが合同で授業を受ける場合があった。
体力測定もそれに該当する。
その日、複数のクラスの生徒がグループに分けられ。体育館やグラウンドの一角に散り、ローテーション形式で測定を行っていた。
綾香のグループが100メートル走の順番を待っているとき。ちょうど例の男子が走り始めるタイミングだった。
猫背気味で、自信なさげにスタート位置につく。
そんな様子をじっと見つめていると、視線を感じたのか少年は周りを見渡し。二人の視線がかち合った。
「‥‥」
──ま、このくらいのサービスはいっか。
彩香はにこり、と微笑みを浮かべると。小さく手を振った。
この行動を見られていたとしても、誰に手を振ったのかまで端からは分からないだろう。
そんな打算ありきの行動だったが、男子には効果がてきめんだったようで。
先ほどの弱気な顔はどこへやら、きりっと気合を入れスタートの構えをとる。
「単純なことで」
あきれたような言葉を口では言ったが。
その視線はしっかりとその少年をとらえ、何かを祈る様に手は握られていた。
やがてスタートの合図が鳴り。走り出す。
普段運動などしていないのだろう、明らかに苦しげな表情だったが。
裏を返せばそれだけ真剣に。
本気で走っていた。
「‥‥」
やがてゴールの位置を通過した彼は、全力を出し切ったためか激しく転倒した。
その無様ともいえる様子に、周りで見学していた生徒たちから嘲笑の声が漏れる。
以前までなら彩香も、そんな光景を見た場合同じように笑っただろう。
しかし今は…何故だが笑う気にはならなかった。
そして放課後、いつものようにコンビニに集まった際。
彼の口から、去年の記録より1秒も速くなったことを聞かされ。
彼女は賞賛の言葉と共に、彼にジュースを奢った。